東京湾の沿岸部に広がる、巨大な物流センター地区。
無機質な鋼鉄のコンテナが山のように積み上げられ、大型トレーラーが唸りを上げて行き交うこの場所は、首都圏の食卓と経済を支える心臓部だ。
オイルと潮風、そして排気ガスの匂いが混じり合う、男たちの荒々しい職場。
だが今日、その無骨な風景は、異様な「白」と、甘く柔らかな大豆の香りに侵食されようとしていた。
一方、地下深くに潜む悪の組織のアジト。
六畳間のちゃぶ台の上に置かれたPCモニターには、中間管理職サイトウの、疲労とストレスで彫りが深くなった顔が映し出されていた。
『作戦指令だ! 聞いているかね、黒野君!』
サイトウが画面越しに唾を飛ばす勢いで叫ぶ。
『最近、長雨の影響で野菜の高騰が続いている! 世間の主婦たちは悲鳴を上げているのだ! そこでだ、敵対する政府系物流センターを襲撃し、さらなる流通の混乱を招くのだ! 人々に「食」のありがたみを再認識させ、恐怖と飢餓感を植え付ける……これぞ悪の組織の経済戦略だ!』
「要は、ただの嫌がらせだな。……相変わらずセコい作戦だぜ」
黒野改蔵は、朝食の
彼の膝元では、五十嵐イスズが甲斐甲斐しくおかわりのご飯をよそっている。
『嫌がらせではない! 高度なハラスメントだ! ……頼んだぞ、新入りの「豆腐怪人」君! 君の能力が頼りだ!』
「任せるネ。私の『白』で、この薄汚い世界を塗り替えてやるアル」
ちゃぶ台の前に座っていた
彼女の姿は、昨夜の改蔵による「
頭には麻雀牌の『白』を模した、巨大で四角い髪飾りが鎮座している。
身に纏うのは、湯葉のように薄く、半透明でとろりとした質感のドレス。それは彼女の動きに合わせて揺れ動き、下の肌を悩ましく透かせて見せている。
そして何より異様なのは、彼女が歩くたびに「プルンッ、プルンッ」と全身が震え、水風船のような、あるいは上質なプリンのような弾力を見せつけていることだった。
「行ってきます、マスター。……お土産は、真っ白でフワフワになった世界ヨ」
「おう。冷奴になって帰ってくんなよ。キリハの聖剣は切れ味鋭いからな」
「ふふん。剣なんて、豆腐の前では無力ネ」
パイパイは窓枠に手をかけ、身軽に飛び出した。
着地の瞬間、普通の人間なら「ダンッ」と鳴るところだが、彼女の場合は違った。
ボヨンッ。
軟着陸。
彼女はゴムまりのように、いや、高弾力の食材のように軽やかに弾みながら、決戦の地へと向かっていった。
***
湾岸物流センター、第3倉庫前。
ヘルメットを被った作業員たちが、フォークリフトを操作して荷下ろし作業に追われている最中だった。
突如、空から白い影が降ってきた。
ボヨヨヨォォォンッ!
アスファルトに着地した衝撃で、周囲の空間がゼリーのように揺れる。
「な、なんだぁ!? 女……か?」
「おい、危ないぞ! ここは立ち入り禁止だ!」
警備員が駆け寄ろうとする。
だが、パイパイは優雅に微笑み、彼らに向かって投げキッスを送った。
チュッ。
口から吐き出されたのは、白い粘液状の弾丸。
「うわっ!? なんだこれ、ベトベトする!?」
「豆腐……? 豆腐の匂いがするぞ!?」
粘液に触れた警備員の制服が、みるみるうちに白く変色し、ふやけ始めた。
「これぞ『物質変換・絹ごしタッチ』ネ。硬いものは美しくないアル。全て柔らかくしてあげるヨ」
パイパイは滑るように移動し、近くにあった大型フォークリフトに触れた。
彼女の白魚のような指先が、冷たい鋼鉄のボディを撫でる。
その瞬間。
グニャリ。
数トンの重量を誇る鉄の塊が、一瞬にして巨大な豆腐の塊へと変貌した。
タイヤはがんもどきのように潰れ、車体は木綿豆腐のように崩れ落ちる。
「うわぁぁぁ! 俺のリフトがぁぁ! おからになったぁぁぁ!」
運転席にいた作業員が、豆腐の山に埋もれて悲鳴を上げる。
パイパイの侵食は止まらない。
コンテナ、トラック、倉庫の壁。
彼女が触れるもの、あるいは彼女から放たれる白い霧に包まれたものは全て、白く、四角く、そして柔らかい大豆製品へと置換されていく。
潮風の匂いが消え、辺り一面に甘く濃厚な大豆の香りが充満する。
「そこまでよ! 食べ物を粗末にする悪党!」
その時、凛とした声が響き渡った。
コンテナの上に立つ、一人の少女。
白銀の甲冑を纏い、手には輝く聖剣。
聖剣姫キリハだ。
「現れたネ、聖剣姫。……私の真っ白なキャンバスに、貴女のような硬い異物は不要アル」
パイパイは冷ややかに笑い、両手を広げて待ち構えた。
その背後には、すでに豆腐化した物流センターが、シュールな現代アートのようにそびえ立っている。
「日本の物流を豆腐に変えるなんて、許せないわ! 天誅!」
キリハが跳躍し、上空から急降下斬りを放つ。
聖剣が閃光を放ち、パイパイの頭上へと振り下ろされる。
岩をも両断する必殺の一撃。
スパァンッ!
聖剣は吸い込まれるようにパイパイの肩口に食い込み、そのまま斜めに胴体を切り裂いた。
手応えがない。
まるで水を斬ったような感触。
「もらった!」
キリハが着地し、残心をとる。
だが。
ヌルッ……。
切り裂かれたはずのパイパイの身体が、離れることなく、粘液のように繋がっていた。
断面は白く滑らかで、血の一滴も出ていない。
そして、まるで切った豆腐同士がくっつくように、ピタリと元通りに癒着した。
「なっ……!? 斬れない!?」
キリハが目を見開く。
「ふふっ。いい太刀筋ネ。でも……私の身体は最高級の『絹ごし』アル。柳に風、豆腐に聖剣。物理攻撃は一切通じないヨ」
パイパイは傷一つない肌を撫でて見せた。
「くっ! ならば突く!」
キリハが連続突きを放つ。
シュシュシュシュッ!
無数の刺突がパイパイの身体を貫くが、穴が開いたそばから「ぷるるん」と震えて塞がっていく。
逆に、剣を引き抜く際の抵抗で、キリハのバランスが崩れそうになる。
「私のターンネ。……ロン! 大三元・豆乳ビーム!」
パイパイが両掌を突き出すと、そこから高圧縮された白い液体が激流となって発射された。
ドピュッ! ドピュルルルッ!
「しまっ……!」
キリハが聖剣で防御しようとするが、液体は剣に絡みつき、さらに彼女の全身へと降り注いだ。
ドロリとした白濁液が、聖なる甲冑を、そしてキリハの顔を覆い尽くす。
「うわぁっ!? 何これ、ベトベトする! 前が見えない!」
キリハが悲鳴を上げる。
豆乳ビームは急速に凝固し、湯葉のような膜となってキリハの動きを封じていく。
「や、やだ! 気持ち悪い! 離れなさいよ!」
聖剣姫が、白い粘液まみれになって悶える。
その光景は、戦いというよりは、何か背徳的な儀式のようだった。
***
一方、地下のアジト。
六畳間の巨大モニターでその様子を眺めながら、黒野改蔵はニヤニヤと笑った。
「やるじゃねえか、豆腐。あの堅物の聖剣姫が、あんなにドロドロにされてらぁ」
改蔵はあぐらをかき、その股間には五十嵐イスズが侍っていた。
彼女はモニターの、特にキリハが粘液にまみれるシーンを見ながら、興奮で頬を紅潮させている。
「すごいですねぇ。あの聖剣を受け流すなんて……。キリハちゃん、可哀想だけど、なんだかエッチです」
「お前も受け流す練習するか? ……ほら、こっちも『実戦形式』で応援してやらねえとな」
改蔵がイスズのTシャツを捲り上げた。
露わになった豊満な胸は、パイパイの冷たい豆腐のような白さではなく、ほんのり桜色がかった、温かい人肌の白さと柔らかさを持っている。
「神主様……っ。優しく『調理』してくださいね」
イスズが甘い声を漏らし、改蔵の首に腕を回す。
部屋の隅では、マナが改蔵の背中に張り付いてマッサージをし、メイが足元で指を舐めている。
そして押し入れの隙間からは、クルミが「……聖剣姫、粘液拘束中。スクショ保存完了。素材として優秀」と淡々と実況している。
「パイパイが外で頑張って白くしてるんだ。俺たちも中から白くしてやろうぜ」
改蔵はイスズを抱き寄せ、その柔らかな乳房を両手で包み込み、餅を捏ねるように揉みしだいた。
ムニュッ、ムニュッ。
モニターの中のパイパイが敵の攻撃を受け止める柔らかさと、イスズの柔らかさがシンクロする。
「あ……んっ! 神主様の手、熱い……! 私も……お豆腐みたいに崩れちゃいそうです……!」
「崩れるまで愛してやるよ。マナ、お前は俺の『ツモ運』を上げてくれ」
「はいっ! 改蔵様の『一発ツモ』、期待してますよ!」
マナが改蔵の耳元で囁き、首筋を甘噛みする。
物流センターでの戦いと、六畳間での情事。
破壊と快楽がリンクし、アジトは背徳的な熱気に包まれていた。
***
再び戦場。
キリハは追い詰められていた。
全身にへばりついた湯葉を引き剥がし、なんとか体勢を立て直すが、肩で息をしている。
聖剣の輝きも、豆乳の汚れで鈍っている。
「くっ……。斬っても突いても再生するなんて……。どうすればいいの!」
キリハが歯噛みする。
パイパイは余裕の笑みで近づいてくる。
「諦めるネ。貴女の剣は、私には届かないアル。……大人しく私の『具』になるヨロシ」
「誰が具になんて……! 待って、具……?」
キリハの脳裏に閃きが走った。
豆腐。
成分のほとんどは水分。
水があるから柔らかく、形を変えられる。
ならば、その水を奪ってしまえば?
「そうか……! 貴女の弱点は『水分』ね!」
キリハが聖剣を構え直す。
その瞳に、決意の炎が宿る。
「聖剣よ、太陽の如き熱を宿せ! 属性変換・プロミネンス!」
キリハが詠唱すると、聖剣の刀身が赤熱し、激しい炎を纏い始めた。
周囲の空気が揺らぎ、アスファルトが熱で溶け出す。
「な、なんネ!? その熱気は……!」
パイパイが足を止めた。
本能的な恐怖。
瑞々しい彼女の肌が、熱気だけでチリチリと痛み始める。
「豆腐は水分が命……。だったら、干からびさせてあげるわ! 食らいなさい、灼熱の斬撃!」
キリハが聖剣を振りかぶり、一気に薙ぎ払った。
「聖剣奥義・
ゴォォォォォォォッ!
剣圧と共に、猛烈な熱風が嵐となってパイパイを襲った。
それは物理的な斬撃ではなく、水分を蒸発させるための熱波攻撃。
「い、いやぁぁぁ! 熱いアル! 潤いが! 私のプルプルの美肌がぁぁぁ!」
見るも無残な変化が始まった。
水風船のように張りのあった肢体が、みるみるうちに萎み、収縮していく。
白い蒸気がシュゥゥゥゥと立ち昇り、白かった肌は茶色く変色し、スポンジのようにスカスカの穴だらけになり、表面に細かいひび割れが走り始めた。
「や、やめるネ……! 私、カサカサになるの嫌アル……! 高級絹ごしが……安物の特売高野豆腐になっちゃうヨォォォ!」
パイパイは悲痛な叫びを上げた。
防御力自慢の柔肌は、いまやカチカチに乾燥し、指で押せば砕けそうなほど脆くなっていた。
関節が動くたびに、ギシギシと乾いた音がする。
「チェックメイトよ! 水分を失った豆腐なんて、ただの乾物だわ! これで終わり!」
キリハが跳躍し、とどめの一撃を放つ。
「聖剣・インパクト!」
ガシャァァァァァァン!!
陶器……いや、乾パンが割れるような乾いた破砕音と共に、高野豆腐化したパイパイの身体が粉々に砕け散った。
無数の茶色い破片がキラキラと舞い散る中、彼女を構成していた改蔵の魔力も霧散していく。
「ロン……。振り込み、ネ……。水分補給……したかったアル……」
パイパイは最後にそう呟き、白い光の中に消えていった。
***
アジト。
モニターの映像が砂嵐に変わる。
「あちゃー。干からびさせられちまったか。高野豆腐にされるとはな」
改蔵は、事後の気だるさの中で煙草を吹かした。
彼の腕の中では、汗ばんだイスズが満足げに眠っている。
部屋には、情事の熱気と、ほんのりと香ばしい大豆の匂いが残っていた。
「さすが聖剣姫ですね。弱点を即座に見抜きました。水分過多が仇になりましたね」
マナが着衣を整えながら冷静に分析する。
「ま、いいさ。あいつも十分暴れただろ。物流は止まったし、サイトウも文句ねえはずだ。……最後の散り際、カサカサでちょっと笑えたけどな」
改蔵は悪びれもせずに笑った。
彼にとって、怪人は使い捨ての駒ではないが、負けたならそれはそれ、というドライな関係だ。
楽しませてくれた礼は、昨日の夜にたっぷりと身体で払った。
悔いはない。
「クルミ、あいつはどうなった?」
押し入れに向かって声をかける。
「……浄化確認。人間に戻った。……現在、羽田空港のロビーにいる」
クルミがモニターを切り替えると、空港のロビーで呆然と立ち尽くす女性の姿が映し出された。
彼女は普通の私服姿で、手にはパスポートと、なぜか麻雀牌の『白』を握りしめていた。
「……私、何してたアルか? 日本のカジノで……負けて……? 夢を見てた気がするネ」
彼女はキョロキョロと周囲を見渡し、首を傾げた。
記憶は、雀荘でマナに会う直前まで巻き戻っている。
アジトでの日々も、改蔵との濃密な夜も、豆腐になって聖剣姫と戦った記憶も、全て白紙に戻っている。
『白き死神』は、再び純白の記憶を手に入れたのだ。
「……まあいいネ。とりあえず、台湾に帰って熱い小籠包でも食べるアル。……豆腐は、しばらく見たくない気分ネ」
彼女は小さく肩をすくめると、搭乗ゲートへと歩いていった。
その足取りは軽く、憑き物が落ちたように清々しかった。
ただ、無意識に股間を押さえる仕草に、昨夜の快楽の余韻が微かに残っているのかもしれなかった。
***
その日の夕食。
アジトの食卓には、これでもかというほどの豆腐尽くしの料理が並んでいた。
冷奴、湯豆腐、麻婆豆腐、揚げ出し豆腐、豆腐ハンバーグ。
白一色の食卓だ。
「……おい。しばらく豆腐は見たくねえって言わなかったか?」
改蔵がげんなりした顔で箸を持つ。
あの白い肌の感触、崩れる肉体、そして最後の干からびた姿を思い出してしまい、妙に生々しくて箸が進まない。
「あら、勿体ないですよ? 美容にいいんですから。たくさん食べて、また夜の『特訓』のために
イスズがニコニコと麻婆豆腐を取り分ける。
彼女の笑顔は、どんな怪人よりも、そして聖剣姫よりも手強い。
「……へいへい。食えばいいんだろ、食えば」
改蔵は観念して、豆腐を口に運んだ。
平和なアジトの夜。
だが、改蔵の魔手は、また次の獲物を求めて動き出すだろう。
食欲と性欲の秋は、まだ終わらないのだから。