◇◇◇
「おはようございます」
火曜日の朝六時半。約束通り、真昼が玄関ドアを開けて入ってきた。
いつもの制服姿に戻っている。
その清潔感と少女らしい可憐さはいつものとおりだが、卓夫にはそれが余計に眩しく見え、そしてなぜか苛立たしかった。
いつもより、一層輝いて見える気がする。
それは、周と愛を確かめ合ったからではないのか?
どす黒い疑念が湧く。
しかし、それを問い詰める気概は、卓夫にはなかった。
文化祭で見た彼女の青春の煌めき。
それを眺めるしかない傍観者の自分。
所詮、レイプ魔には決して手が届かない存在であることを思い知らされたのだから。
「ああ、おはよう。文化祭、無理言って招待させたね、ありがとう」
「楽しんでくれたのならよかったです」
通り一遍のうわべの挨拶を交わすだけだ。
今朝の朝食は和風。
ご飯に味噌汁。納豆に小鯵の干物。だし巻き卵だ。
甘く味付けただし巻き卵が、卓夫の好物だ。
朝食の会話は文化祭中心になる。
「不審者は驚いたな」
「わたしは、周くんが声かけるまで全然気づかなかったわ」
「あいつ、じーっと真昼ちゃん見つめてたからね、最初から怪しかったよ」
「ぶしつけにじとーっと眺めてる不審者はもう一人いましたけどね」
「えっ? 気が付かなかった」
「ふふっ、そうですか? 灯台下暗し……」
「ええっ………それって、僕 ? 」
「はい、正解」
「うぅっひどいな。あいつに気づいて僕も注意しようとしたのに」
「あら、ありがとうございます」
「でも、部外者が声を上げたら、やっぱり不審者が二人になってましたよ」
「うっ……そりゃそうか……実際、声出さなくてよかったと思ったよ」
「周くんがかっこ良く止めてくれましたからね」
「そ、そうだったね……」
それは認めざるをえない。
彼が、あの場をうまく収めたのだ。
周のポイントになる会話になってしまったため、卓夫は強引に話題を変える。
「そういえば、二日目にその藤宮くんのご両親らしき人たちが来てたね」
「はい、藤宮のお父さんお母さんですね。かわいがってもらってます」
「会ったことあったんだ」
「はい、というより、周くんのご実家にも伺ってますし」
(ガーーーン !! な、なんてこった。そんなに関係は進んでたのか。
まあ……そうじゃなきゃ、ふたりの半同棲のところに来ないか……)
その後はもうショックで、真昼が、楽し気に藤宮夫妻の仲睦まじさや、藤宮家での面白エピソードを語るのを聞きながら(聞き流しながら)朝食を進めるしかなかった。
真昼が朝食の片づけの洗い物をしている。
やっておくからいいよと卓夫は言うが、簡単だからといつも断られる。
その後ろ姿を、ぼーっと見つめていると、真昼の首元の一点に目が留まった。
絆創膏らしきものが貼られている。
それに気づいた瞬間、抑えつけていた卓夫のどす黒い感情が溢れ出し、火が付いた。
立ち上がると、真昼の後ろに立ち、勢いよく絆創膏を剥がした。
「いたっ ! 何するんですか !!」
予想通り、真っ白な首筋が赤くなっている。
「これは、キスマークだな、こんな堂々とつけやがって」
「ヤったな ! 藤宮周とヤったんだな !!」
振り向いた真昼の前に、嫉妬に燃える鬼の形相の卓夫が立ち尽くしていた。
◇◇◇
◇◇◇
真昼は、日曜の夜の時間を思い出していた。
藤宮夫妻を周くんの部屋で過ごさせ、周くんには自分の部屋に持ち帰らせてもらった。
そして、彼の好みそうなベビードール姿で風呂上りのまま迫ったのだ。
積極的に自ら口づけもして。
彼と早く一線を越えたかった。
ベッドに倒れ込み、彼を誘い受けする形をとりさえした。
でないと、卓夫とのセックスに溺れてしまいそうな自分が怖かったのだ。
普通に学校生活を送り、文化祭の様なイベントをこなしている時は、何も心配ない。
先日の文化祭に卓夫が来た際も、普通に接客できた。
卓夫も何か仕掛けてくることはなかった。
正直、何かエロティックな無理難題を迫られることを危惧していたのだ。
初日ちょうど彼が来店していた際に、不審者のトラブルがありリスクを感じたのか、初日もそして二日目も、単なる客として訪問してきただけで終わった。
もちろん、店内に真昼がいる間は、ずっとその目で追われ、そのじっとりとした視線は、まさに視姦と言えるほどのものだったが。
そういった視線は、他の男性客からも多数浴びていたのだが、卓夫の場合はメイド服姿を見つめるというよりは、実際に裸を何度も見られているためか、視線が布地を貫いて感じられてならなかった。
それを感じると、正直身体の奥底が熱く疼いてしまった。
もし、もしもこの後脅されて学校のどこかに連れ込まれ迫られていたらどうなるか。
とてつもなく危険な行為だが、彼ならやりかねないとも思えたし。
(もしそうなったら自分はどうするだろう。
校内のどこかでセックスしたいと言われたら、
でないと全て周くんにバラすと言われたら……
自分は拒絶できるだろうか)
そんな想像に怯えながら、しかし疼きを感じる身体を抱え、
真昼の心のどこかではそんなスリリングな状況での、
背徳感に満ちたあの男とのねちっこいセックスに心魅かれるものがゼロと言い切る自信はなかった……
ココロを強く持つには、あまりに彼と身体を重ね過ぎた。それは否定できない。
自分は汚れてしまった堕天使なのだ。
だからこそ、それを二日目も思い知らされたからこそ、
真昼は周と繋がりを持ちたかった。
処女でないことは、きっと察されてしまうだろうけれど、自分が黙り込めばその相手について強く追及はしない優しい人だと、小狡い計算すらしていた。
周くんとのセックスは、自分の心に溜まった汚れた澱を吹き払い上書きしてくれるに違いないと夢見ていた。
それなのに、それなのに……
据え膳を巧みに用意した真昼のシチュエーションに対して告げた周の言葉は
「真昼が好きだからこそ、真昼を尊重したいと思う。
将来真昼がしたい事、学びたい事が出来た時に、
俺がそれを阻害してしまうのは望ましくない。
いっときの感情と欲求に、真昼の人生が損なわれる事があってはならない」
「真昼と一生を共に歩く覚悟はある」
であった。
そんな風に言われたら、
わたしの事を大切に考えていると、
純粋な想いで力一杯言われたら、
自分の汚れた欲望を欲情は、心の奥底に押し込めるしかない。
極上の笑みを浮かべて
「……周くんが、私の事を最大限尊重してくれているのも、深く愛してくれているのも、分かりました。
こんなにも大切にしてもらっているなんて、私は……すごく、幸せ者です」
そう、言うしかなかった。
「……そんな周くんを、心の底から愛しています」
(ごめんなさい、周くん。もう天使様じゃなくて、汚れた堕天使になってること
隠してるの。ごめんなさい……)
精一杯の譲歩として周くんが示したのは、
「真昼との人生に責任が取れるま歳で待ってくれ」とかではなく
「……来年の真昼の誕生日まで、待ってくれるか?」
だった。
飛び上がるほどうれしかった。
彼が自分と結ばれる日をはじめてハッキリ言ってくれたのだから。
たとえそれが今年の誕生日の12月6日ではなく、一年後のことであっても。
たとえ、一年後まで自分が耐えられるのか、心持ちに変化がないことに自信は持てないとしても。
それでもふたりは、同じベッドで眠り、最後の一線は守ったものの、お互いの身体を確かめ合うまでは進んだのだ。
少なくとも、真昼は周の身体の筋肉のつき具合を実感し、男性生殖機能がちゃんと働いていることを確認した。
周は、これまで隠されていた真昼の神秘な身体の美しさを隅々まで知り、確かめた証拠を赤く残した……
ゆえに、卓夫に見つかっても仕方ないと思った。
ファウンデーションで丁寧に隠せば、近づいてよく見なければ、察知されなかったかもしれない。
それをあえて絆創膏に留めた。
むしろ、ふたりの進展具合を見せつけてやりたい気持ちがどこかにあったのだ……
精一杯の抵抗として。
そもそも、レイプ魔に文句を言われる筋合いはないはずだ。
自分たちは付き合っているのだから。
たとえ、卓夫の嫉妬心に火をつける結果になろうとも。
子どもっぽい反抗心だ。
だから、そんな怒りを向けられてもコワく、ない……
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