読者の皆様こんばんは、“アロンの杖”と申します。
いつもいつも私の執筆した物語(“二次創作モノ”ですけどね?)を読んで下さりまして誠に有難う御座います(大変励みになっております)、さて今日は皆様方に少しだけ、お話がありまして筆を執らせていただきました、どうか最後までお付き合い下さい。
皆様方は“妖精”と言う存在を御存知ですか?
そうです、よく西洋のファンタジーな小説や世界等で登場する、ファンシーな存在のアレです(一般的には“ピーターパン”に出て参ります、“ティンカー・ベル”等がお馴染みなのかな、等と思います)、ただし。
ちょっと調べさせていただきました所、面白い事が解って参りました、と申しますのは実際の妖精と言うモノは、日本で言う所の“妖怪”に近い存在なのだそうです(皆様方が一般的に描く妖精、即ち“ティンカー・ベル”のイメージはどちらかというと、“シルフ”や“ニンフ”、“ウンディーネ”等に近いそうでして、こちらはそれぞれシルフが“風の精”、ニンフが“木々や花等に宿る自然の精霊”、そしてウンディーネが“水の精”となっております)。
改めまして皆様方にお聞きしたいのですがよく、“RPG”や“アニメーション”の世界等では“妖怪”ですとか“モンスター”、あるいは“魔物”と呼ばれる存在がウジャウジャと出て来ますけれども(もっともその大半が、可愛らしくデフォルメされてはいますけれども)そもそも論として、皆様方は“妖怪”とか“魔物”とはなんなのかを御存知でいらっしゃいますか?
結論から先に申しましょうか、彼等は自分の“本当の親”を忘れてしまった存在であり、または“愛を忘れてしまった存在のなれの果て”の姿なのだそうです(自分が神々や宇宙の愛と真心の結実である、と言う事を忘れてしまった存在なのだそうです)。
ちょっと広大すぎる話になってしまいますけれどもそもそも、この世もあの世も含めて“存在している全てのモノ”は、その大元たる宇宙の根源、即ち“始原の超神”によって創造された、と言われています(これはなにもオカルトやスピリチュアルの世界だけでなく、マクロな宇宙を扱う“一般相対性理論”やミクロの世界を覗き見る“量子力学”でも
ちなみにその“始原の超神”は命を吹き込む際に、例えば犬なら犬、猫なら猫、と言った具合に、その存在にもっとも相応しい形をイメージしつつも己の持てる能力と愛情の全てを込めて創造をおこないました、つまり“形在るもの”、また“霊なる者”と言うのは全て、宇宙や神々の愛の顕現、また或いはその真心の結実に他ならないのです(それもそのものにもっとも相応しいとされる、バランスの取れた愛の形が選ばれている訳です)。
そしてその最たるモノが人間でした、強すぎず弱すぎず、早すぎず遅すぎず、しかし鍛えれば鍛えるほど、進歩すればするほどに無限の力を発揮して行ける存在であり、可能性の光を放つ事が出来る存在、そしてなによりかにより“宇宙の大元”の分身である“不滅なる霊性”、即ち“魂”からの受信装置である“脳みそ”を、他の存在に比べてフレキシブルに活用する事が出来る存在なのです(特に神経伝達系や大脳新皮質系は人間の方が断然に複雑で進化しているようです)。
またこれは、宗教の話になってしまうのですけれども、皆様は“旧約聖書”を御存知ですか?そこには“人間は神の姿を模して創られた”とハッキリと書かれています、即ち人間とは本来、他の動物とは一線を画している、まさに“神”と言う究極の愛の体現者による最高の真心と思いやりの、“純思純念の発露”であり、それそのものが形となって具現化した存在に他ならないのです。
そしてだからこそ、なのですが。
例えば“獣姦”ですとか“異種姦”等を行って“それらを乱す”と言うことは即ち“愛そのものを乱す”、もっとハッキリと言ってしまえば宇宙から定められた愛の形を歪める(そのバランスを崩す)、と言うことになるのです、それらを否定すると言うことになるのです。
神々(あるいは宇宙)が創ってくれた“愛”を、そしてその際に迸らせてくれたであろう真心の純思を自分勝手に改変して傷付け、無くしてしまう、と言う事なのです。
そしてそんな事を続けていった人はどうなるのか、と申しますと、やがては己を見失い、愛を見失い、忘れてしまう、と言うことに繋がるのです←もっとも“自分を見失う”と言う事については他にもいくつかの要因が挙げられます。
その内の一つが明らかに度を超えた、激しい怒りや憎悪に長い間取り込まれ続けて最後には我を忘れてしまい、怒りや憎しみばかりになってしまう、と言うモノです(こうなってしまいますと、もう“自分が何者であったのかも思い出せなくなってしまう”と言う事もあるそうです)。
そしてそれこそが“妖怪”、“魔物”と言われている存在の、真なる姿なのです(だから彼等の多くは、人間の形をしておりません。また中には一応、人間に近い形状をしている者もいるようなのですがしかし、それとて所詮はまやかしに過ぎません。何故ならばどんなに人間らしく“見せてはいても”、その姿は結局は獣だったり異形だったり。酷いものになるとそもそもの、原型すらも留めていない場合すら存在していますがそれは、要するにそう言うことなのです)、そしてそんな連中が、“愛”について理解していると思いますか?正しい意味での“愛情”を抱いていると思いますか?
そこの所をもう少し考えていただきたいのです。
それともう一つ、よく“ビアンカがジャミに犯され、寝取られる”等という内容の作品が何冊か出回っておりますけれども、こう言う物語を書いておられる作者さん達は“魔物”や“妖怪”、あるいは“悪魔”について、何一つとして理解していません。
先に述べましたが“魔物”や“悪魔”に愛情はありません(あるのは何処まで行っても“自己保身欲”と“自己顕示欲”、後は“肉欲”や“支配欲”のみです)、彼等は自分を含めた何者も愛する事はありません(その本性は非常に暴力的で残虐で、尚且つ狡猾で冷酷です)、我が国日本でも昔話でたまに出て来ますよね?“鬼”や“妖怪”が若い娘を
彼女達が最後、どうなったのかを御存知ですか?
断っておきますが魔物の花嫁となって幸せに暮らしたのではありません、散々に
だから寝取られ好きなオタクの人々が、“ジャミがビアンカをいつまでも生かしておくだろう”等と本気で考えているのでしたら大きな間違いです←そう言った方々と言うのは(本当に申し訳ないのですけれども)魔物の禍々しさや醜さを、何一つとして理解していないで何と言いますか、ひたすら自分達の大好きな“妄想の世界”に浸っている感じの人達なのでしょうね。
ちなみに、なのですが。
私が見た所では、もしデモンズタワーで主人公が命を落とす事にでもなったらビアンカは命果てるまでジャミに戦いを挑み続けて迷わず彼の後を追ったでしょうね(あの子はそれだけ凄絶で一途な愛情と覚悟とをリュカに抱いている女の子ですから←堀井雄二先生も言ってらっしゃるでしょう?“ビアンカはリュカを忘れられなかった”と。要はそれだけ深い思いをリュカに抱いている女性なのでしょうね)。
また仮にそこまではしなかったにしても、やっぱりジャミに
それと一部、追記させていただきますが、ドラクエVではリュカ(主人公)やマーサに改心させられた魔物が多数、出て参りますが彼等は多分、心が魔界に堕ち切っていなかったから救われたのでしょう。
そう言う事だろうと思われます。