木枯らしが雨戸を激しく叩き、隙間風がヒューヒューと鳴る、凍えるような冬の夕暮れ。日本の片田舎、その町外れにひっそりと佇む古びた一軒家──悪の組織・極東支部のアジトである六畳間は、こたつの熱気と、ブラウン管テレビから垂れ流される熱狂的な実況音声、そしてむせ返るようなオスの欲望に包まれていた。
「おおっと! ここで大きく足を開いたァ! 素晴らしい柔軟性だァーッ! 見てください、この180度開脚! 人体の神秘、いや、ボンテージの極致だァァッ!」
テレビ画面の中で、新体操の選手が華麗な舞を披露している。極彩色のリボンが螺旋を描き、ボールが吸い付くように身体を転がる。だが、この部屋の支配者である黒野改蔵の視点は、採点基準や芸術性とは全く別の、もっと動物的で根源的な一点に注がれていた。
「……たまらねえな。芸術ってのは、時にエロを凌駕しやがる」
改蔵は煎餅布団から半身を起こし、画面を食い入るように見つめていた。彼の手には吸いかけの煙草、そして股間のステテコは、画面の刺激を受けてテントのように大きく隆起している。彼の視線の先にあるのは、選手の技ではなく、その肉体を包む「衣装」そのものだ。
「最近のレオタードってのは、一体どうなってんだ? ん? 昔はもっとこう、慎ましやかなスカートがついてたり、布面積があったはずだろ。だが今はどうだ。ほとんど水着……いや、ランジェリーよりも際どいじゃねえか」
改蔵がごくりと音を立てて唾を飲み込む。画面の選手がI字バランスを決め、天井に向けて足を垂直に上げると、レオタードの布地が限界まで引き伸ばされる。股間の布がピンと張り詰め、恥丘のふっくらとしたラインがくっきりと浮かび上がる。さらに、脚を広げたことで、太ももの付け根の布が深々と食い込み、いわゆる『ハイレグ』を超えた『Iバック』に近い状態になっている。
「見ろよイスズ。あの食い込み。あの布の張り具合。あれはもう、衣装が身体を支えてるんじゃねえ。衣装が女の股に『噛み付いてる』んだ。動くたびに、布が秘所を擦り上げてるに違いねえ」
改蔵は熱っぽく語る。それは健全なスポーツ観戦の枠を超えた、機能美という名の猥褻さへの賛美だった。
「神主様、お行儀が悪いですよぉ。そんなに画面に近づいたら目が悪くなります」
台所から五十嵐イスズが、みかんの山盛りになったザルを持って戻ってきた。彼女はこたつに入り、慣れた手つきでみかんの皮を剥き始める。その無防備な胸元からは、家事をする健康的な色気が漂っているが、今の改蔵の頭の中はレオタード一色だ。
「イスズ、お前には分からんだろうがな、これは崇高なフェティシズムなんだよ。鍛え上げられた肉体と、それを強調する光沢素材。そして何より、多くの観客に見られているという『羞恥』と『露出』のギリギリのせめぎ合い……。このピチピチの素材感が、男の本能をダイレクトに刺激するんだ」
改蔵はテレビのリモコンを操作し、スロー再生を繰り返した。選手がジャンプするたびに揺れる胸、着地の瞬間にくい込む股布。
「欲しいな。……この、恥じらいと機能美を兼ね備えた、極上の素材が」
「マナ! いるか! サボってないで出てこい!」
「はいはーい! ここにいますよぉ! 天井裏の掃除をしてたんですぅ!」
天井の鴨居にぶら下がっていた小悪魔マナが、軽やかに着地した。彼女自身も露出度の高いレオタード風の衣装を纏っているが、改蔵が今求めているのは、彼女のような奔放な小悪魔ではない。「羞恥心を持った清純な乙女」のそれだ。
「次のターゲットが決まったぞ。……新体操だ。あのピチピチのハイレグ・レオタードを着こなす、柔軟で、かつ恥じらいを知る極上の素材を見つけてこい」
「なるほどぉ! 新体操ですかぁ! 確かにあのアングルはエッチですよねぇ!」
マナがテレビ画面を見てニヤリと笑う。
「了解ですぅ! 恥ずかしがってる女の子を無理やり開脚させるのって、背徳的でゾクゾクしますよねぇ! 泣きながら股を開くような、とびっきりの有望選手をスカウト(拉致)してきますっ!」
マナは黒い翼をバサリと広げ、窓を開け放って寒空の下へと飛び出した。冷たい風が吹き込み、イスズが「あらあら、閉めていってくれればいいのに」と困ったように笑った。
***
都内にある、スポーツの名門・清華女子学園。その広大な敷地の片隅にある第2体育館。部活動の終了時刻をとうに過ぎ、暖房も切られ、照明が半分落とされた薄暗いフロアに、リボンの風切る音と、荒い息遣いだけが響いていた。
シュッ……、ヒュンッ……、タンッ。
一人の少女が、孤独に、そして何かに取り憑かれたように練習を続けている。朝倉イノリ。この地区でトップクラスの実力を持つ新体操部のエースであり、次期オリンピック候補とも噂される逸材だ。長い黒髪を高い位置でポニーテールに結い上げ、大きなリボンで留めている。汗に濡れた髪が、白磁のような首筋に張り付く様は艶めかしい。整った顔立ちは日本人形のように美しく、涼しげな目元には強い意志と、隠しきれない憂いが宿っている。身長156センチ。バスト85、ウエスト55、ヒップ82。引き締まった筋肉と、女性らしい柔らかな脂肪が絶妙なバランスで同居した肢体は、まさに新体操の神に愛された芸術品だ。
だが、今の彼女の動きには、本来の輝きがなかった。
「……っ!」
イノリが大きく脚を上げ、ターンを決める。その瞬間、彼女の手が無意識に、自身の太ももの付け根へと伸びた。リボンの操作がおろそかになり、鮮やかな布が足首に絡まる。
ドサッ。
バランスを崩し、彼女は冷たい床に無様に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……。ダメ……。また失敗しちゃった……。集中できない……」
イノリは悔しそうに拳で床を叩いた。滲む汗が、床に落ちる。彼女のスランプの原因。それは、技術的な問題でも、体力の低下でもなかった。
彼女は震える足でゆっくりと立ち上がり、自分の姿を壁一面の鏡に映した。鏡の中の自分が着ているもの。今度の地区大会から導入される、新しい規定のレオタード。それは、従来のスカート付きの可愛らしいデザインとは一線を画す、海外の流行を取り入れた、極端に攻撃的でハイレグなデザインだった。
素材は、濡れたような光沢を放つメタリックなライクラ。色は、肌の白さを際立たせる鮮烈なローズピンク。胸元は大きく開き、背中は腰まで大胆に露出している。そして何より問題なのは、下半身だ。太ももの付け根が、腰骨の遥か上まで鋭角にカットされており、ほんの少しでも脚を動かせば、秘所の
「……恥ずかしい……。こんなの、ほとんど裸じゃない……」
イノリは両手で股間を隠すように、その場にしゃがみ込んだ。顔がカァッと熱くなり、耳まで真っ赤に染まる。誰もいない体育館なのに、無数の視線が自分の股間に、お尻に、そして食い込んだ布のラインに突き刺さっているような錯覚に陥る。
(こんな格好で、大勢の観客の前で脚を開くなんて……。スポットライトを浴びて、審査員のおじさんたちに下から見上げられるなんて……。私、耐えられない……)
彼女は性格的に古風で奥ゆかしく、本来は露出を好まない。新体操という競技は愛しているが、年々過激化するこの衣装だけはどうしても受け入れられなかった。鏡の前でポーズを取るだけで、股間の布が食い込み、秘所の形を浮き彫りにしてしまう感触。その生々しい感触が、彼女の羞恥心を刺激し、集中力を削いでいく。
だが、これを着なければ大会には出られない。部の期待、エースとしての責任。そして、乙女としての耐え難い羞恥心。その板挟みが、彼女の身体を硬直させていた。
「……誰か……助けて……。私に、勇気を……。この恥ずかしさを、消して……」
彼女が涙目で呟き、膝に顔を埋めた、その時だった。
「お困りのようですねぇ? その悩み、私が解決してあげましょうか?」
頭上から、蜂蜜のように甘ったるい声が降ってきた。イノリが驚いて顔を上げると、バスケットゴールの上に、黒い翼を生やした小柄な少女が、足をぶらつかせながら座っていた。マナだ。
「だ、誰!? どうやってそこに……?」
「私は通りすがりのスカウトマンです。……貴女、素晴らしい身体をしてますねぇ。関節の可動域、筋肉の質、瑞々しい肌の張り……そして何より……その初々しい『恥じらい』が最高に美味しそうです」
マナがふわりと宙に浮き、重力を無視してイノリの目の前に降り立った。至近距離でジロジロと身体を見回され、イノリは反射的にレオタードの股間とお尻を手で隠し、後ずさった。
「み、見ないでください……! 変な格好してるから……!」
「ウフフ、変じゃありませんよ。とってもエッチで素敵です。……貴女、そのレオタードが恥ずかしいんでしょう? 見られるのが怖くて、股を開くのが怖くて、本来の演技ができないんでしょう?」
図星を突かれ、イノリは言葉を詰まらせた。
「そ、そうですけど……。でも、これは規定だから……着なきゃいけないの……。でも、身体が言うことを聞かなくて……」
「もったいないですぅ。せっかくの才能が、羞恥心という鎖で縛られているなんて。……ねえ、知ってますか? 恥ずかしさを消す一番の方法」
マナがイノリの周りをくるりと回り、敏感な耳元で悪魔の囁きを落とす。
「それはね……『見られること』を『見せつけること』に変えるんです。羞恥心を快感に変える、秘密の特訓があるんですよ」
「と、特訓……?」
イノリの瞳が揺れた。今のままでは大会で勝てない。惨めな姿を晒して終わるだけだ。エースの座を失う恐怖と、この耐え難い恥ずかしさから解放されたいという切実な願望。彼女は藁にもすがる思いだった。
「その特訓を受ければ……私は、この衣装を堂々と着こなせるようになりますか? 観客の前でも、震えずに踊れるようになりますか?」
「もちろんです! 世界で一番、大胆で妖艶な演技ができるようになりますよぉ。……ウチの『専属コーチ』は、女の子の殻を破る天才ですから」
マナがニヤリと笑い、小さく白い手を差し伸べた。
「さあ、行きましょう。特別な
イノリは迷った末に、その小さな手を取った。彼女は知らなかった。その「殻を破る」という意味が、精神的なものだけでなく、肉体的な
***
数十分後。アジトの六畳間。大きめの学校ジャージを羽織らされ、マナに連れられてきたイノリは、古びた畳とカビの匂い、そして男の生活臭に鼻をひくつかせた。
「ここが……強化合宿所? ……ただの古いお家に見えますけど……」
どう見ても、最新鋭のトレーニング施設ではない。だが、部屋の奥、こたつの上座には、妙な威圧感と、底知れぬオーラを放つ男が座っていた。ステテコ姿で、みかんを食べている中年男。黒野改蔵。そのだらしない格好とは裏腹に、彼の眼光は鋭く、獲物を狙う猛獣のようにギラついている。
「連れてきましたよぉ! 悩み多き新体操のエース、極上の美脚と羞恥心を持つ、朝倉イノリちゃんです!」
マナがイノリの背中を押し、前に出させる。改蔵はゆっくりと顔を上げ、値踏みするようにイノリの足先から顔までを舐め回した。
「……ほう。ジャージ越しでも分かる、いい脚してやがる。それに、その自信なさげで、今にも泣き出しそうな表情……そそるじゃねえか」
改蔵の視線は、物理的な質量を持っているかのように重く、イノリの肌にまとわりつく。イノリは本能的な恐怖を感じて身を縮こまらせた。
「あ、あの……。貴方が、コーチですか? 恥ずかしさを消す特訓をしてくれると……聞きました」
イノリが震える声でおずおずと尋ねる。改蔵はニヤリと笑い、食べ終わったみかんの皮をゴミ箱に放り投げた。そして、ゆっくりと立ち上がる。その股間の盛り上がりは、ジャージの少女を前にして、さらに大きくなっていた。
「ああ、任せておけ。俺にかかれば、どんな奥手な娘でも、人前で股を開きたくてたまらなくなる『リボン怪人』に育て上げてやるよ」
「え? 怪人……?」
聞き慣れない単語に、イノリが首を傾げる。だが、改蔵はそんな疑問を許さない威圧感で一歩踏み出した。
「さあ、まずはその野暮ったいジャージを脱げ。……
改蔵の言葉は、拒絶を許さない絶対的な命令として響いた。イノリは悪寒と共に、抗えない熱を腹の底に感じていた。この男の視線。それは、大会の観客や審査員の視線とは違う。もっと直接的で、粘着質で、服を透かして中身まで犯すような、強烈な欲望の視線。
(怖い……。帰らなきゃ……。でも……身体が動かない……)
恐怖と同時に、彼女の中の被虐的な本能が目を覚ます。この男になら、見られてもいいかもしれない。いや、見られたいのかもしれない。
「は、はい……」
イノリは震える手で、ジャージのファスナーに手をかけた。ジジッ……。ゆっくりとファスナーが下がり、鮮烈なローズピンクの布地が露わになっていく。アジトの密室で、清純な新体操少女の、淫靡で過酷な「特訓」が始まろうとしていた。