ドリル怪人がオオテマチ金融街を
「……はふぅ」
古びた六畳間の万年床。 その布団の海から、
「あ、改蔵様……今朝も、完璧な『安定』、ありがとうございました……」 「おう。お前も、だいぶ『安定』してきたじゃねえか」 「はいぃ……改蔵様の
改蔵の軽口に、マナは、もはや首席才媛の面影もない、とろりとした瞳を向ける。 すっかり改蔵の絶倫な魔力の虜となった彼女は、
居間のブラウン管テレビでは、ワイドショーがまだオオテマチの特集を組んでいた。 『専門家によりますと、ドリル怪人の破壊活動による経済的損失は、実に三兆円に上ると見られており……』
「うへえ。派手にやったなあ、あのお嬢様」
改蔵は、台所のヤカンからぬるい白湯を湯呑みに注ぎながら、他人事のようにつぶやいた。 画面には、瓦礫の山と化した金融街と、泣き叫ぶアナウンサーが映っている。 そこへ、マナが、よろよろとレオタード姿でついてきた。
「いえ! あれは素晴らしい『成果』です!」
マナは、まだ腰が砕けそうにふらつきながらも、魔術スマートフォンを取り出し、誇らしげに画面を改蔵に見せた。
「ドリル怪人が収集した戦闘データ、ジャスティンジャーの必殺武器の解析。すべて首領に提出し、サイトウさん経由で、最高評価『S』をいただきました!」 「ふーん。ボコボコに負けたのによ」 「だ、ダメですよ改蔵様! 結果が全てではありません! あのプライドの高い『素材』が、改蔵様の魔力で屈服し、あれだけのポテンシャルを発揮した。その『プロセス』こそが重要なんです!」
マナが、なぜか自分の手柄のように胸を張る。 だが、その熱弁も、すぐに「はふぅ」という、妙に色っぽい吐息に変わった。 彼女は、そのまま、ごく自然な動作で、改蔵の胡坐をかいた足の間にちょこんと座り、その背中に身体を預けてきた。
「……マナさん。今、朝のメンテ終わったばっかですよね」 「はい……でも、改蔵様の『大元』の魔力に触れていると、私の魔力回路も、とっても『安定』するんです……」
マナは、うっとりと目を閉じ、改蔵の逞しい腹筋に頬ずりを始めた。 完全に、ただの色狂い小悪魔である。 改蔵は、ため息をつきながら、その金髪のドリル(リンのそれとは比べるべくもない、可愛らしいツーサイドアップ)を雑に撫でた。
「まあ、いいけどよ。で、首領様からの『最高評価』ってのは、結局、どういうことだ」 「はい! つまり……」
マナは、改蔵の体温にすり寄りながら、スマホの次のメッセージを読み上げた。
「『
世界征服などどうでもいい改蔵にとって、それは、単なる「次のセックスの相手を探せ」という業務命令でしかなかった。
「光栄なことです! さあ、改蔵様、今日も張り切って、高ポテンシャル素材、探しちゃいましょう!」
マナは、改蔵の膝の上でくるりと向き直ると、『
***
その頃。 アジトからほど近い、私立大学のキャンパス。 昼休みの喧騒の中、その学生は、一人だけ時間の流れが違うかのように、ゆったりと歩いていた。
五十嵐イスズ(いがらし いすず)。 柔らかそうな黒髪のボブカット。 常にふんわりとした笑顔を浮かべた、少し垂れ目の、いわゆる『癒し系』の女子大生だった。 特筆すべきは、その身体つきだ。 身長は百六十二センチと平均的だが、ゆったりとした白いセーターを着ていても、隠しきれない胸の膨らみ。 歩くたびに、その豊かな双丘が、ぽよん、ぽよんと、柔らかな主張を繰り返している。 数字にすれば、B89。 服の上からでもわかる、見事なボインちゃんだった。
「あ、イスズー! こっちこっち!」
中庭のベンチで、友人たちが彼女を手招きした。
「ご、ごめんね。研究室の先生のお手伝いが長引いちゃって」 「もー、またイスズは。どうせ、タダで資料整理とかやらされてたんでしょ」 「ううん。お茶とお菓子、ごちそうになっちゃったから」
イスズは、えへへ、と困ったように笑った。 彼女は、おとなしく素直で、やや天然ボケ。 そして、致命的なまでに、お人好しだった。 誰かに頼み事をされると、断れない。 というより、相手が困っているのを見ると、放っておけない性分だった。 友人が、呆れたようにパンをかじる。
「あんたねえ。その『お人好し』、いつか痛い目見るよ。この前も、変なアンケートに引っかかって、高そうな美容液のサンプル買わされそうになってたじゃない」 「あ、あれ? でも、お肌が綺麗になるって……」 「なるわけないでしょ! アレ、典型的な勧誘の手口だから!」 「ええーっ!? そうだったんだ……」
イスズは、心底驚いたように、ぱちぱちと大きな目を瞬かせた。 その、あまりにも純粋な反応に、友人たちは、それ以上何も言えなくなってしまう。 彼女には、悪意というものが、まるで通じないのだ。
「……まあ、イスズはそのままでいいけどさ。変な男にはマジで気をつけなよ。あんた、その『武器』、自覚ないんだから」
友人が、じろり、とイスズの胸元に視線を送った。
「え? 武器? 私、なにも持ってないよ?」
イスズは、不思議そうに、きょとんと小首を傾げた。 その仕草で、セーターのVネックがわずかにたわみ、豊かな谷間が、さらに深く強調される。
「「……(確信犯か? いや、天然だ)」」
友人たちは、揃ってため息をつくしかなかった。 彼女の日常は、そんな、悪意のない、平和なやり取りで満たされていた。 彼女自身、自分が『怪人』の『素材』になる可能性など、夢にも思っていない。
***
「……ん?」
アジトの居間。 改蔵の膝の上で、マナが、スキャナーの画面を食い入るように見つめていた。
「どうしました、改蔵様。すごい反応が出ました!」 「ほう」
マナが、地図上の一点をタップする。 大学のキャンパスに、ひときわ眩い光点が灯っていた。 写真が表示される。 ふんわりと笑う、黒髪ボブの、癒し系。
『五十嵐イスズ。二十歳。大学生』
「お」
改蔵の目が、写真の胸元に釘付けになった。
「こいつは……『高ポテンシャル』だ。いろんな意味で」 「もー! 改蔵様は、すぐそうやって!」
マナが、ぷんぷんと頬を膨らませる。 だが、彼女自身も、画面に表示されたデータを見て、ゴクリと生唾を飲んだ。
『表層意識:極めて
「……エラー?」
マナは、魔術スマホを振ったり、叩いたりしてみた。 だが、表示は変わらない。 カメレオン
「……どういうことでしょう」 「さあな。欲望がねえ女なんて、いんのかよ」 「いえ……あるいは、『欲望』が強すぎて、スキャナーの測定限界を超えているのかも……! 見た目はあんなに『癒し系』なのに、内面では、ドリルさん以上の破壊衝動を秘めているとか……!」
マナは、首席才媛だった頃の
「……これだわ!」
マナが、ポン、と手を打った。
「『嵐の前の静けさ』です! あの平穏な表層意識は、深層に眠る強大な『何か』を抑え込むための『蓋』に違いありません!」 「へえ。そうか?」 「はい! 間違いないです! この『素材』、もし解放できれば、今までの怪人とは比べ物にならない、とんでもない『傑作』が誕生しますよ!」
マナは、すっかり興奮していた。 改蔵は、正直どっちでもよかった。 ただ、写真に映る、あの豊かな『ボインちゃん』と、『儀式』ができる。 それだけで、彼のモチベーションは十分だった。
「よし。じゃあ、いっちょ、その『蓋』とやらを、俺の
改蔵が、そのままマナを抱き上げ、
「か、改蔵様!? 今から『素材』の調達に!」 「その前に、景気づけの『安定』だ。傑作を作るには、こっちのコンディションも万全にしとかねえとな」 「そ、それは、合理的、ですけど……! あ、ああんっ! ま、待って! せめて、転移魔法で、現地に、行ってから……!」 「うるせえ。アジトでたっぷり『安定』させてから、お前が一人で調達してこい。どうせ、あんなお人好しそうな顔、丸め込むのなんざ簡単だろ」 「そ、そんな! 私一人じゃ……! ああっ! でも、改蔵様の『儀式』への情熱、しかと、受け取り……ましたぁ!」
マナの悲鳴じみた嬌声が、長閑なアジトに響き渡った。
***
夕暮れの帰り道。 五十嵐イスズは、大学近くの公園のベンチで、一人、缶のお茶を飲んでいた。 友人たちと別れ、一息ついているところだった。 (……今日の特売、間に合うかなあ。卵、安くなってるといいな) そんな、平和なことを考えていた、その時だった。
「あの、すみません」
不意に、可憐な声が降ってきた。 見上げると、そこに、金髪の、天使のように愛らしい少女が立っていた。 背中には小さな悪魔の(イスズには天使の翼に見えた)翼。 黒いレオタードという、奇抜な(イスズには神聖な衣装に見えた)格好。
「わあ……!」
イスズは、思わず、ぽーっと見とれてしまった。
「すごい……! コスプレ、ですか? とっても、似合ってます!」 「(……よし、食いついた!)」
マナは、内心でガッツポーズをした。 改蔵との『安定』作業で、すっかり腰はガクガクだったが、任務は任務だ。 彼女は、訓練校で習った「最も信頼を得られる営業スマイル」を顔に貼り付けた。
「これは、コスプレではありません。私は、
イスズの目が、キラキラと輝きだした。 (ちょ、チョロすぎる……!) マナは、あまりの手応えの良さに、逆に少し戸惑った。 チアキの時のような警戒も、リンの時のような反発も、一切ない。
「は、はい! そうです! そして私、困っているんです……!」
マナは、しゅん、と悲しそうな顔を作ってみせた。
「ええっ!? 大変! 私でよければ、何でもお手伝いしますよ!」
イスズが、ベンチから勢いよく立ち上がった。 その反動で、豊かな胸が、ぽよん、と大きく揺れる。 (な、なんて『高ポテンシャル』……!) マナは、ゴクリと生唾を飲んだ。
「あ、ありがとうございます! さすが、私が選んだ、この街で一番『清らかな魂』を持つお方!」 「そ、そんな! 私なんて、全然……」 「いえ、貴女しかいないんです! 今、私たちの『聖域』で、世界平和のための、とっても大事な『神聖な儀式』が行われようとしているのですが……」
マナは、そこで言葉を区切り、潤んだ瞳でイスズを見上げた。
「儀式を完成させるための、『巫女』様が、足りないんです!」 「巫女……様?」 「はい! 五十嵐イスズ様! どうか、私たちと一緒に来て、世界を救う『儀式』の、お手伝いをしていただけませんか!」
マナが、深々と頭を下げる。 世界平和。神聖な儀式。巫女。 そんな、壮大な(しかし具体性のない)言葉に、イスズの「お人好し」スイッチは、完全に入ってしまった。
「わ、私で、いいなら……! 喜んで!」
イスズは、マナの手を、両手でぎゅっと握りしめた。
「や、やります! 世界平和のために!」 「……ありがとうございます!」
マナは、この
「では、巫女様! 我が『
マナは、イスズの手を引いた。 イスズは、何の疑いもなく、むしろ、ワクワクした顔で、その小さな
アジトの玄関。 ギイ、と重い引き戸が開けられる。
「わあ……。なんだか、おばあちゃん家みたいで、落ち着く『聖域』ですね」 「え、ええ。歴史がありますから」
マナが、冷や汗をかきながら、イスズを居間へと案内する。 居間では、黒野改蔵が、Tシャツ一枚で、畳に寝転がりながら、漫画雑誌を読んでいた。
「ただいま戻りました、改蔵様! 新たな『素材』、いえ、『巫女』様をお連れしました!」 「おー。ご苦労……」
改蔵は、漫画から目を上げ、そして、固まった。 そこに立っていたのは、写真で見た通りの、黒髪ボブの、癒し系の少女。 そして、セーターの上からでもわかる、あの、圧倒的な『ポテンシャル(ボイン)』。
「……」
イスズは、改蔵の姿を見るなり、その場で、深々と、完璧なお辞儀をした。
「はじめまして! 五十嵐イスズと申します! マナちゃんからお聞きしました! 貴方が、儀式を執り行う『神主』様、ですね!」 「……神主」
改蔵は、数秒間、ぽかんとしていたが、やがて、口の端が、ニヤリと吊り上がっていくのを止められなかった。
「……ああ」
改蔵は、ゆっくりと立ち上がった。
「俺が、ここの『神主』の、黒野改蔵だ」 「わあ! よろしくお願いします、神主様!」 「おう。よろしくな、『巫女』様」
改蔵の目が、これから始まる「神聖な儀式」を想像し、ギラギラと、どうしようもなくスケベに輝いていた。 イスズだけが、何も知らず、にこにこと、ふんわりとした笑顔を浮かべていた。