※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

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67話

 

 アジトの庭にある柿の木が、鮮やかな橙色の実をたわわに実らせる季節。

 空は高く澄み渡り、鰯雲がゆっくりと流れていく。

 暑苦しかった蝉の声はいつの間にか消え、代わりにリリリ……という秋の虫たちの涼やかな音色が、古びた木造平屋を包み込んでいた。

『芸術の秋』。

 それは、世界征服を企む(予定の)悪の組織のアジトにも、等しく訪れていた。

 

「……できました! 神主様、見てください! 自信作です!」

 

 六畳間の居間で、五十嵐イスズが画用紙をバッと広げた。

 彼女は今日、いつものTシャツ一枚姿ではなく、その上に汚れ防止のスモックを羽織っていた。

 まるで幼稚園の先生か、あるいは図工の時間の小学生のような格好だが、スモックの下から伸びる健康的で白くなめらかな太ももと、前屈みになった時に襟元から覗く豊満な谷間は、明らかに教育上よろしくないエロスを放っている。

 

「……ほう」

 

 黒野改蔵は、ステテコのゴム紐を緩め、寝転がって鼻をほじりながら、差し出された画用紙をぼんやりと眺めた。

 そこには、黒いクレヨンで力強く描かれた、得体の知れない『何か』があった。

 五本の手足のようなものが生えた黒い塊。

 目玉が飛び出し、口からは赤い液体を垂れ流している。

 前衛的を通り越して、見ているだけでSAN値(正気度)が削られそうな、呪いのアイテムのような絵だ。

 

「どうですか? 神主様を描いてみたんです! その、溢れ出る包容力とか、男らしさを表現したくて!」

 

 イスズが目をキラキラさせて感想を求めてくる。

 この純粋な天然娘のフィルターを通すと、今のダラけきった改蔵も、なにやら高尚な存在に見えているらしい。

 

「……あー、うん。味があるな。ピカソも裸足で逃げ出しそうだ」

 

 改蔵は適当に答えた。

 下手に「下手だ」と言って彼女を泣かせると、その慰め(という名の夜の儀式)に数時間を要することを知っているからだ。まあ、それはそれで悪くないのだが、今は単純に面倒くさかった。

 

「本当ですか!? 嬉しいです! じゃあ次は、マナちゃんを描きますね!」

 

 イスズは嬉々として新しい画用紙に向かった。

 

「やめてくださいイスズ様。私が描かれると、多分この世のものとは思えない妖怪になりそうですから」

 

 天井の梁からぶら下がっていた小悪魔マナが、心底嫌そうに顔をしかめた。

 

「……芸術は爆発。イスズの絵は、精神汚染攻撃」

 

 部屋の隅、少し開いた押し入れの隙間から、ボソボソとした声が聞こえる。

 そこには、サーバー機材とPCモニターの明かりに照らされた、リス耳と尻尾を持つ少女、小森クルミがいた。

 彼女はこのアジトに住み着いて以来、基本的に押し入れから出てこない。

 トイレと食事、そして改蔵との『魔力充填』の時以外は、こうして引きこもってネットの海を漂っているのだ。

 

「うるせえぞ、引きこもりリス。……ったく、どいつもこいつも平和ボケしやがって。なんかこう、パァーっと面白いことねえかなぁ」

 

 改蔵はゴロリと寝返りを打ち、あくびをした。

 膝の上では、サキュバス怪人のメイが、改蔵の太ももをキャンバスに見立てて、指先で『すき』『だいすき』と見えない文字を書き続けている。

 平和だ。

 あまりにも平和すぎて、退屈で死にそうだ。

 

「面白いこと、ですか?」

 

 マナがピクリと耳を動かした。

 彼女は懐から魔術タブレットを取り出し、周囲の『情念』をスキャンし始めた。

 

「おや……? 改蔵様、近所の公園から、ものすごくドロドロした『負のオーラ』を感じます」

 

「負のオーラ? 怨霊か?」

 

「いえ、生身の人間ですね。強烈な焦燥感、自己嫌悪、そして……世界への呪詛。かなり煮詰まってますよ、この人」

 

 マナがニヤリと笑う。

 

「面白そうな『オモチャ』の予感がします。ちょっと拾ってきましょうか?」

 

「おう、いいな。退屈しのぎに丁度いい。イキのいいヤツなら連れてこい」

 

 改蔵が許可を出すと、マナは嬉しそうに尻尾を振った。

 

「了解です! ちょっくら『スカウト』してきますね!」

 

 マナは窓を開けると、黒い翼を広げて秋の空へと飛び出した。

 バサリ、と風を切り、夕暮れの街へと消えていく。

 

 ***

 

 秋の日は釣瓶落とし。

 午後四時を過ぎると、公園にはすでに長い影が落ち、肌寒い風が吹き抜けていた。

 ブランコが錆びついた音を立てて揺れる、薄暗い児童公園。

 そのベンチに、一人の少女がうずくまっていた。

 

「……出ない。……出てこない……ッ!」

 

 鮫川ツムギ。

 彼女の容姿は、一言で言えば『不審者』だった。

 手入れされていない黒髪はボサボサで、鳥の巣のように絡まり、前髪は目にかかるほど長い。

 その隙間から覗く瞳は、寝不足による隈で縁取られ、獲物を狙う深海魚のようにギラギラと血走っている。

 着ているのは、毛玉だらけの緑色のジャージ。

 足元は便所サンダル。

 そして何より特徴的なのは、彼女が抱えているスケッチブックと、地面に散乱した大量の消しゴムのカスだった。

 

「違う……! こんなんじゃヌルい……! もっとこう、脳髄を直接レイプするような迫力が欲しいのに……ッ!」

 

 ガリガリガリッ! 

 ツムギは鉛筆を握りしめ、スケッチブックに線を刻み込む。

 だが、すぐに「あーッ!」と叫んでページを破り捨てた。

 彼女は漫画家だ。

 まだ学生ながら、一部のマニア層に熱狂的な支持を受けるカルト作家。

 だが今、彼女は深刻なスランプに陥っていた。

 

「……締切、明日……。担当からの催促電話、着信履歴50件……。死ぬ。原稿落として死ぬ……」

 

 ツムギは虚ろな目で呟いた。

 今回のテーマは『最強の悪役』。

 世界を絶望させるような、圧倒的な欲望と暴力性を持ったヴィランを描かなければならない。

 だが、平和な現代日本で暮らす彼女の想像力は、枯渇していた。

 リアルが足りない。

 本物の『欲望』を見たことがない。

 彼女が描く悪役は、どこか薄っぺらく、借り物の言葉しか喋らない人形になってしまうのだ。

 

「……刺激が欲しい。私の脳みそをかき回して、ドロドロに溶かしてくれるような……強烈な劇薬が……」

 

 ツムギはベンチの上で胎児のように丸まり、自身の爪を噛んだ。

 ギザギザに尖った歯が、爪を削る。

 

「お困りのようですね、お姉さん」

 

 不意に、頭上から声が降ってきた。

 ツムギが顔を上げると、公園のジャングルジムの上に、逆さまにぶら下がっている少女がいた。

 マナだ。

 

「……誰? 新手のコスプレ?」

 

 ツムギは驚きもせず、気だるげに尋ねた。

 彼女の目には、目の前の超常的な存在すらも『幻覚』か『取材対象』としてしか映っていない。

 

「ふふ。コスプレじゃありませんよ。私は親切なスカウトマン。……貴女、飢えてますね?」

 

 マナがふわりと地面に降り立ち、ツムギの顔を覗き込んだ。

 

「インクの匂いと、焦燥感。そして……満たされない破壊衝動。素晴らしい『素材』の匂いがします」

 

「……素材?」

 

「ええ。貴女が求めている『刺激』、ウチにありますよ。とびきり濃くて、下品で、最高のヤツがね」

 

 マナが誘うように手を差し伸べる。

 その笑顔は、悪魔的で魅力的だった。

 

「そこに行けば……描けるの? 傑作が」

 

「描けますとも。ただし……取材費は、貴女の『身』一つで払っていただきますけど」

 

 ツムギは迷わなかった。

 彼女はスケッチブックと鉛筆をひったくるように掴むと、マナの手を取った。

 

「……連れてって。ネタになるなら、地獄だって行ってやる」

 

 その目には、狂気に似た創作意欲の炎が燃え上がっていた。

 マナはニヤリと笑い、風呂敷のような結界を展開した。

 

「交渉成立ですね。では、ご案内~!」

 

 バサァッ! 

 ツムギは一瞬で黒い布に包まれ、空間の彼方へと拉致されていった。

 

 ***

 

 ドサッ! 

 

 アジトの六畳間に、汚れたジャージの塊が放り出された。

 埃が舞い上がり、畳が軋む。

 

「ただいま戻りました、改蔵様! 面白い『芸術家』のお客様をお連れしましたよ!」

 

 マナの元気な声と共に、ツムギが顔を上げた。

 カビ臭い畳の匂い。

 生活感と、得体の知れないフェロモンが混じり合った濃厚な空気。

 ツムギはボサボサの髪を掻き上げ、その場の光景を目撃した。

 

 そこには、一人の男がいた。

 黒野改蔵。

 ランニングシャツからはみ出た腹、無精髭、そして片手にはワンカップ大関。

 もう片方の手は、ステテコの中に突っ込まれ、尻か股間をポリポリと掻いている。

 その横には、半裸の美女たちが侍っているが、男は気にする風でもなく、ただただ怠惰に寝そべっていた。

 

「……あ? なんだこいつ。乞食か?」

 

 改蔵が、面倒くさそうに身を起こした。

 ツムギの薄汚いジャージ姿を見て、眉をひそめる。

 そこに「魔王の威厳」など欠片もない。

 あるのは、圧倒的な「生活感」と「だらしなさ」、そして隠そうともしない「欲望」だけだ。

 

「……」

 

 ツムギは言葉を発しなかった。

 ただ、口を半開きにし、鉛筆を握りしめたまま、改蔵を凝視していた。

 普通なら「汚いオッサンだ」と顔をしかめるところだろう。

 だが、極限状態のクリエイターの脳は、別の回路に接続した。

 

(……すごい。なんだこの質感。飾り気ゼロ。理性ゼロ)

 

 彼女の目には、改蔵の姿が「究極の自然体」として映っていた。

 社会的な建前も、羞恥心も、倫理観も、全て脱ぎ捨てた裸の魂。

 食いたい時に食い、寝たい時に寝て、ヤりたい時にヤる。

 それは、彼女が描こうとして描けなかった「本能の化身」そのものだった。

 

「……見つけた」

 

 ツムギが呟く。

 

「あ?」

 

「これだ……! 私が描きたかったのは、この混じりっ気なしの『汚らしさ』……ッ!」

 

 ツムギは突然、這いつくばって改蔵ににじり寄った。

 その動きは、ゴキブリのように素早く、そして執拗だ。

 

「ちょ、ちょっと貴女! 神主様に何する気ですか!」

 

 イスズが慌てるが、ツムギは止まらない。

 改蔵の目の前まで来ると、彼女は震える手で改蔵のステテコに触れた。

 

「……ヨレヨレだ。シミもついてる。……リアルだ」

 

 ペタペタ、ペタペタ。

 ツムギは改蔵の二の腕、たるんだ腹、そして無精髭を、指先で確かめるように触り始めた。

 それは性的な愛撫というよりは、物質の構造を理解しようとする検品作業のようだった。

 

「おい。気色わりいいぞ、手前ぇ。触んじゃねえ」

 

 改蔵が不快そうに腕を振り払う。

 だが、ツムギはめげない。

 むしろ、その「鬱陶しい」という素直な反応すらも貪るように見つめている。

 

「その目……! 何も隠してない、欲望丸出しの濁った目……! 最高……ッ!」

 

 ツムギはスケッチブックを開き、猛烈な勢いで鉛筆を走らせ始めた。

 シャカシャカシャカシャカ! 

 鉛筆の芯が折れそうなほどの筆圧。

 紙の上には、改蔵のだらしない姿が、より生々しく、よりグロテスクに、そして魅力的にデフォルメされて描き出されていく。

 

「マナ。なんだこの変態は。保健所に返してこい」

 

「まあまあ、改蔵様。彼女は漫画家さんです。今、スランプで『悪のモデル』を探していたそうで。……貴方のその『だらしなさ』が、彼女の琴線に触れたみたいですよ?」

 

 マナがクスクスと笑う。

 

「漫画家だと? 俺をネタにする気か?」

 

「……お願いします」

 

 ツムギがスケッチブックを下ろし、土下座の姿勢で頭を下げた。

 

「貴方のこと、取材させてください。……貴方のその、底なしの『性欲』と『怠惰』を、私の漫画の中で生かしたいんです」

 

「褒められてる気がしねえな。断る。俺は見世物じゃねえ」

 

「タダとは言いません!」

 

 ツムギが顔を上げる。

 そのボサボサ髪の隙間から、ギラギラとした欲望の目が光る。

 

「私には……観察眼があります。貴方が……普通の人間じゃないってことくらい、ここを見れば分かります」

 

 彼女の視線が、改蔵の股間へと滑り落ちる。

 ステテコの上からでも分かる、だらしない格好には不釣り合いなほど立派な膨らみ。

 

「貴方の中にある……その黒くてドロドロしたインク(欲望)。……私に、注入してくれませんか?」

 

 アジトの空気が一瞬で変わった。

 イスズが顔を赤らめ、メイが尻尾をピンと立てる。

 押し入れのクルミが「……変態発見」と呟く。

 

「……ほう」

 

 改蔵の目が細められた。

 嫌悪感から、興味へと変わる。

 この薄汚い女の奥底にある、狂気じみた探究心。

 そして何より、「注入してくれ」という直球な誘い。

 それは、スケベな黒幕として、無視できない提案だった。

 

「注入してくれ、だと? 意味分かって言ってんのか?」

 

「分かります。……クリエイターは、体験したことしか描けないから」

 

 ツムギは自身のジャージのファスナーに手をかけた。

 ジジジ……と音を立てて下ろされる。

 下に着ていたのは、ヨレヨレのTシャツ一枚。

 ノーブラなのか、乳首の形がうっすらと浮き出ている。

 色気のかけらもない格好だが、その身体からは「描きたい」という執念が、異様な色気となって立ち昇っていた。

 

「私の身体を使って……最高の『欲望』を教えてください。……その代わり、世界一の悪役として、後世に残る名作に描いてみせます」

 

 ツムギは舌なめずりをした。

 ギザギザの歯が、妖しく光る。

 

「面白い」

 

 改蔵はニヤリと笑った。

 彼はツムギの顎を掴み、乱暴に自分の方へ向かせた。

 

「いい度胸だ。そのスランプ、俺がブチ壊してやるよ。……ただし」

 

 改蔵の顔が近づく。

 酒とタバコと汗の混じった、強烈な男の匂い。

 

「俺のインクは濃いぞ? お前のその薄っぺらいスケッチブックじゃ、受け止めきれねえかもしれんがな」

 

「……望むところです。……全部、描ききってやる……ッ!」

 

 ツムギは震えながらも、改蔵の剛直に手を伸ばした。

 鉛筆を握っていたその指先が、今度は別の『筆』を握ろうとしている。

 芸術の秋。

 アジトの夜は、インクと体液の匂いに満ちた、背徳の創作活動へと塗り替えられようとしていた。

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