日本のどこにでもある、平和な平日の昼下がり。悪の組織のアジトである古びた木造平屋の六畳間では、いつものようにPCモニター越しに、中間管理職サイトウの怒号が響いていた。
『作戦指令だ! 聞いているかね、黒野君!』
サイトウの顔が画面いっぱいにアップになり、唾が飛びそうな勢いだ。
『先日のスイートポテト代、ならびに謎の
「……公園の砂場で要塞だと? 小学生の秘密基地ごっこかよ……サイトウ疲れてんのか?」
黒野改蔵は、煎餅布団に寝転がりながら鼻をほじった。平和な午後を邪魔された不機嫌さが、ステテコ姿の全身から漂っている。
「ふふふ……。
部屋の隅から、厳かな声が響いた。全身を黄金に輝く包帯で巻かれたミイラ怪人・アナメスだ。彼女は眼鏡のない瞳で、ぼんやりとした改蔵の
「我が魔力で砂を集め、王の威光を示す巨大なピラミッドを建造いたします。……さあ、参りましょう。
「へいへい。行ってらっしゃい。お土産は焼き芋でいいぞ」
改蔵が適当に手を振ると、アナメスは優雅に窓から飛び出した。その背中には、狂信的な使命感が燃え上がっていた。
***
町内にある「どんぐり公園」。普段は子供たちが遊び、主婦たちが井戸端会議に花を咲かせる憩いの場だ。だが今日、そこは異界と化していた。
ゴオオオオオオッ……!
突如として吹き荒れる熱風と砂嵐。公園の砂場の砂が、生き物のように巻き上がり、視界を遮るほどの黄砂となって周囲を覆い尽くす。
「な、何事!?」 「キャーッ! 目に砂が入るぅ!」
逃げ惑う主婦や子供たち。その中心、滑り台の上に、アナメスが降臨した。
「愚かなる民草よ、歓喜せよ! この地は今より、偉大なるファラオの聖域『王家の谷・出張所』となる!」
彼女が両手を掲げると、包帯がシュルシュルと伸び、逃げる人々を次々と捕獲していく。
「ひぃぃぃっ!?」 「な、何これ!? 包帯!?」
捕まった人々は、頭の先から足の先まで丁寧に包帯で巻かれ、即席の「労働用ミイラ」へと変えられてしまった。意識を奪われた彼らは、うつろな目でアナメスの命令を待つ。
「さあ、働きなさい。王のために汗を流すことは、無上の喜びです」
アナメスが指差したのは、公園の中央にあるジャングルジムだ。
「あの
「ヘイ……ホォ……。ヘイ……ホォ……」
ミイラ化させられたサラリーマンや主婦たちが、砂場の砂を固めたブロックを運び始める。ジャングルジムが、みるみるうちに砂で覆われ、黄金色に輝くピラミッドへと変貌していく。滑り台はスフィンクスの足元に、ブランコは処刑台に。長閑な公園は、一瞬にして古代エジプトの建設現場と化した。
***
一方、アジトの六畳間。改蔵は、その様子をドローンカメラの
「おいおい、あいつマジかよ。ジャングルジムがピラミッドになってんぞ」
モニターの中では、ミイラたちが無心で働き、アナメスがそれを厳かに指揮している。その光景は、シュールでありながら、どこか神秘的な儀式のようでもあった。
「すごいですねぇ、神主様。あの方、本当に神主様のことを崇拝してらっしゃるんですね」
五十嵐イスズが、感心したようにお茶を啜る。
「うふふ、見てください改蔵様。あのアナメスさんの恍惚とした表情……。きっと、ピラミッドを作りながら、昨夜の改蔵様との『儀式』を思い出して濡れてますよぉ」
小悪魔マナが、改蔵の膝に乗りながらニタニタと笑う。その言葉に、改蔵のイチモツがピクリと反応した。
「……儀式、か。あいつが外であんなに頑張って『奉仕』してるんだ。俺たちも、ここから『念』を送ってやるのが王の務めってもんだろ」
改蔵はステテコを脱ぎ捨て、屹立する剛直を露わにした。それは、アナメスが崇めた「黄金のオベリスク」そのものだ。
「イスズ、マナ。……俺たちも『儀式』をするぞ」
「はい、神主様。……王の威光を、遠く離れたアナメスさんに届けましょう」
イスズがエプロンを外し、Tシャツを捲り上げる。マナもレオタードの股布をずらし、準備を整える。
「うふふ、神秘的な観戦エッチですねっ! アナメスさんに負けないくらい、厳かに、激しくイきましょう!」
改蔵は布団の上に胡座をかき、その上にイスズを向かい合わせで座らせた。結合の瞬間。
ズプッ……ヌプンッ!
「ああっ……! 神主様……! 今日はいつもより……深く、重く感じます……!」
イスズが天を仰ぎ、改蔵の首に腕を回す。密着した結合位。改蔵はゆっくりと、しかし力強く腰を打ち上げる。
「マナ、お前は後ろからだ。……三位一体のピラミッド・フォーメーションだ」
「はーい! 頂点はいただきますぅ!」
マナが背後から改蔵の肩に乗り、その耳元で甘い声を囁きながら、小さな手で改蔵の胸を愛撫する。足元では、いつの間にか現れたサキュバス怪人メイが、改蔵の金玉を「これもご神体……」と呟きながら丁寧に舐め上げている。
「くぅ……! 効くぜ。……あいつがピラミッドを完成させるのが先か、俺たちがイくのが先か……競争だな」
モニターには労働に励むミイラたち。六畳間には、快楽の儀式に励む男女の喘ぎ声。二つの映像が重なり合い、奇妙なシンクロニシティを生み出していた。
***
公園のピラミッドは、すでにジャングルジムの高さを超え、滑り台の上まで達していた。完成間近。その時、正義のサイレンが鳴り響いた。
「そこまでだ! 公園を私物化し、市民を強制労働させる悪党め!」
駆けつけたのは、正義戦隊ジャスティンジャーの5人だ。
「出たわね、邪魔者たち。……王の聖域を土足で踏み荒らすとは、万死に値する!」
アナメスが包帯を鞭のように振るう。シュパァァァッ!
「うわっ、危ない!」 「みんな、散開しろ!」
レッドが指示を出すが、砂嵐で視界が悪く、思うように動けない。
「ククク……。この聖域の中では、貴様らは迷い子のアリに過ぎない。包帯の餌食となりなさい!」
アナメスは優位に立っていた。ド近眼の彼女にとって、砂嵐など関係ない。元々見えていないのだから、気配と魔力だけで敵を感知し、正確無比な攻撃を繰り出すことができる。心眼ならぬ、妄想眼だ。
「くそっ、攻撃が当たらない! あいつ、目が見えてないはずなのに!」 「逆に、こちらの動きを完全に読んでいるわ!」
ピンクとブルーが追い詰められる。
「このままでは全滅だ……! 何か、何かないのか!」
レッドが焦る。その時、イエロー(分析担当)が叫んだ。
「待って! あいつの動き……音と魔力の流れだけに反応してる! 視覚を使っていないわ!」
「つまり、目が見えていないのか?」
「ええ! しかも、あいつの独り言を聞いて! 『王よ』とか『黄金の輝き』とか……完全に幻覚を見ているわ!」
「だったら……現実を見せてやればいいんだな!」
ブルーが閃いた。彼は懐から、変装用の小道具を取り出した。それは、分厚い瓶底眼鏡だった。
「くらえ! ジャスティン・オプティカル・スロー!」
ブルーが眼鏡をフリスビーのように投げた。眼鏡は放物線を描き、奇跡的なコントロールでアナメスの顔面へと飛んでいく。
「むっ? 何か飛んで……」
カチャッ。
眼鏡が、アナメスの顔に完璧に装着された。
「……あ?」
その瞬間。世界が、変わった。
極彩色の靄が晴れ、輪郭が鮮明になり、色彩が現実のものへと収束していく。黄金に輝く神殿だと思っていたものは、ただの砂まみれのジャングルジムだった。忠実な下僕だと思っていたミイラたちは、包帯を巻かれて泣きべそをかいている近所の子供や主婦だった。そして何より。
「……え? 嘘……?」
彼女は、自分が設置した
黄金に輝く玉座に座るファラオ……のはずの映像。だが、眼鏡を通した視界に映っていたのは、汚い六畳間で、ステテコを脱ぎ捨てて全裸になり、女たちと絡み合っている、ただの中年おやじ(黒野改蔵)だった。
「……王……?」
モニターの中の改蔵が、だらしなく口を開けて喘いでいる。そして、彼女が「聖なるオベリスク」だと信じて崇め、口づけし、あまつさえ体内に入れてしまった『それ』は。
「ち、チン……ポ……?」
ただの、男根だった。黒ずんで、血管が浮き出た、どこにでもある(サイズはデカいが)人間の生殖器。神々しさなど欠片もない、欲望の塊。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
アナメスの絶叫が、公園中に響き渡った。羞恥。絶望的なまでの羞恥。彼女は自分が何をしてきたのか、何を口に含み、何を崇拝していたのか、全てを鮮明に理解してしまった。
「私……私……! あんな汚いおじさんのアレを……神様だと思って……! 縛られて……! 咥えて……! 儀式だなんて言って……中に出されてぇぇぇぇッ!!」
顔が真っ赤になり、頭から湯気が噴き出す。キャパシティオーバー。彼女のプライドとエジプトへの愛が、音を立てて崩壊した。そして、その羞恥心は魔力の暴走を引き起こす。
「恥ずかしいぃぃぃ! もうお嫁に行けないぃぃぃ! 死にたいぃぃぃ!」
カッッッッ!!
アナメスの身体から、強烈な閃光が放たれた。自爆だ。あまりの恥ずかしさに、体内の魔力が臨界点を超え、浄化の光となって爆発したのだ。
ドカァァァァァァァン!!
砂のピラミッドが崩れ去り、包帯が霧散する。砂嵐が止み、公園に静寂が戻った。
***
アジト。モニターがホワイトアウトし、
「……あちゃー。現実見ちゃったか」
改蔵は、絶頂の最中に動きを止め、苦笑いを浮かべた。彼の下では、イスズがビクビクと痙攣し、マナが「あはは、自爆しちゃいましたねぇ」と笑っている。
「……浄化確認。人間に戻った」
押し入れのクルミが淡々と報告する。
「記憶データ、消去完了。……彼女は『熱中症で倒れていた』ことになってる。組織のことも、マスターのことも、全部忘れた」
「そうか。まあ、その方が本人にとっても幸せだろ」
改蔵は、どこか寂しげに、しかし安堵したように呟いた。秘密を守るため、そして彼女の名誉のため、怪人だった時間の記憶は全て消え去ったのだ。
「神主様、私たちの『儀式』はまだ終わってませんよ?」
イスズが上目遣いで、改蔵の胸板に頬を擦り寄せる。彼女の天然な瞳には、改蔵はいつだって「神主様」として映っているのだ。記憶があろうとなかろうと。
「おう、そうだな。……あいつの分まで、たっぷりと
改蔵は再び腰を動かし始めた。アジトの六畳間には、再び卑猥で平和な儀式の音が響き始めた。
***
数時間後。公園のベンチで、一人の女性が目を覚ました。アナメスだ。彼女は分厚い眼鏡をかけ、きょとんとした顔で周囲を見回した。
「……あれ? 私、ここで何を……?」
頭がぼんやりする。博物館に行ったはずなのに、気づけば公園で倒れていた。何か、とてつもなく熱くて、恥ずかしくて、でもどこか懐かしい「黄金の夢」を見ていた気がするのだが、思い出そうとすると霞のように消えてしまう。
「……きっと、ファラオの呪い(熱中症)ね。少し休みすぎたみたい」
彼女は立ち上がり、砂を払った。そのポケットには、なぜか改蔵の使用済みステテコの切れ端が入っていたが、彼女はそれを「汚い雑巾」だと思って、躊躇なくゴミ箱に捨てた。
「さあ、研究室に戻らなくちゃ」
彼女は足早に去っていった。地下組織のことも、黄金のイチモツのことも、全ては砂塵の彼方へ。日本の田舎町には、また一つ、誰にも知られることのない秘密が埋もれたのだった。