※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

68 / 110
60話

 日本の都心、その一等地に広大な敷地を構える白亜の大聖堂。 天を突く尖塔と、壁一面に施された精緻な彫刻は、この国における最大宗教組織の威光を無言のうちに語っている。 午後の柔らかな日差しがステンドグラスを透過し、極彩色の光となって聖堂の最奥、「祈りの間」に降り注いでいた。 そこは一般の参拝客はもちろん、下級の聖職者さえ立ち入ることのできない聖域中の聖域。 塵一つない大理石の床、金糸で刺繍された重厚なタペストリー、そして祭壇に祀られた巨大な女神像。 その荘厳な空間の中心にある豪奢な椅子に、一人の女性が深々と沈み込んでいた。

 

 聖乙女(ホーリーメイデン)ヒカリ。 この国、いや世界でも屈指の法力を持ち、数々の重要拠点を結界で守護してきた人類の希望。 純白の法衣に身を包み、聖杖を傍らに置いた彼女の姿は、まさに聖女と呼ぶに相応しい清らかさと慈愛、そして神秘性に満ちている。 ……はずだった。

 

「はぁ〜……。また一つ、歳を取っちゃいました……」

 

 ヒカリは、この世の終わりのような重たく湿った溜息を吐き出した。 その表情には、聖女としての威厳など欠片もなく、あるのはただ、疲労と焦燥感、そして行き遅れた女性特有の哀愁のみである。

 

「三十路ですよ、三十路。聖『乙女』なんて肩書き、もう詐欺じゃないですか? 公正取引委員会に訴えられたら負けますよ私。神様も意地悪すぎます。世界を救う前に、私の婚期を救ってくださいよぉ……」

 

 彼女はブツブツと独り言を漏らしながら、懐からスマートフォンを取り出した。 聖職者らしからぬ手つきでSNSを開く。 タイムラインには、かつての同級生や、先に引退していった後輩のシスターたちの投稿が並んでいる。 『結婚しました!』 『新しい家族が増えました!』 『旦那とハワイなう』 幸せそうな写真の数々。 それを見るたびに、ヒカリの眉間に深い皺が刻まれていく。

 

「いいね、なんて押してあげませんからね。……はぁ。私だって、結界張るよりお弁当作りたいですし、聖書読むよりファッション誌読みたいですし、神への愛よりイケメンへの愛を叫びたいんです!」

 

 バンッ! ヒカリはスマホを膝に叩きつけた。 周囲の空気がビリビリと震える。 彼女の精神状態が不安定になると、都心の重要拠点を守る結界にもノイズが走るという都市伝説があるが、あながち嘘ではないのかもしれない。

 

 コツ、コツ、コツ。 静寂な聖堂に、硬質なブーツの足音が響いた。 ヒカリは慌ててスマホを隠し、居住まいを正した。 聖女の仮面を被り直す。

 

「……嘆いている暇があるのか、聖女殿。結界が揺らいでいるぞ」

 

 入り口に立っていたのは、漆黒のライダースーツに身を包んだ、凛とした女性だった。 背中には身の丈ほどもある白銀の大剣を背負っている。 聖剣姫(せいけんき)キリハ。 かつて精霊に勧誘され、魔法少女として覚醒したが、魔法よりも剣の才能が開花してしまい、今は剣の道に生きる孤高の戦士だ。 フリフリの衣装などとうの昔に捨て去り、機能美を追求したその姿は、魔法少女というよりは暗殺者に近い。

 

「あら、キリハちゃん。久しぶりですね」

 

 ヒカリは優雅に微笑み、手招きした。

 

「相変わらず殺風景な格好ね。たまにはフリルのついたスカートでも履けば、殿方も寄ってくるでしょうに。素材はいいのにもったいないわ」

 

「……興味ない。服など、動きやすければそれでいい。それに、フリルなど戦闘の邪魔だ」

 

 キリハは短く答え、ヒカリの対面にドカッと座った。 二人は戦友であり、数少ない「同業者」としての友人でもある。 互いに一般社会とは隔絶された生き方をしているため、遠慮のない会話ができる唯一の相手だった。

 

「で? 今日はどうしたの? 懺悔なら受け付けるわよ? 『色気がなくてすいません』とか、『愛想が悪くて彼氏ができません』とか」

 

「冗談はよせ。……昨日のテレビ局の一件だ」

 

 キリハの表情が険しくなる。 昨日、イソギンチャク怪人ユキが引き起こした前代未聞の放送事故。 そして、ジャスティンジャーの男性陣が骨抜きにされ、キリハ自身も取り逃がしてしまった失態。

 

「あぁ、あれね。ニュースで見ましたよ。随分と……破廉恥な怪人だったとか。映像にはモザイクがかかっていましたけど」

 

「破廉恥などという言葉では生温い。あの怪人は、男の『本能』を直接食い物にしていた。物理的な攻撃ではなく、性的な快楽中枢を刺激し、戦意を喪失させる……。武人として、あのような戦い方は反吐が出る」

 

 キリハは悔しげに拳を握りしめた。 彼女はストイックだ。 戦いとは技と心のぶつかり合いであるべきだと信じている。 だが、最近現れる怪人たちは、そうした武道の理屈を無視し、ただひたすらに「欲望」と「性」を武器にしてくる。

 

「ジャスティンレッドたちがあそこまで無様に敗北するとはな。だらしなく涎を垂らして……同じ正義の味方として恥ずかしい限りだ」

 

「まあまあ。彼らも年頃の男の子ですし、免疫がなかったんでしょう。……それにしても、最近の悪の組織、傾向が変わってきましたよね」

 

 ヒカリが真面目な顔に戻る。

 

「以前はもっとこう、世界征服とか、破壊活動とか、分かりやすい『悪』だったじゃないですか。でも今は……なんというか、『個人の欲望』が暴走しているような……」

 

「ああ。ラミア怪人の異常な支配欲。アラクネ怪人の怠惰と執着。地雷怪人の破壊衝動。そして昨日のイソギンチャク……。どいつもこいつも、歪んだ性欲の塊だ」

 

「性欲、ですか……」

 

 ヒカリは言葉を濁し、少しだけ遠い目をした。 頬が微かに紅潮する。

 

「……ある意味、羨ましいですね」

 

「は?」

 

 キリハが怪訝な顔をする。

 

「だって、あそこまで自分の欲望に正直になれるなんて。私なんて、立場上『清廉潔白』を演じなきゃいけないし、合コンに行きたくても週刊誌の目が怖いし、マッチングアプリなんてもってのほかだし……」

 

「……話が逸れているぞ」

 

 キリハが冷たく突っ込む。

 

「ゴホン。……とにかく、敵の質が変わったのは事実です。そこで、私も少し調べてみたんです。敵のアジトの場所を」

 

 ヒカリは聖杖を手に取り、空中に魔法陣を描いた。 光の地図が浮かび上がる。 そこには、ここ数ヶ月で怪人が出現したポイントが赤い点で示されていた。

 

「見てください。高校、ネットカフェ、広場、テレビ局……。一見バラバラに見えますが、何か法則があるのではないかと霊視してみました」

 

「ほう。さすがは聖女だな。それで、奴らの巣は見つかったのか?」

 

 キリハが身を乗り出す。 アジトさえ分かれば、単身乗り込んで壊滅させるつもりなのだ。 だが、ヒカリは困ったように首を振った。

 

「それが……全く見えないんです」

 

「見えない?」

 

「はい。通常、怪人が移動すれば、そこには魔力の『足跡』が残ります。巣から出て、目的地へ向かい、また巣へ帰る。その痕跡を辿れば、アジトの位置は特定できるはずなんです」

 

 ヒカリは地図上の赤い点を指差した。

 

「でも、今回の怪人たちは違います。唐突に現れ、そして唐突に消えるんです。まるで、その場に『転送』されたかのように」

 

「転送……テレポートか」

 

 キリハが唸る。

 

「はい。しかも、極めて高度な空間魔法です。こちらの世界の物理法則を無視して、次元そのものを飛び越えています。痕跡を一切残さず、対象をピンポイントで移動させている……。恐らく、敵には空間制御のエキスパートがいますね」

 

 ヒカリの分析は正しかった。 小悪魔マナの転送魔法は、魔界の技術を応用したものであり、こちらの世界の探知魔法では追跡不可能なのだ。

 

「つまり、奴らの本拠地は特定できないということか」

 

「残念ながら。私の結界術を持ってしても、空間そのものを飛び越えてくる相手の出入り口を見つけるのは困難です。雲を掴むようなものですわ」

 

 ヒカリはため息をついた。 敵は神出鬼没。 しかも、その目的は「欲望の解放」という、極めて防ぎにくい精神汚染攻撃だ。

 

「厄介だな。待ち伏せもできず、後を追うこともできないとは」

 

 キリハは苛立ちを隠せない様子で、床をブーツで叩いた。

 

「ですが、一つだけ分かったことがあります」

 

 ヒカリが地図を消し、キリハの目を見つめる。 その双眸に、聖女としての鋭い光が宿る。

 

「今回の一連の怪人たち……彼女たちからは、共通して『強烈な依存』の気配がしました。誰かに愛されたい、誰かを独占したい、誰かに認められたい……。そんな渇望の念が、黒い糸のように何処かへ繋がっているように感じるのです」

 

「黒い糸?」

 

「ええ。物理的な場所は分かりませんが、彼女たちの心の『向き先』は同じです。……日本のどこかに、彼女たちの欲望を一心に受け止め、増幅させている『特異点』が存在します」

 

 ヒカリは胸の前で手を組んだ。

 

「それはとても禍々しく、それでいて……強烈に甘い匂いのする闇です。怪人たちは皆、その闇に抱かれることを望んでいる」

 

「特異点……。それが、組織の黒幕ということか」

 

 キリハが立ち上がる。 その瞳に、鋭い剣気が宿る。

 

「行くのか?」

 

「ああ。場所が分からないなら、出てくるまで片っ端から叩くしかない。不潔な怪人が現れたら、即座に斬り捨てる。……奴らが尻尾を出すまでな」

 

 キリハは背中の大剣に手を掛けた。 彼女にとって、男を誘惑し、堕落させる魔女は許すべき存在ではない。 ストイックな彼女の美学に反するからだ。 そして何より、そういった「不潔」な存在が蔓延ることで、世界が汚れるのが我慢ならない。

 

「これ以上、街を汚させるわけにはいかない。それに、ジャスティンジャーは当分使い物にならんだろう。男どもは精気を吸われて入院中。女どもは精神的なショックで立ち直れていない」

 

「まあ、あんなの見せつけられたらねぇ……。トラウマにもなりますよ。特にホワイトちゃんなんて、まだ純情そうですし」

 

 ヒカリは頬に手を当てて溜息をつく。 真面目なヒーローほど、搦め手には弱いものだ。

 

「私が斬る。全ての元凶を」

 

 キリハは踵を返した。 その背中には、悲壮なまでの決意が漂っている。

 

「……気をつけてくださいね、キリハちゃん。貴女まで『向こう側』に取り込まれないように。……深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている、と言いますから」

 

 ヒカリの忠告が、広い聖堂に虚しく響いた。 キリハが去った後、ヒカリは再び椅子に沈み込んだ。 先ほどまでの真剣な表情は消え、またもやだらしない三十路女の顔に戻る。

 

「はぁ……。私も現場に出たいなぁ。いっそ怪人に捕まって、『くっ殺せ!』的な展開になれば、素敵な騎士様が助けに来てくれるかも……」

 

「でも、今のジャスティンジャーじゃ頼りないし……キリハちゃんは助けてくれそうだけど、騎士様じゃないし……」

 

 ヒカリは天井を見上げた。 女神像が慈愛の眼差しで見下ろしているが、婚期までは世話してくれない。

 

「あーあ。どこかに、強くて、たくましくて、私を強引に攫ってくれるような悪い男の人、いないかしら。……聖女の禁忌を破るような、背徳的な恋……憧れるわぁ」

 

 彼女の妄想は、聖女にあるまじき方向へと暴走していた。 世界平和よりも自分の幸せ。 そんな俗な願いを抱えながら、最強の結界師は今日も一人、誰もいない祭壇の前で溜息をつくのだった。

 

 ***

 

 一方その頃。 日本の最北端、北海道。 どこまでも広がる原野の真ん中で、一人の男が孤独な戦いを繰り広げていた。 謎のヒーロー、覆面ライダーである。 彼は変身スーツではなく、ただのライダースーツにプロレスのマスクを被っただけの、異様に強い一般人だ。

 

「ハアアアアッ! ライダー・チョップ!」

 

 ドゴォッ! 彼の手刀が、襲いかかってきた巨大なヒグマの脳天に炸裂した。 体重三百キロを超える巨獣が、白目を剥いて轟沈する。 ヒグマの口からは、食べかけの鮭がポロリと落ちた。

 

「……ふぅ。また場所を間違えたか」

 

 覆面ライダーは汗を拭い、周囲を見渡した。 見渡す限りの大自然。 ラベンダーの香りが風に乗って漂ってくる。 東京のビル群など、影も形もない。

 

「俺の勘では、こっちの方角から『悪の気配』がしたんだが……」

 

 彼は懐からボロボロの手書きの地図を取り出し、首をひねった。 極度の方向音痴である彼は、東京を目指して愛車(バイク)を走らせていたはずが、なぜか青函トンネルを越えて北海道に上陸してしまっていたのだ。 しかも、本人はまだここが「東京のちょっと奥地」だと思っている。

 

「まあいい。悪あるところに我あり。この地の平和は俺が守る」

 

 彼は気絶したヒグマを優しく介抱し(鮭を口に戻してやった)、再びバイクに跨った。

 

「待っていろ、悪の組織よ! 俺が着くまで、あと……どれくらいだ? ここは練馬あたりか? それとも八王子か?」

 

 エンジン音が北の大地に空しく響き渡る。 彼が本州に戻り、改蔵たちと邂逅するのは、まだ当分先の話になりそうだった。

 

 ***

 

 それぞれの場所で、それぞれの思惑が交錯する。 剣に生きる者。 愛に飢える者。 道に迷う者。 彼らの運命の糸は、知らず知らずのうちに、あの一軒の古びたアジトへと手繰り寄せられていた。 だが、そのアジトの主である黒野改蔵は、そんなことなど露知らず、今日も元気に朝の「ラジオ体操(隠語)」に励んでいるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。