年末年始忙しく、更新できませんでした。
再開いたしますので、宜しくお願いします。
長々と綴って来た物語も、終盤です。
◇◇◇
◇◇◇
文化祭当日となった。
誠城高等学校の文化祭は、土日の二日間にわたって催される。
午後一時。招待状を手に学校の正門に到着した卓夫は、想像以上の混雑に圧倒された。
色とりどりの看板が並び、コスプレ姿の学生や派手な装飾の模擬店が通りを埋め尽くしている。
廊下を行き交う若い男女の賑やかな笑い声や喧騒が壁越しにも聞こえてくる。
「こりゃあ……異世界だな」
変装用のお洒落眼鏡の奥で目を細めながら呟く。
自分が場違いな存在であることを嫌でも意識させられる。
教室案内図を頼りに真昼のクラスへと向かう。
メイド喫茶に変身している教室は、すぐに見つかった。
入口には「メイドと執事がお出迎えします」などと書かれた垂れ幕がかかっている。
扉の前にはすでに数組の列ができており、スマホを掲げて楽しそうに談笑している学生たちが見える。
(うわぁ……これはちょっとハードル高いぞ)
覚悟を決めて列に加わった卓夫だが、内心は居心地の悪さと焦りで一杯だった。
出てきた女子生徒グループが
「うちのクラスのメイド喫茶も良かったけどやっぱ他校のはレベル違うよね~」
「それにしてもあの先輩超かっこよかった!写真撮らせてもらおうかなぁ」などと話しているのが妙に耳に入る。
自分のような中年の男性が混じっていることに対して好奇の視線を感じる気もする。
まあ、高校生くらいの子どもがいてもおかしくない年齢だから、大丈夫と信じよう。
ただ、意外と学生ではなさそうな男性客も見かけ、少しホッとする。
それが何を意味するのか、その時は思いもつかなかったが。
十五分ほど待ってようやく席に案内された。
テーブルに着くなりメニューを開こうとした卓夫だったが――
「いらっしゃいませ……お客様」
聞き慣れた澄んだ声が卓夫の思考を停止させた。
目の前に立っていたのは間違いなく椎名真昼だった。
しかしいつもと違う服装に息を飲む。
現代風を取り入れたクラシカルタイプなメイド服であり、二の腕あたりが空気を含んだように膨らんだ長袖と長い丈の紺地ワンピースにエプロンという組み合わせだ。
長いスカートの裾からは黒タイツに覆われた足首が見えた。
髪は普段よりも少し高くまとめられ、後ろには銀糸のヘアアクセサリーが光っている。
(これが……真昼のメイド姿……)
想像以上の破壊力だった。
清楚で可憐な容姿と洗練されたデザインが見事に融合し、“お隣の天使様”の称号に違わない完璧なメイドスタイルとなっている。
「当店本日のおすすめメニューはこちらのAセットとなっております。
いかがでしょうか」
その清楚なメイド姿で、完璧な微笑みとともに尋ねる真昼。
相手が卓夫であろうが、誰であろうが、同じ対応なのだろう。
当たり前だが、完全に接客モードだ。
「あ、あぁ……そ、それで頼むよ」
「かしこまりました」
卓夫が慌てて答えると。
ぺこりと頭を下げて去って行く。
その立ち振る舞いは普段の“椎名真昼”とは異なり、まるで本物のメイドのような気品に満ちていた。
暫く彼女を目で追った後、卓夫は周囲を見回した。
客層の多くが高校生カップルかグループだ。
先ほど確認した様に、大人の男性客もちらほらいるものの明らかに浮いており、皆居心地悪そうにしている。
そして彼らの視線の大半は一点──椎名真昼に注がれていた。
オーダーを伝えた後、動き回る彼女を追っている。
(わかる……あの子を前にしたら目が離せなくなるよな……)
卓夫自身も真昼が他の席へ注文を受けに行くたびに無意識に追ってしまうのだから。
彼女を中心としてキラキラしたオーラを感じるのは、気のせいだろうか。
真昼がテーブルに近づくと他校の男子生徒たちとおぼしきグループは、
遠慮なくざわめき、
「天使様だ」
「噂は本当だった。本物の天使降臨 !!」
「写真撮とろう」と騒ぐのが耳に入る。
中には露骨にスマホを向けようとする者もいたが、
「撮影は禁止となっております」と、執事姿の男性スタッフに即座に制止される。
(くくくっ、おまえらが憧れている天使様の、身体もあそこも、エッチの具合も、僕はぜーんぶ知ってるんだぞ。ざまあみろ !!)
そう、清楚可憐なメイド服で動き回る姿と
「いぃっ、いいのぉーーーっ。いっくぅ~~~」
と先夜叫んだ真昼の淫靡な表情とのギャップがたまらないのだ。
卓夫は優越感で、至高なひと時を過ごした。
やがて注文のセットを運んできたのは別な女子生徒だった。
「おまたせしました」
「ああ、ありがとう」
と会釈し受け取った卓夫の視界の端で、別なテーブルで接客していた真昼の後ろ姿に、一人男性客が手を伸ばす姿が映った。
(まずい……あれはセクハラだぞ!)
卓夫の血が騒いだ。
つい反射的に立ち上がろうとした瞬間――
「お客様、当店のスタッフに不用意な接触をするのは控えていただけますか」
という声が響いた。
制止したのは、執事姿の男性スタッフ。
よくよく見れば、藤宮周だ。
続いて周は冷静に
「ところでお客様、入校許可証はどちらに?」
と詰問する。
卓夫もしている入場時に渡されたリストバンドをしていないようだ。
いったいどうやって潜り込んだのか。
何かモゴモゴ言い訳していたようだが、藤宮周にあしらわれ、
程なく担任教師らしき男性に連れ出されていった。
張り詰めていた店内の空気は
「お客様、大変お騒がせいたしました。引き続きお茶をお楽しみください」
にこやかな笑顔で挨拶する周の言葉で、
ホッとした雰囲気となり、元の喧騒を取り戻した。
しかし、卓夫は硬直して立ち尽くしていた真昼から目を離さなかったので、
その周が真昼の手を取り、
スタッフルームに引き上げていくのを見逃さなかった。
暫く待ったが、真昼が再び店に戻ることはなかった。
(休憩に入ったんだろうな……)
であれば、長居する意味はないので、卓夫も引き上げることにした。
一連の流れをただ見つめるしかなかった卓夫。
自分が介入しようとした無謀さに改めて気づき恥ずかしさが込み上げてきた。
(俺みたいな部外者のおっさんがしゃしゃり出たら逆効果だ……
周くんが一番適任だったんだ、不本意ながら)
卓夫は足早にトイレへ向かった。
鏡に映る自分の顔は明らかに疲れていた。変装用の眼鏡を外し溜息をつく。
(やっぱり俺はここに来るべきじゃなかったか……)
そのまま、あてもなく校内をぶらぶら歩く。
似たような飲食店の他、お化け屋敷的なスペースや、部活動報告の展示、教室をミニライブステージにした演奏など。
本格的な演劇やコンサートは、体育館で催されるようで、告知ポスターが貼られる。
外には、模擬店も多数出店している。
焼きそばでも食べるかと店に向かうと、
発見してしまった。
見てしまった。
メイド服の上にパーカーを羽織り、藤宮周と談笑しながら、焼きそばの出来上がりを待つふたりを。
自然な、こぼれるような笑顔を周に向ける姿が眩しい。
仲睦まじいそのシーンは、ごく普通の高校生カップルの一コマであり、
自分には、過去の暗い高校時代には、全く縁のなかったものだ。
出来上がった焼きそばを受け取ったふたりは、そのまま校舎の裏手に向かって行った。
これから、楽しいランチのひと時を過ごすのだろう。
その後は、連れ立って展示や出し物を見て歩く。
当たり前の青春。学生生活。
呆然とその光景を見つめていた卓夫は、焼きそばを買う気分も失せ、それどころか、文化祭への興味を急速になくし退去することにした。
(こんな青春のひと時・ひとコマを僕みたいな男が穢しちゃいけない……
入り込んじゃいけない。
調子に乗ってた。思い知らされたよ……)
振り返りもせずそのまま正門を出て行く。
明日は文化祭の二日目(真昼に駄々をこねて二日間招待させたのだ)をどうするか考えながら──この学校の敷地に踏み込むべきなのかどうか。
◇◇◇
「今日は来てくれてありがとうございます。ちょっとお騒がせしてしまいましたか?
明日も、同じくらいの時間にシフト入っています」
卓夫はメッセ画面を見つめながら唇を噛んだ。
返信すべき言葉を探したが喉に詰まったものが邪魔をする。
自分との関係を受け入れ、普通に連絡してくる真昼の行為が、どうにも引っかかる。
今更の話だが、自分はいったい何をしているのか、と。
「了解、ありがとう。真昼のメイド姿、素敵だったよ」
何とか、それだけを打った。
◇◇◇
◇◇◇
翌日、迷いながらもあのメイド服姿でキラキラしている真昼の姿を、もう一度見たいという気持ちが、朝起きると猛烈に湧きあがり、卓夫はまた文化祭に向かった。
「いらっしゃいませ ! 」
真昼の極上の営業用スマイルに、今日も迎えられて胸がキュンとして、来るまでの迷いは消え失せた。
(くそっ、可愛すぎる。やっぱり真昼は、サイコーだ !!
今すぐ抱いてめちゃめちゃにしたい……)
その笑顔だけではなく、極上のボディと抱けば乱れる淫蕩さとの対比を知っているだけに、欲望が吹き上がる。
(どうにかして、真昼を呼び出して、この校舎内でセックスできないかな。
トイレとか。
ともかく、いま、この素敵なキラキラの真昼を抱きたい。
取り澄ました清楚な顔が性感に蕩けて、頬を赤らめる様を見たい。
焦らして、「もぉ、入れてください」と懇願させたい……)
「お客様、ご注文は決まりましたか ?」
怪訝な表情の真昼に声をかけられ、我に返る。
「あっ、す、すみません。それじゃあCセットで」
「かしこまりました」
踵を返し去って行く真昼のヒップを見つめる。
(あぁ、あのお尻は真っ白で、染みひとつなくどれだけ美しいかだなんて、この店に来てもの欲しそうな顔している男ども、誰も知らないんだ。
僕は、そのお尻に顔を埋め、ぺろぺろしたり頬ずりしたりしたことがあるんだ。
それどころか、そのお尻を開いて、僕の赤黒いペニスをぶち込んで、
あんあん言わせてるんだ !!)
男性客に心の中でマウントを取る卓夫。
「あの……」
またしても妄想爆発してしまっていると、真昼ではない別な女生徒メイドが注文品を持って訝し気に声をかけてくる。
「あっ、失礼。どうぞ」
お茶とお菓子が置かれる。
「ごゆっくりお過ごしください」
「ふぅ」
ポリポリとお菓子を食べ、紅茶を飲む。
燃え上がる気持ちが少し収まる。
ひと息ついて暫くすると、
「あらあら真昼ちゃん、とっても可愛い衣装ね」
という声が聞こえてきた。
中年の夫婦が藤宮周と真昼に話かけている。
女性の方は、見たことがある。
藤宮周の母親だったはずだ。
「お客様、うちのメイドに触れるのはご遠慮ください」
「まぁ。周専用メイドなのね」
「普通に考えて当店のメイドの意味だよ!」
などの会話が聞こえてくる。
以前の印象通り、元気そうな母親だ。周との会話を聞くに仲の良い家族なのだろう。
席についてからも、真昼も交え賑やかな会話が続く。
「ちなみにメイドさんお持ち帰りは」
「当店はそういうサービスはしておりません」
「周は持ち帰る癖に」
「人聞きの悪い事を言うな。あれは帰宅」
(なっ……真昼ちゃんと周くんの半同棲生活は親公認な上に、
彼が慌ててないところを見るに、
クラスメイトにも知られている、のか……!?)
卓夫にとって信じがたいことが起きていることを知る……
その後も、
「……結局周の家に連れて帰っているのだから、お持ち帰りしてると思うのだけど」
「あくまで帰宅だから。つーか、あれがお持ち帰りなら今日は俺が持ち帰られるし」
「まあ!」
と意味深な会話が続く。
(「持ち帰られる」って何だよ…………??
もしかして、ひょっとすると……今夜は真昼の部屋に、あいつが…… !!
いやいや、親がいる前でそんな…… !?)
やがて周は、スタッフルームに引き上げ、藤宮夫妻もおとなしくなった。
しかし、卓夫の頭の中は賑やかな藤宮夫妻と親し気に話をかわす真昼と周の姿で一杯だった。
(何が僕しか真昼のことは理解できない……だ。
もうすっかり藤宮家に溶け込んでるじゃないか……)
先ほどまでの妄想と優越感など吹き飛び、虚無感に襲われた卓夫は、そそくさとメイド喫茶を、そして文化祭を後にした。
(やっぱり来るんじゃなかった……)
前日以上にダメージを受けた卓夫だった。
◇◇◇
「今夜、遅くなってもいいから、来れる?」
帰宅してフテ寝した卓夫は、夕方起きると真昼にメッセージを送った。
既読がついても暫く返信はなかった。
一時間ほどした後
「ごめんなさい。今夜は、周くんのお父さんお母さんが泊っていて、お世話しないといけないから無理です」
と返信が来た。
(くそくそっ ! お世話ったって夜中までのはずないし。普通なら、自分の部屋に引き上げるもんだろ。
やっぱり、あの野郎が真昼の部屋に……)
卓夫はベランダに出て、真昼の部屋の様子を窺う。
ベランダの仕切りに耳を押し付けてみると、
微かにだが複数の人の気配を感じる(気がする)。
少なくとも、周と真昼の部屋両方に明かりがついているのはわかる。
(畜生 !! やっぱりか。ということは……うぉぉぉぉぉぉぉ……)
嫉妬心で気も狂わんばかりの卓夫だ。
以前仕掛けた盗聴マイクが電池切れなのがもどかしい。
そして、追い打ちをかけるように
「明日の朝食は、ごめんなさい、藤宮夫妻と共にしますから、用意できません。
その代わり火曜日に行きます」
というメッセが届く。
(今夜、周とふたりでゆっくりしっぽりするから、明日朝も遅くなるってか……
ふざけんな、ふざけんな !! )
思わず乱入したくなる想いが吹き上がる。
もちろんそんなことをすれば、藤宮夫妻も駆けつけてジ・エンド確定だ……
「了解」
そう返すしかない。