(な……なんで……こんなに……)
痛みはない。ただただ気持ちが良い。身体が卓夫を求めている。
その事実に愕然とし、同時に抗いがたい快感に思考が溶けていく。
卓夫はゆっくりと腰を使い始めた。
前回色々と探った真昼の膣内を、的確に刺激していく。
「あっ……あんっ……!やだ…… そこ……だめぇ……!」
「ここかい? 真昼ちゃんの好きなところだね」
「いやん、いやっ……」
「感じるんでしよ?」
「……」
恥じらいで、プイと横向く真昼。
その耳を舐めしゃぶり、ピクンピクンとくねらせさせながら、卓夫は囁く
「こうして入れていると、ぼくたちセックスしてるんだって実感するね。
真昼ちゃんのここすんごく気持ちイイよ。
こんなにお互い感じるなんて、僕たちのエッチの相性は最高だね」
何度も繰り返されるこの卓夫の悪魔の囁き
(こんなに簡単にセックスで気持ち良くなれるなんて……おかしいわ……本当に身体の相性ってあるの…… ? )
その言葉に絡めとられ、誘導されていくような心持ちになる真昼。
ぶんぶんと否定したくて首を振る真昼だが、
その顔をつかえまえて、すぐに唇をふさぐ卓夫。
たっぷりと唾を飲ませながら、くねくと舌を絡ませ合う。
「キスしながらだと、もっともっと感じるよ」
再びキスをしかけ、激しく腰を振り始める卓夫。パンパンと打ち付ける音が響く。
「んんーっ……! んぅ……ふぅ……!」
絡みつく舌に翻弄され、下腹部から突き上げる快感に真昼はもう何も考えられなかった。
シーツを握りしめる手に力が入り、爪が白くなる。
押し寄せる快感の波に意識が飛びそうになる。
(きもち……イイ……ダメなのに……こんなの……)
「いいよ……真昼ちゃん。最高だ……」
卓夫の声も切羽詰まっている。互いの荒い息遣いと結合部から漏れる粘ついた水音だけが部屋に響く。
二人の身体は完全に一体となり、溶け合うような錯覚を覚えた。
いつしか、真昼の手は卓夫の背中に回され、ぶつかり合う腰の動きに耐えていた。
「あぁ……イク……! 真昼ちゃん、出すよ……!」
「ひっ……あぁぁーーーっ!!」
卓夫が強く抱きしめ、最奥で熱い飛沫が放たれるのを感じた。それと同時に真昼も再び激しい絶頂を迎えた。
目の前が白く弾け、意識が遠のくほどの快感。
力尽きたように全身の力が抜け、ぐったりとベッドに沈み込む真昼。
「はぁ……はぁ……すごい……良かったよ……真昼ちゃん」
卓夫は荒い息をつきながらも満足げに微笑み、真昼の額にキスを落とした。
汗で張り付いた前髪をそっとかき上げる。
その仕草があまりにも優しくて、真昼はなぜか涙が出そうになった。
だが、その安堵は束の間のことだった。
「さてと……」
卓夫が呟き、真昼の身体をくるりとひっくり返した。
うつ伏せにされ、腰だけを高く持ち上げられる格好にさせられる。
「え……? やっ……もう……無理……!」
力なく訴える真昼の声は、再び硬度を取り戻した剛直が後ろから押し入ってくる感触によって中断された。
「ひぁあっ……!」
今度は異なる角度から内壁を抉られ、真昼の背中が弓なりにしなる。
さっきとはまた違うところから心地よい感覚が押し寄せた。
「あっ……! なにこれ……! また、おかしくなる……!」
新たな刺激に真昼の口からは絶え間なく嬌声が漏れる。
後ろから突かれるたびにシーツの布地が乳房に擦れ、それすらも快感となって蓄積されていく。
(こんなの……知らない……!)
卓夫は真昼の細い腰をしっかりと掴み、容赦なく抽挿を繰り返した。
その真っ白なお尻が、薄く紅潮している姿に、対照的なゴム越しでもわかるドス黒い欲棒が出入りする様は、卓夫にとって最高のショーだ。
パン、パンと肌がぶつかる乾いた音と、真昼の甲高い嬌声が部屋中に響き渡る。
「あんっ……あっ……! そんな……また……また、イッちゃう……!」
快感の奔流に抗う術もなく、真昼は再び頂点へと押し上げられていく。
意識が遠のき、目の前が真っ白に染まるほどの絶頂が全身を貫いた。
「ああぁぁーーーーっ!!!」
甲高い叫び声と共に、真昼は盛大に果てた。全身が激しく痙攣し、秘所からは大量の蜜が溢れ出てシーツを濡らす。
ぐったりと力なく伏せる真昼。しかし卓夫はまだ終わらせる気はなかった。
「まだまだ……これからだよ」
卓夫は再び真昼の身体を抱き起こし……。
夜は、長く続きそうだった。
◇◇◇
◇◇◇
ギシギシギシ
卓夫の太った身体に跨って抱き着いた真昼が交わっている。対面座位だ。
「あん、あん、あんっ。もお、やめて……感じ、過ぎて……」
真昼の両手は卓夫の頭をかき抱き、卓夫はと言えば真昼の美しい乳房に顔を埋め、交互に乳首を吸い上げ、時に甘噛みしてひくひくと真昼を躍らせている。
もちろん下半身は深くつながり、真昼の両足は卓夫の腰に巻き付ている。
「この体位は、抱きしめ合ってする恋人同士のラブラブセックスみたいだね」
「なっ、そんな、そんなのやめて……」
真昼はそんな事を言われて逃れようとするが、既に5回に及ぶ絶頂で身体はうまく動かず、簡単に封じられる。
いや、卓夫の肉棒で突き上げられるだけで、簡単に押し上げられ、たまらず卓夫に抱き着いてしまう。
「ねぇ、今夜はこれで最後にするからさ……
真昼ちゃんも、ちゃんと気持ちイイって口に出して言ってよ。
やっぱり自分の口で認めると、もっともっと感じるよ」
真昼の返事を待たずに、卓夫は真昼の細腰をがっちり掴み、ゆさゆさと軽い真昼の身体を揺さぶりながら、膣内では肉棒を突き上げ、真昼を絶頂に導いていく……
ユサユサ、ぐちゅぐちゅぐちゅ。
濡れそぼる真昼と卓夫の結合部は大洪水だ。
「やん、あっあっあっ………」
「さあ、真昼気持ちイイって言って。さあ……」
真昼はいやいやと首を振りつつも。
快感に蕩けた頭で判断も鈍り、この気持ち良さを与えてくれるオトコの言葉に、
従う気持ちになる。
(だって、ホントに気持ちイイんだもん……)
「はん……んんっ……はあぁぁあん…… ……気持ちイイ……気持ちイイよぉ」
「いいよ……真昼ちゃん。凄くいいよ……」
「ひぃぃぃいっっ ……やあぁぁぁあっ ……ああっ イク。 」
「何でイクの ?」
「はぁっ、っ、つ。肝付さんので ……あぁぁああっっ イクッ の」
「肝付さんじゃなくて、卓夫さんと呼ぶんだ」
「た、たくおさん……?」
快感で頭が何度も真っ白になり、まともな思考ができなくなりつあるその優秀な頭脳は、
簡単に誘導されてしまう。
学年ナンバー1の優等生の面影は今はなかった。
ぐちゅぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅぐちゅ
5回もイカされている真昼は、その度に敏感になっていって……。
「たくおさん、気持ちイイ。イイよぉ」
一度認めてしまうと、どんどん言葉がこぼれる。
「もお……もお……もうイってる ……もお、もお ……やめてえぇぇ 卓夫さん」
卓夫に抱き着く力がどんどん強くなり。
「ああっ、 だめっ……いやあっっ んあああぁっっっ 。
ダメェ 、 また ……また、 イっちゃううううぅぅぅっっっ 」
がくがくがくっ、びくびくびくっ。
ふたり一緒に、盛大に絶頂した。
「ふぅ……」
満足した卓夫は、力尽きてベッドに倒れた真昼の頭を撫でさすり。
「これからも真昼ちゃんを沢山抱いてあげるからね」
と囁いた。
ぐったりと横たわる真昼の顔は、恍惚と放心が入り混じったようにも見え。
「……うん…………」
と答えたのは、疲れきったためか、本心からのものなのかは誰にも解らない。
ただ、頭を優しく撫でられることが、なぜか無性にうれしそうだった。
◇◇◇
力尽きたようにベッドに横たわっていた真昼が、やがて気怠げに身を起こした。
あれほど激しい行為の後だからか、その動きはどこか機械的でぎこちない。
ぼんやりとした焦点の合わない目で卓夫を見やり、掠れた声で呟いた。
「……帰ります」
その言葉に卓夫は眉を上げる。
「こんな時間に帰るのかい? もうこのまま寝ていけばいいのに」
「明日……学校があるので……」
真昼は億劫そうに床に散らばった衣服を拾い集め始めた。
汗で湿った下着や部屋着を身に着けようとする真昼を、
卓夫は後ろからそっと抱きしめる。
肌に残る温もりと汗の匂いが鼻腔をくすぐる。
「もう帰るなら、明日の朝はご飯つくりに来てね」
卓夫の手が、服の上から真昼のふくよかな胸を鷲掴みにする。
まだ敏感なままの身体はぴくりと反応し、真昼は小さく息を詰めた。
「や……やめてください……本当に……もう……」
「その代わり、今日はこれで終わりにしてあげるからさ」
卓夫は服の布越しに、今も分かるほど固くなった小さな蕾を探り当て、きゅっと指先で摘まみ上げた。
「あんっ……!」
短い悲鳴と共に真昼の膝ががくっと折れる。
その弱々しい反応に満足げに目を細めながら、卓夫はさらに彼女を抱き寄せた。
力なく項垂れる真昼の耳元に唇を寄せる。
「どうする? 来てくれるよね?」
選択肢などないことを悟っている真昼は、震える声で答えた。
「……わかりました。来ますから……もう……放してください……」
その言葉を聞いた瞬間、卓夫はぱっと手を放した。
まるで獲物を捕らえたかのように満足げな笑みを浮かべながら、解放された真昼がよろめきながらドアに向かう後ろ姿に。
「おやすみのキスくらいしてよ」
振り向いた真昼の顔は青ざめていたが、卓夫は構わず近づきその華奢な肩を掴むと強引に引き寄せた。
抵抗する間もなく唇が重ねられる。舌が侵入し、真昼の口腔内を執拗に蹂躙する。
「んんっ……!」
生臭い息と唾液が流れ込んでくる不快感に眉を顰める真昼。
それでも力の入らない身体ではどうすることもできない。
卓夫は真昼の唇を離すまいと貪るように吸い続けた。
やがて息苦しさに耐えかねた真昼が弱々しく胸を叩くと、ようやく解放された。
「ぷはっ……! も……もういいでしょう……おやすみなさい……」
乱れた呼吸を整えながら辛うじてそれだけ告げると、卓夫を突き放すようにして寝室から逃げ出した。
足元がおぼつかないまま玄関へ急ぎ、靴を履くのももどかしく外へ出る。
502号室。真昼自身の部屋に戻ったのは、真夜中の二時を回った頃だった。
「……どうして……こんなことに……」
真っ暗な部屋の中で、ドアに背を預けたままずるずると座り込む。
先程までの出来事がフラッシュバックのように脳裏をよぎり、
吐き気にも似た絶望感が込み上げてくる。
一方で、全身に残る倦怠感と甘い疼き。
それは紛れもない快楽の残滓であり、それを自覚するのが何よりも恐ろしかった。
(こんなはずじゃ……なかったのに……)
涙が止めどなく溢れ出し、嗚咽が静まり返った部屋に響く。
けれども涙を流すことさえも空しい。
拭っても拭っても次々と湧き出てくる苦しみの根源は消えてはくれないのだから。
どれくらいそうしていただろうか。
ふと時計を見るともう深夜三時近くになっていることに気づく。
明日も学校があるというのにこのままではまずいと思い立ち上がり、
ベッドに潜り込むものの全く寝付ける気配はない。
むしろ目を閉じれば余計鮮明にあの記憶が蘇りそうで怖くなるばかりであった。
そのうちにやっと意識が朦朧としてきて、ようやく浅い眠りに落ちることができた。
◇◇◇
「……ん…」
カチャカチャという規則正しい金属音と、ふわりと漂う卵やバターの甘い香り。
それに混じるのはコンソメの心地よい匂い。
昨夜の淫靡な記憶で重たかった瞼が、穏やかな日常の音と香りに刺激されてゆっくりと持ち上がる。
(……朝か……?)
卓夫がぼんやりと開けた目に映ったのは、見慣れた天井の模様と……
キッチンカウンターに立つ人影だった。
制服の上にシンプルな白いエプロンを掛けた後ろ姿。
華奢な肩と、キュッと締まったウエストライン。
そしてスカート丈から覗く健康的な太腿が目に眩しい。
(まさか……)
まさか本当に来てくれたというのか。
あんな目に遭わされてもなお、この憎い男との約束を律儀に守るために。
数時間も眠っていないだろうに。
卓夫はベッドの中で信じられない思いで凝視した。
真昼の姿は紛れもなく本物だ。
彼女の細い腕が器用に動いてフライパンを操り、何かを皿に盛り付けている。
食器棚を開け閉めする音、冷蔵庫から何かを取り出す音。
卓夫の部屋には決してなかった、生活感のある音。
(ああ……)
胸の奥から熱いものが込み上げてきた。それは昨夜の性的な昂揚とはまた違う、純粋な感動のようなものだった。
この天使のような少女が、自分なんかのために朝早くからこんなことをしてくれている。
憎悪と軽蔑の対象である自分に対してですら、約束すれば義務感を抱いてしまう彼女の善良さ。
それがたまらなく尊く、そして危うく思えた。
「まひるぅ……!」
卓夫は勢いよくベッドから飛び降りると、驚いて振り返った真昼の華奢な身体を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「ひゃんっ!」
真昼の口から短い悲鳴が漏れる。その拍子にカチャリとナイフがシンクに落ちた。
「お……起きたんですね。驚かさないでください……」
抱きしめられたまま硬直する真昼の耳が、みるみるうちに淡い薔薇色に染まっていく。
昨夜とは違う、純粋な恥じらいの色だ。
その清らかな反応がたまらなく愛おしく、卓夫は真昼のつややかな黒髪に顔を埋めた。
シャンプーの爽やかな香りと、彼女自身の温かな匂いが鼻腔をくすぐる。まさに天使の香りだった。
「来てくれたんだね……。ホントに来てくれるなんて感激だ……」
感極まった声で囁く卓夫。その腕の中で真昼はもぞもぞと身じろぎした。
「や……約束したから……ですから……」
真昼の声は震えていたが、それは恐怖というよりは強い羞恥心によるものだった。
こんな男に対してですら、一度した約束は守らねばならないと思っているらしい。
その健気さがますます卓夫の嗜虐心と庇護欲を同時に掻き立てた。
「きみは……優しいね。こんな……とんでもないオトコに対しても、ちゃんと約束を守ってくれるなんて。
うれしいよ……本当に」
普段ならばこんなに素直に感謝の気持ちを伝えられることはなかっただろう。
昨夜の出来事で箍が外れてしまったのか、あるいは真昼という存在がそれほどまでに特別なのか。
卓夫は自分でも驚くほど自然にその言葉を口にしていた。
「……あの……」
真昼は戸惑ったように小さく声を漏らした。
昨夜までの傲慢で支配的な態度とはまるで違う卓夫の様子に、どう反応すればいいのか分からないといった表情だ。
抱きしめられたままの彼女の頬はさらに赤みを増し、うつむいた顔は困惑と当惑に彩られている。
「離れてくれないと……ご飯、作れませんから……。
わたしも……学校に行くので……」
もごもごと告げる真昼の声は聞き取りにくいほど小さい。
その健気な抗議にようやく我に返った卓夫は、名残惜しそうにしながらもゆっくりと腕を解いた。
「……うん。ごめんね」
卓夫は少し距離を取り、改めて調理を続ける真昼の姿を眺めた。
制服の上にシンプルなエプロンを掛けたその姿は、さながら新妻のようで。
くるくると忙しなく動く小さな背中。時折こちらをチラリと窺う困ったような上目遣い。
そして屈んだ際に浮かび上がるくびれの美しい曲線と、ツンと上を向いたヒップの丸み。
すべてが完璧な造形美で、彼女の日常的な仕草ひとつひとつが芸術品のように輝いて見えた。
(この子を……昨日は……)
ふと脳裏に昨夜の痴態が甦る。
ベッドの上で乱れ狂う真昼の姿。汗で張り付いた黒髪。涙と涎で汚れた顔。
そして自分の雄を悦んで受け入れ、何度も絶頂に達していた淫らな肉体。
その光景と、今こうして清楚に家事をこなす純真な姿とのギャップが、卓夫の劣情を再び炙り出す。
(ああ……でも、この美しさを今朝は汚したくない。このまま送り出してあげたい)
◇◇◇
卓夫はしばらく陶然とした面持ちで真昼の後ろ姿を見つめていた。
昨夜とは打って変わって、エプロン姿の彼女はあまりにも家庭的で穏やかな光を放っていた。
その姿を汚すことは、今のこの刹那ではあまりにも惜しいと思えた。
彼は欲望を腹の奥底に押し込めると、静かにダイニングテーブルの椅子を引いた。
用意の終わった真昼は、卓夫の向かいに座る。
「わ……わたしもご飯食べないといけませんから。
ここで食べるのが……合理的です」
真昼はそう呟いた。
その言葉は突き放すようでありながらも、どこか必死に冷静さを保とうとしている響きがあった。
おそらく彼女にとってもこの奇妙な空間での食事は試練に近いのだろう。
それでも彼女は嫌々ながらも卓夫と同じテーブルについた。
その行動一つ一つが卓夫にとっては奇跡のように思えた。
「ああ……そうだね。ありがとう」
卓夫は心からの感謝を込めて言った。
テーブルの上には真昼が手際よく用意した朝食が並んでいる。
カリカリに焼かれたベーコンと半熟の黄身が美しいエッグ。
こんがりと焼けた食パンの上には自家製らしいマーマレードジャム。
湯気を立てるティーカップには琥珀色の紅茶。
その全てがこの殺風景な部屋に唯一の温もりを与えているようだった。
真昼は両手を合わせて小さく「いただきます」と呟いた。
その所作一つ一つが洗練されており、育ちの良さが滲み出ている。
対する卓夫は目の前の豪華な朝食と、向かい側に座る天使のような少女の姿にただ見入ってしまっていた。
「……食べないんですか? 冷めてしまいますよ」
真昼が訝しげに声をかける。その言葉で我に返った卓夫は慌ててフォークを手に取った。
ベーコンエッグを一口頬張ると、想像以上の美味しさに感嘆の声が漏れる。
「うまい……! すごく美味しいよ」
「……そうですか」
真昼はそっけなく答えただけだったが、その耳の先がほんの少しだけ赤くなっていることに卓夫は気づいた。
褒められたことが意外だったのかもしれないし、あるいは単なる生理反応かもしれない。
いずれにせよ、その微かな変化が愛おしかった。
その後は特に会話もなく食事が進んだ。
真昼は終始緊張した面持ちで淡々と食べ進めている。
卓夫は何度も彼女に話しかけようと思ったが、下手なことを言ってこの貴重な時間が壊れてしまうのが怖くてできなかった。
ただ黙って紅茶を啜りながら、目の前の少女がせっせと口を動かす様子を盗み見る。
その瞳には昨夜見た涙の痕跡はない。それで十分だった。
やがて真昼は食事を終えると、さっと立ち上がって使った食器をシンクへ運び始めた。
その動きには一切の無駄がない。
「洗い物は自分でやるから」
卓夫が慌てて言うと、真昼は振り返って小さく首を振った。
「いいえ。簡単なものですし、わたしがやる方が多分早いです」
そう言って手際よく皿を洗い始める。
その背中はどこまでも清らかで、昨夜の淫靡な記憶をかき消してしまうほどだった。
水音だけが静かな部屋に響く。
洗い物を終えた真昼は鞄を手に取ると、そのまま玄関へと向かった。
靴を履く小さな音。そして扉に手をかけたところでふと立ち止まり、背後の卓夫を振り返る。
「それでは……行ってきます」
それは形式的な挨拶だったが、それでも卓夫の胸は熱くなった。
昨日までは決して交わされることのなかった言葉。
この数時間の間に確かに二人の間に何かが築かれつつある気がした。
「いってらっしゃい」
卓夫は穏やかな声で返した。
真昼は一瞬だけ戸惑ったような表情を見せたが、すぐにいつもの凛とした顔つきに戻り、小さく会釈をして部屋を出て行った。
「ガチャン」という金属音と共に扉が閉まる。
途端に部屋の中がやけに寂しく感じられた。
しかし卓夫の心は満たされていた。
昨夜の嵐のような激情とは違う、陽だまりのような温かい幸福感が胸いっぱいに広がっている。
テーブルの上にはまだ紅茶の匂いが残っており、まるで真昼がここにいたという確かな証拠のようだった。
卓夫はゆっくりと立ち上がると、窓辺に歩み寄り外を見た。
まだ朝靄が漂うマンションの階下。
やがて遠ざかっていく真昼の小さな後ろ姿が見えた。
その後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまで、彼は飽きることなく見送っていた。
この不安定で歪な生活がどこに向かうのか。それはまだ誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは、この小さな朝の儀式が、二人の運命を決定的に変え始めたかもしれないということだ。