お盆を過ぎてもなお、日本列島を包む猛暑は衰えを知らず、むしろ最後の灯火を燃やすかのように激しさを増していた。 ジジジジジ……。 アブラゼミの合唱が、脳みそを直接揺らすような圧倒的な音圧で降り注ぐ午後。 エアコンのない古びた木造アジトは、天然のサウナと化していた。 開け放たれた縁側からは、熱波を含んだ風が吹き込み、軒先の風鈴がチリンと頼りない音を立てているが、その涼やかな音色さえも熱気に溶かされてしまいそうだった。
「……あつい。もうだめ。とける」
居間の畳の上で、サキュバス怪人のメイが液状化していた。 彼女は普段の執着心すら暑さに奪われたのか、手足をだらりと投げ出し、舌を出してハアハアと荒い息をついている。 その額には玉のような汗が浮かび、薄いキャミソールが肌に張り付いて、下の肢体を透けさせていた。 尻尾のハート型も、ぐったりと畳に落ちている。
「だらしない格好だな。少しはシャキッとしろ」
黒野改蔵は、氷水の入った桶に足を突っ込みながら、気だるげに言った。 彼自身もランニングシャツにステテコという、昭和の親父スタイルで涼を取っている。 手にした団扇をパタパタと動かすが、かき回されるのは熱気だけであり、首筋からは絶えず汗が滴り落ちていた。
「無理ですぅ……。魔界の暑さとは質が違います……。湿度が、湿度が高いんです……」
天井の梁から、小悪魔マナがコウモリのように力なくぶら下がっている。 彼女の黒いレオタードも汗で濡れ、艶めかしい光沢を放っていた。 普段なら元気に飛び回り、改蔵の周りを衛星のように旋回する彼女も、この日本の高温多湿には参っているらしい。
「ただいまー! マスター! 涼みに来たよ!」
突然、空間が歪み、ピンク色の魔法陣から元気な声が飛び出してきた。 月村ウナだ。 彼女は悪の組織本部のエリート
「おう、おかえり。本部はエアコン効いてて快適なんじゃないのか?」
「効きすぎて寒いんだもん。それに、マスターの匂いがしないと充電切れちゃう」
ウナは改蔵の背中に飛びつき、汗ばんだ肌に頬ずりをした。 彼女の肌もひんやりとしていて気持ちがいい。
「お待たせしました。特製のかき氷ですよ」
台所から、五十嵐イスズがお盆を持って現れた。 彼女は珍しく涼しげな藍色の浴衣姿で、髪をうなじで緩くまとめ、甲斐甲斐しく立ち回っている。 だが、その白く細いうなじや、浴衣の襟合わせの奥には、やはりじわりと汗が滲んでおり、動くたびに甘いフェロモンの香りが漂う。 氷の山が盛られたガラスの器が四つ、涼しげな音を立てている。
「おお、気が利くな。シロップは何だ?」
「今日はイチゴと、たっぷりの練乳にしてみました。……あ、きゃっ!」
イスズが畳の縁につまずき、よろめいた。 お盆の上のバランスが崩れ、山盛りのかき氷の一つがスローモーションのように滑り落ちる。 ドサッ。 冷たい氷の塊が、あろうことかあぐらをかいていた改蔵の股間めがけて落下した。
「うおっ!?」
「あぁっ! ご、ごめんなさい神主様! 冷たいですよね!?」
イスズが慌てて駆け寄る。 氷はステテコの上から改蔵のイチモツを直撃し、さらに溶け出した赤いシロップと白い練乳がドロリとかかってしまった。 赤と白の液体が混ざり合い、股間を濡らしていく様は、どこか背徳的なアートのようだ。
「つめてぇ! ……が、悪くねえな」
改蔵は一瞬身を縮めたが、すぐにニヤリと笑った。 猛烈な暑さの中、局所的に与えられた急激な冷却。 そして、股間を冷やす氷の刺激と、内側から湧き上がる熱のコントラストが、奇妙な快感となって彼を興奮させる。
「す、すぐに拭きますから! タオル、タオル……」
イスズがタオルを取り出そうとするが、改蔵はその手首を掴んだ。
「いいや。タオルはいらねえ。……お前の『舌』で掃除しろ」
「えっ……? で、でも……」
「練乳味だぞ? イチゴもついてる。嫌いか?」
改蔵が挑発的に言うと、イスズは顔を赤らめ、そして微笑んだ。
「……え、えと、大好きです。いただきますぅ」
イスズは四つん這いになり、改蔵の股間に顔を寄せた。 冷たい氷と、熱い剛直。 相反する二つの感触を、彼女は熱い舌で包み込み、貪り始めた。 ジュルッ、チュプ……。 氷を口の中で溶かしながら、シロップごとステテコの布地越しに吸い上げる音。
「……ずるい。わたしも、たべる」
それを見ていたメイが、這いずりながら近づいてくる。 暑さで溶けていたはずの瞳に、獲物を見つけた肉食獣の光が戻る。
「私も混ぜてください! 本部での
ウナも背後から改蔵の首に腕を回し、耳元を甘噛みし始めた。 暑さにダレていた女たちが、新たな「熱源」を見つけて活気を取り戻す。 アジトの午後は、かき氷よりも甘く、そして溶けるように淫らな時間へと変わっていった。
***
同時刻。 アジトから数キロ離れた場所にある、県立高校のグラウンド。 照りつける西日が、校庭の砂埃を黄金色に染め上げていた。 遠くからブラスバンドの練習音が聞こえる中、テニスコートでは激しいラリーの音が、蝉の声に負けじと響いている。 パコーン! パコーン! ボールを打つ乾いた音と共に、元気な掛け声が上がる。
「よっしゃあ! もう一本! まだまだいけるっしょ!」
坂倉アヤ(さかくら あや)は、ラケットを握りしめて叫んだ。 高校二年生。テニス部部長。 彼女の姿は、この猛暑の中でも圧倒的な生命力に満ち溢れていた。 太陽に愛されたような、健康的な小麦色の肌。 高い位置で結んだポニーテールが、動くたびに元気に跳ね、汗に濡れた毛先が頬を打つ。 着用しているのは、白とブルーを基調としたテニスウェアだが、激しい練習のせいで汗ぐっしょりだ。 背中や脇の部分は汗で生地が肌に張り付き、スポーツブラのラインや、背中の筋肉の動きがうっすらと透けている。 額から流れる汗が、長い睫毛を濡らし、頬を伝って顎から滴り落ちる。
「はぁ、はぁ……! 暑っつい!」
ラリーが途切れ、アヤは膝に手をついて息を整えた。 全身から湯気が上がりそうだ。 彼女は手首のリストバンドで顔の汗をぬぐうと、ベンチに置いてあったスポーツドリンクのボトルを掴んだ。 キャップを開け、上を向いて喉に流し込む。 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ! 喉を鳴らして一気に飲み干す。 口の端から溢れた雫が、首筋を伝って鎖骨の窪みに溜まり、さらにその下、ユニフォームの胸元へと吸い込まれていく。 その飲みっぷりは豪快で、見ていて清々しいほどだ。
「ぷはーっ! 生き返るぅ!」
アヤは空になったボトルを掲げ、太陽に向かって眩しそうに目を細めた。 その笑顔は、真夏のひまわりのように明るく、屈託がない。 汗臭さなど微塵も感じさせない、爽やかな『青春』の具現化だ。
「アヤ先輩! ナイッショーです! さすが部長!」
後輩の部員たちが駆け寄ってきて、タオルや新しいドリンクを渡す。 彼女たちの目は、憧れと尊敬に満ちていた。
「サンキュ! いやー、今日の西日はキツいねぇ」
アヤはタオルで顔をガシガシと拭いた。 日焼けした肌と、白い歯のコントラストが美しい。 彼女の太ももは、毎日の走り込みで引き締まっており、ミニスカートの下から伸びる脚線美は健康的でありながら、どこか肉感的な魅力を秘めていた。 特に、日焼けした肌と、靴下やウェアで隠れていた白い肌の境界線──『日焼け跡』は、見る者の想像力を掻き立てる魔性のラインだ。
「先輩、そろそろ上がりですか? もう完全下校時刻ですよ」
「んー、あとサーブ百本打ったら帰るわ! 夏の大会近いし、もっと追い込まないと!」
「ひゃくほん!? まだやるんですか!?」
「当たり前っしょ! 汗かいてなんぼだよ! ……それにさ」
アヤはラケットで肩をトントンと叩きながら、少しだけ妖艶な笑みを浮かべた。
「この、身体中が熱くなって、筋肉が悲鳴上げてる感じ……ゾクゾクして好きなんだよね。限界まで絞り出した後の水が、一番美味しいし」
彼女は動くことが好きだ。 汗をかくことが好きだ。 そして何より、自分自身を極限まで追い込み、その苦痛を快感に変える瞬間が好きだった。 その底なしのバイタリティと、隠されたマゾヒズムにも似たストイックさこそが、彼女の最大の武器であり、魅力だった。
「じゃ、お先! お疲れ!」
後輩たちが帰っていく。 一人残ったコートで、アヤは再びボールをトスした。 夕日が彼女の影を長く伸ばす。 身体を弓なりに反らせる瞬間、ユニフォームの裾がまくれ上がり、引き締まった腹筋とへそが露わになる。 バシィッ! 強烈なサーブが相手コートに突き刺さった。
***
アジトの居間。 かき氷プレイで一通り涼んだ(熱くなった)改蔵たちは、再び賢者タイムのまったりとした時間を過ごしていた。 扇風機の風がぬるい空気をかき回す中、改蔵はマナが投影したホログラム映像を眺めている。 そこに映っているのは、先ほどのテニスコートの光景だった。 一人の少女が、黙々とサーブ練習を続けている。
「……ほう」
改蔵の目が、画面の中のアヤに釘付けになった。 ボールを追いかけ、飛び跳ね、汗を撒き散らす少女。 その姿は、このジメジメしたアジトとは対極にある、カラッとしたエネルギーの塊だった。
「いい動きだ。見てるだけで暑苦しくなるくらい元気だな」
改蔵はニヤリと笑った。 彼が注目したのは、彼女のテニスの腕前ではない。 その身体から発散される、濃厚な『生命力』の匂いだ。
「マナ。こいつのデータは?」
「はいっ! 坂倉アヤ、17歳。テニス部の部長で、クラスのムードメーカーです。成績は中の下ですが、体育の実技だけは学年トップ。あだ名は『太陽の申し子』だそうです」
マナがタブレットを見ながら解説する。
「太陽の申し子、か。どうりで眩しいわけだ」
改蔵は画面を拡大した。 アヤがサーブを打つ瞬間。 汗で濡れた太もも、張りのあるヒップ、そして獲物を狙うような真剣な眼差し。
「スキャナーの反応はどうだ?」
「解析します! ……おおっ、これはすごいです!」
マナが興奮気味に声を上げる。 画面上のアヤの身体に、赤いパラメータがグラフとなって表示される。
「体力、持久力、瞬発力……全ての身体能力値がアスリート級です! でも、それ以上に特筆すべきは『統率力』と『フェロモン』の数値ですね」
「フェロモン?」
「はい。彼女、無自覚ですが、周囲の人間を惹きつけ、従わせるカリスマ性を持っています。部員たちが彼女の周りに集まってくるのは、単なる人望だけじゃありません。彼女の発する『女王の匂い』に、本能的に引かれているんです」
マナがにんまりと笑う。
「つまり、彼女は生まれながらの『クイーン』の素質を持っています。働き蜂たちを従え、巣を拡大していく……そんな
「なるほどな。元気印のテニス少女かと思えば、随分と業の深い素質を持ってやがる」
改蔵は舌なめずりをした。 汗だくで、泥だらけで、それでも輝いている少女。 その有り余るエネルギーを、もし悪の方向に転換させたらどうなるか。 健全なスポーツ少女を、ドロドロの蜜にまみれた女王様に変えてしまう。 その背徳感が、改蔵の征服欲を刺激した。
「あの健康的な肌が、俺の魔力でどう染まるか見ものだな。……それに、あの汗」
改蔵は画面の中のアヤが、シャツで汗をぬぐう仕草を見つめた。 光る汗の粒子が、まるで宝石のように見える。
「美味そうだ。あいつの汗で作ったスポーツドリンクなら、一気飲みできそうだぜ」
「うわぁ、変態ですね。でも、分かります」
マナが呆れつつも同意する。 ウナも画面を覗き込み、目を細めた。
「ふうん。元気そうな子。でも、私のほうが可愛いもん」
ウナが対抗意識を燃やす。
「神主様。あの子を次の『お友達』にするんですか?」
イスズが改蔵の膝に頬を寄せながら尋ねる。
「ああ、決まりだ。この暑さを吹き飛ばすには、あいくらい威勢のいいのが丁度いい」
改蔵は立ち上がった。 ステテコ姿だが、その瞳には狩人の光が宿っている。
「マナ。行ってこい。あの太陽娘を、俺たちの巣に招待するんだ」
改蔵が指令を下す。 獲物を捕らえるのは、小悪魔の仕事だ。
「了解です! 丁度涼みたかったところですし、一っ飛びしてきますね!」
マナはウィンクをすると、天井の梁から飛び降り、空中で一回転した。 パチン。 指を鳴らすと、彼女の足元に黒い魔法陣が展開される。 彼女はそのまま闇の中へと吸い込まれ、転送されていった。
***
テニスコート。 アヤは最後のサーブを打ち終え、肩で息をしていた。 時刻はもうすぐ夜の七時。 空は群青色に染まり、照明塔の灯りがコートを照らしている。
「ふぅ……。今日はこれくらいにしてやるか」
アヤは満足げに呟き、ボール拾いを始めた。 誰もいないグラウンド。 静寂。 その静けさの中に、不自然な足音が響いた。
コツ、コツ、コツ。
「え?」
アヤが顔を上げる。 コートの入り口に、一人の少女が立っていた。 黒いレオタード。背中の羽。金髪のツインテール。 この場所にはあまりにも不釣り合いな姿。
「……誰? 新入部員?」
アヤは警戒心よりも先に、好奇心を抱いた。 だが、少女……マナは、妖しく微笑んで一歩踏み出した。
「こんばんは、女王様。夜の練習、お疲れ様です」
「女王様? 何言ってんの?」
「貴女にぴったりの『合宿所』があるんですよ。冷房完備、食事付き、そして……素敵なコーチがマンツーマンで指導してくれる場所が」
マナが指を鳴らす。 アヤの足元に、魔法陣が浮かび上がった。
「な、なにこれ!? 光ってる!?」
アヤが驚いて後ずさりしようとするが、足が地面に張り付いたように動かない。
「さあ、行きましょう。貴女の汗と青春を、もっとドロドロに輝かせる場所へ!」
「ちょっ、待っ……!」
アヤの抗議は、光の中に飲み込まれた。 シュン! 魔法陣が収束し、テニスコートからは彼女の姿が消え失せた。 落ちたラケットだけが、カランと乾いた音を立てて転がった。
***
ドサッ! アジトの土間に、アヤが転がり落ちてきた。 受け身を取る間もなく、埃っぽい床に尻餅をつく。
「いったぁ……! なに!? どこここ!?」
アヤは慌てて周囲を見渡した。 古びた日本家屋。 カビと、蚊取り線香と、そして濃厚な男の匂い。 さっきまでの爽やかなグラウンドとは別世界だ。
「ようこそ、太陽の申し子。……随分といい汗かいてるじゃねえか」
奥から、黒野改蔵が現れた。 ステテコ姿で腹をボリボリと掻きながら、値踏みするようにアヤを見下ろしている。 その視線は、テニスボールを見る目ではない。 熟れた果実を見るような、ねっとりとした欲望に満ちていた。
「誰……? あんたが誘拐犯?」
アヤは睨み返した。 普通なら悲鳴を上げる場面だが、彼女の気の強さがそれを許さなかった。
「誘拐? 人聞きが悪いな。俺は『才能の発掘』をしてるだけだ」
改蔵はニヤリと笑い、一歩近づいた。 アヤの鼻先に、男の熱気が届く。 彼女の青春の1ページが、まもなく黒く、そして甘く塗り替えられようとしていた。