今夜の戦術方針 作:自棄ノ原
書籍版1巻 コミック版3巻読了後を推奨
グスタフ・ファルケンハインは、王である。もはや人間ではなく、さりとてオークにもなりきれないと悟った時、彼は己を殺し、王という役割に没入することを選んだ。
無論、なぜか得られた二度目の生を、それなりに楽しみはする。美食を味わい、芸術を嗜み、美酒を傾けて、かけがえのない仲間たちと過ごす、豊かな時間。
しかし、それでも、心の奥底には一線がある。彼が転生者で、もとはオークではなく、今でさえ人間としての自己認識を捨てずにいると告白されて、なお彼を守り立ててくれる古参の重臣たちにすら、侵入を許さない一線だ。
彼らが慕い、頼み、命を懸けて守り立ててくれるのは、王としての自分なのだ。ならば王たり得ない自分、直ちにあらゆる責任を捨て去って、何かに縋りたいと思う弱い人間の心だけは、誰にも触れさせてはならないのだ。
演じ切らねばならない。王は常に毅然とし、明快な決断を下す――というのは、ごく限られた場面だけ。ほとんどの時間、王の仕事は最上位の調整役。玉座の上のおべっか使いだ。
なにせ率いるべき家臣どもは、殆どが牡。姿や膂力は人間の男と桁違いでも、本質は変わらない。面子と嫉妬で生きている。
ましてや武人、軍人などは、呆れるほどに単純だ。メッキづくりの勲章一つ、つまらない見栄のために命を捨てる。グスタフが前世で知った古語に、士は己を知る者のために死すという。何のことはない。可愛がってくれる主人のためなら、熊にも噛み付く犬ころに等しい、単純可憐な生き物たちだ。
誠心誠意に認め、褒め、盛り上げてやらねば。お前だけが頼みだぞ。よくやってくれた、これ程とは。本当にありがとう。何もかも、そなたのお陰で……。
それだけで、彼らは健気に死ぬ。喜んで国のために死ぬ。王のために死ぬ。そして、その最期の時に、彼らは王の名を叫ぶのだ。
だから、決して知られてはならない。彼らの王が、魔種族を率いる魔王が、その実はオークとも人間ともつかぬ、半端者だとは。前世では指導者などではなかった。だから家臣どもの顔色を見て、王を演じて、演じ続けて、それが自分の本質なのだと、必死に思い込んでいるだけだとは。
だから、今も最後まで演じ切らねばならない。
ディネルース・アンダリエル少将。
種族の命運をひとりで背負う、健気で哀れな女のために。
なぜなら彼女もまた、彼が失敗すれば、王の名を叫んで死ぬ者のひとりであるから。
傷つけてはならない。失望させてはならない。牡はどこまでも強く、頼もしく、優しくあらねば。
しかし、彼を受け止める痛みに耐え、引き寄せる女は強かった。優しくせねばと思い、それを言い訳に逃げようとする牡の弱さを、とうに見透かしているだろう。
彼を最後まで受け入れて、優しく頭を撫でる女こそ、強いのではないか。傷つけるのを恐れる牡にはない勇気が、彼女にはある。傷ついても構わないと思い、組み敷かれ、貫かれても、それを許した女の方こそが、牡を屈服させている。
包み込み、包み込まれる肉感だけの時間が過ぎていく。互いの僅かな身じろぎだけで、大きく感触が変わる。その都度、女は声をあげ、牡は小さく呻いた。心と身体の深いところが交差している。
ひたすらに反応を交換し合っていると、彼を締め付ける感触が次第に柔らぎ、温かい瑞々しさが取って代わった。
やがて肉の蠕動が始まり、彼を触発した。蠢きは包み込む内側に留まらない。女の腰が身じろぎを始める。
「もっと……」
自ら突き上げる動きを少しずつ大きくして、女は牡の耳元で囁いた。
「もっと……はげしく突いてっ」
彼は呻きをあげ、その要求に応じはじめた。たちまち女の声が高まる。声と体がリズムを刻み、すぐに波となった。波は寄せては返し、彼を引き込み、揺さぶり、ともに高まっていった。
その不可避に侵襲的な営みのなかで、女が受け入れてくれることが、百数十年ぶりに彼が得られた許しだった。
魔王たらんと務めてきた己がほぐれ、流れ落ちていく。心の奥底に溜まっていた今の姿への嫌悪と、そう感じることは罪だという自責の心が、あたたかく包む肉襞の潤滑に溶けていった。
そうだ。私は人間ではない。オークにもなりきれない。しかし、それが何だという。
それでも、受け入れてくれる者がいる。
褐色肌の女とともに、呻き蠢く牡の体と魂は、今だけは魔王でも、オークでもなく、元の人間でもない。
ディネルース・アンダリエルの
ただそれだけの存在となり、安心を感じることができた。
前世。転生。使命。そして無数の命を背負い操る責任と罪。その全てから解き放たれて、衝動は急速に高まっていく。
彼が女の顔を伺った時、女は嗚咽するように鳴きながら、しかし確かに微笑み、そして頷いた。反応の応酬から、心の起伏まで感じ合えるように、ふたりはもうなっている。
牡は衝動の激しさに身を委ね、そして獣の咆哮を聞いた。