重く湿った空気が澱む土蔵の中。 外界から隔絶されたこの空間は、一種異様な静けさと、古い木材の匂い、そして濃厚な情事の残り香が混ざり合い、鼻腔をくすぐる独特の芳香を漂わせていた。 床に描かれた魔法陣が、心臓の鼓動のようにゆっくりと明滅を繰り返し、薄暗い室内を怪しげな紫色の光で染め上げている。 その中心に、灰田ミミは力なく座り込んでいた。 彼女は膝を抱え、自身の左手首に巻かれた包帯を、黒いマニキュアを塗った爪先でカリカリと神経質に引っ掻いている。 その目は虚ろで、焦点が合っていないようでいて、どこか見えない一点を凝視しているようにも見えた。 ここに来る前、広場の喧騒の中で感じていた孤独とは違う。 もっと深く、静かで、そして底知れぬ闇が彼女を包み込んでいた。
「……ねえ。ここ、暗いね」
ミミが独り言のように呟く。 彼女の声は小さく、掠れていて、まるで触れれば砕けてしまいそうなガラス細工のように脆い。
「暗いのが怖いか?」
闇の奥から、野太い声が響いた。 黒野改蔵が現れる。 彼はすでに下着を脱ぎ捨てており、その逞しい肉棒には過剰な魔力が走る血管が脈動して浮き出ている。 圧倒的な「生」の塊。 死にたがりの少女とは対極にある、暴力的なまでの生命力。
「ううん。怖くない。むしろ落ち着く。……あたしの心の中みたいで」
ミミは自嘲気味に笑った。 彼女はゆっくりと立ち上がり、ふらつく足取りで改蔵の方へと歩み寄る。 足元がおぼつかないのは、酒のせいか、それとも生きる気力のなさゆえか。 だが、その瞳だけは、暗闇の中で異様な輝きを帯びていた。 改蔵の前に立つと、彼女は上目遣いで彼を見上げ、唐突に言った。
「ねえ。キスして」
「……いきなりだな」
「してくれなきゃ、息止める。死ぬまで止める」
ミミは頬を膨らませ、本当に息を止めてみせた。 子供じみた脅し。 だが、彼女なら本当にやりかねない危うさがある。 面倒くさい女だ。 だが、改蔵は嫌いではなかった。 むしろ、その面倒くささの奥にある渇望が、美味そうに見えた。 彼はミミの細い顎を無造作に掴み、上を向かせると、その色味の薄い唇を自身の唇で塞いだ。
「んっ……!」
ミミの反応は貪欲だった。 受け身で待つのではなく、改蔵の唇に噛み付き、舌を絡め、酸素を奪い合うように必死に吸い付く。 彼女の口内は熱く、そして鉄の味がした。 口の中を切っているのか、それとも心が血を流しているのか。 唾液が混ざり合い、クチュクチュという水音が静かな蔵に響く。
「……ぷはっ。はぁ、はぁ……」
ようやく唇が離れると、ミミは肩で息をしながら、とろんとした目で改蔵を見つめた。 その目には、先ほどまでの虚無感はなく、熱っぽい依存の色が浮かんでいる。
「……あんたの味。濃い。毒みたい」
「毒で結構。でお前は、その毒をどうしたいんだ?」
「全身に回したい。血管一本一本まで、あんたで埋め尽くしたい。……そうすれば、あたしの中の空っぽな場所、なくなるでしょ?」
ミミは自分のブラウスのボタンに手を掛けた。 震える指先で、一つ、また一つと外していく。 黒いフリルのついた布地が滑り落ち、痩せた身体が露わになる。 あばら骨が浮き出るほど細い胴体。 病的なまでに白い肌。 だが、その胸には意外なほど豊かな膨らみがあり、アンバランスな色気を放っている。 そして何より目を引くのは、身体のあちこちに残る古傷だ。 リストカットの痕だけではない。 あざ、ひっかき傷、タバコの火傷痕。 自分自身を傷つけることでしか、生を実感できなかった少女の履歴書がそこにあった。
「……汚い身体でしょ。傷だらけで、痩っぽちで。可愛くないよね」
ミミは自虐的に笑い、改蔵の反応を伺った。 ここで顔をしかめられたら、その瞬間に心を閉ざし、舌を噛み切るつもりだった。 だが、改蔵の反応は彼女の予想を裏切った。
「傷なんざ、生きてりゃつくもんだ。俺も傷だらけだ」
改蔵は自分の胸にある大きな古傷を指差した。 かつてヒーローとの死闘でついた、名誉の負傷だ。
「それに、お前からはいい匂いがするって言ったろ。傷口から漏れる血の匂いと、腐りかけた果実みてえな甘い匂いだ。……俺は嫌いじゃねえぞ」
改蔵の大きな手が、ミミの身体を這う。 傷跡をなぞり、痩せた肋骨を撫で、柔らかな胸を鷲掴みにする。 同情も憐憫もない。 あるのは、所有欲と食欲だけだ。 その温かくて乱暴な手つきが、ミミの冷え切った心に火を点ける。
「……変態。物好き」
ミミは顔を赤らめ、嬉しそうに呟いた。 彼女は改蔵の首に腕を回し、ぶら下がるようにして体重を預けた。
「ねえ。あたしの中身、ぐちゃぐちゃにして。壊れるくらい、愛して。……あたし、もう自分じゃどうしようもないの」
「望み通りにしてやるよ。お前のその重たい感情ごと、まとめて爆発させてやる」
改蔵はミミを軽々と抱き上げ、畳の上に乱暴に放り投げた。 ミミは抵抗せず、手足を広げてそれを受け入れた。 彼女の短いスカートがめくれ上がり、黒いレースの下着と、ガーターベルトが食い込む太ももが露わになる。
「準備完了です! 改蔵様!」
部屋の隅で待機していた小悪魔マナが、興奮気味に声を上げた。 彼女の手元のタブレットには、激しく乱高下するグラフが表示されている。
「ミミさんの精神状態、極限まで不安定です! 『誰かに愛されたい』という強烈な依存心と、『全てを壊してしまいたい』という破壊衝動が臨界点で拮抗しています! 今、改蔵様の魔力を注ぎ込めば、感情のエネルギーが物理的な熱量に変換され、凄まじい化学反応が起きますよ!」
「なるほどな。人間の形をしたニトログリセリンってわけか。扱いを間違えれば自爆するぞ」
「その時はその時です! 派手に散りましょう!」
改蔵はニヤリと笑い、ミミの上に覆い被さった。 ミミは改蔵を見上げ、その瞳孔を開ききった目で訴える。
「早く。導火線に火をつけて。……待ちくたびれた」
改蔵はミミの下着を引き裂いた。 ビリッという布の裂ける音が、静寂を裂く合図となる。 露わになった秘所は、すでに愛液で濡れそぼり、蜜の匂いを漂わせていた。 乾いた心とは裏腹に、身体は正直に快楽を求めている。
「いくぞ。歯食いしばれ」
改蔵は自身の剛直をあてがい、一気に腰を沈めた。 ズプンッ!
「あ……っ! がっ……!」
ミミが声にならない悲鳴を上げる。 痛みと、圧迫感。 巨大な異物が体内を侵食し、空っぽだった内側を無理やり埋め尽くしていく感覚。 普通なら恐怖を感じるはずのその侵入を、ミミは歓喜と共に受け入れた。
「き、きつい……! お腹、破裂しそう……!」
「破裂上等だ。お前のキャパシティなんざ知ったことか。俺の全部を受け止めろ」
改蔵は容赦なく腰を振る。 ガン、ガン、と骨盤同士がぶつかる音が響く。 ミミの細い身体が、壊れた人形のように激しく揺さぶられる。 普通の神経なら耐えられないほどの暴力的なセックス。 だが、ミミにとってそれは至上の『愛』の証明だった。
(……ああ。痛い。苦しい。でも、嬉しい) (あたし、今、生きてる。この人に犯されて、生かされてる) (この痛みも、重さも、全部あたしのものだ)
痛みこそが愛の深さ。 苦しみこそが存在の実感。 歪んだ認知が、快楽を何倍にも増幅させ、脳内麻薬を溢れさせる。
「もっと……! もっと強く! あたしを壊して! 跡が残るくらい!」
ミミは改蔵の背中に爪を立てた。 血が滲むほど強く食い込ませ、引掻き傷を作る。 お返しとばかりに、改蔵もミミの首筋に噛み付いた。 獣同士の殺し合いのような、命懸けの交尾。
「いい声だ。その調子で鳴け。お前の中にあるどす黒いもん、全部吐き出せ! 俺が全部食ってやる!」
改蔵のピストンが加速する。 ミミの思考が白く飛び、感情のタガが外れていく。 寂しかった。 悲しかった。 誰にも見てもらえなかった。 親にも、友達にも、社会にも拒絶されたと思っていた。 そんな負の感情の塊が、改蔵の圧倒的な陽の魔力と混ざり合い、高熱のエネルギーへと変換されていく。
「あ、あ、あぁぁぁ……! 熱いっ! お腹の中が、燃えてるぅ……! 溶けちゃう……!」
ミミの肌が赤く上気し、全身から汗が吹き出す。 彼女の身体から、実際に煙のような白い湯気が立ち上り始めた。 肌の温度が異常に上昇している。
「改蔵様! エネルギー充填率120%突破! 危険領域です! このままだと本当に生体爆発します!」
マナが警告するが、改蔵は止まらない。 いや、止まれない。 ミミの膣内が、とてつもない熱と圧力を持って改蔵を締め付け、離そうとしないのだ。 まるで、最後の瞬間を道連れにするかのように。
「離すかよ……! 一緒にイくぞ!」
「うん……! 一緒に……! 死んでもいいっ! 壊してぇぇぇぇっ!」
ミミが絶叫する。 その瞬間、彼女の中で何かが弾けた。 世界が真っ白になるような感覚。
「
改蔵はミミの最奥に、渾身の魔力を叩き込んだ。 ドピュッ! ドピュルルルッ! 大量の白濁液と共に、破壊的な魔力エネルギーがミミの体内へ解き放たれる。
「あ、あ、が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ミミの身体が弓なりに反り、激しく痙攣した。 ボンッ! 比喩ではなく、物理的な爆発音がした。 ミミの身体を中心にして、赤黒い衝撃波が広がり、蔵の中の家具を吹き飛ばし、窓ガラスを揺らす。
「うわわっ!?」
マナが慌てて結界を張り、爆風を防ぐ。 煙が充満する中、改蔵とミミの姿がかき消える。 静寂。 そして、焦げ臭い匂い。
「……ごほっ。やりすぎたか?」
煙が晴れると、そこには異形の姿へと変貌したミミが横たわっていた。 彼女の地雷系ファッションは、より過激で戦闘的なメカニカルな装甲へと変化していた。 フリルのついたブラウスは硬質化して胸部装甲となり、スカートの下からは無数のコードや導火線が血管のように伸びている。 手足には重厚なガントレットとブーツが装着され、その表面には明滅する赤い警告灯のようなライトが埋め込まれている。 背中には、巨大なミサイルポッドのような形状をしたバックパックが接続され、シューシューと蒸気を噴き出している。 そして、左手首の包帯は、鎖で繋がれた棘付きの手榴弾のようなアクセサリーに変わっていた。 『
「はぁ……はぁ……。すごい……」
ミミはゆっくりと起き上がった。 ガシャン、と重厚な音がする。 その瞳は以前のような虚ろなものではなく、カッと見開かれ、狂気的な光を放っている。 瞳孔の中には、
「身体中が……熱い。何でも壊せそう。力が……溢れてくる」
ミミは自分の手を見つめた。 指先からチリチリと火花が散っている。 彼女は近くにあった古びた木製の椅子を指差した。 「バーン」と口で言うと同時に、指先から赤い光弾が放たれ、椅子が粉々に吹き飛んだ。
「あはは! 最高! これなら、ムカつく奴ら全員消し炭にできる! あたしを馬鹿にした奴ら、みんな爆破してやる!」
ミミは狂ったように笑い出した。 その笑顔は無邪気で、そして残酷だった。 力の奔流。 破壊の快感。 今まで抑圧されていたものが全て解放された喜び。 彼女は改蔵に向き直り、その首に冷たいガントレットを装着した腕を回した。
「ねえ、マスター。あたし、強くなったよ。これで、あんたの敵も、あんたに近づく泥棒猫も、全部爆破してあげる」
ミミの身体から、危険な熱気が伝わってくる。 感情が高ぶっている証拠だ。 抱きしめられているだけで、いつ自爆されるかわからない恐怖。 普通の人間なら逃げ出すだろう。 だが、改蔵は平然としていた。
「頼もしいな。だが、俺まで巻き込むなよ? アジトを吹き飛ばされたら寝る場所がなくなる」
「……約束できない。だって、好きすぎて爆発しちゃいそうだもん。あんたのこと考えると、胸の奥が熱くなって、ドカンっていきそうなの」
ミミは改蔵の胸に顔を埋めた。 彼女の背中のバックパックから、プシューッという甲高い排気音が漏れる。 それはまるで、彼女の重すぎる愛が蒸気となって噴出しているかのようだった。
「重たい女だな。……ま、悪くねえ」
改蔵はミミの頭を撫でた。 その髪からは、シャンプーの香りと共に、硝煙の匂いがした。 危険で、刺激的な匂いだ。
「改蔵様……。あの子、本当に取扱注意ですよ。ちょっとした刺激で連鎖爆発を起こしかねません」
マナが結界を解きながら、恐る恐る近づいてくる。
「ああ。これからは丁重に扱ってやらねえとな。……とりあえず、ガス抜きが必要だ」
「ガス抜き?」
ミミが首を傾げる。 その動作に合わせて、ガントレットの警告灯が点滅する。
「ああ。お前の中に溜まった爆発エネルギーを、定期的に発散させてやらねえと、いつか本当に暴発するからな。俺の『消化活動』に付き合ってもらうぞ」
改蔵は再びミミを押し倒した。 今度は、優しく、しかし確実に彼女の中の熱を『鎮火』させるために。
「えへへ。またしてくれるの? 嬉しい。……嬉しいから、また爆発しちゃうかも」
「爆発するのは俺の方だ。いくぞ」
アジトの夜は、爆音と嬌声に包まれて更けていった。 孤独だった少女は、最強の破壊兵器となり、そして誰よりも愛に依存する厄介な怪人として生まれ変わった。 彼女の愛は重く、熱く、そして何よりも危険だ。 だが、それこそが悪の組織に相応しい、夜空を焦がす『花火』なのかもしれない。