※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

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86話

 深夜の渋谷。本来ならば氷点下の寒波に凍えているはずの街は、常夏の熱気と重低音に支配されていた。

 

 ズン、ズン、ズン、ズン……! 

 

 スクランブル交差点を中心に、巨大な結界が展開されている。空から降る雪は、結界に触れた瞬間に七色のレーザー光線へと変換され、街全体を極彩色のディスコライトで染め上げていた。ビル街の壁面はイコライザーのように明滅し、アスファルトは強化ガラスのダンスフロアへと変質している。

 

「うぇーい! 渋谷の民たちー! 起きてるー!? 今日は朝まで帰さないよー!」

 

 SHIBUYA109の頂上、特設DJブースと化したステージで、パリピ怪人ミウが叫んだ。ネオンカラーに輝くハイレグスーツに身を包み、背中の巨大スピーカーから爆音を轟かせる。彼女がターンテーブル(魔力増幅装置)を回すたびに、街の人々の意識は強制的に「アゲアゲ」に書き換えられていく。

 

「さむい……はずなのに、身体が勝手に!」 「残業帰りなのに、踊りたくてたまらない!」 「部長! ネクタイ頭に巻いて踊りましょう!」

 

 サラリーマンも、学生も、カップルも。誰もが寒さを忘れ、リズムに合わせて身体を揺らしていた。それは恐怖による支配ではなく、強制的な快楽による支配。ある意味で、世界征服の一つの完成形とも言えた。

 

「いいねいいねー! バイブス上がってるー! このまま日本中をフェス会場にしちゃおー!」

 

 ミウがご機嫌でステップを踏む。だが、その狂乱の宴に水を差す、清廉潔白な光が空から降り注いだ。

 

「そこまでです! 淫らな音と光で人々を惑わす悪魔よ!」

 

 キィィィン!  神聖な輝きと共に、ビルの屋上に降り立ったのは、純白の法衣を纏った聖乙女ヒカリだった。彼女の手には聖なる錫杖(シャクジョウ)が握られ、その瞳は怒りに燃えている。

 

「あら、お客さん? でもその格好、TPOわきまえてなくない? ここはクラブだよ?」

 

 ミウはヘッドフォンをずらし、キョトンとした顔でヒカリを見た。

 

「黙りなさい! この極寒の中、このような恥知らずな格好で……。見ているこちらが恥ずかしいです! 神の御名において、貴女を浄化し、健全な静寂を取り戻します!」

 

「えー、マジレス? 神様とか堅苦しくない? てか、そんな厚着してて楽しい? 脱いじゃいなよー、楽になるよー?」

 

 ミウはニヤニヤと笑い、ボリュームフェーダーを一気に上げた。

 

「説教する前に、一杯どーぞ! 特製『パリピ・カクテル・ミスト』!」

 

 シュゴオオオオオッ!  ミウの背中のスピーカーから、甘い香りのするピンク色の霧が猛烈な勢いで噴射された。それはただのスモークではない。高濃度の魔力と、最高級のアルコール成分を気化させた、強制酩酊ガスだ。

 

「聖なる障壁(バリア)よ、我を守りたま……げほっ!?」

 

 ヒカリは即座に防御魔法を展開しようとした。しかし、ミウの「ノリ」と「勢い」を乗せた霧は、理屈で構成された聖なる障壁を「空気読めないバリアとかナシでしょ!」という謎の理論ですり抜け、ヒカリの鼻腔を直撃した。

 

「んぐっ……! な、何ですかこの甘い匂いは……! 頭が……クラクラして……」

 

 ヒカリの足元がふらつく。視界が歪み、世界が極彩色に回転し始める。彼女は敬虔な聖職者であり、これまで一滴の酒も飲んだことがなかった。つまり、アルコールに対する耐性はゼロ。そこに、致死量に近い魔力アルコールを吸い込んでしまったのだ。

 

「あはっ♡ 顔真っ赤じゃん! 効いてる効いてる! さあ、一緒に踊ろー!」

 

 ミウが煽る。ヒカリは錫杖を杖にして何とか立っていたが、その瞳から理性の光が急速に失われていく。プツン。彼女の中で、何かが弾ける音がした。

 

「……う……うぅ……」

 

「ん? どしたー? 気分悪い?」

 

「……うっさいんじゃあぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 ドゴォォォォン!  ヒカリが錫杖をコンクリートの床に叩きつけると、衝撃波で周囲のガラスが粉砕された。

 

「えっ!? ビクッ!」  ミウが飛び上がる。

 

「なーにが神じゃ! なーにが清貧じゃ! 私だってなぁ! ホントは彼氏作ってディズニー行きたいんじゃあぁ! クレープ食べたいんじゃあぁ! なんで私だけ恋愛禁止なんじゃボケェッ!」

 

 ヒカリは法衣の裾を荒々しく捲り上げ、あぐらをかくように座り込んだ。その目は据わり、完全に「絡み酒」モードに入っている。

 

「え、ちょ、キャラ崩壊すごくない? 引くんだけど……」

 

「ああん!? 誰が引くって!? こちとら毎日毎日、懺悔だの祈りだの、膝が痛くなるほど正座してんだよ! たまにはパーッと飲まなきゃやってられんのじゃ!」

 

 ヒカリは錫杖をマイクのように握りしめ、絶叫した。

 

「おいDJ! 曲がぬるいぞ! もっと激しいのかけろ! デスメタルだ! 聖飢魔IIをかけろォ!」

 

「ひぃっ! こ、こわ……! 何この人、バイブスが重い! ドロドロしてる!」

 

 ミウは後ずさりした。彼女の掲げる「ハッピーでアゲアゲ」な空間に、最も相性の悪い「愚痴っぽい泥酔者」が誕生してしまったのだ。楽しいパーティが一気に、深夜の居酒屋の説教タイムのような重苦しい空気に変わっていく。

 

「おい、聞いてんのか露出狂! 大体あんたのその格好、冷えないのか! 女は身体を冷やすのが一番良くないんだぞ! 将来苦労すんのは自分なんだからな!」

 

 ヒカリが千鳥足で詰め寄ってくる。その手には、いつの間にか聖なる魔力で生成された「一升瓶(中身は聖水ではなく日本酒)」が握られている。

 

「わ、わかった! わかったから来ないで! あんたのバイブス、マジ無理! バッドトリップしそう!」

 

 ミウは恐怖した。このままでは自分のパリピ精神まで汚染されてしまう。

 

「今日のところは帰る! 解散! 撤収ー!」

 

 ミウはDJブースを放棄し、逃走を図った。彼女の戦意喪失により、渋谷を覆っていた結界が霧散していく。ミウ自身も、魔力を使い果たしたことで人間の姿(ギャル)に戻り、雑踏の中へと消えていった。

 

「あ、逃げた! 待ちやがれ! 飲み直すぞ! 二次会だ二次会!」

 

 ヒカリが叫ぶ。その目の前に、ミウが撤収用に出していた「VIPルーム(アジト)への転移ゲート」が開きっぱなしになっていた。空間が歪み、どこか別の場所へと繋がっている。

 

「おう、あそこに店があるじゃねーか! 開いてるかー!」

 

 泥酔したヒカリは、それが罠なのか何なのか考えることもなく、ふらふらとゲートの中へ飛び込んだ。

 

 ***

 

 同時刻。悪の組織アジト。渋谷でのミウの活躍()を見届け、改蔵たちはこたつでまったりとしていた。

 

「いやぁ、ミウちゃん凄かったですねぇ。まさか聖女様をあそこまで狂わせるとは」  マナがモニターを見ながら苦笑する。 「アルコールの力って怖いわねぇ……」  イスズがお茶を啜る。

 

 その時。六畳間の空間がぐにゃりと歪み、ミウが繋ぎっぱなしにしていたゲートが出現した。

 

「……空間転移反応。警戒レベル……」  クルミが警告しようとした瞬間。

 

 ドガァァァン! 

 

 ゲートから、一人の女性が転がり込んできた。髪は振り乱れ、法衣は着崩れ、手には一升瓶を持った聖乙女ヒカリである。

 

「うぃ〜……。やってる〜? 店長、とりあえず生!」

 

 ヒカリは赤ら顔で叫び、こたつの天板をバン! と叩いた。

 

「!?」  全員が凍りつく。まさか、正義のヒロインがアジトに直接乗り込んでくるとは。アジトバレか? 全面戦争か? 

 

「……お、おい。これマズくねえか?」  改蔵が小声でマナに聞く。

 

「ま、待ってください! 彼女、完全に酔ってますぅ! ここがどこか分かってないみたいです!」  マナがヒカリの虚ろな目を指差す。

 

「ここは何て店だ! ホストクラブか!? おい、そこのイケメン!」  ヒカリが改蔵を指差す。

 

「お、俺のこと指名してんのか!? そうなのか!?」

 

 改蔵は一瞬迷ったが、ここで正体を明かせばアジトがバレて戦闘になる。酔っ払いの相手をするのは面倒だが、正体がバレるよりはマシだ。彼は瞬時に腹を括った。

 

「んなバカな…………いらっしゃいませ、(プリンセス)。当店No.1ホストのカイゾウです」

 

 困惑しつつも割り切った改蔵はキリッとした顔を作り、ステテコ姿のまま、精一杯の「ホストっぽいポーズ」をとった。

 

「ホストォ? ……ふん、悪くない顔じゃないか。……おい、酒だ! 高い酒持ってこい!」

 

 どう見てもだらしない格好のおっさんをホストと勘違いしている。全くもって意味不明だが、緊急事態である。住民総出で対応する。

 

「かしこまりました。……おい、ボーイ(イスズ)! シャンパンタワー(水道水)だ!」

 

「は、はい! ただいま!」  イスズが慌てて台所へ走り、コップに水を入れて持ってくる。

 

「どうぞ、当店最高級の『ミネラル・クリスタル・ウォーター』ですわ」 「……味がしねえな。ま、いいか! 乾杯!」

 

 ヒカリは水を一気に飲み干すと、改蔵の隣にドカッと座り込み、その肩に腕を回した。

 

「ねぇ聞いてよカイゾウくん〜。私さぁ、聖乙女なんてやってらんないのよ〜。毎日お祈りお祈りって、膝の皿が割れるわ!」

 

「それは大変ですね、姫。神様も無茶を言いますね」

 

 改蔵が適当に相槌を打つ。足元のメイが「マスターになにしてるの……」と唸り声を上げるが、マナが必死に口を塞いでいる。

 

「そうなのよ! しかもさぁ、同僚のレッドってのが馬鹿でさぁ! 『燃えてきたぜ!』しか言わないの! 語彙力なさすぎでしょ! こっちは毎回回復魔法かけてやってんのに、お礼の一言もないのよ!」

 

 ヒカリは改蔵の胸板をバンバン叩きながら愚痴り続ける。その距離は近く、酒臭さと共に、聖女特有のいい匂いも漂ってくる。

 

「それに比べて、あんたはいい身体してるわね……。魔王みたいなオーラあるけど、なんか落ち着くわ……」

 

 ヒカリがとろんとした目で改蔵を見つめ、その頬に手を伸ばす。

 

「……ねぇ、アフターしてくれない? このまま……朝まで……」

 

 あわや、という瞬間。ヒカリの身体がグラリと揺れた。

 

「……むにゃ。……神様、有給ください……」

 

 ドサッ。彼女はそのまま改蔵の膝の上に倒れ込み、高いびきをかき始めた。限界だったようだ。

 

「……ふぅ。落ちたか」

 

 改蔵は大きく息を吐いた。背中は冷や汗でびっしょりだ。

 

「心臓止まるかと思いましたよぉ……」  マナがへなへなと座り込む。 「あらあら、聖女様も色々溜め込んでるんですねぇ」  イスズがヒカリに毛布を掛けてあげる。

 

「で、どうすんだこれ。ここに置いとくわけにもいかねえぞ」

 

「……公園のベンチに転送推奨。記憶操作魔法で『悪い夢』として処理可能」  クルミが提案する。

 

「よし、それだ。……丁重にお帰り願おう」

 

 改蔵たちは、泥酔した聖女を担ぎ上げ、ゲートの向こうの公園へと送り出した。

 

 ***

 

 翌朝。とある公園のベンチで、ヒカリは目を覚ました。頭が割れるように痛い。

 

「いっ……つぅ……。わ、私、どうしてこんな……ところで……?」

 

 周囲を見渡すが、昨夜の記憶が曖昧だ。渋谷に行って、変な霧を吸って……そこから先は、断片的な映像しか思い出せない。ステテコ姿のイケメンホスト。妙に美味しい水。優しいお母さんのようなボーイ。明らかに支離滅裂な記憶。

 

「……夢? ホストクラブで豪遊する夢を見た……?」

 

 ヒカリは顔を真っ赤にして頭を抱えた。

 

「なんて破廉恥な……! 欲求不満! なんということでしょう! ……滝行に行かなくては!」

 

 アラサー聖"乙女"。人恋しい夜もある。浴びるほど酒を呑みたい日もある。しかし、正義を守る使命があるのだ。彼女はふらつく足取りで、逃げるように公園を後にした。

 

 アジトの場所は特定されず、悪の組織の平穏()は辛うじて守られたのだった。……それでいいのか聖乙女。

 

 一方、アジトでは。ミウは「なんか冷めたわー。次はイビサ島行くわー」と言い残して去っていき、再びいつものメンバーでの日常が戻ってきていた。しかし、その平穏も長くは続かない。サイトウからの、次なる悲鳴のような指令が迫っていたからだ。

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