決して彼の行動を肯定したり、推奨するものではありません。
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椎名真昼を手に入れる。
どんな手段を使っても。
それが歪んだ解決策であることはわかっていた。
でも今の僕にはもう他の道は見えなかった。
彼女を手に入れなければ、僕の心は死んでしまう。
(方法はある……)
実は来週の土曜日、藤宮周が地元に泊りがけで出かけるという話を、エントランスで耳にしたのだ。
(訪ねて来た母親らしい女が「親戚も集まる法事だから絶対帰ってね」とか言ってたな……)
恐らく泊まりだろうし、土曜日がチャンスだ。
まずはどうやって真昼ちゃんに近づくか。
いきなり訪ねたら、いくら隣人でも怪し過ぎる。
何か、自然な口実が欲しい。
うーん、この前お礼のタルトは渡したけれど、やはり何か渡すからと言えば、ドアを開けてくれるか。
段ボールとか、かさばるものなら持って部屋に入れるか……
宅配便に偽装する ?
ひとり暮らしなんだから、心当たりのないモノは受け取らないかもしれないし、そもそも僕の面が割れてるよ……
そこで、大学時代に、友人が九州の実家から大量に送られてきたミカンを分けてくれたことを思い出した。
果物か野菜か……適当に購入して、それをおすそ分けする体で彼女の部屋に持って行けば違和感はないだろう。
部屋に侵入できれば、いくらでもやりようがある。
(あとは……)
卓夫はゆっくりと立ち上がった。
PCの画面にネットショップが表示される。
検索窓に「結束バンド 荷造り用 長さ 10m」と打ち込む。
(これなら普通に見える……念の為数本買おう)。
続いて「睡眠導入剤」を購入する。
そして……「スタンガン 通販」と入力した。
(威力が高くて……できれば暫く痺れて動かないものを……)
いくつかの商品がヒットし、
"世界最強の充電式高電圧スタンガン"と書かれているものを選ぶ。
注文確定ボタンを押す指は、驚くほど冷静だった。
倫理観などという言葉は、頭の奥に押し込めた。
三日後に商品が届いた。
準備はできた。
あとは決行するだけだ。
計画が成功すれば、真昼ちゃんは僕だけのものになる。
失敗すれば全てが終わる。
警察に捕まるかもしれないし、真昼ちゃんに一生許されず、憎まれ軽蔑されるだろう。
それでも構わなかった。
このどうしようもない、絶望に満ちた空虚な現実から抜け出すには、それしかないと信じていた。
「……必ず手に入れる……絶対に……」
声に出して呟いた言葉は、自分自身への誓いだった。
それは祈りのようにも聞こえたが、実際はもっと歪で救いのない執念の表明に過ぎなかった。
この一線を越えたらもう戻れない。
堕ちていく足元の奈落の暗さと、待ち受けるであろう真昼ちゃんとの「歪んだ未来」に対する悍ましい期待感が、心の奥底で燻っていた。
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藤宮周が出かける前日、どうしても真昼ちゃんと顔を合わせる必要があり、彼女の帰宅をマンションエントランス付近で待ち受けていた。
偶然を装い姿を現した僕に、
彼女はいつもと変わらない優しい笑顔で挨拶してきた。
「こんにちは、肝付さん。最近よくお会いしますね」
その純粋な笑顔が僕の心をさらに掻き乱すが、
良心の呵責はとうに焼き尽くしていた。
(もうすぐだ……もうすぐ君は俺だけのものになる……)
そう心の中で呟きながら、僕は彼女に合わせて無理やり笑顔を作った。
「ええ、確かにそうですよね。何かリズムが合うんでしょうか……そういえば実家から野菜が届くんですよ。もしよかったら……」
さりげない言葉に、真昼ちゃんは何の疑いもなく目を輝かせた。
「わあ! ありがとうございます。助かります。でもいいんですか ?」
「せっかくだから、ご自分でお料理を……あっ、フフ、あまりされないんでしたね」
「お恥ずかしい。野菜"だけ"あってもねぇ……」
缶ビールしか入っていなかった冷蔵庫を彼女が把握していたのは、ラッキーだ。
「そうですよね。じゃあいただくの楽しみにしていますね!」
「うん、届いたら持っていくよ」
屈託のない返答と笑顔が、僕の歪んだ決意をさらに硬くした。
(ああ、疑うことを知らない、なんて愛らしい子なんだろう)
その晩、買ってきた野菜を段ボールに詰め、僕は最後の準備を始めた。
必要な道具を手入れし、シミュレーションを繰り返す。
窓の外には、隣の部屋から漏れる灯りが見えた。
あの灯りの下で真昼ちゃんが笑っている。
(待っていてくれ……もうすぐ迎えに行くから……)
僕は静かに呟いた。
その言葉が誰に向けて放たれたものなのか、僕自身にもよくわかっていなかった。
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土曜日の午後3時。藤宮周は予定通り実家へ出発していた。
駅の入り口まで見送る真昼ちゃんの後ろ姿を、少し離れた電柱の陰から卓夫は確認していた。彼女が少し寂しそうに手を振る様子が目に焼き付いている。
見送った彼女が、マンションに戻ったのも見届けた僕は自室へと足早に戻った。
そして、実家から届いた風な段ボール箱を抱えて出る。
中には、ややお高いスーパーで買った新鮮な野菜の他に、「特別な贈り物」をいくつか隠した。
結束バンドとスタンガン。そして少量の睡眠導入剤。プラスアルファ。
準備は整った。
(俺は、今から犯罪を犯そうとしている。
ここまで、ろくでもない人生だったが、人様に後ろ指を刺されるようなことはしてこなかった。
つまらない人生だし、この先も大したことは起きないだろう。多分結婚もせずに、最後は独り寂しく死んでいく。きっとそんな未来だ。
ありふれた平凡な、慎ましやかで穏やかな……死んだような未来。
そこから外れ、親から送ってもらったという嘘の野菜を使って、とんでもないことをしようとしている……
今なら、まだ引き返せる。普通に真昼ちゃんに野菜をおすそ分けすれば親切な隣人のままだ。)
("いい人"のままでいられる。少しだけ自分が親切にしたお隣のおじさん。
そして、彼女は高校を大学を卒業し、周くんとの関係を深めて行き、ひょっとしたらそのまま幸せな結婚をするのかもしれない。
その彼女の人生のどこにも僕の欠片はない。"いい人"のおじさんは、ただ忘れ去られるだけだ)
(嫌だ、そういうのは嫌なんだ。我慢がならないんだ。
あんな美しい少女、一瞬夢見た彼女との幸福な未来にはならなくても、嫌な男・憎い男になったとしても、彼女を天使様を一度は手に入れたい。
あの美しい肌に触れたい。ふくよかに盛り上がる胸を揉みしだきたい。艶やかに輝く唇にふるいつきたい。
あの朗らかな表情を歪ませ、声を上げさせて、最後には嬌声を聞きたい。
僕の精液をごくごくと呑ませたい。
そしてそして、イカせてみたい。
絶頂したあとの表情を見つめたい。
その彼女を抱きしめて眠りたいんだ。)
◇◇◇
「椎名さん。実家から届いた野菜、持ってきましたよぉ」
「はーい」
インターホン越しに呼びかけると、すぐにパタパタと軽やかな足音が近づいてきた。
扉が開き、満面の笑みの真昼ちゃんが顔を出した。
「肝付さん! 待ってましたー! ぜひ中でお茶でも飲んでいってください」
疑う素振りなど微塵もない無邪気な表情の彼女は、あっさりと悪魔の計画を持つ男を中に招き入れた。
彼女の中の「優しいお隣のおじさん」像が壊れるなど想像すらしていないのだろう。
(そうか……僕は君の中でそんなに信用されているんだね……嬉しいよ……)
「お邪魔します」と段ボール箱を持ったまま部屋に上がる。
通されたリビングは、柔らかく温かい色でまとめられ清潔感が強く女の子らしい部屋だった。
派手ではなく、落ち着きと可憐さを感じさせる、淡いピンクや薄桃色がアクセントとなる小物・クッションが置かれていた。
机の上には小さな写真立て(腹立たしいことに藤宮周とのツーショットだ)がある。
生活感の中にセンスの良さが滲んでいる清楚な部屋だ。几帳面な性格を反映してキレイに片付けられてもいる。
壁の一角には高校の制服がかかっていた。その近くにハンガーに吊るされた薄いピンク色のワンピースが目に入る。
(ああいう可愛い服を着た彼女を……)
段ボールから野菜を入れて袋を取り出して、テーブルに並べる。
「わぁ、これ、本当にいい野菜ですね。
どんな料理をしようかな?」
(そりゃあ、高級スーパーのだからね)
エプロンをつけた真昼ちゃんが早速並べた野菜を手に取りキッチンに向かい始めている。
「段ボールは持ち帰りますねぇ」
そんな声をかけながら、僕は背後で段ボールの底を探り、「特別な贈り物」を取り出す。まずスタンガンを上着のポケットに滑り込ませた。
「そうだ、料理出来上がったら卓夫さんちにお持ちします !! あっ、まずその前にお茶を……」
弾んだ声は、思い詰めた卓夫の耳を通り過ぎてしまう。