※この作品はR-18です。

樋口円香の救済   作:夜の機動戦士

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ノクチルは辞めない。
283プロでアイドルは続ける。
でも、もう貴方とは距離を置きます。

明確に線引きをすると決めた円香の内心は、不思議なぐらい穏やかだった。


6-2.さようなら

 

 昼下がりの事務所は、いつもより静かだった。

 

 透と小糸は外ロケ、雛菜は別の雑誌撮影に呼ばれている。デスクに積まれたスケジュール表だけが、蛍光灯の光を反射している。

 

「さてと……来週の予定、確認しとこうか」

 

 あの人が端末をタップしながら言った。

 私も手元のノートを開いて、ページをめくる。

 こうして向かい合うのは、少し久しぶりだった。

 

「火曜日は番組収録。木曜は雑誌インタビュー。で――」

 

 指先が一行分で止まる。

 その視線が、ちらりと私に向いた。

 

「ここの日曜、休みになってるけど……どうする?」

「……あぁ」

 

 そう来ますか。

 軽くカマをかけられているのが、すぐに分かった。

 

 私があなたに付き合うと、まだ思っているんですね。

 少しだけ息を吸って、考えたふりをする。

 

「どうするって……休みですよ」

「まあ、そうなんだけどさ。珍しいなって思って」

「私だって、たまには休みます」

「予定は立ててるのか?」

 

 わざとらしく冗談めかして笑う声。多分だけど、この人は私の変化に気づいている。気づいた上で、わざわざこの話題を出してくる。

 

「――特に何も」

 

 静かに答える。

 

「何か、プライベートに挟む予定が?」

 

 プロデューサーは慌てて手を振る。その仕草が少しだけ懐かしかった。でも、もう昔みたいに焦らせて楽しむ気分じゃない。この爽やかな顔の裏で何をしているのか、今は知っているから。

 

「ただ、ちょっと安心しただけだ。最近ずっと忙しかったから」

「心配性ですね。……でも、ありがとうございます」

 

 小さく笑って、視線をスケジュール表に戻す。

 この人の優しさは、仕事の一部。

 だけど、今の私はそれをちゃんと受け取れる。

 

 心底嫌いなわけじゃない。

 立派な人ではあると思う。

 感謝はしているし、尊敬もしている。

 

 でも、それはそれ。

 私はもう、明確に線引きをすることに決めた。

 

「円香、さ……」

「はい?」

「前より、雰囲気が柔らかくなったね」

「……そうですか?」

「うん。たぶん、いいことだと思う」

 

 そう言って、彼は椅子の背にもたれた。

 私も同じように深く息をつく。

 

「まぁ、休日ぐらい、仕事は放り投げてもいいんじゃないですか、ミスターワーカホリック」

「はは……それは、やんわり怒ってる?」

「警告です」

 

 私たちの間に小さな沈黙が落ちた。嫌な沈黙ではない。空気が緩み、柔らかく馴染んでいくような静けさだった。

 

「よしじゃあここまでにしよう。引き続きよろしくな」

「はい」

 

 席を立ち、資料を抱えてドアへ向かう。ドアノブに手をかけたとき、背中に声がかかった。

 

「円香」

「なんですか」

「……いい休日を」

 

 振り返らずに、少しだけ笑ってみせる。

 扉を閉める音が、静かに響いた。

 

 廊下に出ると、冬の光が差し込んでいた。

 指先でスケジュールのページをなぞる。

 ――空白の日曜。

 何も予定は入れない。

 何も起こらない。

 それでいい。

 

 気づいているでしょうか。私の態度が変わったことを。

 

 柔らかくなったように見えるのは、あなたがもう「外面で接する相手」になったからです。あなたはビジネスパートナーに格下げです。あなたに会うのはアイドル樋口円香だけ。プライベートで、ましてや二人で会うことは金輪際ありえないでしょう。

 

 これで、あなたを憎まずにいられる。

 

 事務所の玄関を振り返りながら、私は内心でこう呟く。

 

 

 さようなら、ミスターナイスガイ。

 さようなら、私のプロデューサー。

 

 

 

 終わり




ここまでお読みいただきありがとうございました。

シャニマスは限定カードを全然所持していなくてコミュを十分に把握できておらず、W.I.N.G.当時の樋口円香が自分の中で最も印象が強かったために、その当時の味付けになりました。解釈が浅かったらすみません。

呼称表を調べながら書いていたのですが、呼称違いなどがあったらご指摘いただけると幸いです。

また、今後の励みや課題点の発見にもつなげたいので、ちょっとしたものでも感想を頂けると幸いです。

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