蒸し風呂のような熱気が籠もるアジトの居間。 黒野改蔵は、畳の上で身動きが取れずにいた。 物理的な拘束ではない。 精神的、かつ熱量的な拘束だ。
「……マスター。ねえ、マスター」
改蔵の胸板の上には、灰田ミミが張り付いていた。 彼女は昨夜の『儀式』を経て地雷怪人へと変貌を遂げたが、普段は人間の少女の姿に戻っている。 だが、その内面にある『重さ』は、怪人化する前よりも遥かに増大していた。
「心臓の音、聞こえる。ドクン、ドクンって。……これ、あたしのこと考えてる音?」
ミミは改蔵の胸に耳を押し当て、うっとりとした表情で呟く。 その身体は、夏の暑さとは無関係に、内側からの熱で火照っていた。 彼女の肌からは、かすかに火薬の匂いが漂っている。
「違うな。ただのポンプの音だ」
改蔵が素っ気なく答えても、ミミは幸せそうに笑う。
「照れちゃって。可愛い。……ねえ、好きって言って。爆発しそうなくらい好きって言って」
ミミの指先が、改蔵の首筋をなぞる。 その指先が触れた場所が、チリチリと焼け付くように痛む。 彼女の感情が高ぶると、周囲の温度が上がるのだ。 まさに歩く暖房器具。 この猛暑の中では拷問に近い。
「あーもう! 暑いですミミさん! 改蔵様の体温が上がっちゃうじゃないですか!」
横で団扇を仰いでいた小悪魔マナが、たまりかねて抗議する。
「うるさいな。あんたは引っ込んでてよ。今、愛の充電中なんだから」
ミミがギロリとマナを睨む。 その瞳孔の奥で、赤い光が明滅した。 危険信号だ。
「喧嘩すんな。……ミミ、お前そろそろ限界だろ」
改蔵がミミの背中をポンと叩く。 彼女の背中からは、シューッという蒸気のような排気音が漏れ始めていた。 キャパシティオーバー。 愛されたいという欲求と、破壊したいという衝動が飽和状態になりつつある。
「……うん。なんか、ムズムズする。お腹の奥が、熱くて、痛い」
ミミが苦しげに胸を押さえる。
「ガス抜きが必要だな。……マナ、仕事だ」
「はいっ! ちょうどサイトウさんからも『都心部での陽動および破壊工作』の要請が来ています!」
マナが素早くタブレットを操作する。
「ミミさん、出番ですよ。貴女の中に溜まったその熱いエネルギー、街中で思いっきりぶちまけてきてください!」
「……ぶちまける?」
ミミが顔を上げる。
「ああ。俺への愛を、世界中に見せつけてこい。一番派手な花火を打ち上げてな」
改蔵がニヤリと笑うと、ミミの表情がパァッと輝いた。
「花火……! うん、やる! あたしの愛がどれだけ凄いか、世界中の奴らに分からせてやる!」
ミミは跳ね起きた。 その瞬間、彼女の身体が光に包まれ、フリルと装甲が入り混じった怪人形態へと変化する。
「行ってきます、マスター! 特大のやつ、プレゼントするからね!」
「おう。期待してるぜ」
マナが転送ゲートを開く。 ミミは改蔵に投げキッス(物理的な爆風付き)を送ると、勇んでゲートの中へと飛び込んでいった。
「……ふぅ。やっと涼しくなったな」
改蔵は汗を拭い、寝転がり直した。 だが、すぐに左右から別の熱源が忍び寄ってくる。
「神主様。ミミちゃんがいなくなりましたし……私たちも『ガス抜き』が必要ですよね?」
「マスター。あいた。ここ、あいた」
イスズとメイが、ミミが退いたスペースに滑り込んでくる。 どいつもこいつも、隙あらば密着しようとする連中ばかりだ。
「……たく。お前らもかよ」
改蔵は苦笑しながらも、二人を受け入れた。 外では爆発的な愛のショーが始まろうとしているが、ここではもっと湿度の高い愛の営みが始まろうとしていた。
***
都心の繁華街。 かつてミミが座り込んでいたあの広場の上空に、黒い雷雲のようなゲートが開いた。 そこから降ってきたのは、一人の少女……いや、兵器だった。
「あはははは! 見て! 私を見て!」
ドォォォォン! 着地と同時に衝撃波が発生し、周囲のガラス窓が一斉に砕け散る。 噴煙の中から現れたのは、地雷怪人となったミミだ。 彼女は両手を広げ、空に向かって叫んだ。
「愛してる! 愛してるってば! ねえ、聞こえてる!?」
彼女が腕を振るうたびに、手首のグレネードランチャーから光弾が乱射される。 ズガガガガッ! アスファルトがめくれ上がり、信号機がへし折れる。 逃げ惑う人々、鳴り響くサイレン。 その阿鼻叫喚の中心で、ミミは踊るように破壊を撒き散らしていた。
「ほら、綺麗でしょ! 花火みたい!」
彼女は自分の胸を叩いた。 ボンッ! 胸部装甲が自爆し、強烈な爆風を生む。 だが、次の瞬間には煙の中から無傷の身体が現れる。 再生能力。 彼女は自分自身を爆弾として使い捨て、何度でも蘇る「歩く弾薬庫」なのだ。
「痛い! でも熱い! 生きてるって感じがするぅ!」
痛みと破壊の快感に酔いしれながら、ミミは街を火の海に変えていった。 彼女にとって、これは侵略ではない。 自分という存在を、世界に刻みつけるための、あまりにも過激な自己表現だった。
***
「ヒャハハ! 派手にやってるじゃねえか!」
アジトの居間。 改蔵は魔術モニターに映る大爆発を眺めながら、酒をあおっていた。 画面が白く染まるたびに、アジトの窓ガラスもビリビリと共振する。 まるで特等席で花火大会を見ている気分だ。
「改蔵様! 音量が大きすぎます! 近所迷惑ですよ!」
小悪魔マナが耳を塞ぎながら抗議するが、その顔は紅潮している。 爆音の振動が、直接肌に伝わってきて心地よいのだ。
「いいんだよ。祭りは賑やかな方がいい」
改蔵はマナを引き寄せ、そのレオタードの中に手を滑り込ませた。
「ひゃうっ! い、いきなり……!」
「ミミのやつが外で頑張ってるんだ。俺たちも応援してやらねえとな」
「応援って……こんなことですかぁ?」
「ああ。熱気には熱気で返すのが礼儀だろ」
改蔵はマナを押し倒した。 その横では、五十嵐イスズが心配そうに、しかし熱っぽい瞳でモニターを見つめている。
「ミミちゃん……あんなに爆発して、大丈夫なんでしょうか。お腹空かないかしら」
「あいつの燃料は『感情』だ。キレてる間は無敵だよ」
改蔵はマナの秘所を弄りながら、イスズにも手招きした。
「ほら、お前も来い。爆音をBGMに一発やるぞ」
「は、はい……。不謹慎ですけど……興奮しちゃいます」
イスズが着物の裾を乱して這い寄る。 足元ではサキュバス怪人のメイが、すでに改蔵のズボンを下ろしてスタンバイしていた。
「マスター。はやく。どかんってして」
アジトの中もまた、外の惨状に負けないほどの熱量で満たされ始めていた。
***
広場の惨状を見かねて、ついに正義の味方が到着した。 ジャスティンジャーの五人だ。
「そこまでだ! 爆弾魔!」
レッドが叫び、瓦礫の上に降り立つ。
「街を破壊して何が楽しい! 人々を傷つけるな!」
ピンクが鞭を構える。
「あ? 誰あんたたち」
ミミは興味なさそうに首を傾げた。 ガシャリ、と首元の装甲が音を立てる。
「邪魔しないでよ。あたし今、愛を叫んでるの。世界中に届くように」
「それが愛かよ! ただの暴力だろ!」
ブルーが銃を撃つ。 ビーム弾がミミに直撃する。 ドォォン! 煙が上がる。
「やったか!?」
グリーンが身を乗り出す。 だが、煙の中からミミの声が響いた。
「……痛いじゃん」
無傷ではない。 肩の装甲が吹き飛び、皮膚が焼け焦げている。 だが、その傷口から赤い泡のようなものが溢れ出し、瞬く間に組織を修復していく。
「でも、気持ちいい。もっとやって。もっと壊して」
ミミがニヤリと笑う。 その瞳孔が開く。
「お返しだよ。受け取れぇぇぇ!」
彼女は背中のミサイルポッドを一斉発射した。 ヒュルルルル……! 無数の小型ミサイルが、意思を持ったようにヒーローたちに襲いかかる。
「散開しろ!」
レッドの指示で五人が飛び散る。 ズガガガガガッ! 広場が更地になるほどの爆撃。
「くそっ! なんて火力だ!」
イエローが盾で防ぐが、衝撃で吹き飛ばされる。
「あはははは! 逃げろ逃げろ! 爆風鬼ごっこだよ!」
ミミはガントレットを打ち合わせ、自身の腕を起爆させた。 ボンッ! 腕が吹き飛ぶ推進力で加速し、ブルーに肉薄する。
「なっ!? 自分の腕を!?」
「すぐに生えるもん!」
ミミは再生しかけのドロドロの腕で、ブルーの顔面を殴りつけた。 同時に、その拳の中で手榴弾を炸裂させる。
「至近距離爆破!」
ドゴォォォン!
「ぐあぁぁぁっ!」
ブルーが火だるまになって転がる。 狂っている。 自分のダメージを顧みない特攻スタイル。 痛みを感じないわけではない。 痛みすらも「生の実感」として快楽に変えているのだ。
「こいつ……ヤバいぞ! 普通の怪人じゃない!」
レッドが焦る。 倒しても再生し、近づけば自爆する。 攻略法が見当たらない。
「どうする!? このままじゃ街がなくなるぞ!」
「持久戦は不利だ! 一気に決めるしかない!」
ヒーローたちが追い詰められていく。 その様子を、ミミは恍惚の表情で見下ろしていた。
「いい気味。リア充ヒーローなんて、みんな爆発しちゃえ」
彼女の胸の奥で、黒い感情がさらに膨れ上がる。 もっと。 もっと激しく。 あたしの中の虚しさを、爆炎で埋め尽くして。
***
「おおーっ! いけえミミ! ぶっ飛ばせ!」
アジトの改蔵は、マナと繋がりながら歓声を上げた。 ドパンッ、ドパンッ! 激しいピストンが、爆発音とシンクロする。
「ああっ! 改蔵様っ! そんなに突いたらっ! 私も爆発しちゃいますっ!」
マナが涙目で喘ぐ。 彼女の子宮口が、改蔵の剛直によって何度もノックされている。
「爆発しろ! 一緒に弾けろ!」
改蔵はマナの腰を固定し、さらに速度を上げた。 背中からはイスズが抱きつき、耳元で甘い吐息を吹きかける。
「神主様……ミミちゃん、すごいエネルギーですね……。私、あんな風に激しくはなれませんけど……」
「お前にはお前の良さがある。この包容力は最強の防具だ」
改蔵はイスズの手を取り、自分の胸に当てさせた。 激しい鼓動。
「マスター。わたしも。わたしも」
メイが下から改蔵の睾丸を優しく愛撫する。 三者三様の愛し方。 だが、画面の中のミミだけは、一方的で破壊的な愛を撒き散らしている。
「あいつ、そろそろ限界だな」
改蔵は冷静に分析した。 ミミの再生能力は、彼女の
「最後まで見届けてやるか。あいつの『愛』の結末をな」
改蔵はマナの最奥を突き上げ、射精の構えに入った。
***
広場は焦土と化していた。 ミミは肩で息をしていた。 再生速度が落ちている。 吹き飛んだ腕が戻るのに、数秒かかるようになっていた。
「はぁ……はぁ……。なんか、身体が重い」
ミミはよろめいた。 胸の奥の熱が、急速に冷めていくのを感じる。 寂しい。 急に、猛烈な寂しさが襲ってきた。 あんなに爆発させたのに。 あんなに壊したのに。 やっぱり、あたしの心は空っぽのままだ。
「……ねえ。誰か」
ミミは手を伸ばした。 その手は煤で汚れ、震えている。
「あたしのこと、見てよ。抱きしめてよ」
その隙を見逃すほど、ヒーローたちは甘くなかった。
「今だ! 再生が遅れている!」
レッドが叫ぶ。 五人がボロボロの身体を起こし、武器を合体させる。
「これで終わりにする! ジャスティン・バスター!」
巨大な砲口がミミに向けられる。 エネルギー充填。
「……あ」
ミミは逃げなかった。 逃げる気力がなかった。 ただ、ぼんやりとその光を見つめた。 綺麗だな、と思った。 あたしの爆発より、ずっと真っ直ぐで、眩しい光。
(……マスター。見ててくれたかな) (あたしの花火、綺麗だった?)
彼女は目を閉じた。 最後くらい、誰かに届いてほしかった。
「ファイヤアアアア!」
極太のビームが放たれた。 閃光が広場を包み込む。 爆音。 そして、静寂。
***
「……終わったか」
アジトの改蔵は、果てた後の脱力感の中で呟いた。 マナの中にたっぷりと注ぎ込み、今は賢者タイムの真っ只中だ。 モニターの中では、煙が晴れ、変身の解けたミミが倒れているのが映し出されていた。 ボロボロの服。 傷だらけの身体。 だが、その顔はどこか憑き物が落ちたように穏やかだった。
「確保! 命に別状はない!」
レッドがミミに駆け寄る。 彼女は手錠をかけられ、連行されていく。 怪人としての記憶は失われているだろう。 だが、あふれんばかりの感情を爆発させた経験は、彼女の心の澱を少しは軽くしたかもしれない。
「……更生施設行きか。まあ、あいつにはその方がいいかもな」
改蔵はタバコに火をつけた。 孤独な広場で腐っていくより、管理された場所で規則正しく生きる方が、案外彼女には向いているのかもしれない。 あるいは、そこで新たな「重たい愛」を見つけるかもしれない。
「神主様。ミミちゃん、さようならですね」
イスズが改蔵の背中を拭きながら言う。
「ああ。短え付き合いだったが、退屈はしなかったぜ」
改蔵は煙を吐き出した。 少し寂しいが、これが悪の組織の日常だ。 出会いと別れ。 そして、欲望の消費。
「改蔵様……。また、新しい子を探しますか?」
マナが気だるげに身を起こし、尋ねる。
「そうだな。夏はまだ続く。次はもっと……そうだな、元気のいいやつがいいな」
改蔵は笑った。 湿っぽいのは終わりだ。 次に行こう。 このアジトは、いつでも欲望を受け入れる準備ができているのだから。
「その前に、もう一回戦どうですか? まだ日が暮れてませんよ」
マナが悪戯っぽく微笑む。
「……たく。お前らも底なしだな」
改蔵は苦笑しながらも、再びマナを引き寄せた。 外では蝉が鳴いている。 地雷少女の爆発は終わったが、このアジトの熱狂は、まだまだ冷めそうになかった。