今夜の戦術方針 作:自棄ノ原
書籍版1巻 コミック版3巻読了後を推奨
「そしてな、その……『今の私』はオークなんだよ」
そう言うと、グスタフ・ファルケンハイン国王は動揺のあまり、目を逸らした。膝の上を直視できない。
彼の膝に、凛々しくも愛らしい一人の
その女、ディネルース・アンダリエル少将の肢体を包むのは、華麗なドレスではなく、黒の騎兵将校服だ。
下士官兵と違い、将校の軍服は一人一人を採寸して仕立てたものだ。ましてアンファングリア旅団は騎兵。動きやすい軍服は、戦闘力の基礎であるといっていい。
オルクセン軍御用達の被服工場には女性服作りの経験が無かったために、大急ぎで人族の仕立て屋を顧問に招いたそうだ。貴族令嬢向けの馬術服の縫製技術を教わり、参考にしたと聞いている。
その甲斐あって、特急注文にも関わらず、軍服の出来栄えはすばらしい。実に動きやすそうだ。少将の伸びやかな四肢にピタリと沿って――いささか、沿いすぎではないだろうか。
その生地は、戦陣に耐えうる厚手。それでも隠せない膨らみに、つい目がいきそうになってしまう。質実なはずの軍服が、女の輪郭を隠しながらも露わに示している。肋骨服の通称の由来、胸部についた銀の飾り紐すら、その辺りの曲線を際立たせているようだ。
質実な黒い軍服が艶めいて見え、グスタフの皮膚は粟立った。国王として常に自分に課している自制心が揺らぎそうになる。
二人きりの室内、そのあちこちに視線を泳がせた挙げ句、彼はとうとう口に出した。
「その……ああ、もう。君は妙なところで鈍くなるな。私は、オークの中でも体格はいいほうだ。つまり、目方も重ければ、その……」
明敏な闇エルフは、目をぱちくりとさせた。一瞬の後、気付いたようだった。頬を染めつつ応じてくれた、その言葉に迷いは感じられない。
「ダークエルフは人間ほどヤワではない。たぶん大丈夫だろう」
ディネルースの両腕がグスタフの背にまわった。栗色の髪が王の頬に触れる。彼の耳に吐息がかかり、囁く声がした。甘い言葉――ではない。
「それほど心配なら、エリクシエル剤でも用意しておいてから事に臨もう」
その実用的な睦言が、グスタフの迷いを溶かした。彼女は、そういう女なのだ。彼が惹かれたのは、彼女の人間的な美貌だけではない。
膝の上の女を両腕で横抱きにして立ち上がる。女の体重が腕にかかった。その柔らかさもまた。
「軍医も待機させておくか?」
「いいな。なんならエアハルト銃と野砲も」
いきなり抱き上げられて驚きつつも、少将の豪胆さは健在だった。表情を見れば、少しは虚勢が混ざっていそうだが、それもまた愛らしくてならない。
「……ふふふ。はははは! 君は本当に面白いな」
「ふふ。まあ、戦争みたいなものではあるらしいからな」
「ふふ、ふふふふふ。たしかに」
言い合いながら、グスタフは執務室の奥へ歩み、寝所への扉を開けた。
牡の足が部屋の敷居を越えた時、彼の腕の中で、ディネルースは密かに息を飲んだ。
たくましいオークの腕に横抱きにされたまま室内へ入る。扉の閉まる音がする。
回帰不可能点を越えた。もう撤退はできない。ならば、断然突撃あるのみだ。
(さて――私としては、今夜どう振舞うか。その戦術方針を考えるとしよう)