※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

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88話

 丑三つ時を過ぎた、深夜のアジト。

 築数十年を数える木造日本家屋の六畳間は、普段なら主人のいびきと住人たちの寝息に包まれている時間だ。

 だが今夜、その静寂は不気味なノイズによって侵食されていた。

 

 ズリッ……ズリッ……。

 

 古びた畳の上を、一人の女性が這いずり回っている。

 マナに連れられてきた筑摩ヤシロだ。

 彼女は玄関で靴を脱ぐことさえ忘れ、土足のまま上がり込み、まるで何かに取り憑かれたように室内を徘徊していた。

 

「……Wi-Fiが……飛んでない……。ここは……圏外ですか……? サーバー室は……どこ……?」

 

 彼女の視点は定まっていない。

 ボサボサの黒髪が顔の半分を覆い、その隙間から覗く瞳は、深海のように暗く、光がない。

 彼女の精神は、ここがどこであるか、自分がどうなったかすら認識できていなかった。

 ただ、「仕事をしなければならない」「納期を守らなければ殺される」という強迫観念だけが、壊れかけたモーターのように彼女の体を動かしている。

 

「……あ。……これ、サーバーラック……?」

 

 ヤシロは、部屋の中央にある「こたつ」に手を伸ばした。

 彼女の狂った認知には、暖かなこたつが、熱を放つサーバー機器に見えているらしい。

 

「……熱い……。オーバーヒートしてる……。冷却しなきゃ……。私の人生も……オーバーヒート……」

 

「ヒィッ……! マスター、この人、怖いですぅ……! お化けより怖いですぅ……!」

 こたつの中にいたメイが、悲鳴を上げて飛び出し、改蔵の背中にヤモリのように張り付いた。

「……生体反応、異常。……生存本能と自滅願望が同時に最大値を振り切ってる。……完全にシステムエラーを起こしてる」

 押し入れの隙間からクルミが顔だけ出し、青ざめた表情で計測器を見つめる。

「あらあら、顔色が土気色ですよ。死人みたい……。まずは温かいお茶でも飲んで、落ち着きましょう?」

 

 イスズが心配そうに湯呑みを差し出す。

 ヤシロはビクッとして振り返り、震える手でそれを受け取った。

 

「……あ、ありがとうございます。……これ、カフェイン入ってますか? ……エナジードリンクですか? ……眠ると、死ぬので……。眠ったら……明日が来ちゃうから……」

 

 彼女は湯呑みを両手で包み込むように持ち、熱いお茶を一気に喉に流し込んだ。

 熱さを感じている様子はない。ただ、喉を潤すという機能的な動作だけが行われた。

 

 黒野改蔵は、食べかけのみかんをちゃぶ台に置き、あぐらをかいていた足を崩して立ち上がった。

 彼が見下ろす先には、人間としての尊厳をすり減らし、ただの労働機械に成り果てた哀れな女がいた。

 だが、その背中から立ち上るドス黒いオーラは、アジトの結界を内側から腐らせるほどに濃密だった。

 

「……おい、社畜。パソコンならあるぞ」

 

 改蔵が、ちゃぶ台の上の通信用モニターを指差す。

 ヤシロの首が、ギギギと錆びついた蝶番のような音を立てて動いた。

 

「……パソコン……! ……ありますか……! ……お借りします……! 資料作成……請求書……日報……! 部長に送らないと……!」

 

 彼女は這うようにちゃぶ台へ近づき、モニターに縋り付いた。

 だが、キーボードはない。

 彼女は虚空を叩くように、畳の上で指を高速で動かし始めた。

 

 タタタタタタタッ……。

 

 幻覚のキーボードを叩く音。

 伸びた爪が畳のい草を引っ掻き、ガリガリとささくれ立っていく。

 その指先からは血が滲んでいるが、彼女は止まらない。

 

「……えへへ。……進んでる。……仕事が、進んでる。……でも、終わらない。……終わるわけがない。……私の仕事は、私が死ぬまで続くんだから……」

 

「……完全に狂ってやがるな」

 

 改蔵は低い声で呟き、ヤシロの背後に立った。

 彼女から発せられる瘴気は、腐った生ゴミのような疲労臭と、焦げ付いた回路のような怨念の匂いが混ざり合い、鼻をつく。

 

「……そこまでだ。残業は終わりだよ」

 

 改蔵が、ヤシロの肩に手を置いた。

 ビクッ! 

 ヤシロの身体が大きく跳ねた。

 

「……終わり? ……いいえ、終わりません。……終わるはずがないんです。……私が休んだら、誰がやるんですか……。……離してください……邪魔しないで……」

 

 彼女は振り払おうとするが、改蔵の手は万力のように動かない。

 

「終わらせるんだよ。俺が、お前のその腐った回路を焼き切ってやる。強制シャットダウンだ」

 

 改蔵は強引にヤシロの身体を引き起こし、正面から抱きすくめた。

 そして、彼女のヨレヨレのスーツの襟を両手で掴み、一気に引き裂いた。

 

 ビリィッ!!! 

 

 安い化学繊維の生地が悲鳴を上げて裂け、ボタンが弾け飛ぶ音が部屋に響く。

 下に着ていたブラウスも、汗と脂で肌に張り付いていたが、それもまとめて引き剥がした。

 彼女が身に纏っていた「社会人としての鎧」が、無惨に剥ぎ取られる。

 

「……あ……?」

 

 露わになったヤシロの肌は、病的白い。

 だが、その白さは美しさではない。日光を浴びていない不健康な白さだ。

 所々にストレス性の湿疹や、自傷行為に近い引っ掻き傷、そしてあちこちにぶつけたであろう青あざがあった。

 あばら骨が浮くほどに痩せているが、胸だけは妙に豊満で、重力に従って垂れるその肉感が、余計にアンバランスな生々しさを醸し出している。

 

「……何をするんですか……。セクハラですか……。コンプライアンス違反です……。人事部に……報告……」

 

 彼女は抵抗しようとするが、その手には力が入らない。

 ただ、虚ろな目で「規定」を口にするだけだ。

 

「報告なんて必要ねえ。今ここで、お前の中の毒を全部吐き出せ」

 

 改蔵はヤシロを畳の上に押し倒した。

 抵抗する力もない彼女の上に覆い被さり、その光のない瞳を至近距離で睨みつける。

 

「憎いんだろ? こんなになるまでお前を追い詰めた世界が。会社が。上司が。……そして、『No』と言えずに自分を殺し続けた、お前自身が」

 

 その言葉が、ヤシロの心の殻に、決定的なヒビを入れた。

 ピシッ。

 仮面が割れる。

 

「……憎い……?」

 

 ドロリ。

 瞳の奥から、涙ではなく、黒いヘドロのような液体が溢れ出した。

 

「……憎い……。……辛い……。……苦しい……! ……どうして私だけ……! ……どうして誰も助けてくれないの……!」

 

「そうだ。その感情だ。もっと出せ! 綺麗事はなしだ、魂ごと絶叫しろ! お前はもう、イエスマンじゃねえ!」

 

 改蔵はステテコを引き下げ、凶悪に勃起した剛直を、ヤシロの乾いた秘所に押し当てた。

 前戯などない。

 潤滑など必要ない。

 痛みこそが、彼女を目覚めさせる唯一の鍵だ。

 彼女の乾ききった大地に、暴力的なまでの生命力を叩き込む。

 

「……壊して……。……私を、壊して……ッ! ……この惨めな私を、殺してッ!」

 

 ヤシロが初めて、能面のような表情を崩し、感情を露わにして叫んだ。

 

「おう、壊してやるよ! 跡形もなくな! 二度とデスクに戻れねえ身体にしてやる!」

 

 ズドォッ!!! 

 

 改蔵は躊躇なく、腰を打ち付けた。

 乾いた肉を無理やり押し広げ、太い杭が深々と突き刺さる。

 肉が裂ける音と、畳が軋む音が重なる。

 

「ギィッ……!!!」

 

 ヤシロの喉から、声にならない悲鳴が漏れた。

 裂けるような痛み。

 だが、その痛みが、麻痺していた彼女の神経を焼き焦がし、強制的に再起動させる。

「仕事の辛さ」という鈍い痛みではなく、「生の実感」としての鋭い痛みが、彼女の脳髄を貫く。

 

「痛い……ッ! 痛い……ッ! でも……分かる……ッ! 私、生きてる……ッ! まだ、死んでないッ!」

 

 彼女は改蔵の背中に爪を立てた。

 ガリガリと皮膚を削り、血が滲む。

 ミヤのような甘噛みではない。殺す気で、あるいは溺れる者が藁を掴むような必死さでしがみついている。

 

「あはぁッ! あははははッ! もっと! もっと滅茶苦茶にして! 昨日の記憶も、明日の予定も、全部消えるくらいにッ! 頭の中を真っ白にしてぇッ!」

 

 ヤシロは狂ったように笑い、泣きながら腰を振った。

 それはセックスというよりは、魂の嘔吐であり、悪魔祓いの儀式だった。

 溜め込んだストレス、怨念、殺意、そして抑圧された性欲。

 何年も何年も、澱のように溜まっていたヘドロが、快楽という出口を見つけて一気に噴出する。

 

「重てえな……! こいつの魔力、鉛みたいに重くて濃いぞ! 普通の人間なら即死するレベルだ!」

 

 改蔵でさえ、そのプレッシャーに脂汗をかいた。

 吸い取っても吸い取っても、底なしの沼のように闇が湧き出してくる。

 彼女一人で、一体どれほどの理不尽を飲み込んできたのか。

 

「忘れたいッ! 忘れたいッ! 忘れたいッ! 納期も! 予算も! 満員電車も! パワハラも! 孤独も! 全部消えろォッ! 私を……私を解放してぇッ!」

 

 ヤシロは首を左右に振り乱し、髪を振り乱して絶叫する。

 その叫びに呼応するように、アジトの電球がバチバチと明滅し、ガラス戸がガタガタと震え、PCモニターからは火花が散り始めた。

 畳が黒く変色し、彼女の背中から漆黒の翼のような影が広がり始める。

 

「……警告。魔力係数、測定不能。……アジトの結界強度を超過。……マスター、危険。これ以上は、家が保たない」

 クルミが警告音と共に叫び、PCを抱えて避難する。

「いやぁぁ! お家が壊れちゃうぅぅ!」

 マナとイスズが柱にしがみつく。

 

「知ったことか! 乗りかかった船だ、最後まで付き合うぞ! お前の絶望、全部俺に寄越せェッ! 俺が喰らってやる!」

 

 改蔵はヤシロの両手首を掴み、畳に縫い付けると、獣のように腰を叩きつけた。

 ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! 

 激しい衝撃が、ヤシロの脳髄を揺さぶる。

 

「ひぐッ! ぁあ゛ッ! 壊れるッ! 私という個体が、崩壊するぅぅッ! 会社員としての私が、死ぬぅぅッ!」

 

「死ね! そして新しくなれ! お前はもう社畜じゃねえ! 誰にも縛られねえ、魔王だ!」

 

「魔王……! そう……私は……誰の命令も聞かない……! 私が……ルールだぁぁぁッ! 私が……社長だぁぁぁッ!」

 

 ヤシロの瞳から、ついに理性の光が完全に消え失せ、代わりに禍々しい紅蓮の炎が灯った。

 それは、全ての労働を否定する、虚無の炎。

 

「イくッ! 世界と一緒に、イッちゃえェェェェッ!!!」

 

 ズドォォォォォォォン!!! 

 

 改蔵が、渾身の力で最奥に魔力を解き放った。

 ドピュッ! ドピュルルルッ! 

 白濁したエネルギーが、ヤシロの子宮という焼却炉に注ぎ込まれる。

 

 その瞬間。

 

 カッッッッッ!!! 

 

 六畳間が、漆黒の閃光に包まれた。

 魔力の爆発が物理的な衝撃波となり、アジトを内側から破壊する。

 襖が吹き飛び、障子が破れ、こたつが宙を舞い、鴨居が折れる。

 

「きゃあぁぁぁッ!?」

「神主様ぁぁぁ!」

 イスズとマナが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

 光の中心で、ヤシロの身体が重力を無視して浮き上がった。

 ボロボロのスーツが灰となって消滅し、黒い(もや)が彼女を繭のように包み込む。

 バリバリバリッ! 

 空間が裂ける音が響き、アジトの天井に亀裂が入る。

 

「……変身プロセス、エラー。……規定値オーバー。……制御不能。……これは、怪人じゃない。……魔神クラス」

 

 クルミのPC画面がブラックアウトした。

 

 やがて、黒い靄が晴れると。

 そこには、一人の異形の存在が浮遊していた。

 

 身長は2メートル近くまで伸び、肌は透き通るような蒼白。

 頭部には、捻じ曲がった巨大な二本の角が生え、背中には蝙蝠のような、しかしボロボロに傷ついた漆黒の翼が六枚、大きく広がっている。

 身に纏うのは、喪服を思わせる黒いドレスアーマー。その装甲は、書類の束や万年筆、キーボードのキーなどが融合したような、歪なデザインをしている。

 その手には、巨大な鎌のような形をした、歪んだ時計の針が握られていた。

 

『大悪魔怪人・ヤシロ』。

 それは怪人という枠を超えた、災厄の化身だった。

 

「……ふぅ。……スッキリしたわ」

 

 ヤシロが、瓦礫と化した六畳間を見下ろして呟いた。

 その声は冷徹で、鈴を転がすように美しいが、感情の温かみは一切ない。

 かつての死んだ目のOLの面影はなく、そこにあるのは絶対的な「虚無」を纏った女王の威厳だった。

 

「おい、ヤシロ。……いい顔になったじゃねえか」

 

 改蔵がステテコを直しながら声をかけた。

 一仕事終えた満足感と共に、彼女を配下に加えようと手を伸ばす。

 

「さあ、俺の組織に入れ。これからは俺のために……」

 

「……お断りします」

 

 ヤシロは、改蔵を見向きもせずに言い放った。

 その瞳は、改蔵ですら「消耗品」としか見ていないような冷たさだった。

 

「え?」

 

「私はもう、誰の下にもつきません。……上司も、部下も、クライアントもいらない。……この世に必要なのは、『完全なる休息』のみ」

 

 彼女はゆっくりと、アジトの壁に手を向けた。

 その掌に、黒い球体が収束する。

 

「世界は騒がしすぎる。……納期も、ノルマも、希望も、絶望も。……全てを『無』に還しましょう。それが、私の働き方改革」

 

 ドォォォォン!!! 

 

 衝撃波が放たれ、アジトの壁一面が、柱ごと粉々に吹き飛んだ。

 寒風が吹き込み、粉塵が舞う。

 築数十年の、改蔵の生まれ育った実家が、無惨に半壊した。

 

「なっ!? おい! ここは俺の実家だぞ!?」

 

 改蔵が絶叫する。

 悪の組織のアジトである以前に、ここは彼の思い出の詰まった(そして固定資産税のかかる)実家なのだ。

 

「ふざけんな! 柱に刻んだ背比べの傷が! 親父が大事にしてた床の間が!」

 

「ごきげんよう、元・クライアント様。……貴方のくれた快楽は、悪くなかったわ。経費で落としておいて」

 

 ヤシロは翼を広げ、破壊された壁の向こう、夜の空へと舞い上がった。

 

「私は行きます。……この世の全ての『業務』を停止させるために」

 

 彼女は月を背にして、黒い流星となって飛び去っていった。

 その行き先は、煌々と輝く都心のオフィス街。

 

「……マジかよ。とんでもねえのを起こしちまったな」

 

 壁の大穴から入ってくる寒風に震えながら、改蔵は呆然と立ち尽くした。

 半壊した実家の惨状に、彼の心は世界征服の失敗以上に痛んだ。

 

「……マスター。あの子、制御リミッターが壊れてました。……野生のラスボスです」

 クルミが壊れたPCを抱えて呟いた。

「家が……お家がスカスカですぅ……」

 マナが天井を見上げて泣きそうな声を出す。

 

 机の上には、ヤシロが飲み干した缶チューハイの空き缶だけが、転がっていた。

 それが、世界の終わりの始まりだった。

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