「好きです。俺と付き合ってくれませんか」
高校2年に上がったばかりの春の夕方。
夕日の差す図書室で、俺は図書委員長の
肩にかかるくらいの黒髪を2つに束ねて緩い三つ編みおさげにし、化粧っ気の薄いすっきりとした容貌には赤いメタルフレームのメガネをかけ、ブレザーにスカートの制服を校則どおりに隙なく身に着けている。
完璧な
三つ編みおさげにされた黒髪はつややかで、きちんと手入れされていることがうかがえる。メガネの奥に見える大きな目は切れ長で理知的な印象を受けるが、メガネのレンズは赤いメタルフレームの幅に収まりきらないほど分厚く、少し野暮ったさがある。制服を校則どおりに着ているのも相まって垢抜けた感じはしないが、それがむしろ魅力的だ。
学校一の美少女!などと囃されるような華やかな容姿ではないが、「あの子のよさは自分だけがわかっている」とクラスメートの半分くらいが内心密かに思っていそうな、そういうタイプの人だ。全体的に落ち着いた、飾らない魅力がある。
先輩の魅力はそれだけではない。
先輩は爆乳である。それも、そんじょそこらのグラビアアイドルが裸足で逃げ出すくらいの爆乳なのだ。
そしてそのために、先輩は全校の男子(と一部の女子)から陰に陽に熱い性的視線を向けられている。スカートに隠されたお尻だって胸に負けないくらい大きいことを、俺は知っている。
「本気で言ってくれてる……と受け取っていいんだよね?」
西日を横から受けながら、山口先輩は真剣な眼差しで俺を見据えている。
もし目を逸らしたら、それだけで大切な何かが永遠に失われるに違いない。先輩の眼差しはそういうものだった。
「はい」
俺も負けじと先輩の目を見据え、はっきりと答える。
我ながら、これまで先輩とはどうにかうまく付き合ってこれたと思う。きっと先輩は俺の告白を受け入れてくれるに違いない。……そう信じたい。
高校入学当初から図書委員を続けて、もう丸1年になる。
俺が入学したとき既に図書委員だった山口先輩に、俺は一目惚れした。先輩の三つ編みメガネの図書委員スタイルが、俺の恋愛中枢に深々とぶっ刺さってしまったのだ。
それ以降、世のカップルが踏むであろう関係構築のステージを、俺と先輩はずいぶんゆっくりと上がってきた。俺のさまざまな努力が結実して二人で親しく会話できるようになったのは、出会ってから半年ほど後の秋のこと。二人きりでデートができたのは、さらに3か月後のクリスマス。そしてさらに3か月と少しが過ぎ、俺が2年、先輩が3年に進級してすぐのこの日、俺は先輩にようやく想いを告げたというわけだ。
永遠にも思える間をおいて、先輩は口を開いた。
「
うれしい。
うれしい!
うれしいっ……!
なんだか大声を上げて走り出したいような気分だった。世界が一気に色づいたような、俺と先輩が世界の中心で、俺と先輩が世界一幸せな人間になったような、そういう感情の噴出を、俺は体験した。
「でもちょっと待って」
俺が感情の奔流に内心のたうち回っていたまさにそのとき、先輩から
「里塚くんの本気ってどれくらい本気?」
「ど、どれくらいとは……?」
「んー、例えば高校生から大学生くらいの間は付き合うけどその後はわからないとか、結婚して一生一緒にいてくれやー!とか、そういう交際の温度感って言うの? そのへんをちゃんと聞いておきたいんだよね」
俺としては清水の舞台から飛び降りるような覚悟での一世一代の告白だったのだが、先輩の対応はなんだか妙に事務的だった。
これ、もしかして遠回しにフラれてる?
「えーっと、あーその……聞いて引かないでほしいんですが」
「引かないよ。……内容次第だけど」
それって内容によっては引くってことじゃん……。
しかしここまで来てやっぱナシでとは言えない。ええい、ままよ!
「先輩がよければ大学生のうちに結婚したいですね」
「うん」
「で、学生のうちに子供二人くらい作って」
「うんうん」
「学生の間は実家に協力してもらうしかありませんが、就職したらちゃんと独立して、ローン組んで一戸建て買って」
「いいねえ」
「で、40すぎで子供たちが独立するはずなので、そこからは悠々自適の夫婦生活を送りたいです」
「なるほど」
「で、年齢差的にたぶん俺が先に死にますが、一緒のお墓に入りたいですね」
「パーフェクトだよ里塚くん!」
さっきの事務的な態度から打って変わって、先輩は目を輝かせて俺に抱き着いてきた。俺の胸に先輩の大きな胸の柔らかな感触が当たる。
抱き着かれるのはうれしいけど、いったいなんなの……?
「いやもう本当にロマンティック・ラブ・イデオロギーの申し子って感じの回答だよ里塚くん! キミならそう言ってくれると信じてた!」
「ロ、ロマンティック……?」
「ロマンティック・ラブ・イデオロギー。恋愛・結婚・出産の3つは1組のカップルでセットであるべきだという考え方のことだよ。現代の大抵の恋愛ストーリーはこれに則って作られてるの。前に話さなかったっけ?」
言われてみると、確かに先輩がそんな話をしていたことがあった気がする。
「もちろん私も大好きだよ、ロマンティック・ラブ・イデオロギー。つまり私たちはそういう点について考え方が一緒ってことになるね。そこはひと安心。……でも、付き合う前に聞きたいことがまだいろいろあります」
「は、はい」
先輩が急にまじめな顔になったので、思わず身が引き締まる。
「まず里塚くん、童貞?」
思わず噴き出しそうになった。いきなりなに言ってるんだこの人は。
しかし山口ななみという人はこういう感じの人なのだ。
「ど、童貞です」
「これまでに恋人や恋人っぽい人がいたことは?」
「ありません」
「幼なじみは?」
「いません」
「キスはしたことある?」
「ないです。あの、なんですかその質問」
「いいから。私以外にこれまでなんとなくでもいいなと思った相手は?」
「そりゃいますけど」
「よし、じゃあ最初にそう思った子のことから聞きましょう」
こうして俺は幼稚園のときバレンタインチョコをくれた女の子、小学校のとき隣の席でうっすら好きだった女の子など、「これまでなんとなくでもいいなと思った女の子」のことを洗いざらい吐かされた。
「……で、今まで出てきた女の子とは、もう関係がないんだよね?」
「ないですよ。今から再会したとしても、どうも思わないと思います。今はもう先輩のことが好きなので」
「そ、そっか」
んふふ……と先輩は照れ笑いを浮かべた。やっと俺の想いが通じた感じだ。
「じゃあ最後の質問。……私、今みたいにけっこう、いやかなり束縛するタイプというか独占欲強いタイプというか……そんな感じだけど、それでもいい?」
「いいですよ。俺もそういうタイプですから、似た者同士ですね」
「ええー……」
「そっちは引くのかよ」
「ナイスツッコミ!」
こんな感じで先輩はいろいろめんどくさい人だが、こうしてめんどくさい部分を自己開示してくれるようになってくれるまでずいぶん長くかかった。俺も俺で、そういうめんどくさいところもいいなと思ってしまう。惚れた弱みというやつなんだろう。
「先輩。俺がどれくらい先輩のことが好きか、これからもずっと伝え続けたいと思ってます。先輩が望んでくれるなら、先輩と結婚して家庭を持ちたいというのも本気です。だから、俺と、付き合ってほしいってだけじゃない。……俺と添い遂げて、同じ墓に入ってもらえませんか」
そう言って見つめ合っているうちに、先輩の目が潤み、やがて涙が頬を伝った。
「うん……うん! 付き合うよ。それで、里塚くんと添い遂げて、同じお墓に入ってあげる……いや、入りたい」
「山口先輩……!」
「里塚くん!」
先輩と強く抱き合い、キスをする。
ファーストキスはレモンではなく、さっき先輩が食べていたチョコレートの味だった。
「言っとくけど私、これがファーストキスだからね」
「俺もですよ。うれしいです」
「お互い、他の人とキスするのは禁止だからね」
「俺と先輩の子供とも?」
「……それは特例として認めます」
そのままの流れで抱き合ってイチャコラしていると、図書委員会担当の新川先生(四十路の女性司書教諭だ)がやたらと大きな咳ばらいをしながら図書室に入ってきて、今日はもう締めるからと下校を促された。これは見られてたな……。