日本の片田舎にひっそりと佇む、古びた木造アジト。 エアコンのない室内では、扇風機がぬるい風をかき回し、軒先の風鈴がチリンと涼やかな音を立てている。 本来ならば、住人たちがダラダラと昼寝をむさぼる、最も平和で退屈な時間帯のはずだった。 だが、今日の六畳間は、満員電車並みの人口密度と、サウナ以上の熱気、そして何より一触即発の火花に包まれていた。
「……おい。狭いぞ」
黒野改蔵は、畳の上で身動きが取れなくなっていた。 ランニングシャツにステテコ姿で寝転がろうとした彼の周囲には、いつものメンバーである五十嵐イスズ、小悪魔マナ、サキュバス怪人メイに加え、本来ここにはいないはずの『本部所属』の女たちが、示し合わせたかのように詰めかけていたからだ。
事の発端は、数時間前に遡る。
***
午前10時。東京都港区。 煌びやかなテレビ局のスタジオを飛び出したトップアイドル、石川カスミ(怪人名:ミスティ)は、湾岸エリアの倉庫街にいた。 海風が吹き抜けるその場所は、一瞬にして地獄の窯の底へと変貌していた。
「アッハハハハハ! どうしたの!? その程度!?」
ミスティの高笑いが響き渡る。 漆黒のボンテージに身を包んだ彼女は、コンテナの上に立ち、眼下の敵を見下ろしていた。 正義の科学研究所の精鋭部隊。 強化外骨格を装備した数十人の兵士たちが、彼女に向けて一斉射撃を行っている。 だが、その弾丸はミスティに届くことすらない。 彼女の周囲に展開された魔力障壁が、物理法則を無視して全てを弾き返していた。
「効かないわよ。豆鉄砲なんて」
ミスティが指先を優雅に振るう。 それだけで空間に紫電の鞭が走り、兵士たちをなぎ倒した。 爆発。悲鳴。鉄屑と化す新型兵器。
「化け物め……! 総員退避!」
「逃がすわけないでしょ。私のステージはまだ終わってないわ」
ミスティは両手を広げた。 背中から漆黒の翼のような魔力が噴出する。 彼女は空中に浮遊し、掌に巨大なエネルギー弾を生成した。
「消えなさい。デッドリー・スターライト!」
閃光が倉庫街を飲み込んだ。 轟音と共に巨大なキノコ雲が上がる。 圧倒的な破壊力。 彼女一人で一個師団を壊滅させるほどの力。 それが、黒野改蔵によって作られた第五の四天王『魔人ミスティ』だ。
「……フン。他愛ないわね」
ミスティは瓦礫の山に降り立った。 敵は全滅。任務完了だ。 高揚感が全身を駆け巡る。 やはり私は特別だ。誰よりも強く、誰よりも美しい。 だが。 その絶頂の瞬間に『それ』はやってきた。
「……ッ!?」
ドクン。 心臓が嫌な音を立てた。 視界がぐらりと歪む。 手足の先から急速に力が抜けていく感覚。 寒気。そして猛烈な倦怠感。
「あ……う……」
ミスティはその場に膝をついた。 ボンテージ越しに冷や汗が噴き出す。 まずい。やりすぎた。 雑魚相手に最大出力の技をぶっ放してしまった。 彼女の身体は、強大な魔力を出力できる反面、燃費が最悪なのだ。
「ガス……欠……」
彼女の身体から魔力の光が消えていく。 それは彼女にとって『死』にも等しい恐怖だった。 魔力がなくなれば、彼女はその存在を維持できない。 ただの無力な少女に戻ってしまう。いや、それ以下だ。 魔力に蝕まれた身体は、外部からの供給なしには呼吸することさえ苦痛に変わる。
「はぁ……はぁ……!」
身体が熱い。なのに寒い。 そして何よりも身体の奥底が疼く。 魔力をよこせと、細胞の一つ一つが悲鳴を上げている。
「マスター……プロデューサー……」
彼女の脳裏に浮かぶのは一人の男の顔だった。 だらしなくて、スケベで、どうしようもない男。 黒野改蔵。 だが今の彼女にとって、彼は唯一無二の『生命線』であり、魂が求める『麻薬』だった。
「帰らなきゃ……。早く……充電しないと……」
彼女は震える手で通信機を取り出した。 プライドも何もない。ただ助かりたい一心だった。
「マナ……! 聞こえる!?」
『はい! ミスティさん! 任務完了ですね! さすがです!』
通信機から無邪気な声が返ってくる。
「迎えに来て……! 今すぐ! 限界なの……!」
『えっ!? またですか!? つい先日もガス欠したばかりじゃ……』
「いいから! 早くしなさいよこの駄犬! 死んじゃう……! 私が死んじゃうのよ!」
彼女は半泣きで叫んだ。 その姿にはアイドルの華やかさも魔人の威厳もない。 ただの禁断症状に苦しむ哀れな女だった。
***
正午。都心、某イベント会場。 悪の組織本部・広報宣伝部による、大規模な洗脳イベントが開催されていた。 巨大なモニターに映し出されているのは、ピンクブロンドの髪とウサギの耳を持つ美少女、月村ウナだ。
「みなさーん! こんにちはー! ウナだよー!」
ウナが手を振るだけで、広場に集まった数千人の群衆から地鳴りのような歓声が上がる。 彼女の全身から放たれる『チャーム・フェロモン』は、見る者すべての理性を溶かし、彼女への好意を強制的に植え付ける。 視聴率は驚異の50%超え。 街中のモニターが彼女の笑顔でジャックされていた。
「ウナちゃん! こっち向いて!」 「可愛い! 世界一可愛いよ!」
人々が熱狂する。 悪の組織への入団希望者が殺到し、サーバーがダウンするほどの反響だ。 だが。 ステージ上のウナは、ふぁぁ、と小さなあくびを噛み殺していた。
(……つまんない)
彼女は心の中で呟いた。 確かに、みんな私を見ている。 チヤホヤしてくれる。 でも、それだけだ。 彼らの目は濁っている。ただの欲望の操り人形だ。 私が欲しいのは、もっと強くて、熱くて、私の芯まで焦がしてくれるような視線なのに。
(マスター……今、何してるのかな)
アジトでの生活を思い出す。 膝の上で撫でられた時の安心感。 耳元で囁かれた時のゾクゾクする感覚。 そして、夜の布団の中で……。
「……あーあ。もういいや」
ウナはマイクを下ろした。
「えっ? ウナ様? まだイベントの途中ですが……」
進行役の戦闘員が慌てる。 だが、ウナはニッコリと笑って言った。
「飽きちゃった。帰るね」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってください! 今帰られたら暴動が!」
「知らないもん。私、マスターに会いたくなっちゃったんだ」
ウナはウィンクをすると、自身の足元に転送魔法陣を展開した。
「マナちゃーん! アジトの座標開いてー!」
自分勝手なアイドル怪人は、数万人のファンと胃の痛くなるような責任を置き去りにして、光の中に消えた。
***
午後1時。悪の組織本部・医療局。 無機質な白で統一された研究室で、ドクター・レンは顕微鏡を覗き込んでいた。 彼女の周りには、健康診断を待つ戦闘員たちの行列ができている。
「次の方ー。……はい、異常なし。次」
レンは相手の顔も見ずに診断を下していく。 あまりにも事務的だ。 彼女にとって、一般の戦闘員などモルモット以下の存在でしかなかった。
「あの、局長。最近腰が痛くて……」
「湿布でも貼っておいてください。……はぁ」
レンはため息をつき、顕微鏡から目を離した。 つまらない。 研究対象として魅力を感じる「検体」が、ここにはいない。
「……やはり、オリジナルのデータを採取しなければ」
彼女は白衣のポケットから一枚の写真を取り出した。 隠し撮りされた黒野改蔵の写真だ。 その岩のような肉体。 規格外の魔力生成能力。 そして何より、彼女自身を雌として屈服させたあの「機能」。
「ボスの『魔力生成機関』の定期点検が必要です。本部の最新機器でも測定不能な数値を、私が直々に触診して確かめなければ」
レンは立ち上がった。
「え? 局長? どこへ?」
「出張検診です。……重要検体が待っていますので」
レンはゴム手袋をパチンと鳴らし、颯爽と研究室を出て行った。 残された戦闘員たちは、ポカンと見送るしかなかった。
***
そして現在。午後2時。 古びたアジトの六畳間。
「はぁ……はぁ……。来たわよ……」
アジトの入り口で、漆黒のボンテージに身を包んだミスティが、這いつくばるようにして倒れ込んでいた。 彼女は汗だくで、乱れた髪が顔に張り付いている。 その瞳は焦点が合っておらず、魔力欠乏による震えが全身を襲っていた。
「おう。お帰り女王様。また派手にガス欠かよ」
改蔵は呆れたように見下ろした。
「魔力……ください……。空っぽなの……。早く……入れて……」
ミスティは改蔵の足首にすがりつき、頬ずりをした。 その姿は、かつてのトップアイドルのプライドなど微塵もない、ただのジャンキーだ。
「マスター! ぎゅってして! 充電して!」
さらに、ウナが改蔵の左腕にしがみついている。 彼女は本部支給の制服を脱ぎ捨て、勝手にイスズのエプロンを借りて「裸エプロン」姿になっていた。
「おいウサギ。お前は仕事中だろ」
「だって寂しかったんだもん! マスターの匂いがないと死んじゃう!」
「……不潔ですね。汗とフェロモンでベタベタです」
そして、冷静な顔をして改蔵の股間付近を陣取っているのが、ドクター・レンだ。 彼女は聴診器を改蔵の下腹部に当て、真剣な表情で
「心拍数上昇。血流増大。……海綿体の硬度、測定不能。素晴らしい検体です」
「レン。お前までサボりか?」
「サボりではありません。これは組織の最高戦力を維持するための、極めて重要な医療行為です」
三者三様の言い訳。 要するに、彼女たちは「本部よりアジトが好き」なのではない。 「黒野改蔵がいる場所」こそが、彼女たちにとっての唯一の居場所であり、帰るべき家なのだ。 しかし、それを面白く思わない者たちがいた。
「……改蔵様。大変ですね、モテモテで」
天井の梁から、小悪魔マナがジト目で言った。 彼女とイスズ、メイの「在住組」にとって、この「通い妻組」の襲来は、縄張りを荒らされる緊急事態だった。
「ちょっとウナちゃん! そこは私の
マナが降下し、ウナを引き剥がそうとする。
「やだ! 今日は早い者勝ちだもん! マナちゃんはずっと一緒にいるでしょ!?」
「わわ、皆おかえりなさい。でも、足の踏み場もないですねぇ……」
イスズが困った顔で訴える。 ミスティが改蔵の足元に陣取り、這いつくばっているせいで、イスズが移動できないのだ。 しかもミスティは、改蔵のステテコの紐を口で解こうとしている。
「あら、悪いわね。でも、今の私はエネルギー切れの乾いたスポンジなの。マスターのエキスを吸うまでは動けないわ。……んむっ! チュプッ!」
「マスター。わたしも、いる」
足元ではメイが、レンの白衣の裾を引っ張って牽制していた。
「……邪魔です、サキュバス。検診の妨げになります」
狭い六畳間で、六人の女たちの火花が散る。 嫉妬、独占欲、そして承認欲求。 室温はさらに上昇し、全員の肌から汗が噴き出す。 フェロモンの濃度が致死量になりそうだ。
「……あー、うるせえ!」
改蔵が一喝した。 全員の動きが止まる。
「お前ら、ガタガタ騒ぐな。暑苦しい」
改蔵は立ち上がった。 ステテコ姿の巨体が、女たちを見下ろす。 その目は、獲物を前にした肉食獣のようにギラギラと輝いていた。
「全員まとめて面倒見てやる。……これが悪の組織の『福利厚生』だ」
改蔵はランニングシャツを脱ぎ捨てた。 岩のような筋肉が露わになる。
「ミスティ、魔力が欲しいんだろ? ウナ、構って欲しいんだろ? レン、検診したいんだろ?」
「「「はいっ!」」」
本部組の三人が即答する。
「そして在住組。お前らも、客にデカい顔されて悔しいよな?」
「……お祓いしなきゃですね」
イスズが着物の帯に手を掛け、しとやかに、しかし大胆に微笑んだ。 マナとメイも頷く。
「よし。今日は『本部対アジト』の対抗戦だ。どっちが俺をより多く絞り出せるか、勝負といくか」
改蔵の宣言に、女たちの目の色が変わった。 それはもはや、愛欲を超えた『戦い』のゴングだった。
「望むところよ! 魔力さえあれば、私のテクニックは無敵なんだから!」
ミスティが震える手でボンテージを自ら引き裂くように脱ぎ捨てる。 その下着は、すでに待ちきれずに濡れそぼっていた。
「広報部の意地、見せる! 視聴覚攻撃開始!」
ウナが上気した顔で胸を強調する。
「……ふふ。興奮しますね。ボスの限界値、測定させていただきます」
レンが白衣を脱ぎ捨てる。
「在住組の結束力、舐めないでください! 連携攻撃です!」
マナがイスズとメイに合図を送る。 狭いアジトが、酒池肉林の戦場と化した。
その後の数時間は、言葉にするのも憚られるほどの狂乱だった。 特にミスティの暴走は凄まじかった。 彼女は改蔵の剛直を「給油ノズル」に見立て、飢えた野獣のように食らいついた。 「んぐッ! おっ、おいひい……! 魔力が……! 生き返る……!」
白目を剥きながら貪るその姿は、かつての清純派アイドルとはかけ離れた、魔力中毒者のそれだった。 ウナのフェロモンが充満し、レンの妖しい器具が唸りを上げる。 イスズの包容力が全てを受け止め、マナとメイが隙間を埋める。 汗と愛液が混ざり合い、畳に新たなシミを作っていく。
***
夕暮れ時。 戦いが終わり、静寂が戻ったアジト。 そこには、満足しきって折り重なるように眠る女たちの山と、その中心で悠然とビールをあおる黒野改蔵の姿があった。 ミスティは改蔵の股間に顔を埋めたまま、幸せそうなアヘ顔で気絶している。魔力は満タンになったようだ。
「……ふぅ。どいつもこいつも、元気すぎだろ」
改蔵は苦笑しながら、冷えたビールを喉に流し込んだ。 本部のサイトウからは、『怪人たちが全員行方不明になった』『作戦が中断した』『胃に穴が空きそうだ』という悲鳴のような連絡が山ほど入っていたが、今は無視だ。
「ま、たまにはこういう『里帰り』も悪くねえな」
改蔵は、足元で丸くなって眠るウナの長い耳を足の指で弄んだ。 彼女たちは、最強の怪人であり、組織の幹部だ。 だがここでは、ただの「愛されたい女」に戻れる。 この古びたアジトは、世界征服を企む悪の組織にとって、最も重要な
「……んぅ。マスター……だいすき……」
ウナが寝言を漏らし、改蔵の足首に頬ずりした。
「バカ野郎。店仕舞いだ。……また来いよ」
そう呟く改蔵の表情は、どこか満足げだった。 外ではヒグラシが鳴いている。 暑く、長く、そして騒がしい夏の一日は、こうして暮れていくのだった。 さて、明日は誰がどんな騒動を持ち込んでくるのやら。 悪の組織の黒幕に、休息の日は訪れない。