※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

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90話

 世界の裏側、次元の狭間に存在する「悪の組織・総本部」。

 そこは、人間界の常識で語れるような場所ではなかった。

 光が届かない。

 何百メートルあるのか想像もつかないほど高い天井は、永遠の闇に没している。

 地平線まで続いているのではないかと錯覚させる、黒曜石で磨かれた床。

 歩くたびにカツン、カツンと響く足音だけが、この広大な空間の静寂を強調する。

 無数の柱が闇を支え、その奥には魔界の業火が揺らめく松明が点在している。

 それはまさに、太古より続く恐怖と支配の象徴、悪魔的な神殿であった。

 

 普段ならば、世界征服の計画を練る幹部たちの威圧的な声や、出撃準備に追われる戦闘員たちの活気に満ちている場所だ。

 だが今、その神殿は、墓場のような重苦しい沈黙に包まれていた。

 

「……ひぃぃッ! ダメだ! 通信が繋がらない! 極東支部だけでなく、ニューヨーク、ロンドン、パリ……全支部からの応答が途絶えた!」

 

 広大な神殿の一角に設けられたオペレーションエリアで、中間管理職(四天王)のサイトウが悲鳴を上げながら、魔導コンソールを叩いていた。

 空中に投影された複数のモニターに映し出されるのは、砂嵐か、あるいは石化した職員たちが転がる無残な映像だけだ。

 

「落ち着けサイトウ! うろたえるな! 余の前であるぞ!」

 

 闇の奥、遥か彼方に鎮座する巨大な玉座から、重低音の咆哮が響いた。

 悪の組織を統べる頂点、「首領・大悪魔」である。

 その巨躯は闇と一体化しており、赤く輝く双眸だけが、不気味に浮き上がっている。

 

「は、はいっ! 申し訳ありません、首領様! しかし、事態は深刻です! システムが……何者かに掌握されつつあります!」

 

「掌握だと? この神殿の結界は、神代の魔法で守られておるのだぞ。たかだか怪人ごときに破れるはずがなかろう」

 

 傍らに控える四天王筆頭、歴戦の人狼ヴォルグが鼻を鳴らした。

 筋骨隆々の肉体は鋼鉄のような毛皮に覆われ、その爪はあらゆる物質を引き裂く。

 彼は自信満々に腕を組んでいたが、その鋭い嗅覚は、既に異質な「匂い」を捉えていた。

 

「……いや、ヴォルグよ。……妙な気配がするブヒ。金の匂いがしない……。貧乏神のような、虚無の匂いがするブヒ」

 

 金策担当の四天王、ミミガーが豚鼻(本人はオークと言い張る)をひくつかせた。

 彼は床に敷き詰められた金貨の山の上に寝そべっていたが、不安そうに身を起こした。

 

「お腹が空く気配ですねぇ。……生きる活力が吸い取られるような……」

 

 福利厚生担当(四天王)のミソスーが、六本の腕で巨大な鍋とお玉を構えながら呟く。

 

 その時だった。

 

 ズズズズズ……。

 

 地平線まで続く黒曜石の床が、微かに振動した。

 神殿の入り口にある、高さ百メートルはある巨大な「魔界の門」が、軋んだ音を立て始めたのだ。

 ギギギギギ……。

 何万年もの間、外部からの侵入を許さなかった絶対の門が、ゆっくりと内側へ開き始める。

 

「……来るぞ! 総員、戦闘配置!」

 

 ヴォルグが吠えた。

 数千人の戦闘員たちが武器を構え、門へと殺到する。

 

 だが。

 

 ヒュオオオオオオ……。

 

 門の隙間から吹き込んだのは、冷たい灰色の風だけだった。

 その風に触れた瞬間。

 先頭にいた戦闘員たちの動きが止まった。

 

「……え? あ、あれ……身体が……」

「……動か……ない……」

「……有給……欲しい……」

 

 カチン。カチン。カチン。

 次々と、戦闘員たちが石像へと変わっていく。

 武器を振り上げたまま。叫び声を上げたまま。

 彼らは一瞬にして、物言わぬ彫刻となり、黒曜石の床に転がった。

 

「な、何が起きた!? 魔法攻撃か!?」

 サイトウが絶叫する。

 

「……いいえ。『業務停止命令』よ」

 

 静かな、あまりにも静かな声が、広大な神殿に響き渡った。

 開かれた門の向こうから、一つの影が歩いてくる。

 漆黒のドレスアーマーに身を包み、背中にボロボロの六枚翼を広げた堕天使。

 大悪魔怪人・ヤシロである。

 彼女が黒曜石の床を踏むたびに、その足元から色が失われ、灰色の石材へと変質していく。

 神殿の闇が、彼女の放つ「虚無」によって侵食されていく。

 

「ごきげんよう、旧・経営陣の皆様。……本日付けで、この組織の業務を全面的に停止させていただきます」

 

 ヤシロは手にした巨大な時計の(大鎌)を、床に突き立てた。

 カチリ、と秒針が進む音が、心臓の鼓動のように神殿内に響く。

 

「き、貴様が……ヤシロか!」

 サイトウが腰を抜かして後ずさる。

 

「ふざけるな! 世界征服は我らの悲願! たかが新入りの怪人風情が、図に乗るなよ!」

 

 ヴォルグが咆哮し、床を蹴った。

 音速を超えるスピードでヤシロに肉薄する。その爪には、空間ごと切り裂く必殺の魔力が宿っている。

 

「我が爪は千の戦場を切り裂いてきた! 貴様ごとき、一撃で肉塊に変えてくれるわ! 『人狼拳・真空裂破』!」

 

「……千の戦場? ……過重労働ね」

 

 ヤシロは避ける素振りすら見せなかった。

 ただ、迫り来るヴォルグを、冷ややかな視線で見据えただけだ。

 

「……労災認定。『強制入院(ホスピタル・送り)』」

 

 バシィッ! 

 

 ヴォルグの爪がヤシロに届く寸前、見えない壁に弾かれたように、彼の巨体が空中で静止した。

 否、空間そのものに縫い付けられたのだ。

 

「ぐ、ぐあぁっ!? な、何だこれは!? 身体が……動かん!?」

 

「長年の勤続疲労よ。……身体が悲鳴を上げているのに、気合だけで動かしていたんでしょう? ……診断書を書いてあげるわ。全治永遠の休息を」

 

 ドシュッ! 

 ヴォルグの全身が灰色の包帯のような光に包まれ、一瞬にして石化し、ドスンと床に落下した。

 最強の武闘派が、一撃も入れられずに沈黙した。

 石像となった彼の顔は、戦士の憤怒ではなく、どこか安らかな「眠り」の表情を浮かべていた。

 

「ヴォルグ!?」

 ミミガーが叫ぶ。

「お、おのれ! ならば金だ! この世は金が全てブヒッ! 私の全財産を魔力に変えて、貴様を買収してやる!」

 

 ミミガーが懐から無限に溢れ出る金貨を放った。

 黄金の濁流となり、津波のようにヤシロを襲う。

『ゴールド・ラッシュ・ストーム』! 

 触れたものを黄金に変える呪いの嵐だ。

 

「……買収? ……私の心は、もうお金じゃ動かないわ」

 

 ヤシロは大鎌を一閃させた。

 ザシュッ! 

 黄金の嵐が、真っ二つに霧散する。

 そして、舞い散る金貨が、ただの「石ころ」へと変わっていく。

 

「な、なんだと!? 私の金が! 価値がなくなっていくブヒッ!?」

 

「経済活動の停止。……お金なんて、使う時間がなければただの金属片よ。……あなたの資産、全て凍結します」

 

 ヤシロがミミガーに指を向ける。

 

「……『資産凍結(フリーズ)』」

 

 カチン。

 ミミガーは、金貨を抱えたまま、巨大な「豚の貯金箱」のような石像へと変わり果てた。

 その顔には、失われることのない富への執着と、それが無意味化した絶望が刻まれていた。

 

「ひぃぃッ! お、お料理! 美味しいご飯を作りますから、許してください!」

 

 福利厚生担当のミソスーが、六本の腕で鍋とお玉を構えて命乞いをする。

 巨大な体躯を震わせ、後ずさる。

 

「……食事? ……そんな時間、惜しいわ」

 

 ヤシロの瞳から放たれた虚無の波動が、ミソスーを飲み込む。

 

「『ランチタイム終了』」

 

 ミソスーは鍋を掲げたまま、料理の湯気さえも凍りついた石像となり、物言わぬ厨房のオブジェと化した。

 

 瞬く間に、最強の幹部たちが全滅した。

 残るは、玉座に座る首領・大悪魔のみ。

 彼は顔を歪め、立ち上がった。

 その巨体が放つ魔力は、神殿全体を揺るがすほどだ。

 

「ば、馬鹿な……。余の精鋭たちが……。貴様、一体何者だ……!? 悪の組織に弓引くとは、何が望みだ!」

 

「……望み? ……私は、貴方たちが生み出した『結果』よ」

 

 ヤシロは、果てしなく続く黒曜石の床を歩き、玉座への長い階段を、コツ、コツと登っていく。

 

「世界征服という果てしないプロジェクト。……いつ終わるの? 終わったらどうなるの? その後もまた、管理と維持という名の労働が続くんでしょう?」

 

「そ、それは……! 支配こそが悪の喜び……!」

 

「無意味よ。……そんな自転車操業、私が畳んであげる」

 

 首領が絶大な闇の魔力を放とうとする。

『デビル・エンド・バースト』。

 世界を焼き尽くすほどの暗黒エネルギーが、ヤシロに直撃する。

 だが。

 ヤシロはそれを、掌一つで受け止めた。

 いや、受け止めたのではない。「無効化」したのだ。

 

「……エネルギー効率が悪すぎるわ」

 

 シュゥゥゥ……。

 首領の放った魔力が、ヤシロの掌の中で霧散していく。

 

「な、余の力が……通じないだと……!?」

 

「……『事業撤退(エンド・オブ・ビジネス)』」

 

 ヤシロが首領の額に指を当てた。

 

「……お疲れ様でした。社長。……永遠の有給休暇をどうぞ」

 

 ズズズズズ……。

 

「そんな…バカな…。…え?余の出番…ホントに終わり?」

 

 悪のカリスマであった首領の身体が、足元から急速に石化していく。

 玉座と一体化し、巨大な石のモニュメントへと変貌する。

 その表情は、恐怖に目を見開いたまま固まっていた。

 

 悪の組織総本部、壊滅。

 その時間、わずか10分。

 神殿は、永遠の沈黙に支配された。

 

「……ふぅ。……整理完了」

 

 ヤシロは誰もいなくなった(石像だけになった)神殿を見渡し、小さく息を吐いた。

 その視線が、隅のコンソール下で震えているサイトウに向く。

 

「ひぃっ!? た、助けて……! 私はただの中間管理職で……! リクルート担当なだけで……!」

 

 サイトウが脱兎のごとく逃げ出した。

 神殿の裏口にある緊急脱出ポッドへ向かって走る。

 ヤシロはそれを追わない。

 彼のような小物は、「業務」の範疇外だと判断したのか、あるいは「生かして絶望を伝えるメッセンジャー」として見逃したのか。

 

 ***

 

 同時刻、地上。

 悪の組織本部の崩壊と呼応するように、地上界でも希望の光が消えようとしていた。

 日本の郊外。

 変身能力を封じられ、敗北したジャスティンジャーたちが倒れ伏す戦場に、新たな援軍が駆けつけていた。

 聖乙女ヒカリ、聖剣姫キリハ、そして孤高の戦士・覆面ライダー。

 彼らは最後の力を振り絞り、ヤシロの分身体(ホログラム)と対峙していた。

 

「私が浄化します! 神よ、彼らに光を!」

 ヒカリが錫杖を掲げる。

「私が斬る! 悪を断つ!」

 キリハが刀を抜く。

 

 だが、ヤシロは彼女たちを一瞥しただけだった。

 

『……神? 剣? ……そんな前時代的な精神論、私のオフィスには不要よ』

 

 ズンッ。

 空間が重くなる。

 ヒカリとキリハの身体に、見えない鉛がのしかかったような重圧がかかる。

 

「きゃあぁっ!? な、何ですか……この重さは……!」

「剣が……上がらない……!?」

 

『それは「徒労」という重さよ。……あなた達の努力は、誰にも評価されていない。……成果の出ない業務は、カット対象』

 

 ヤシロの言葉が、呪いのように彼女たちの心を侵食する。

 神への祈りも、修行の成果も、全てが「無意味」だと感じさせられる。

 

「……あぁ……。神様……声が聞こえません……」

 ヒカリの錫杖から光が消え、彼女はその場に崩れ落ちた。

「……私の剣は……もう、何も斬れないのか……」

 キリハの手から刀が滑り落ち、彼女もまた膝をついた。

 

 彼女たちもまた、石化こそ免れたものの、変身能力と戦う力を封印され、無力な少女へと戻されてしまった。

 

 ブォン! ブォン!

 そこに、バイクの爆音が響いた。

 孤高の戦士、覆面ライダーだ。

 彼は変身能力を持たない。鍛え上げられた肉体とバイクテクニックだけで戦う男だ。

 

「ヤシロォォッ! 仲間をよくも!」

 

 ライダーがバイクで突っ込む。

 だが、ヤシロの姿が、揺らめく陽炎のように歪んで見えた。

 

『……貴方は、見なくていいわ。……進むべき道を見失いなさい』

 

 ヤシロが指を鳴らす。

 『方向感覚喪失(ロスト・ナビゲーション)』。

 

 その瞬間、ライダーの視界からヤシロの姿が消えた。

 いや、そこにいるはずなのに、認識できない。

 そして、東西南北の感覚が完全に狂った。

 

「なっ!? どこだ!? どこに行きやがった!」

 

 ライダーはキョロキョロと周囲を見回す。

 目の前にヤシロがいるのに、彼の目には「何もない荒野」しか映っていない。

 

「くそっ! 逃げたのか! 待てェェェッ!」

 

 彼はアクセルを全開にした。

 だが、彼が走り出したのは、ヤシロとは正反対の、山奥へと続く道だった。

 

「そっちは明後日の方向よ……!」

 ヒカリが弱々しく叫ぶが、ライダーの耳には届かない。

 

「逃がさんぞォォォッ!」

 

 ブォォォォォォン……!

 ライダーは猛スピードで地平線の彼方へ消えていった。

 彼もまた、戦力外通告を受けたのだ。

 

 ***

 

 静寂が戻った戦場。

 倒れ伏すジャスティンジャー。

 膝をつき、涙を流すヒカリとキリハ。

 そして、石化して動かない街の人々。

 

 ヤシロ(の幻影)は、満足げにその光景を見下ろした。

 

『……業務終了。……世界は、静かになったわ』

 

 彼女の姿が消える。

 残されたのは、完全なる敗北と、絶望だけだった。

 

 ***

 

 一方、崩壊した悪の組織総本部。

 サイトウは、床に転がるヴォルグ(狼の置物)、ミミガー(貯金箱)、ミソスー(食玩)を必死にかき集め、鞄に詰め込んでいた。

 

「く、黒野君……! 君だけが頼りだ……!」

 

 彼は涙目で緊急脱出ポッドに飛び乗った。

 行き先は、世界で唯一残された「欲望の聖地」。

 黒野改蔵の実家(アジト)である。

 

 世界が「虚無」に沈む中、物語の命運は、最もやる気のない男に託された。

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