※この作品はR-18です。

夏の午後、微睡の記憶   作:Marks_Lee

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独り思い

 朝の光がカーテンの隙間から差し込む。
 昨夜のことを思い出すと、胸の奥がじんわり熱くなる。

 
 あの夜、誰かに名前を呼ばれたような、けれど届かない声に包まれた感覚――

 
 夢の中のことなのか、現実なのか、曖昧で心が揺れる。悠人の連絡先を私は知らない。会う約束も特になければ、連絡を取る術もない。

 
 それでも、胸の奥では、自然と彼を探してしまう自分がいた。

 

 朝の支度をしながら、ふと指先を眺める。昨夜、知らずに触れてしまった自分の手に、まだ熱が残っている気がした。

 

 通勤途中、電車の窓に映る自分の顔を見る。

 
 思わず息を止める。

 
 どこか寂しそうな表情が映っていて、思わず微笑む。
 それでも心の奥には、どうしようもない期待と疼きがある。

 

 ――今日も、会えるかな。

 
 ――いや、会えなくても、いい。

 
 そんな矛盾した思いが、胸をざわつかせる。

 

 仕事場に着くと、普段通りに振る舞う。
 でも心の奥で、無意識に悠人のことを思い浮かべてしまう。

 
 彼の存在が、静かに、しかし確実に日常を侵食しているのを感じながら。

 

 ◇◇◇

 

 休日の午後、沙耶はなんとなく図書館へ足を向けていた。
 理由は特にない。けれど、心のどこかで、また彼に会えるかもしれないと思ってしまう自分がいる。

 

 静かな書架の間を歩きながら、沙耶は本の背表紙を眺めるふりをする。その時、ふと視線の端に動きを感じた。

 
 ――誰かが、同じ空間にいる。

 

「……こんにちは」

 
 声を聞いて振り向くと、悠人が立っていた。互いに少し驚いたように目を見合わせる。

 
 でも、以前よりも視線を逸らさなくなっている。

 わずかな沈黙の後、二人は自然に同じ棚の前に並ぶ。
 言葉は少ない。

 
 けれど、互いの存在を意識してしまう距離感が、胸をじんわり熱くする。悠人がふと手を伸ばして、同じ本を取ろうとした瞬間。

 
 指先がほんの少し触れそうになる。それだけのことなのに、沙耶の心臓は跳ねた。

 

「……また、偶然ですね」

 
 沙耶は軽く笑って答える。
 本当に偶然なのか、それとも無意識にここへ導かれたのか。

 
 その答えは、まだ誰にもわからない。

 

 書架の間の沈黙は、会話よりもずっと重い。
 互いに言葉を探す必要はなく、存在を感じるだけで十分だった。

 

 図書館の明かりが少しずつ落ちていく。二人は同じ通路を歩きながら、話題を探すように本棚を眺める。

 

「この前、街で見かけた映画、観ました?」

 
 悠人がぽつりと言う。沙耶は少し驚きながらも、思わず笑う。
「ええ、観たわ。意外と面白くて、少し考えさせられた」

 

 短い会話だが、互いに笑顔を交わす。本や映画の話は、重くなく、二人の距離を自然に縮めるだけで十分だった。

 

 ふとした瞬間、肩と肩の距離が少し近くなる。
 言葉はなくても、互いに相手の存在を感じている。
 静かで、だけど確かな熱を帯びた時間。

 

 閉館のアナウンスが響く。

 
 もう帰らなくてはならないけれど、外はまだ夏の夕立が降り始めている気配。

 
 沙耶は心の中で、次の瞬間が少し楽しみになる自分に気づく。

 

 外に出ると、夏の夕立が降り始めていた。アスファルトに跳ねる雨粒、湿った風が頬を撫でる。

 

「……傘、持ってないんですか?」

 
 沙耶は自分の小さな傘を差し出す。悠人は少し驚いたように笑った。

 

「ありがとうございます……じゃあ、少しだけ、雨宿りさせてもらってもいいですか?」

 

 近くの沙耶の家の軒先まで二人で駆け込み、傘の下で肩がかすかに触れる距離。

 
 雨音だけが二人を包む静かな時間。

 

「……もう止みそうですね」

 
 悠人が微かに笑い、沙耶も小さく頷く。言葉は少なくても、互いの存在を意識するだけで、胸の奥がざわつく。

 

「……せっかくですし、よかったら上がってください」

 
 沙耶は少し勇気を出して、自分の家へ案内する。悠人は軽く頷き、二人は玄関を抜けて中へ入る。

 

 玄関のドアが閉まる瞬間、雨音は遠くなり、静かな室内だけが二人を包む。

 
 肩や腕が近くにある距離感。

 
 言葉はなくても、心臓の音だけが確かに響いていた。

 

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