※この作品はR-18です。

天使様じゃなくなるとき   作:小松 美堂

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1.天使様降臨

9月のある日、肝付卓夫は、仕事のミスの謝罪のため久しぶりに出社した会社で強く叱責され、いつの間にか振り出した雨の中傘もささずに放心状態で歩いていた。

 

駅から降りた道すがら、年下の後輩上司の罵声が頭の中をリフレインし、悔しさでたまらず、涙が溢れた。

 

 

 

(俺だって、やりたくてミスしたわけじゃない。おまえの無理なスケジュール管理や、唯々諾々と受け入れた仕様変更に、どれだけ振り回されたと思ってるんだ。徹夜続きでミスもするさ……ちくしょう)。

 

 

 

ブツブツ呟きながら涙をこぼす中年男に、すれ違うカップルにぎょっとした顔をされる。何やらこちらを見て囁き合う姿に、いたたまれず慌てて公園に逃げ込む。

 

 

 

雨の中、ポツンとあるブランコに腰を下ろす。もう何もかも嫌になっていた。独身彼女ナシ歴年齢のまま、40を過ぎてしまい誰が見てもさえない中年男だ。

 

所在なくブランコを揺らす。

 

ブランコなんていつ以来だろうか。

 

 

 

しばらく何も考えずに雨を見つめていると、

 

「なにをしているんですか?」という声が降って来た。地面に向けていた顔を上げると……

 

 

 

天使が降臨していた。  

 

 

 

亜麻色の長い髪。

 

身長はやや小柄ながら、ブレザー姿の上からでも起伏に富んだプロポーションが十分に伺える。

 

雨に濡れた眼鏡越しに見るせいか、細部はよく見えないが、薄暗い雨の中なのに、その彼女の姿には後光が射している気がする。

 

絶対に美少女だと確信させる雰囲気がある。

 

いや、まるで天使だ。

 

そんな美少女が傘を片手に、濡れそぼった中年男に小首を傾げて話しかけてくる。

 

はて、こんな美少女、どこかで見た気がする。アイドル番組だろうか。

 

 

 

暫し今度はその美しい少女に見とれていた卓夫だったが、首を傾げたままの少女と見つめ合っている事に気づくとどぎまぎしてしまい、

 

 

 

「お気遣いいただくのはありがたいのですが、私はここに居たいから居るので。私の事はお気になさらず」

 

 

 

と、とんでもない断り文句を告げてしまった。 

 

 

 

 「えっ……その言葉は、くくく。まあ、なんてこと」

 

 

 

なぜか美少女は何がおかしいのか笑い始めた。

 

卓夫があっけに取られていると、

 

 

 

「さあ、立ってください」

 

 

 

と、にっこりと傘を差し掛けながら手を差し出してくる。

 

中年男に何の警戒感もない、そんな自然な仕草に、思わず卓夫はその手を取ってしまい立ち上がる。

 

白くて小さくて華奢で柔らかいその手は、雨に濡れているはずなのに温かだった。

 

 

 

立ち上がった卓夫は

 

「お気遣いありがとうございます。実はその、僕の家はすぐそこなんです。会社帰りにちょっと疲れて休んでいただけで、大丈夫です」

 

と自分の住むマンションに指をさす。

 

 

 

「まあ……あそこ ? 」何やら驚く少女。

 

「うふふふふ…やだ、こんなことが……また偶然」

 

 

 

また急に笑いだした彼女に、戸惑う卓夫。

 

「ごめんなさい、実はそこは私も同じマンションなんですよ」

 

「えぇっ !! そっ、そんな偶然が……」

 

今度は卓夫が驚く番だ。

 

 

 

 

 

一緒にマンションのエントランスに入り、卓夫はハンカチで顔と眼鏡をぬぐう。

 

あらためて、はっきり見える目で横に佇む天使を見れば……

 

 

 

亜麻色の長い髪に加えて、ぱっちりとした二重の瞳で、瞳の色は暗褐色。

 

きめ細やかそうな白い肌。

 

 

 

これは、このとびきりの美少女を、自分は知っている……

 

 

 

「あれ? も、もしかして椎名さん??」

 

 

 

彼女が引っ越してきた時に挨拶を受けた。

 

すごい美少女だな、俺には縁がなけどと思った。

 

その彼女ではないか。

 

 

 

 

 

ハッとする少女。

 

まじまじと髪が濡れ、ぺたりとしている冴えない中年男を見つめる。

 

貼り付いた髪で一層年老いて見えるが、確かに彼女も見覚えがあった。

 

 

 

「たしか……肝付さんですか??」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

「「えぇぇぇぇっ」」

 

 

 

驚く二人の声がハモる。

 

 

 

お互いよくよく見れば、たまに朝出会えば挨拶をかわす同じフロアの、それもお隣さん同士だと気づいたのだ。

 

薄暗い雨の中であることと、濡れ鼠の卓夫でお互いすぐにはわからなかったのだ。

 

卓夫は、みじめな現在の自分と美少女が結びつかなかったことが大きいが。

 

 

 

「いやいや、これは大変お恥ずかしいところをお見せしました、肝付卓夫です」

 

 

 

「いいえ、こちらこそ気が付きませんで。椎名真昼と申します」

 

 

 

お互い改めて自己紹介しあう。

 

ふたり並んでエレベーターに乗る。

 

「今日はすみません。会社で色々ありまして」

 

疲れて雨の中ブランコに座るはずもないことは、当然真昼は理解しているので、その言葉に対して何か細かく聞くことはなかった。

 

何も事情を聞かない真昼に、卓夫は美しさだけではなくその態度に好感を持った。

 

 

 

「雨、急にだいぶ降ってきましたね」

 

「傘も持ってなくて……」

 

(傘を買う気力すらなくて)

 

 

 

そのまま言葉少なく、隣同士のお互いの部屋の前でふたりは分かれた。

 

「今日は、ありがとうございました」

 

「雨に濡れてしまってますから、暖かくして休んでくださいね」

 

 

 

こうして卓也と真昼、あらためて隣人を意識した生活が始まった。

 

もちろん、その反対側の部屋に椎名真昼の彼氏である藤宮周が住むことなど、卓夫は知らないまま。

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