真夏の太陽が容赦なく屋根を焼く午後。 エアコンのない古びた木造アジトの中は、サウナのような蒸し暑さに包まれていた。 扇風機が首を振りながらぬるい風を送っているが、焼け石に水だ。
「……あつい。とける」
居間の畳の上で、桐藤ネムが液状化した猫のように伸びていた。 アジトに来て数日が経つが、彼女の定位置はここから半径一メートル以内だ。 トイレに行く以外は動かず、食事も改蔵やイスズに「あーん」してもらっているという徹底ぶりである。
「だらしない格好だな。少しはシャキッとしろ」
黒野改蔵は団扇を仰ぎながら、ネムの無防備な尻をペチリと叩いた。 ネムは「んぅ」と声を漏らしたが、起き上がろうとはしない。 彼女が着ているのは、改蔵のダボダボのTシャツ一枚だけ。 下はノーパンだ。 暑いからという理由で脱ぎ捨ててしまったのだ。
「シャキッとするカロリーがもったいない。……ねえ飼い主、アイス食べたい」
「自分で取って来い」
「やだ。動いたら負け」
ネムはゴロゴロと転がり、改蔵の太ももに頭を乗せた。 その拍子にTシャツの裾がめくれ、白い下腹部と秘所が丸見えになるが、彼女は気にする様子もない。
「まったく。いいご身分だな」
改蔵は呆れつつも、その柔らかな太ももをまさぐった。 汗ばんだ肌が吸い付くような感触を返す。
「改蔵様っ! お待たせしました! 特製ローション『スライム・オイル』、完成です!」
台所から小悪魔マナが、業務用のポリタンクを抱えて現れた。 中には透明で、とろりとした液体が波打っている。 彼女もまた、極小面積のビキニ姿で、汗で肌を光らせている。
「おう。でかした。この暑さだ、水遊びならぬローション遊びといくか」
「はいっ! ネムさんのアラクネ化に合わせて、粘度も調整済みですよ!」
その時、マナのスマホが震えた。 サイトウからの緊急連絡だ。 空中にホログラムウインドウが展開され、汗だくで栄養ゼリーを啜るサイトウが映し出された。
『……ふぅ。暑いな。黒野君、涼しそうな格好で羨ましいよ』
「こっちは蒸し風呂だ。で、何の用だ?」
『うむ。実は、組織の資金繰りが少し厳しくてな。日本支部でも独自に活動資金を調達してほしいんだ』
「資金調達? 強盗でもしろってか?」
『いや、もっと現代的で効率的な方法がある。……そこにいるネム君の出番だ』
サイトウが指名すると、ネムは「えー」と露骨に嫌な顔をした。
「やだ。働きたくない」
『働くのではない。君の得意な『配信』をするだけだ。場所は都心の電波塔。あそこをジャックして、全市民から『
「電波塔……? あそこまで行くのが面倒くさい」
ネムが寝返りを打つ。 だが、サイトウは不敵に笑った。
『そう言うと思ったよ。だが聞きたまえ。あそこの電波塔の回線速度は、国内最速だ。しかも展望台は業務用エアコン完備で、キンキンに冷えているぞ』
「……!」
ネムの耳がピクリと動いた。 爆速回線。 そしてエアコン。 今の彼女にとって、それは極上の餌だった。
「……行く。すぐ行く」
ネムが跳ね起きた。 その目は、これまでにないほど真剣に輝いている。
「話が早いな。マナ、転送してやれ」
「はいっ! いってらっしゃいネムさん! 稼いできてくださいね!」
「りょ。……行ってきます、飼い主」
ネムは改蔵の頬にチュッとした後、マナが開いたゲートへと飛び込んだ。 怠惰な怪人の、
***
そして現在。 都心の電波塔は、異様な光景に包まれていた。 鋼鉄のフレームに張り巡らされた無数の白い糸。 それは巨大な蜘蛛の巣となり、太陽光を浴びて毒々しく輝いている。 その中心、展望台の屋根に、巨大な怪物が鎮座していた。 上半身は気だるげな少女、下半身は黒く巨大な蜘蛛。 アラクネ怪人となったネムである。
「あー……。マイクテス、マイクテス。聞こえてる? 下界のNPCども」
街中の大型ビジョンや、人々のスマートフォンが強制的にジャックされ、ネムの姿が映し出される。 彼女は涼しい高層の風に吹かれながら、カメラに向かって語りかけた。
「今日からこの街は、私、桐藤ネムの『管理サーバー』になりました。これから臨時メンテナンスを始めまーす」
ネムが指先を弾く。 シュパッ! 電波塔から無数の白い糸が放たれた。 それらは生き物のように空を舞い、ビルの谷間を縫って、逃げ惑う人々へと降り注ぐ。
「きゃあああっ!?」
「な、なんだこれ! 取れない!」
糸に触れた人々は、その強力な粘着力によって瞬時に身動きを封じられた。 さらに糸は自動的に獲物を巻き取り、真っ白な『繭』へと変えていく。 次々と宙に吊り上げられる人々。 彼らは電波塔の周囲にぶら下がり、まるで奇妙な装飾品のように風に揺れた。
「ん。いい眺め。これ、全員あたしの『スパチャ(スーパーチャット)』ね」
ネムは満足げに呟いた。 彼女の能力は、捕らえた人間から生体エネルギー(とお財布の中身)を少しずつ吸い上げ、自身の魔力へと変換することだ。 働きたくない。 だから、街全体を巨大な集金システムに変えてしまったのだ。
「さあ、どんどん貢いでね。私はここで涼みながら寝てるから」
ネムは糸で作ったハンモックに身を沈め、スマホを取り出した。 画面には、繭にされた人々から吸い上げられる魔力量が、デジタルな数字となって表示されている。
「うわ、時給換算ですごいことになってる。これなら一生遊んで暮らせるかも」
怠惰な怪人の、怠惰による、怠惰のための侵略。 しかし、その被害規模は災害級だった。
***
「はっはっは! 派手にやってるじゃねえか、あの引きこもり」
アジトの居間。 黒野改蔵は、魔術モニターに映るネムの活躍を眺めながら、ニヤリと笑った。 だが、彼がいるこの部屋もまた、外の惨状に負けず劣らず『粘着質』な状況になっていた。
「よし! ネムさんの活躍に合わせて、私たちも開幕です!」
マナがポリタンクの蓋を開けた。
「改蔵様、いきますよぉ〜!」
ドボボボボボッ! マナが躊躇なくローションをぶちまける。 畳の上に粘液の海が広がった。 そこに、全裸になった五十嵐イスズとサキュバス怪人メイが待機している。
「きゃっ! 冷たい……けど、すごいです。肌に吸い付いてきます」
イスズが身体をくねらせる。 ローションまみれになった彼女の豊満な肢体は、照明を反射してテラテラと光り輝いている。 動くたびに、ヌチャ、ヌチャ、という卑猥な音が響く。
「マスター。ぬるぬる。たのしい」
メイがローションの海を滑るように這い回る。 彼女の尻尾がピチャピチャと跳ね、改蔵の足に絡みつく。
「よし。俺も混ざるか」
改蔵も素っ裸になり、その粘液の沼へと身を投じた。 ツルリと滑る感触。 摩擦が極限まで減らされた世界では、肌と肌の密着度が異常なまでに高まる。
「ひゃうっ! か、改蔵様! 滑って……ああんっ! 奥まで入っちゃいますぅ!」
マナが悲鳴に近い声を上げる。 改蔵がマナの身体を抱き寄せた勢いで、そのまま結合してしまったのだ。 ローションの潤滑効果で、抵抗なく、そして深く。
「すげえな。どこまでも滑りそうだ」
改蔵はマナを抱えたまま、イスズの方へとスライドする。
「神主様……! 私も、ヌルヌルにしてください……!」
イスズが両手を広げて待つ。 改蔵はマナと繋がりながら、イスズの胸に顔を埋め、その豊かな双丘をローションごと揉みしだいた。 ニュルニュルと指の間から肉が溢れる。
「ああっ……! すごい音……! 恥ずかしいですぅ……!」
「いい音だろ。ネムの糸も凄いが、こっちの粘り気も負けてねえぞ」
アジトの中は、文字通り『泥沼』の様相を呈していた。 外では蜘蛛の糸が人々を絡め取り、内ではローションが男女を絡め取る。 二つの粘着質な欲望が、遠隔で共鳴し合っていた。
***
電波塔周辺。 事態を収拾すべく、五色の閃光が駆けつけた。 ジャスティンジャーである。
「なんだこの街は……! 蜘蛛の巣だらけだ!」
レッドが剣で糸を切り裂こうとするが、糸はゴムのように伸びて切れにくい。
「気をつけて! この糸、生体電流を吸い取る性質があるわ!」
ピンクが分析する。
「おい、そこの怪人! 人々を解放しろ!」
ブルーが銃を構え、展望台のネムを狙う。
「……あー、うるさい。通知オフにしたいんだけど」
ネムはスマホから目を離さず、面倒くさそうに片手を振った。 それだけで、タワーから極太の糸が発射される。
「うわっ!?」
ブルーが回避するが、糸は地面に着弾すると同時に爆散し、広範囲を網で覆った。
「くそっ! 足が取られた!」
イエローとグリーンが捕まる。 もがけばもがくほど、糸は絡まり、身体を締め付ける。
「無駄だよ。暴れるとスタミナ消費するだけ。大人しくスパチャになりなよ」
ネムは気だるげに言い放つ。 彼女は動かない。 アラクネの下半身がタワーに固定され、そこから無限に糸を供給し続けている。 要塞だ。 動かないことで、鉄壁の防御と広範囲の攻撃を両立させている。
「みんな! 固まるな! 散開して本体を叩くんだ!」
レッドが指示を出し、ピンクと共にタワーを駆け上がる。 ワイヤーアクションで垂直の壁を登り、ネムへと肉薄する。
「覚悟しろ! ジャスティン・スラッシュ!」
「マジェスティック・ウィップ!」
二人の攻撃が同時に迫る。 だが、ネムはあくびをしたまま、背中の
「遅い。ラグすぎ」
ネムの目が怪しく光る。 瞬間、彼女の周囲に展開された糸が、意思を持ったように襲いかかった。
「しまっ……!?」
レッドとピンクが空中で捕獲される。 ミノムシのようにグルグル巻きにされ、宙吊りにされた。
「はい、
ネムが指を下ろすと、二人は地面に向かって落下……寸前で、糸によって中空に固定された。 見せしめだ。 正義の味方が無様にぶら下がる姿を、街中のスクリーンに映し出す。
「うそ……レッドたちが、手も足も出ないなんて……」
イエローが絶望的な声を上げる。 ネムの『
***
「ヒャハハ! ざまあみろ! 完封勝利じゃねえか!」
改蔵はマナの腰を打ち付けながら、快哉を叫んだ。 ヌプ、ヌプ、ヌチュッ! ローションのせいで、ピストンのたびに水しぶきが上がる。
「んああっ! 改蔵様っ! 激しいっ! 滑って、奥に当たりますぅ!」
「ネムのやつ、動かないくせにエグい戦い方しやがる。気に入ったぜ」
改蔵はマナを放り出し、今度はメイを引き寄せた。 ローションまみれのサキュバスは、ヌルリと改蔵の股間に収まる。
「マスター。わたしも、くっつく。はなれない」
メイの膣内もまた、ローションと愛液でドロドロに潤っていた。 挿入した瞬間、強烈な吸着感が改蔵を襲う。
「うおっ!? なんだこの吸い付きは!」
「タコの吸盤みたいです……! メイさん、本能で『離さない』動きをしています!」
イスズが解説しながら、自分も改蔵の背中に張り付く。
「私も離しませんよ。神主様は私たちの『獲物』ですから」
トリプル・アタック。 全方向からのヌルヌルとした拘束。 改蔵の理性が溶けていく。
「くっ……! 上等だ! お前ら全員、俺の『糸』で真っ白にしてやる!」
改蔵の腰が加速する。 画面の中ではネムがヒーローを追い詰め、アジトでは改蔵が女たちを追い詰める。 絶頂のタイミングが近づいていた。
***
「……はぁ。もういいかな。飽きてきた」
ネムは完全に制圧した戦場を見下ろし、小さく呟いた。 圧倒的な勝利。 だが、彼女にとってそれは『作業』でしかなかった。 維持するのも面倒くさい。 糸を出し続けるのも、魔力を消費するからお腹が空く。
「そろそろログアウトしようかな……」
その油断。 その一瞬の隙を、正義は見逃さなかった。
「まだだ……! 俺たちの
糸に巻かれたレッドが、懐から何かを取り出した。 新装備、『バーニング・ブースター』だ。
「みんな! 熱だ! 蜘蛛の糸は熱に弱いはずだ!」
レッドがブースターを起動する。 ゴオオオオッ! 全身から高熱の炎が噴き出す。 特殊な粘着糸も、数千度の熱には耐えられない。 ジュワッという音と共に、糸が溶け落ちる。
「えっ……? うそ、熱っ」
ネムが驚いて身を引く。 拘束を解かれた五人が、一斉に体勢を立て直す。
「反撃開始だ! 合体技いくぞ!」
「了解!」
五人の武器が一つになる。 巨大な火炎放射器のような形状。
「ジャスティン・プロミネンス!」
極太の火炎ビームが、電波塔の頂上へ向かって放たれた。 それはネムの張った巣を焼き払い、本体へと迫る。
「うわ、ちょ、ま……! タイム! メンテナンス入ります!」
ネムが慌てて防御しようとするが、アラクネの巨体は素早い回避に向いていない。 しかも、巣を焼かれた蜘蛛は脆い。
「きゃあああっ! 熱いぃぃぃ!」
直撃。 ネムの身体が炎に包まれる。 爆発的なエネルギーが、彼女の怪人としての装甲を剥ぎ取っていく。
「強制ログアウトォォォォ!」
断末魔と共に、ネムの姿が電波塔から落下していく。 黒い煙を引きながら落ちていくその姿は、撃墜された宇宙船のようだった。
***
「あーあ。落ちやがった」
改蔵は絶頂の余韻に浸りながら、モニターを眺めていた。 彼自身の『発射』もまた、今の爆発に合わせて完了していた。 マナとメイ、そしてイスズの身体には、ローションと混ざり合った白濁液が大量にぶちまけられている。
「まあ、あいつにしちゃ上出来だろ。ここまで派手にやれば十分だ」
改蔵は満足げに息をついた。 ネムの敗因は、単なる『スタミナ切れ』と『飽き』だ。 最初から最後まで、彼女らしい戦いだった。
「改蔵様。ネムさんの反応、消失しました。……ですが、落下地点に『組織』の反応があります」
マナが気だるげにタブレットを確認する。
「組織?」
「はい。本部の回収班です。……ああ、レンさんの部下ですね」
***
電波塔の下。 瓦礫の中に、ボロボロになったネムが倒れていた。 パーカーは焦げ、顔は煤だらけだ。 怪人化は解け、人間の姿に戻っている。
「……うぅ。痛い。もうやだ。帰る」
ネムが涙目でうずくまる。 そこに、数人の黒服の男たちが現れた。 彼らの胸には、悪の組織のエンブレムと、医療局のマークが入っている。
「桐藤ネム様ですね。お迎えに上がりました」
「……え? 誰? オフ会?」
「いいえ。貴女の能力を高く評価した医療局長、七瀬レン様からの辞令です」
黒服の一人が、恭しく書状を読み上げる。
「『貴女の電子戦能力と、その素晴らしい引きこもり適性を評価し、本部サイバーセキュリティ班への配属を命じます。冷暖房完備、三食昼寝付き、ハイスペックPC支給。ただし、外出は禁止です』……とのことです」
ネムの目が輝いた。
「……外出、禁止?」
「はい。一歩も外に出なくて結構です。一生、サーバールームで暮らしていただきます」
「……神?」
ネムは震える手で黒服の手を握った。
「行きます。今すぐ行きます。二度と太陽なんて見ません」
「賢明なご判断です。では、こちらへ」
黒服たちはネムをストレッチャーに乗せ、用意していた車両へと運び込んだ。 彼女は運ばれながら、幸せそうに目を閉じた。 敗北したが、彼女は彼女なりの『理想郷』を手に入れたのだ。 本部の地下深く、光の届かないサーバールームで、永遠にネットの海を漂う生活。 それは彼女にとって、ハッピーエンド以外の何物でもなかった。
***
「へえ。レンのやつ、いい拾い物をしたな」
改蔵は笑った。 あの無気力少女が、組織の要であるサイバー部門を守る番人になるとは。 適材適所というやつだ。
「さて。俺たちも『後片付け』をするか」
改蔵はヌルヌルの床を見渡した。 そして、同じくヌルヌルになった三人の美女たちを見る。 彼女たちは、まだ熱り冷めやらぬ瞳で、改蔵を見つめ返していた。
「……神主様。まだ、滑りが残ってますよ?」
イスズが妖艶に微笑む。
「掃除する前に、もう一回戦できますね!」
マナが元気よく飛びついてくる。
「マスター。おかわり」
メイが股間をまさぐる。
「……たく。お前らのスタミナは無尽蔵かよ」
改蔵は嬉しい悲鳴を上げながら、再びローションの海へと沈んでいった。 外の暑さなど関係ない。 このアジトの夏は、どこまでも熱く、そして粘着質に続いていくのだった。