※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

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70話

 東京都心、その地下数百メートル。大江戸線のさらに下、複雑に入り組んだ地下水脈と廃坑道の隙間に、地上の地図には決して記されることのない巨大な空洞が存在する。厚さ5メートルの強化タングステン合金の壁に覆われ、最新鋭の量子コンピュータと数千人の戦闘員を擁するその場所こそが、世界征服を目論む『悪の組織』の極東支部本部である。無機質な通路には、黒いタイツに身を包んだ戦闘員たちが忙しなく行き交い、司令室の巨大モニターには世界各地のテロ活動や市場操作の状況がリアルタイムで表示されている。まさに悪の要塞。人類の脅威となるべきこの場所で、今、一人の男が世界経済の崩壊よりも深刻な表情で、デスクに突っ伏していた。

 

「……はぁ。今期も赤字か。どうなっているんだ、我が組織の財政は」

 

 サイトウ。組織の極東支部幹部であり、アジトに潜む黒野改蔵(実質的な組織のトップ)との連絡係を務める中間管理職である。彼の目の前には、空中にホログラム投影された数枚の決算報告書と、未処理の稟議書の山が浮かんでいた。彼は血走った目で、その一枚一枚を指で弾きながら、独り言のように呪詛を吐き出した。

 

「まず、これだ。『黒野ユニット(通称:アジト)』の経費請求書。……食費の項目がおかしい」

 

 サイトウはこめかみを揉んだ。《九月分食費:松茸(国産)新米(魚沼産コシヒカリ特A)、サンマ(一尾500円)、(丹波産)……計・金一封》

 

「なぜだ! なぜ世界征服の前線基地で、料亭のような食材が必要なんだ! 戦闘糧食(レーション)か、せめて業務スーパーの冷凍食品で我慢しろ! 五十嵐イスズ君の料理が美味いのは知っているが、限度というものがあるだろう!」

 

 彼は次なる請求書をスワイプした。そこには、さらに桁の違う数字が並んでいた。

 

「次、『光熱費・通信費』。……なんだこの電力消費量は。小国の首都ひとつ分に匹敵するぞ。小森クルミ……あの新入りのリス怪人か」

 

 報告によれば、彼女はアジトの押し入れに住み着き、そこから一歩も出ずに電子戦を行っているという。《備考:業務用スーパーコンピュータ並列稼働、及び24時間冷房完備(サーバー冷却用)、おやつ(ポテトチップス・コーラ)

 

「アジトの回線を勝手に軍事用レベルに改造しただと? おかげでこちらのメインサーバーの負荷が跳ね上がっているんだぞ! しかもおやつ代を経費で落とすな!」

 

 そして、最後の一枚。サイトウの手が震えた。

 

「『特別損失・事後処理費用』。……鮫川ツムギ関連。秋葉原のインク除去、及び精神的被害を受けた(あるいは興奮しすぎた)市民への記憶操作費用」

 

 先日の『桃色侵略計画』の代償だ。街中をスライムや触手まみれにした結果、物理的な清掃だけでなく、SNSでの拡散を防ぐための情報操作に莫大な金が飛んでいた。

 

「確かに話題作りには成功した。組織の存在感もアピールできた。だが……コスパが悪すぎる! なぜ黒野君の周りには、こうも金のかかる女ばかり集まるんだ!」

 

 サイトウは天井を仰いだ。上層部(総統)からは「結果を出せ」と詰められ、現場(改蔵)からは「金を出せ」とせびられる。これぞ中間管理職の悲哀。胃薬の瓶が、また一つ空になった。

 

 ブーッ! ブーッ! ブーッ! 

 

 その時、司令室にけたたましい警報音が鳴り響いた。赤色回転灯が回り出し、オペレーターたちの緊迫した声が飛び交う。平穏()なデスクワークの時間は終わりだ。

 

「緊急事態! 本部正面ゲートに侵入者あり!」 「識別信号不明! 正義戦隊ジャスティンジャーではありません!」 「第1ゲート突破! 第2ゲートも溶解! 速い、速すぎます!」 「単独です! バイクでゲートを強行突破されました!」

 

「なんだと!? 単独で本部にか!?」

 

 サイトウが立ち上がり、椅子を蹴り倒した。この本部の場所は、国家機密レベルの結界とカモフラージュで隠蔽されている。ジャスティンジャーですら、未だに場所を特定できていない鉄壁の要塞だ。それを、たった一台のバイクが? 

 

「モニターに出せ! どこの手の者だ! 米軍か? それとも正義の科学研究所の新兵器か!?」

 

 メインスクリーンにノイズ混じりの映像が映し出される。地下駐車場への螺旋スロープを、重力を無視したような角度で爆走してくる一台のバイク。黒いライダースーツに身を包み、首には赤いマフラーをなびかせている。頭部はフルフェイスのヘルメットで完全に覆われており、表情は窺えない。

 

「こ、こいつは……!?」

 

 サイトウは息を呑んだ。組織のブラックリストにおいて、特A級の警戒対象に指定されている男。所属不明、正体不明。改造手術も受けていない生身の人間でありながら、怪人を素手で殴り倒し、戦車を生身で蹴り飛ばすという都市伝説を持つ男。『覆面ライダー』。

 

「なぜ奴がここを……!? まさか、我々の情報が漏れていたのか!? 裏切り者がいるのか!?」

 

 サイトウの背筋に冷や汗が流れる。奴は強い。以前、北海道支部が壊滅させられた時も、奴が「通りすがりに」鮭を求めて暴れたという報告がある。本部が戦場になれば、ただでは済まない。経費どころか、組織の存亡に関わる。

 

「迎撃だ! 戦闘員、総員配置につけ! エントランスで食い止めろ! ここを通すな!」

 

 サイトウがマイクに向かって叫ぶ。司令室の扉が開き、電磁警棒やマシンガンを持った戦闘員たちが、蟻の列のように廊下へと雪崩れ込んでいく。

 

 ***

 

 本部のエントランスホール。広大な大理石の床に、バイクのブレーキ音が響き渡った。キキキキキィィィーッ!  黒煙を上げてスライドしながら、ライダーのバイクが停止する。彼はエンジンを切ると、スタンドを立て、ゆっくりとバイクを降りた。その動作一つ一つに、歴戦の戦士特有の隙のなさが漂っている。

 

「イ、イ──ーッ! (貴様! 何者だ!)」 「イイイッ! (ここを何処だと思っている! 悪の聖域だぞ!)」 「イッ! (殺せ!)」

 

 数百人の戦闘員が、ライダーを取り囲む。銃口が一斉に向けられ、殺気がホールに充満する。だが、ライダーは慌てる様子もなく、ヘルメットを被ったまま周囲を見渡した。

 

「……ふむ。随分と賑やかな道の駅ですね」

 

 くぐもった、しかし実直そうで、どこかズレた声が聞こえた。彼はポケットから、ボロボロになった紙切れ(地図のようなもの、というかコーヒーのシミがついたナプキン)を取り出し、首を傾げた。

 

「すみません。少しお尋ねしたいのですが」

 

「問答無用! 死ねぇ!」

 

 戦闘員たちが一斉に襲いかかった。銃弾が放たれ、電磁警棒が振り下ろされる。だが。

 

 ドガッ! バキィッ! ズドン! 

 

 ライダーは地図を見ながら、まるでハエを払うかのような無造作な動作で裏拳を放った。それだけで、強化服を着た戦闘員たちがピンボールのように弾き飛ばされ、壁にめり込み、柱をへし折った。

 

「あ、すみません。虫が飛んできたのかと」

 

 ライダーは悪びれもせずに言った。圧倒的な強者。彼にとって、戦闘員など羽虫以下の存在なのだ。銃弾はスーツに当たってカンカンと乾いた音を立てて弾かれ、爆風は彼のマフラーを揺らすことさえできなかった。

 

「ば、化け物か……!」 「退がれ! 近づくな!」

 

 戦闘員たちが恐怖に駆られて後ずさる。そこへ、サイトウが特殊警護部隊を引き連れて現れた。彼は震える足をごまかしながら、精一杯の虚勢を張ってライダーの前に立ちはだかった。

 

「貴様が噂の覆面ライダーか! ついにここを突き止めたようだが、そう簡単に首領の首は取らせんぞ! ここは我々が死守する!」

 

「あ、どうも。施設の管理者の方ですか?」

 

 ライダーは丁寧に一礼した。その礼儀正しさが、逆に不気味さを増幅させる。

 

「首領……? いえ、私はそんな物騒なものを借りに来たわけではなくてですね」

 

 ライダーはポリポリとヘルメットの上から頭を掻いた。

 

「私は北海道の『宗谷岬』を目指してツーリングをしていたのですが……気づいたら地下に潜っていまして。ここは青函トンネルの入り口でしょうか? それとも海ほたるですか?」

 

「…………はい?」

 

 サイトウの思考が停止した。戦闘員たちもポカンと口を開けている。北海道?  ここは東京の地下だ。北へ向かうはずが、なぜ地下深くの要塞に迷い込む?  方向音痴にも程がある。いや、これは高度な撹乱工作か? 

 

「とぼけるな! 貴様、我々を愚弄する気か!」

 

「いえ、滅相もありません。……ただ、地図がちょっと分かりづらくて」

 

 ライダーが見せたナプキンには、ケチャップで描かれた謎の線と、「北→こっち」という殴り書きがあるだけだった。

 

「……まあ、道の間違いは誰にでもあることです。すぐに引き返しますので」

 

 ライダーが帰ろうとする。サイトウは安堵の息を漏らしかけた。だが、ライダーは足を止めた。

 

「ですがその前に、一つお願いがあるのですが」

 

 ピリッ。再び空気が張り詰める。やはり来たか。取引か、あるいは降伏勧告か。サイトウは冷や汗を流しながら身構えた。

 

「命乞いか? 今更遅いぞ! 我々は屈しない!」

 

「いえ。……トイレを貸していただけませんか?」

 

「………………は?」

 

 本日二度目の思考停止。悪の組織の本部に乗り込んできて、数百人をなぎ倒した後の第一声が、トイレ? 

 

「いや、実は朝から何も食べていなくて、さっき道端のキノコを食べたら猛烈にお腹を下してしまいまして……。北海道までは持ちそうにないので。……漏れそうです」

 

 ライダーはモジモジと股間を押さえている。その仕草は、世界を救う英雄というよりは、ただの腹痛に耐えるおじさんだ。

 

「ふ、ふざけるな! ここは悪の組織の本部だぞ! 公衆便所じゃない! 貴様に貸すトイレなどない!」

 

「そうですか。それは困りました。……尊厳を守るためには、実力行使で借りるしかありませんね」

 

 ライダーが拳を握った。ググッ……と革手袋が軋む音がする。その拳から放たれるプレッシャーが、空間を歪ませる。本気だ。こいつは「漏らすくらいなら組織を壊滅させる」という覚悟を決めている。

 

「……きょ、局長! 貸しましょう! トイレくらい!」 「本部が壊されます! 漏らされたら掃除が大変です!」

 

 戦闘員たちが泣きついた。サイトウもまた、究極の選択を迫られた。組織のプライドか、本部の物理的崩壊か。

 

「……そ、そこの角を右に曲がった突き当たりだ。……「男子」と書いてある方だぞ」

 

 サイトウは震える指で通路を指し示した。屈辱だ。悪の幹部として、これほどの屈辱はない。

 

「ありがとうございます! 助かります! あなたは命の恩人です!」

 

 ライダーは脱兎のごとくトイレへと駆け込んだ。その速さは音速を超えていたかもしれない。バタン!  静寂が戻るエントランス。取り残されたサイトウと戦闘員たちは、顔を見合わせた。

 

「……局長。攻撃しますか? 今なら個室の中です」

 

「……やめておけ。個室に入っている男を襲うなど、悪の組織の沽券に関わる。それに、トイレを破壊されたら我々が困る。修理費の予算はもうないんだ」

 

 サイトウは苦渋の決断を下した。数分後。ジャァァァ……という軽快な水洗音と共に、スッキリした様子のライダーが出てきた。

 

「ふぅ。生き返りました。ウォシュレット完備とは、素晴らしい施設ですね。悪の組織も福利厚生がしっかりしているようで感心しました。うちの近所の公園より綺麗です」

 

「……帰れ。今すぐ帰れ。二度と来るな」

 

 サイトウが疲れた顔で、幽霊のように呟いた。

 

「はい。お邪魔しました。……ああ、そうだ。北海道はどっちですか?」

 

「北だ! 地上に出て、北極星を目指して走れ! 太陽とは逆だ!」

 

「なるほど、星を頼りに。ロマンチックですね。ありがとうございました」

 

 ライダーは再びバイクに跨ると、エンジンを吹かした。ドロロロロロ!  排気ガスを撒き散らしながら、彼は礼儀正しく敬礼を残し、颯爽と走り去っていった。……サイトウが指差した「北」とは真逆の、「南」の出口に向かって。

 

「逆だァァァッ!! そこは九州方面だァァァッ!!」

 

 サイトウの絶叫が地下空洞にこだました。だが、ライダーは振り返ることなく、壁を突き破って去っていった。ガシャァァァン!  崩れ落ちる壁。また、修理費が増えた。

 

 ***

 

 騒動が去った後の司令室。サイトウは胃薬を飲みながら、アジトへの通信回線を開いた。モニターには、いつものようにのんびりとあぐらをかいている黒野改蔵が映し出された。後ろでは、リス怪人(クルミ)がPCでゲームをし、イスズが改蔵の肩を揉み、マナがお茶をすすっている。あまりの温度差に、サイトウは目眩を覚えた。

 

『よう、サイトウ。顔色が悪いぞ? 便秘か?』

 

「……誰のせいだと思っているんだ、誰の!」

 

 サイトウは机をバンと叩いた。

 

「いいかね、黒野君! たった今、覆面ライダーが本部に来たんだぞ! 我々のセキュリティがザルだということが露呈したんだ! 壁も壊された! トイレも使われた!」

 

『ああ、あの方向音痴のバイク乗りか。うちにも来たぞ、夏頃に』

 

 改蔵は事も無げに言った。

 

『スイカ食わせてやったら帰ってったよ。害はねえだろ、あいつ。いい奴だったぞ』

 

「害はある! 心臓に悪い! ……はぁ。とにかく、警備システムの全面見直しが必要だ。また経費がかさむ……。私のボーナスは今期もゼロか……」

 

 サイトウはがっくりと項垂れた。怪人たちの管理、予算のやり繰り、そして予期せぬ来訪者の対応。彼もまた、組織のため、そして世界征服(という名の改蔵のサポート)のために戦う戦士なのだ。

 

『ま、気楽にいけよ。いざとなったら俺が出てってやるからさ。その時はサイトウ、お前も一緒に温泉でも行こうぜ』

 

「君が出てきたら、予算どころか本部が消し飛びかねん! ……だが、温泉か。悪くないな」

 

 サイトウはふっと表情を緩めた。この男の、こういう無責任な優しさに、つい絆されてしまうのだ。

 

「君はそこで大人しく、半径5メートルの世界征服(という名のハーレム)を楽しんでいてくれたまえ。私は……今日はもう直帰して、駅前の赤提灯でやけ酒を飲むことにするよ」

 

 サイトウは通信を切った。プツン。暗転したモニターに、自分の疲れた、しかし少しだけ笑っている顔が映っている。

 

「……お疲れ様です、局長」

 

 部下のオペレーターが、そっと缶コーヒーを差し出した。悪の組織の本部には、今日も事務処理のキーボード音が、少しだけ優しく響き渡るのだった。

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