笑って。泣いて。奴隷。 作:鬱ライク
「あっあっあっあ"ッ」
腹を内側から圧迫される。
背後にはきっとニヤけた顔の男がいる。
証拠に、背後の動きは、
もっと鳴かせてやる貫いてやると、
速さを、熱を、取り戻していた。
声なんて出したくない。
喘ぎなんて、したくない。
でも勝手に音は出ていくし、
音を出さなければ監視長に殴られる。
「あ"ッあっあっあッ」
気を抜いたらきっと俺は、
顎を閉じて、舌をしまうことすら億劫になる。
大口開いて。
涎を垂らして。
そんなことは、したくない。
だから口を閉じる。
舌を奥に仕舞い込んで。
それでも音は、消えないように。
「んっンッん"っんっ」
自分の意思の通り、変わる音。
大丈夫。大丈夫。
落ち着いて声を、単調にしてやるんだ。
大丈夫。大丈夫。
そしたらきっと、飽きてくれるハズだ。
青年は繰り返す。繰り返す。
大丈夫、意識はまだある。
大丈夫、身体はまだある。
大丈夫。
大丈夫。
ただ終わるのを、待てばいい。
「あっあっあっあっ」
妙に規則的な喘ぐ声。
部屋に響く青年の声は、
監視の男の滾りを強めていた。
パンッパンッパンッパンッ
部屋から聞こえるのは声だけではない。
幾度と響く、肌のぶつかる乾いた音。
ねちねちと粘性の液体が肌を離れる音。
男の静かな、でも確かな、湿った呻く声。
ずっとこの部屋に響く音たち。
「あっあっあっあっあっ」
抱かれて痛感した。
この男は
何をするか分からない。
何をされるのか分からない。
趣味じゃなければ蹴られた。
指示通りにすると首を絞められた。
コイツ、
怖い。怖い。怖い。恐い。
「うぁ"ッあっあ"ッあっあ」
青年の恐怖心は声を震わせる。
心の機微を男は楽しむ。
「いいぞ、最高だ
最高に
男は告げて、
より青年を攻めあげた。
腰をぶつける。
腰がぶつけられる。
腰がぶつけられる度、荒い呼吸が聞こえる。
いっそ意識を飛ばせたら。と青年は何度も考えた。
だがそんなことは出来やしない。
意識があるから、拳に怯える。
次の瞬間、蹴られるんじゃないかと勘繰る。
予兆はないか、
不満げでないか、
男の事を考え続ける。
男の暴力が、青年の意識を縛る。
感度を高める。
腹が押し上げられる。
空気が音と共にでていく。
青年の目前に、チカチカと光が舞い始めた。
「あ"ぁ"ッあっあ"ッあん"っあ」
あれ。
なんだ、これ。
青年の限界は近かった。
なんだ、誰だよ。
こんな声。
青年は認めたくなかった。
よがる声など認めたくなかった。
己が感じ始めているなんて分かりたくなかった。
内蔵を押し上げられるせいだ、
男が腰を強く振るからだ。
これは
喘がないと蹴られる。
でも気に入らないと首を絞められる。
いま、後ろの男は何を考えている?
俺に何を求めてるんだ。
どうすればいい。
どうしたらいい。
喘ぎたくない。
よがりたくない。
感じてなんていない。
「あ"ッんっあ"っあ"ッあっ」
繰り返し聞こえる自身の声。
繰り返される仕打ち。
繰り返す環境、思考は、
周期の短いループになった。
青年の心は限界を迎えた。
あれ?
なんだ、なんだっけ?
何を考えていたんだっけ…?
ああそうだ。
興奮させると長引くからって、
わざわざ単調に声を抑えてたんだっけ。
でもそうだ。
青年は繰り返す。繰り返す。繰り返す。
同じ思考を繰り返していることに、
青年は気付かない。
「あ"っあんっぅあっあ"んっぅあ"っ」
見も心も満身創痍の青年は、
身動きをとれないまま、玩具にされる。
振り上げられた手に
気付けずに
「なにをサボっている」
衝撃。
「奴隷如きが気をやるな」
痛みは青年を
反響する己の声。
背後の男の吐息。
続く乾いた音。
水の滴る音。
脳まで響く、
この音たちは。
ただひたすら、気持ちが悪い。
「おい、腰を突き上げろ」
「足の力を抜くんじゃない
締まりが悪くなるだろう」
「さっきから声が単調だ
もっとバリエーションをつけろ」
犬のように這わせたり。
わざわざ立たせて壁に手をつかせたり。
声が単調?声のバリエーションってなんだよ。
青年は男に辟易していた。
蹂躙に狂えず、抗えず。
身体中痛いんだよ。
熱いんだよ。
なんなんだこいつは。
何様なんだ。監視長様か。
細かい注文は多いし。
1時間程で終わるとか言ってたのによ。
1時間は等の昔に過ぎてるだろ。
いつになったら満足してくれるんだよ。
腰を振るのをやめてくれないか。
そろそろ腹を貫通するんじゃないか。
腹に穴が空いたら流石に生きれる自信はないからさ。
文句を言う。
文句を言う。
だが声にはださない。
声にだせない。
「…つまらんな、少し嗜好を変えるか」
男の声に、青年は安堵した。
やっと止めてくれるのかと安堵した。
それと同時に嫌な予感もした。
「最後にしてやる
最後は
乱れて狂った、お前がみたい」
青年の予感は的中する。
ーーーあはっ! あはは! あははははは!!
切ない、
切ない、
この気持ちはなんだ。
痛くて、
熱くて、
ただ苦しい。
それだけじゃ
腹が減っても、
惨めな気持ちも、
身体の芯から凍えても、
それは
「ははは!いいぞぉ!
お前は格別だ!
わたしの眼に狂いはなかった!
やはり
笑う声に顔が歪む
口角があがる
笑う声が響く。
男の声だ。
だが男一人ではない。
青年もまた笑っていた。
「あは!あはは!あ"ははは!」
ーーー
「あ"は!あ"はは!あ"ははは!」
ーーー
「あ"ん"!はん"!あん"ッ!あ"んッ!」
ーーー切なさが埋まってく
理性を無くしたのか、無くされたのか。
にやけた顔で、堕ちた両目で、
青年の
「なぁんかよぉ、オメェ…
昨日別れた時よりボロボロじゃないか?」
「そんなことより1発殴らせてくれません?」
運のない1日を生き抜いた青年は、
同僚の男ボル=ロウに再会した。
檻の中。男二人。
仕事の時間は始まったばかりで、
昨日の監視の男は見当たらない。
飛びついて、羽交い締めて。
おもいっきり殴りたい、殴りかかりたい。
非力でも、せめて一発喰らわせたい。
この野郎。この野郎。
こっちは全裸騒ぎが原因で、
監視長とあんなことやこんなこと、
散々な目にあったんだぞ、いいかげんにしろ。
「嫌に決まってるだるぉ?
朝から物騒だなぁオメェはよぉ?」
青年は同僚の男ボル=ロウを睨む。
怨みを込めて睨む。
彼は視線に気付いたが、
気にも止めてない様子で会話を続けた。
「ほら、約束しただろオメェの番だぜ!」
「…」
「早くしねぇと監視の野郎が来ちまう!」
ボル=ロウの急かす声に青年は考える。
監視はまだ来ていない。
なら。殴るなら今。
青年は考える。だが行動はしない。
青年の身体の負傷は、十分に回復していなかった。
もし青年が殴りかかっても、
ボル=ロウにかわされることは、安易に想像できた。
だからただ、睨んだ。
恨めしそうに、
憎らしそうに。
青年はただ睨み、名乗りを待つボル=ロウも喋らない。
二人の間に静寂が流れた。
ぐぅぅぅ
腹の虫が鳴った。
虫は青年の腹の中にいた。
青年は気恥ずかしくなったが、
眼をそらしたら負けのような気がして、
ボル=ロウを見続ける。
ボル=ロウは始め、
なんの音か分かっていなかった。
だが青年の赤らんだ顔を見て、
今の音が青年のモノだと分かったらしい。
合点がいったような顔をしている。
ボル=ロウはニヤリと笑うと、
青年に少し待ってろと告げた。
檻の外へ小走りするボル=ロウを、青年は見送った。
そう時間も経たずにボル=ロウは帰ってくる。
手には
青年の前に突き出して笑った。
「だっはっはぁ!ッたくよぉ!
そんなに腹が減ってたのかぁ!!
昨日の残飯まだ残ってっからよぉ!
一緒に食うか!」
「…ッ!?」
突然の事に青年は戸惑った。
すべての元凶とまで貶したボル=ロウの行動に、
奇行を繰り返すボル=ロウの思惑に、
混乱する。
男の喧嘩
男の騒動で
全身はボロボロだし、腹が減っている。
それはもう喉から手が出る程に。
にやけた面の
何を考えている。
何を求めている。
変わりに何をしろと言うんだと。
青年はボル=ロウの意図を探ろうとして、
「ただーし!!!
名前の分からん、得体の知れねぇ奴とは!
食事をする気になれねぇな!!!」
「首輪付き奴隷423番ヨヅミですッ!」
「おっしゃ食ぇえい!!!」
ボル=ロウは袋の中身を青年に振る舞う。
男に思惑はなかった。
青年の勘繰ったような意図などなかった。
名前を教えろ、ただそれだけ。
ただそれだけで己の食料を青年に分け与えた。
ヨヅミと名乗った青年は唖然とした。
ヨヅミの手には久方ぶりの食料があった。
名乗れと言われて、つい反射で名乗ったが、
まさか
ヨヅミは袋を付き出された時、
ボル=ロウの意図を勘繰った。
ヨヅミの考えついた意図は取引だった。
変わりにあれしろ、これしろと、
言われるものだと考えていた。
だがそんなものはなかった。
なかったのだ。
目線を両手の食料からボル=ロウに移す。
檻の外は明るい。
ヨヅミは部屋の奥にいたから一層明るく見えた。
ヨヅミはボル=ロウに後光を見た。
なんだ。コイツは。神の使いか。
ダチ、なんて言えねぇよ。
相棒、なんて呼ばねぇよ。
これまで心の中で酷い事をたくさん言ってしまった。
魚野郎だの、全裸変態だの、
こんなにこの人は
笑いかけて。
飯をくれて。
ヨヅミはボル=ロウを許していた。
むしろ許されたいと思っていた。
償いたいと思った。
恩には報いを。
この人の為なら。
この人間の為ならば。
もう二度と文句は言うまい。
「ヨヅミこいつも食えや!
昨日はきっと、パーティーだったんだぜ?
青年は知らない。
ボル=ロウが、怪我で負傷したヨヅミの為に食堂へ走り、
必死に食料を調達していたことを。
食料の入った袋が、
男物の衣類で作られていたことを。
ヨヅミはボル=ロウから、ケーキを受け取る。
カップケーキの欠片を持つヨヅミ。
手にもったケーキを見て。
ケーキを見つめて。
「俺、昨日、誕生日だったんですよ」
己を語った。
「そうかよ!めでてぇな!幾つになったんだぁ?
オメェ、背がちっこいからわっかんねぇなぁ…
ジュウシゴロってか?」
「18です」
「ッ!??」
「18ですよ」
「18っつったってよぉ…ッ!
オメェ!チビすぎるだるぉ…ッ!!?」
ボル=ロウの反応にヨヅミは笑う。
「あはは、まともに食べれてないですからね」
「それもあるだろうけどよぉ!
オメェの背俺の半分じゃねぇか!
…こりゃ確実に、血筋に小人がいるだろ!」
「獣人は言われたことありましたけど、
小人なんてお伽噺、初めて言われましたよ」
「だっはっはっは!
それくらいオメェがチビだってことよぉ!」
笑うボル=ロウに、
ヨヅミは笑い返した。
頬には涙が伝っていた。
なんで泣いてる?なんて。
泣いてる理由など無粋なことをボル=ロウは聞かない。
ヨヅミもまた涙を拭わずに、ケーキを頬張る。
人との関わり。
その暖かさ。
確かにそれはヨヅミの掌の上に。
カップケーキを食べる。
腹が満たされる。
心が満たされる。
監視が来るまでの僅かな時間。
二人の男のささやかな宴は続いた。
並ぶ料理は料理と呼べず、皿もない。
喉を潤すのは壁を伝う水。
鼓膜を揺らす、二人の会話。
青年は知らない。
同僚が昨日よりずっと前から、
青年のことを知っていたことを。
同僚は青年を知っていた。
そしてこれから、青年を知っていく。
ヨヅミとボル=ロウの関係は続いていく。
ボル=ロウが死ぬまで続いていく。
ここで一度、終わりを話そう。
ボル=ロウが死ぬその要因。
終わりの合図は、彼の言葉だ。
「ここから逃げるぞ、ヨヅミ
オメェも一緒だ」