今夜の戦術方針 作:自棄ノ原
書籍版1巻 コミック版3巻読了後を推奨
ディネルース・アンダリエルは、白銀樹の根元に発し、物心ついて以来、常に己を厳しく律する女だった。
彼女らダーク・エルフ族は、山の合間にへばりつくように散在する山村で、半猟半農の暮らしを営んできた。当たり前だが、エルフ族に男はいない。ならば、他種族なら男の仕事とされることを、彼女らは何でもこなす。
ディネルースが生まれたのは氏族の中でも由緒ある古樹の根元。それも大柄で元気な赤子となれば、同年代中で姉貴分になるのは当然だった。
畑仕事に山仕事、そして狩猟。赤子のうちに衰弱して死ぬ妹たちを見たくなければ、少女のうちから身を粉にして働かねばならなかった。木を切るにも、焚き付けを拾うにも、滑落や猛獣の危険はつきまとう。
それらに増して恐るべきは、外敵の脅威だ。当時のベレリアント半島には未だ巨狼と大鷲が群れをなし、山地は彼らの楽土といってよかった。その合間で暮らす闇エルフは、いつでも警戒し、怯え、家と一族守らねばならない。
さもなくば巨狼の牙にかかるか、大鷲の嘴に臓腑をついばまれるかだ。それらの魔種族は、実は白エルフによる組織的襲撃で追い立てられ、狩場を無くして荒ぶっていたのだが、彼女には知らぬ事情である。
ディネルースは戦った。粗食に耐え、己を鍛え、腕を磨いて、誰より優れた狩人になった。大鷲を撃ち払い、巨狼の首魁を見事に仕留めて、村の安全を守り抜いた。
当然のこと、彼女は氏族の英雄として讃えられた。己を磨き、強くなればなるほど、責任はますます重くなる。
狩人の長になり、やがて副氏族長に。仲間を率い、ロザリンド会戦へ出征。軍功を挙げ、いやました名声を背景にして氏族長へ。
ついには、氏族の別に関わらず、虐殺を生き延びた全ての闇エルフをまとめて亡命。絶滅の危機に瀕した一万二千の生き残りを率い、束ねる身になった。歴史が始まって以来、初めて全ての闇エルフを統べる、種族そのものの長だ。
もし彼女が失敗すれば、敵に屈服すれば、付き従う一万二千の同胞たちは希望を無くす。次々に失輝死し、指導する者もなく、種族の絶滅を迎えるだろう。
だから、彼女は誰より勇敢で、常に迷わぬ指導者として振る舞い――そして、その実、誰より怯えているのだった。
私は間違えてはいないか。次こそ、失敗すまいか。心配で、心配で、国王官邸の警備につけた部下たちの執銃動作まで、物陰からこそこそと確認しに行ってしまう。
将軍のすることではないと、グスタフに叱られるまでもなく、自分でなければ殴ってやりたいほどの小胆ぶりだ。全く、嫌になる。
ああ、それでも、心配せずにはいられない。怖い。怖い。私が失敗すれば、もう誰もいない。しかし、この不安を他者に見せてはならない。
皆が私を頼っているのだ。
なに、心配するな、お嬢さんがた。私に考えがある。私に任せておけ。諸君は旅団長についてくればいいのだ……。
だから、私が頼れるひとは誰もいない。
そう思っていた。その内心が、この牡――国王をすがりたいほど求めていると、そう気づいてしまうまで。
彼もまた自分を欲していると、そう気付けば、もう迷うこともできなかった。この牡なら。オークばかりか、コボルトもドワーフも、絶滅寸前だった大鷲と巨狼まで種族ごと背負い、導いている頼もしい牡なら。
支え、支えられ、この恐れと孤独を分かち合ってくれるのではないか。そう望み、そう願い、直ちに覚悟を決めた。
思い切って誘った寝所で、彼女は驚嘆した。
グスタフ・ファルケンハインの孤独は、彼女の比ではなかった。人間でもオークでもない、それなのに王であらねばならない運命。それを受け入れて、百二十年も戦ってきたという。自分は、ほんの数ヶ月で倒れそうだというのに。
そんな牡のありのままを受け入れる、この世界で初めての者になりたいと、彼女は願った。
そして、できるだけ挑んだつもりだが、その後は殆どされるがままだった。牡の胸板に、唇に、手のひらに指に、溶かされ、解かれて、上昇と下降を果てしなく繰り返した。
自分の喉から、このような声が漏れるものか。自分の身体とは、このようなものであったのか。何もかも新鮮な驚きと喜びに翻弄されるうち、彼女は全ての仮面を落とした。
このたくましい腕の中にいる自分は、氏族長ではない。
この唇になぞられて吐息をもらす自分は、大胆不敵な旅団長ではない。
あられもない姿をあばかれ、悩乱するほどに悶えているのが、みんなの姉様であるはずがない。
恥ずかしいという気持ちも忘れて、為されるがままに反応しているのは、地位も責任もなく、銃も山刀も置き、軍服を脱いだ、ただの女だ。
それも他でもない、グスタフ・ファルケンハインの女なのだ。ただ、それだけであればいい――唇に侵入する肉厚な舌と、内側から撫でる繊細な指に挟まれて、そう気づいた時、彼女はこれまでで最大の高まりへと飛翔した。
その頂点から下降しつつ、霞がかかった意識で、ようやく自分の上に乗ってきた牡の顔を見る。寝所でも、やはり頼もしく、自分を導いてくれる、彼女の牡の顔――そこには、恐れがあった。
恐れている。怖がり、情けなく迷っている。
これほどの牡が、それほどに惑う、その原因は――直ちに思い当たり、彼女の意識は天上から帰還した。
私か。怖いんだ。私を傷つけるのが。優しい牡だから。それだけではない。本当は自分に自信がないから。だから、あれほど執拗に優しかったに違いない。傷つけまいと。失望させまいと。
その実、ひとりで怯えているんだ。彼は私とおなじ。
「ディネルース……」
牡の声は、許しを乞うようだった。凶器のような存在感を下腹に感じる。
ディネルースは激昂した。この臆病者め。そんなに欲しいなら、さっさと来ればいいのだ。そんなに優しいばかりだから、ひとりきりで苦しんでいるのだ。
だから彼女は、乱暴な動作で応じた。牡の身体を両腕で抱え込み、引き寄せる。熱い尖端を粘膜に感じる。先ほどまで侵入していた指とはまるで違う感触と、存在感が迫る。それに向けて、自ら突き出すように押し付ける。
僅かな侵入で、大声が口をついて出た。痛みと圧力に押し入られ、かき分けられ、広げられていく。牡を受け入れようとしている部分だけではなく、全身が侵略されるような感覚だった。
ようやく声がおさまり、呼吸を繰り返して、少しずつ落ち着きを取り戻していく。ようやく、これで――と思ったところで、牡の懸命な表情に気づいた。
そっと手をやって確かめると、打ち込まれた熱い部分は、まだほんの一部でしかないと分かった。手に感じた震えが猛りを伝え、牡が彼女のために耐えているのだと分かった。
彼女を引き裂かんとしている牡は、懸命さを隠し、あくまで穏やかに言った。
「無理しなくていい。やはり、難しそうだ」
牡はやはり優しく、それゆえに愚かなようだった。何も分かっていない。
「痛むんだろう。君が辛くては......」
そう言って、牡の体躯は徐々に離れようとする。
彼女は両脚をさらに開き、すかさず牡の尻にまわした。力いっぱいに挟み込み、逃亡を防いだ。両腕も牡の背にまわす。
四肢でしがみついて押し留め、更に奥へ引き寄せようとする。
全身の主張は伝わり、牡はごく緩やかに侵入を再開した。
引き寄せる必要がなくなった彼女は力を抜き、呼吸を整え、できるだけ声を抑えて、その時間に耐えた。燃えるような杭がじわじわと侵入してくる。彼女自身も知らぬ奥にまで押し入り、広げ、深く深く貫いてくる。
「ふっ……くっ……うあ」
身体に喜びはない。痛みと圧力があるだけだ。しかし、それを含めて受け入れているということが、受け入れたいと思えることが、彼女の心に充足を与えた。
やがて牡は止まり、荒い息をつき始めた。身体の中心に、かつてない密着感があった。さまざまな意味において、天を飛翔していた時よりもなお、彼女は自分が満たされていると感じることができた。
その気持ちを、手を伸ばして牡の後頭部を撫でて伝えた。その動作だけで何もかも確実に伝わっているという、不思議な確信があった。