※この作品はR-18です。

天使様じゃなくなるとき   作:小松 美堂

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2.天使様訪問

ブルッ、寒さで卓夫は目が覚めた。

昨夜、寝る前にやけにくしゃみが出ると思ったが……

(ヤバイ、やっぱ風邪引いたな、これは)

ふらつく足で体温計を探して測る。

(38.9度か。結構あるな)

在宅勤務ゆえ、こんな時一日休養していても問題ない。

そのツケは自分に回って来るわけだが。

 

(問題は、この部屋にはろくな食い物がない……ってことか。

缶ビールとつまみが少々。カップ麺が三つ。ひとまずスポーツドリンクでも……いや、ゆうべ喉が渇いて全部飲んでしまったか)

潰した2ℓのペットボトルが転がっている。

 

高熱のせいもあってか食欲はない。とてもではないが、カップ麺を食べる気にもならない。

仕方なく水道水を飲む。

ぷはっ、熱があるせいでこんなものでもうまい……ヤバイ。

 

こんな時、頼れるような友人は……いない。

いや正確にはいないことはないが、近くにはいない。

大学時代のオタク友だちがいるが、独身のやつは九州だ。あと二人は家庭持ちだから、最近連絡をほとんどとっていない。

両親は、高校卒業以後連絡は取っていない。

離婚したらしい。

大学の学費だけは振り込まれたが……

 

 

仕方ない、買い出しに行ってついでに解熱の風邪薬を……

しんどい身体を起し、寝間着代わりのジャージに上着を羽織る。

 

ピンポーン !

 

突然インタフォンが鳴る。

 

(宅配便 ? いや、この音は……)

 

ガチャリ、警戒するのも億劫で無造作にドアを開ける。

「どなた……??」

 

天使が立っていた。

 

艶やかな亜麻色の髪が、朝陽に照らされてエンジェルリングが見える……

 

「おはようございます。

 あの……突然お邪魔してすみません……

 

 って、顔赤いじゃないですか。大丈夫ですか、熱があるんじゃないですか?

 ……と、熱い !

 まさか出かけようとしてるんですか !?

 ダメですよ、寝てなきゃ。さあ、お部屋に戻りましょう。」

 

「上着なんで脱いで。あぁっ、寝間着のまま外出しようだなんて……さあさ、そのまま横になってください」

 

何やら、天使にぐいぐいと押し切られて、あっという間にベッドに逆戻り。

 

「やっぱり昨日雨に打たれたせいで、風邪をひかれたんですね。何となく心配な気がして  来てみたら、案の定でした。

ゆっくりしないと、ひどくなっちゃいますよ。」

 

だいぶ年上の中年男をたしなめながら、真昼は冷蔵庫を開ける。

 

「あれ、なーんにもなーい。缶ビールだけ?

 あの、お米とか食料品は?」

「いや、特には……あっ、そこにカップ麺が……」

「もぉ、ダメですよそんなの。それより、まずは風邪薬は飲みました?熱は?」

「風邪薬は……切らしてる。熱は38度くらい……」

なぜか嘘をついて低く言ってしまう卓夫。

「もっと熱いと思ったけれど……じゃあ、ちょっとだけ待っていてください」

 

そう告げると、バタバタと天使は飛び立って行った。

 

(椎名さん……突然どうしたんだろ。ボクを……しんぱい?)

 

ガチャリ、すぐにまた扉が開いた。

 

天使が、スポーツドリンクと紙コップを持って現れた。

 

「まずは、これ飲んで休んでてください。風邪薬とか、買ってきますんで……」

「えっ、そんな、悪いよ。おーい」

 

ペットボトルとコップを押し付けると、天使はまた飛んで行ってしまった。

スポーツドリンクをコップに注いで飲む。

「ウマい」水道水とは段違いだ。もう一杯飲んで横たわる。

 

(椎名さん、どうしてこんなオヤジの面倒見てくれるんだ……)

などと考えていると、眠りに落ちた。

 

 

 

 

コトコト。料理の気配に目が覚める。

キッチンにエプロン姿の少女の後ろ姿が見える。

起きると、誰かが料理をしているなんて、実家にいたころ小学校以来だ。人の気配を感じて目が開くとは、なんて暖かいことなんだろう。

 

そんなことを考えながら、てきぱきとよく動く少女の姿を見つめる。か

 

柔らかなオレンジ色のエプロンがよく似合う。ミニスカートの下の脚の白いすんなりした脹脛が引き締まっていて美しい。

 

なぜ高校生の少女がここにいて、風邪を引いている自分の面倒を見ようとしてくれるのか。ただ、お隣さんというだけで。

 

こんな時が、自分の人生に訪れるなんて。

これは、風邪の熱に浮かされて見た夢なんじゃないだろうか……

 

 

視線を感じて、天使が振り向く。

 

「あっ、目が覚めたんですね。ちょうどお粥が出来上がりましたから、召し上がられますか?」

 

にっこり微笑む彼女の笑顔はサイコーだ !!

思わず見とれてしまう……

 

「やっぱり……熱でしんどいですか? 何かお腹に入れてからお薬は、飲まないと……」

 

心配させてしまう。

 

「い、いやダイジョーブ。食べる、いただきます」

「よかったぁ、それじゃあさめないうちに」

 

お粥を茶碗によそい、スプーンと一緒にベッドに持ってきてくれる。

 

「食べさせましょうか?」

 

(な、なんて極上のプレイを……)

 

「い、いや自分で食べられるよ。ありがとう」

 

梅干しの入ったシンプルなお粥だが、今はこれがありがたい。

ふーっ、ふーっ、さましながら食べる。

 

その様を天使に見つめられて、慌ててしまう。

 

「アチッ !」

 

「クスッ、慌てなくてもいいですよ。ゆっくり召し上がれ。デザートにプリンがありますから。その後に、お薬飲みましょう」

 

そこは、桃缶じゃないんだと、そんな昭和じみたことを考えてしまうが、口には出さない。通じるわけがない。自分も物語のお約束として知るだけだ。

 

 

美味しくいただいて風邪薬を飲み、ベッドにまた横になると、天使が額に冷却ジェルシートを貼ってくれる。

 

「椎名さん、本当にありがとう。何とお礼を言えばいいか……何か色々買ってもらってしまって、これを……」

 

真昼に、一万円札を握らせる。

 

「えっ、大したもの買ってないですから、多過ぎます」

「思いやり代というか、こんなに動いてくれたわけだから……」

「そんな……じゃあ、また何かお持ちしますね。さあさ、またゆっくり休んでください。ごゆっくり」

 

真昼は、立ち上がる。ふわっとスカートが僅かにめくれ、膝上の真っ白な太ももが目に眩しい。

 

カチャリ。

 

ドアが閉まり、真昼が去ってしまうと、途端にいつもの独り身の部屋に戻り、急に寒々しさを感じる。

それが嫌で目を瞑る。

 

真昼の姿を思い出す。

やはり、そもそもなぜここまで気にかけてくれるのか、どうしても理解できない。

あり得ないけど、実は自分に好意を持っていた? しょんぼりしている姿に母性本能でもくすぐられた? いやいや、どれもあり得ない。考えてもわからない。

 

ただ一つ言えることは、自分の仕事のミスも、昨日の会社での叱責も吹き飛んだ ! 落ち込んだ気持ちも消えてしまった。

 

 

ココロにあるのは「椎名真昼ちゃんの愛らしい姿」だけ。

 

彼女の一挙手一投足を瞼の裏に思い浮かべる。なんていい娘なんだろう。

年甲斐もなく、彼女のことを考えるとドキドキが止まらない。

 

これは風邪のせいじゃないぞ。このときめきと、甘酸っぱい感覚は、いつ以来だろうか。学生時代、オタクサークルに気の迷いで紛れ込んできた一年生のあのコを見た時かな。

一か月もしないうちに来なくなってしまったけれど。

 

会社員になって感じたことは……ないな。

 

真昼ちゃん……多分……三十歳くらい離れてるよな

 

いや、彼女をどうこうしたいわけじゃないさ。どうにもできるはずないさ……

 

 

いつしか卓夫は眠りに落ちた。笑いかけてくる真昼の夢を見た。

夢の中では、天使にお粥を食べさせてもらっていた。

 

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