※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

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64話

 

 九月に入っても、太陽は反省の色を見せず、アスファルトを溶かさんばかりの情熱で地上を焦がし続けていた。

 ジジジジジ……。

 庭先のアブラゼミが、最後の生命力を燃やして絶叫している。

 古びた木造アジトの六畳間は、エアコンがないため、扇風機の生暖かい風だけが頼りだった。

 だが、今の黒野改蔵を苛立たせているのは、この猛暑ではない。

 楽しみにしていていた競馬中継が、突如として砂嵐に変わったことだった。

 

「……あ?」

 

 改蔵は、吸いかけのタバコを灰皿に押し付け、ブラウン管テレビを睨みつけた。

 画面は「ザザーッ」という無機質なノイズを垂れ流し、肝心の第4コーナーの映像を映し出さない。

 これでは、賭けた大穴の馬が勝ったのか、それとも馬肉になったのか分からないではないか。

 

「おい、マナ。テレビ壊れたぞ。叩けば直るか?」

 

 改蔵がステテコ姿で寝転がったまま、天井に向かって声をかける。

 すると、梁の上から小悪魔マナがコウモリのようにするりと降りてきた。

 

「叩かないでください、改蔵様。昭和の家電じゃないんですから……と言いたいところですが、このテレビは昭和製でしたね」

 

 マナは苦笑しながらテレビに近づき、画面に手をかざした。

 彼女の指先から魔法陣が展開され、機械の内部構造をスキャンしていく。

 

「神主様ー。スイカ冷えてますよー」

 

 台所から、五十嵐イスズがお盆を持って現れた。

 彼女の格好は、相変わらず改蔵から借りたブカブカの白いTシャツ一枚だけ。

 動くたびに裾がふわりと舞い、健康的で白く柔らかそうな太ももが惜しげもなく披露されている。

 彼女は改蔵の横に座ると、団扇でパタパタと風を送り始めた。

 その風に乗って、彼女自身の持つ甘いミルクのような香りと、蚊取り線香の匂いが漂ってくる。

 

「おう。……それよりテレビだ。いいとこだったんだよ」

 

「あら、映りませんか? 多分、アンテナの機嫌が悪いんですよ。私が『お祈り』しておきますね」

 

 イスズはテレビに向かって柏手を打ち、何やら呪文のようなものを唱え始めた。

 もちろん、直るわけがない。

 

「……マスター。わたし、ひま」

 

 改蔵の足元では、サキュバス怪人のメイがゴロゴロと転がっていた。

 彼女は改蔵のふくらはぎに頬ずりし、その剛毛の感触を楽しんでいる。

 尻尾のハート型が、メトロノームのように左右に揺れていた。

 

「改蔵様。これ、故障じゃありません」

 

 スキャンを終えたマナが、険しい顔で振り返った。

 

「故障じゃねえ? じゃあなんだ」

 

「ジャミングです。それも、極めて高度で悪意のある電子攻撃です」

 

 マナが空中にホログラムウィンドウを展開する。

 そこには、複雑な波形と、無数のエラーコードが滝のように流れていた。

 

「アジトの周辺だけでなく、この地域の通信網全体がハッキングされています。何者かが、広範囲にわたって電波障害を引き起こしているようです」

 

「ハッキングだあ? 暇人がいるもんだな」

 

 改蔵は鼻を鳴らした。

 世界征服を企む悪の組織のボスとしては、スケールの小さい悪戯に興味はない。

 だが、競馬中継を邪魔された恨みは深い。

 

「マナ。犯人はどこのどいつだ。突き止めろ」

 

「はいっ! 既に逆探知を開始しています! ……相手もなかなかの手練れですね。幾重にもプロキシを経由して、足跡を消しています。まるで電子の森に隠れたリスのようです」

 

 マナの目が、狩人のそれになった。

 彼女は魔法と科学を融合させた『魔導ハッキング』のスペシャリストだ。

 指先が高速で動き、見えない敵を追い詰めていく。

 

「見つけました! ……場所は、ここから数十キロ離れたマンションの一室!」

 

「よし。行ってシメてこい。ついでにテレビの修理代もふんだくってこい」

 

「了解です! 犯人の首根っこ掴んで、引きずり出してきます!」

 

 マナはウィンクをすると、自身の足元に転送魔法陣を展開した。

 シュン! という音と共に、彼女の姿がかき消える。

 残されたのは、ザザーッと鳴り続けるテレビのノイズ音だけだった。

 

 ***

 

 アジトから遠く離れた都市部。

 高級マンションの最上階にある一室は、昼間だというのに分厚い遮光カーテンで閉ざされ、深い闇に沈んでいた。

 その闇を照らすのは、壁一面に設置された数十台のモニターが放つ、青白いLEDの光だけだ。

 部屋の温度は、サーバー冷却のために極限まで下げられており、冷蔵庫の中のように寒い。

 ファンが唸る重低音が、部屋の主の呼吸音をかき消していた。

 

「……んー。飽きた」

 

 部屋の中央。

 高級なゲーミングチェアの上で、一人の少女が膝を抱えて丸まっていた。

 小森クルミ。

 年齢不詳。

 だが、その見た目はどう見ても小学生、あるいは発育の悪い中学生にしか見えない。

 身長137センチ、体重30キロ。

 上から69・49・70という、驚異のミニマムボディ。

 明るい茶色の長髪は手入れされておらずボサボサで、背中まで無造作に伸びている。

 彼女は、サイズの合っていないブカブカのパーカーを被り、常に眠そうな半眼でモニターを見つめていた。

 

「セキュリティ、ザルすぎ。もっと遊べると思ったのに」

 

 彼女の指先が、キーボードの上を踊る。

 カチャカチャカチャ……ッターン! 

 その速度は人間の限界を超えており、残像が見えるほどだ。

 彼女は今、暇つぶしに某国の軍事衛星の制御権を奪い、ついでに近所のコンビニの防犯カメラをジャックし、さらには地域のテレビ局の電波にノイズを混ぜて遊んでいた。

 悪意はない。

 ただ、自分の才能を持て余し、退屈を紛らわせたいだけ。

 そして、世界のどこかにいる「自分より凄い誰か」に、自分の存在を気づいてほしかったのかもしれない。

 

「……ん?」

 

 クルミの手が止まった。

 メインモニターに、警告を表す赤いウィンドウがポップアップしたからだ。

 

『WARNING: Unknown Access』

 

「逆探知……? 早い。警察のサイバー課じゃない。誰?」

 

 クルミの眠そうな目に、僅かに光が宿った。

 彼女が築き上げた鉄壁のファイアウォールが、まるで薄紙のように突破されていく。

 電子の迷宮を、一直線に駆け抜けてくる何者かの気配。

 

「へえ。やるじゃん。でも、捕まらないよ」

 

 クルミはニヤリと笑い、迎撃プログラムを起動させようとした。

 カウンターを仕掛け、相手のPCを焼き切ってやる。

 そう思った瞬間だった。

 

 部屋の空気が、ビリビリと震えた。

 

「──見ぃつけた♡」

 

 背後から、甘く、そして冷徹な声が聞こえた。

 

「っ!?」

 

 クルミが振り返る。

 そこには、誰もいなかったはずの空間に、黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから一人の少女が姿を現していた。

 黒いレオタード。背中の羽。金髪のツインテール。

 小悪魔マナだ。

 

「な、なに……? 3Dホログラム……?」

 

 クルミは目をぱちくりさせた。

 現実にはあり得ない光景。

 モニターの中の住人が、リアルに飛び出してきたような感覚。

 

「ホログラムじゃありませんよ。……随分と可愛い犯人さんですね。迷子の小学生ですか?」

 

 マナが床に降り立ち、クルミを見下ろした。

 クルミは椅子の上で小さくなり、マナを警戒するように睨み返した。

 

「誰。不法侵入。警察呼ぶよ」

 

「警察? 貴女がそれを言いますか? 世界中の回線にイタズラしておいて」

 

 マナは呆れたように肩をすくめた。

 そして、部屋中を埋め尽くすサーバー機材を見渡した。

 

「なるほど。これが貴女の『城』ですか。立派な機材ですが……使い方がなってませんね。こんなもので改蔵様の競馬中継を邪魔するなんて、万死に値します」

 

「競馬……? 何の話……?」

 

 クルミは首を傾げた。

 彼女にとって、自分のハッキングが具体的に誰にどのような迷惑をかけているかなど、興味の範疇外だった。

 ただのデータ上の数字遊びに過ぎないのだから。

 

「とぼけないでください。さあ、責任を取ってもらいますよ」

 

 マナが一歩近づく。

 クルミは本能的な恐怖を感じ、椅子の背もたれにしがみついた。

 逃げなきゃ。

 でも、どこへ? 

 ここは最上階。出口は一つだけ。

 そしてその前には、この得体の知れない侵入者が立っている。

 

「来ないで。私、対人スキル低いから。コミュ障だから」

 

「安心してください。これから連れて行くところは、コミュ力なんて必要ありません。必要なのは『従順さ』と『奉仕の心』だけですから」

 

 マナが指を鳴らす。

 クルミの周囲の空間が歪み、巨大な黒い布──風呂敷のような結界が出現した。

 

「な、なにこれ!?」

 

「お引越しですよ、お嬢ちゃん。貴女のその優秀な頭脳と、この機材ごと……全部まとめて没収です!」

 

 風呂敷が意思を持ったように動き、クルミと、彼女の愛用するPC、サーバーラック、ついでに食べかけのポテトチップスまでを包み込んでいく。

 

「いやぁぁぁ! 離して! 私のサンクチュアリがぁぁぁ!」

 

 クルミの悲鳴は、黒い布の中に飲み込まれた。

 マナは巨大な荷物を軽々と担ぎ上げ、満足げに微笑んだ。

 

「大漁ですね。改蔵様、きっと喜びますよ。新しいオモチャ……いえ、新しい『家族』が増えましたから」

 

 再び魔法陣が展開される。

 マナと巨大な荷物は、電子の要塞から跡形もなく消え去った。

 

 ***

 

 ドサッ! 

 

 アジトの六畳間に、巨大な塊が落下した。

 埃が舞い上がり、畳が悲鳴を上げる。

 

「うおっ!? なんだ、アマゾンでなんか頼んだか?」

 

 寝転がっていた改蔵が飛び起きた。

 団扇を仰いでいたイスズも、目を丸くして荷物を見つめている。

 

「ただいま戻りました、改蔵様! 犯人を確保してきましたよ!」

 

 風呂敷の上に、マナが着地した。

 彼女は誇らしげに結び目を解いた。

 バサリ。

 中から転がり出てきたのは、大量の電子機器と、コードに絡まった小柄な少女だった。

 

「いったぁ……。なんなのよ、もう……」

 

 クルミは目を回しながら、コードの山から顔を出した。

 そこには、彼女が見たこともない世界が広がっていた。

 カビ臭い畳。

 剥がれかけた砂壁。

 そして、昭和の遺物のようなブラウン管テレビ。

 ハイテクなマンションから、一気に昭和の貧乏長屋にタイムスリップしたかのようだ。

 

「……ここ、どこ? 異世界?」

 

 クルミはポカンと口を開けた。

 そして、その視線の先に、一人の男を見つけた。

 ランニングシャツにステテコ姿。

 無精髭。

 だらしない腹。

 どう見ても、その辺にいるうだつの上がらないオッサンだ。

 だが。

 その男から放たれるオーラは、彼女の鋭敏な感覚センサーを振り切らせるほど強烈だった。

 圧倒的な質量。

 底なしのエネルギー。

 まるで、巨大な原子炉が人の形をして座っているような威圧感。

 

「よう。お前か、俺の競馬を邪魔したクソガキは」

 

 改蔵が、クルミを見下ろして言った。

 その声は低く、腹の底に響いた。

 

「ひっ……!」

 

 クルミは身体を縮こまらせた。

 怖い。

 モニター越しに見てきたどんな権力者や犯罪者よりも、目の前の男が生々しくて怖い。

 これが『リアル』の暴力か。

 

「か、改蔵様。この子、すごく小さいですね……。小学生でしょうか?」

 

 イスズが興味津々でクルミに近づき、しゃがみ込んだ。

 彼女の豊満な胸が、目の前に迫る。

 クルミの視線は、自分の慎ましい(というか皆無な)胸と、イスズの暴力的なまでの双丘を往復した。

 

(……デカい。バグってる。テクスチャの貼り間違いじゃないの?)

 

「小学生じゃねえだろ。……おい、ガキ。名前は」

 

 改蔵が尋ねる。

 クルミは震えながら答えた。

 

「……こ、小森……クルミ……」

 

「クルミか。美味そうな名前だな」

 

 改蔵がニヤリと笑った。

 その笑顔に、クルミは自分が捕食される小動物になったような錯覚を覚えた。

 

「で、お前は何ができるんだ? ただの悪戯小僧じゃねえんだろ?」

 

「……私は、ハッカー。世界中のセキュリティなんて、私の前じゃ鍵のかかってないドアと同じ……」

 

 クルミは精一杯の虚勢を張った。

 これだけが、彼女のアイデンティティだからだ。

 

「ほう。じゃあ、このテレビも直せるか?」

 

「……は?」

 

 クルミは拍子抜けした。

 世界征服とか、銀行強盗とか、そういう話じゃないのか。

 テレビ? 

 

「お前が電波をいじったせいで、映らなくなったんだよ。責任取って直せ。……直せなきゃ、お仕置きだ」

 

 改蔵がボキボキと指を鳴らす。

 お仕置き。

 その響きに、クルミの脳内で危険信号が点滅した。

 

「な、直します! 秒で直します!」

 

 クルミは慌ててPCを取り出し、ケーブルをテレビに繋いだ(物理的な接続ではなく、マナが用意した魔術コンバータを介して)。

 カチャカチャカチャ! 

 彼女の指が神速で動く。

 ジャミングの発信源を特定し、プログラムを書き換え、逆に信号を増幅して受信感度を上げる。

 

 ザザーッ……パッ! 

 

 テレビのノイズが消え、鮮明な映像が映し出された。

 ちょうど、最終レースのファンファーレが鳴り響くところだった。

 

「おお! 映った! 画質も良くなってんじゃねえか!」

 

 改蔵が機嫌を良くして手を叩く。

 

「す、すごいですクルミちゃん! 魔法使いみたいですね!」

 

 イスズも目を輝かせて拍手する。

 

「……ふん。これくらい、余裕だし」

 

 クルミは鼻を鳴らした。

 でも、悪い気はしなかった。

 ネットの中で「神」と崇められるよりも、目の前で「すごい」と言われる方が、なんだか胸が温かくなる気がした。

 

「よし。合格だ。お前、気に入ったぞ」

 

 改蔵が大きな手で、クルミの頭をガシガシと撫でた。

 髪がぐしゃぐしゃになる。

 でも、その手は大きくて、温かかった。

 

「今日からお前も、ここの住人だ。俺のためにその才能、存分に使わせてやる」

 

「……は? 住人? 帰してよ」

 

「帰れると思うか? ここは一度入ったら出られない『蟻地獄』だぜ」

 

 改蔵の目が妖しく光る。

 クルミはゴクリと唾を飲み込んだ。

 逃げられない。

 でも、なぜだろう。

 あの寒くて暗いマンションの部屋に戻るよりも、この暑苦しくてカビ臭い部屋の方が、少しだけ『面白そう』だと感じてしまったのは。

 

「……お腹、空いた」

 

 クルミのお腹が、グゥ〜と情けない音を立てた。

 緊張が解けて、空腹感が襲ってきたのだ。

 ジャンクフードばかりの生活で、彼女の胃袋は限界だった。

 

「あらあら。お腹ペコペコなんですね。待っててください、すぐに美味しいおやつを作りますから」

 

 イスズが母性全開の笑顔で台所へ向かう。

 

「クルミちゃん。リスさんみたいで可愛いですね。木の実、好きですか?」

 

「……嫌いじゃない」

 

 こうして、電子の森の狩人・小森クルミは、悪の組織のアジトという、全く未知の生態系に組み込まれることになった。

 彼女が本当の意味でこの巣の「リス」になるのは、もう少し後の話である。

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