※この作品はR-18です。

天使様じゃなくなるとき   作:小松 美堂

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さて、「お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件」の脇道的な二次創作としては、実は前話で終了です。

ここからは、私が勝手に原作の先の真昼や周について設定し、妄想して、書いていきます。

原作ファン、中でも真昼・周のカップル好きな人にとっては(そんな方は読んでないと思いますが)ここから先は読まない方がよいでしょう。
キャラの行動原理に納得いかないとか言われても困りますので。

と、言い訳口上を一応書いておきます。






36.天使様の幸せ

◇◇◇

 

卓夫が姿を消した翌年、

真昼は高校三年生になり、受験勉強に励みながらも変わらず周と穏やかな日々を送っていた。

 

 

時折、ふとした瞬間に卓夫のことを思い出すことはあった。

 

例えば、朝のエレベーターに乗った時であったり、夕暮れ時にあの公園の前を通る時であったり、彼がよく喫っていたタバコの香りを嗅いだ時であったり。

 

けれどそれは決まって、ほんの一瞬のことだった。

 

記憶の底に沈み込むように、すぐに別の何かで上書きされていく。

 

彼とのあの時間は、まるで激しく燃え上がった流星のように、眩く鮮烈な光を放って真昼の心に深い痕跡を残していった。

 

しかし流星は、やがて大気圏で燃え尽きるようにその輝きを失う。

 

真昼にとって彼の記憶は、まさにそういう類のものとなっていった。

 

 

「真昼はどこの大学を受けるんだ?」

 

「私は〇〇女子大学を受けようと思ってる。文教育学部に行きたいの」

 

「そっかぁ……真昼と同じ大学に行きたかったんだけどなぁ」

 

「そういう尺度で進路を決めてはいけません」

 

「ちょっぴり考えただけさ」

 

「でも、同じ大学であっても、周くんとは学部が違うから、結局同じよ」

 

「まあ、そうだけどなぁ……」

 

 

周との将来について語り合う時間が増えた。

 

将来のことなんて考えるのは怖かったはずなのに、今は少しずつ前を向けるようになっている。

 

そして三年生の12月6日の誕生日、真昼は藤宮周と結ばれた。

 

周とのセックスを密かに恐れていた真昼だが、一年間貫かれていない身体は、周の拙い愛撫でさほど濡れていなかったこともあり、挿入時に軽く引き攣る痛みを感じた。

 

その反応を、破瓜の痛みと勘違いした周は感激し、優しく動きすぐに果てた。

 

処女の血が見られなかったことを周が追及することはなかった。

 

 

(ごめんなさい、周くん……決してごまかそう、騙そうとしたわけじゃないのよ……)

 

 

 

事後、その真昼を抱きしめながら、周は感激に浸っていた。

 

(とうとう、やっと真昼と結ばれたんだ。やったやったーーー !!

俺もホントよくここまで我慢したよ)

 

(こんなに可愛い天使様を毎日毎日前にして、据え膳食わぬはどころじゃないよ)

 

(うれし過ぎる……血は出なかったみたいだけど、みんながみんな出血するわけじゃないらしいし。痛がる真昼の顔で実感はできたよぉ……処女と童貞同士だったけど、何とかうまくできて、真昼のバージンをもらえてよかったぁ)

 

 

(去年の秋ごろ、少し真昼の様子がおかしかった時は、なんか妙に勘ぐって心配したよなぁ。

いま思えばバカみたいだけど。

元彼に呼び出されてるんじゃないかとか、タバコの臭いがぁとか、アホらし……)

 

 

藤宮周は、真昼との一夜に満足し、

「自分は天使様を手に入れた世界一の幸せ者だ」と信じ切って目を閉じた。

 

◇◇◇

 

 

その後、周とは、お互い受験生ということで、節度を持った交わりとなり、受験まで数回機会を持つに留まった。

 

卓夫とのセックスの様な、激しい快感や真っ白になるような絶頂はなかったけれど、

大切な人と身体を繋げ合う喜びで、真昼は幸せだった。

 

 

 

それでも時折、身体の奥で鈍く疼くような何かを感じることがあった。

それは、ただ漠然とした喪失感のようなもの。埋まらない空白。

 

 

「あの人は今頃、どうしてるのかな……」

 

呟きは風に溶けて消える。

 

 

◇◇◇

◇◇◇

 

大学受験が終わり、発表の日がやってきた。

 

「やった! 合格したよ!」

 

掲示板に自分の番号を見つけたときの周の喜びようったらなかった。

その屈託のない笑顔を見ていると、真昼も自然と笑顔になる。

 

「周くん、おめでとう」

 

「ありがとう! 真昼に置いてかれなくてよかったよ!」

 

「ふふ、絶対大丈夫だと思ってたわ」

既に、推薦で第一志望に合格していた真昼と、喜びを分かち合った。

 

 

二人は大学進学を機に一緒に暮らす計画を立てていた。

お互いの大学の中間地点にある物件を探し、家具家電を見繕う毎日は忙しくも楽しいものだった。

 

引っ越しが終わり、二人きりの新居でようやくひと息ついた夜。

 

「これからもずっと一緒だよ、真昼」

 

ベッドの中で周が真昼を抱きしめ、優しく囁いた。

 

「うん……周くん」

 

真昼も周の胸に顔を埋め、幸せを噛みしめるように頷く。

 

しかし心の片隅では、別の何かが微かに疼いているのも感じていた。それはきっと一生消えないのかもしれない。けれど今の真昼はそれを恐れることはなかった。

 

(どんな過去があっても……私は私だ)

 

卓夫との短いけれど鮮明な記憶は、まるで遠い国の物語のようになって真昼の心に刻まれていた。正直、辛い出来事だったけれど、大切な思い出の一つなのだと今は思える。

それが今の自分を形作ってくれた一部でもあるのだと。

 

「周くん……大好き」

 

「俺もだよ」

 

静かに唇を重ね合う。そのキスは、未来へと繋がる優しい光に満ちていた。

 

そして夜が更けていく。

 

かつて孤独だった少女の夜は、もう終わったのだ。

 

 

休みごとに、周の故郷に出向き、騒がしくも暖かい時を過ごした。

 

藤宮夫妻は、真昼をもはや家族の一員として扱うようになった。

遠慮がなくなったともいう。

 

親戚の人たちも時には訪れ、賑やかな、それまで一度も味わったことのない親族との付き合いというものを実感した。

 

真昼には全く縁のなかったことだ。

 

真昼は、家族との幸せを手に入れた。

 

 

 

 

◇◇◇

◇◇◇

 

 

「真昼、卒業したら結婚しよう」

 

 

大学三年生になって暫くしたある日、真昼は周からプロポーズされた。

 

「もう三年生だし、ぼちぼち就職活動が始まる。将来の事を考えるのに、気が早いってことはないと思うんだよ」

 

「お互いの就職先のこともあるし、子どものことを考えたら、この部屋っていうわけにはいかないから、探しはじめないとね」

 

 

「いゃあ、この前大学入ったと思ったのに、時がたつの早いよな」

 

続けざまに、未来のことをまくしたてる周。

 

真昼と結婚することは、彼にとって既定路線で、プロポーズらしき言葉は発したものの、それに真昼が応えていないことに、気づいてもいなかった。

 

 

「ま、待って……周くん。……そのプロポーズ、考えさせてください」

 

「えっ……あっ、そ、そーだよな。大事なことだし、ちゃんと考えたいよな。ごめん」

 

「俺……せっかちだった?」

 

「ううん、そんなことないの。

ただ、まだ三年生になったばかりだし、急に驚いちゃって」

 

取り繕った笑顔で答える真昼。

 

(そう、そうよね……ずっと同棲してるし、当然結婚すると思うわよね……)

 

 

◇◇◇

◇◇◇

 

そう言ったものの、実は「周と結婚する」ということ自体は、ずっと真昼が考えていたことだ。悩んでいたことだ。

 

それは、大学入学が決まり、藤宮夫妻にも祝福されて始めた同棲生活の最初から……

 

賑やかな藤宮家、そしてご親戚の皆さん。

 

そんな時間が増えていくにつれ、

 

その人たちと過ごす時間が、"怖かった"……

 

 

「居場所がない」

 

 

それをずっと感じていた。疎外感と言っていいかもしれない。

 

高校時代に訪れた際には感じなかった。

同棲し、半ば藤宮家の嫁になるのが既定路線として扱われるようになると、騒がしく楽しい瞬間、その時こそ自分がどこにいていいか、身を置くべきかわからなくなる。

 

自分は「部外者」なのだと感じてしまう。

 

 

周くんも何か、ふたりの時とは違う。

 

ふとした瞬間に『息子の周』『子どもの頃の周ちゃん』が顔を出す。

 

思い出話がされ、皆で大笑いする。親戚みんなで行った旅行の話、周くんの恥ずかしい失敗談など、など。

 

ちゃんと真昼にもわかるよう、気を使って丁寧に教えてくれるが。

それを聞いてほがらかに笑う、必死になって、合わせて笑う。

 

「……疲れる……」

 

帰宅すると、周には気づかれぬよう、そっと溜息をつく。

 

嫁入りとはそういうものかもしれない。

みんなそうなのかもしれない。

その時だけ我慢すればいいのかもしれない。

 

SNS上の嫁姑話を読み漁ったりもした。

皆、多かれ少なかれ苦労している。

夫に打ち明けて解消した体験談も読んだ。

 

 

だからと言って、しんどさは変わらない。

真昼にとっては苦痛な時間。

 

それに気づいてしまったのは、同棲生活に入り、藤宮家がより心を開いて遠慮がなくなったからなのだろう。

 

 

ということは、これが一生続くのだ。

 

 

自分も慣れて、家族と一緒に過ごす時間が多くなることで、薄まっていきもするのだろう。

実際、そうしていく嫁たちが日本という国では大半なのかもしれない。

 

 

しかし、そうしたお嫁さんたちの多くと決定的な違いがある。

 

それは、「真昼には家族がいないこと」。

 

いやいるが、まともに両親と楽しく暮らした経験もなく、

愚痴を言い、慰めてくれる母の存在はない。

 

 

仲の良い家族・親族。見知らぬ存在だ。

 

だから、どうしても馴染めない。

 

SNS上で姑や義実家の悩みを書く人に

「そんなの実家に帰っちゃいなよ」

安易な解決策として、提案される気軽な書き込みに、虚無感を覚える。

 

 

そして、何よりもうひとつ大きな不安がある。

 

子育てだ。

 

 

生まれた赤ちゃんと、どう接していいのかわからない。

子どもとどんな風に話し、導いてあげればいいのかわからない。

 

冷たくされた経験しかない自分にできるのだろうか。

もしかして、子どもに自分の母親の仕打ちをしてしまうのではないか。

怖くてたまらない。

 

 

この気持ち・不安は、愛情いっぱいに育てられた周くんには絶対わからないだろう。

 

こんな想いを心の底に隠したまま子どもを育て、

生活をしていくことができるのだろうか……

 

 

よしんば、子どもがちゃんと育てられたとする。

 

藤宮家の人たちと交流し、その子どもは愛情の中で、賑やかな家族の中で育ち、それを当然として受け入れる。

周くんのように。

 

そして、そうなると、やはり自分だけが居場所がない。

 

暖かい家族の「部外者」なのだ。

 

 

こんなことを考えてしまう自分が大嫌いだ。

うじうじ考えすぎなのかもしれない。

 

何とかしたい。

結婚すれば、大切な大事な周くんのそばに、ずっといられるのに。

 

でも、不安で心配で仕方ない。

 




結婚というゴールを目前にした真昼。

天使様は、幸せを掴めるのでしょうか……



そんな時の心情を、妄想膨らませて描きました。

なんか理屈っぽい話になりましたが、結婚って生活することだから、色々ナーバスになるものかなと。

エロゼロですみません。
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