※この作品はR-18です。

ちょっと大きい獲物   作:自棄ノ原

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オルクセン王国史二次創作。
原作2巻 コミック3巻読了後推奨


狩人たるの矜持

 迷いを抱えたまま、今日も今日とて訪れた国王官邸で、ディネルースは久々に王の護衛に出会った。廊下を歩く四つ足の大型獣。知性をもつ魔種族、巨狼のアドヴィンである。

 

 アドヴィンは、グスタフ王の護衛として長年仕えている。百年以上も身近に接してきただけあって、王とは主従でありつつ友人めいた親密さがあると、ディネルースは察している。

 

「アドヴィン殿」

 

 声をかけると、巨狼はのそりと振り向いた。ベレリアントの山岳では栗鼠のような俊敏さをみせる種族だが、この官邸では動作まで穏やかである。

 

 巨狼の喉は、どのような仕組みと訓練によるものか、流暢な低地オルク語を発音した。

 

「どうなされた、アンダリエル少将」

 

「その……このところ、夕刻からはずっと席を外して下さっていると思う」

 

 その事が、ずっと気になっていたのである。最初に王に迫った夜、彼女はアドヴィンに頼んで、敢えてふたり切りにして貰った。アドヴィンは「貴殿にしかなせぬ事もある」と言って許してくれた。それから半月近く、彼女がアドヴィンの姿を見ることはなかった。

 

「私へのお気遣い、まことにかたじけない。ただ、あまりにご遠慮されずともと、そうお伝えしたかった」

 

 すると狼は鋭い目を丸くし、腹を膨らませ、獰猛な息を二、三度と吐いて牙を見せた。

 

 ディネルースは思わずびくりとしてしまったが、狼は、たぶん笑ったのであろう。

 

「恐れ入るが、貴公への気遣いではない。私が気遣うのは我が主のお心のみ」

 

「グスタフ……王の」

 

「あの方がそう望んでおられる。私には分かる。だいたい、貴公はもう、あの方のツガイではないか」

 

 ディネルースは恥入りつつ頷いた。彼女と王の関係は官邸内では周知の事実だろうが、面と向かって言われるのは初めてのことである。狼は続けた。

 

「ならば、何の遠慮がある。巨狼とて木石ではない。種族は違っても、牡には牡の気持ちが分かるもの。まして、多年仕える主のお気持ちならば」

 

「……いいのだろうか。私はこんなに、あの方と共にいても。私は妃でもないし、そうなれるはずもない。グロワール王国のように、王の愛妾なんて地位にのさばるつもりもない」

 

 それが彼女の不安だった。

 

 官邸職員たちは、彼女と王の関係を知りながら、まったく以前のまま「少将閣下」として遇してくれる。

 

 それは有難いことだが、それでは自分は王の何であるのか。ただ一時の慰めに手をつけられただけの女か。そうだとしても、何の文句も言えない立場に、彼女はある。異種族で、亡命者の闇エルフ。オークの王と公式に結ばれることはあり得ない。

 

 そうわかってはいても、恋人のように通い詰めずにはいられない。地位の保証などはいらない。しかし、彼と共にいてもよいのだと、何かに裏書きして欲しかった。

 

 それが無いから、旅団の部下たちにだって、どう説明していいか分からないのだ。

 

 アドヴィンは、あっさりと言った。

 

「我が主のお心は明らかだ。貴公と片時も離れたくないと、そう思っている。叶うならば、貴公とずっと巣穴に籠り、ひたすらにまぐわっていたかろう」

 

 あけすけな宣告に、ディネルースは息を飲み、縮こまって赤面した。それは全く、彼女自身の気持ちでもあった。

 

 狼はさらに言った。

 

「ずっと黙っていたがな。貴公、スコル村の狩人であろう」

 

「……いかにも」

 

「さもあろう。闇エルフ一万二千を助け出した腕前。他の者では、あり得ぬと思っていた」

 

 スコルは確かにディネルースの出身地だ。その氏族長だった。しかし狼は、狩人、と言った。族長としてでなく、ただの一狩人であった時代に、確かに彼女には巨狼族との関わりがあった。

 

 互いに仇として、である。

 

「スコルの狩人。我が先代の巨狼族長、大きく猛き牙、カルカロスを殺した勇者よ」

 

「…………」

 

 やはり、であった。大勢の手練の闇エルフを殺した、ひときわ大きく知恵深い巨狼。彼女が討ち果たした最大の獲物である。

 

 彼女は強敵に挑み、山中で三日三晩に渡り、追いつ追われつの追跡戦を繰り広げた。互いに不意を打とうし、秘術の限りを尽くした騙し合いでもあった。

 

 彼女は巧みに罠を仕掛け、狼に見破られ、それを囮に決死の奇襲を仕掛けた。それでも、射撃の機会は一度しかなかった。ごく僅かでも狙いが逸れていれば、直ちに殺されていただろう。勝利できたのは奇跡のようなものだ。

 

 凄まじい、恐ろしい、そして素晴らしい敵だった。あの狼も、今際の際に、自分のことをそう思ってくれたなら、どんなにか誇らしいだろうと、彼女は今も思っている。

 

 しかし、あの雄敵の後に族長を継いだのがアドヴィンであれば、当然、彼と先代が知らぬ仲であるはずもない。殺した自分はまごうことなき仇のはずだ。

 

「アドヴィン殿。今の私は王の臣下だ。勝手に命を賭けることはできない。しかし、エルフィンドとの戦いが終わった後に、まだ私が生きていて、もし貴公が望まれるなら……」

 

 巨狼は、また笑った。

 

「貴公に恨みなどない。最大の敬意があるのみだ。私はついにカルカロスに及ばなかった。勝って族長の地位を得るつもりだったがな」

 

 そこで言葉を切ると、狼は少し思案するように間を置いてから、言った。

 

「その貴公にはな、強くあって欲しい。いつまでもだ。今の貴公は、一軍の将帥だが、狩人ではなくなってしまったか?」

 

 山の匂いがした。

 

 下草の匂い。

 

 木々の合間に見える獲物の影。あの、偉大なる敵。

 

 あの勝負を制したという誇りが、ディネルースの胸に沸々と蘇ってきた。

 

「アドヴィン殿。あの勝負を忘れたことはない。私はあの雄敵を倒した狩人だ。何千年生きようと、決して忘れない。一生の誇りだ」

 

 狼は頷いた。

 

「ならば、よかろう。我が友、ディネルース。私のことはアドヴィンと呼んで欲しい」

 

「ありがとう……ありがとう。アドヴィン」

 

 狼は鋭い牙をみせた。

 

「私は主の護衛だが、友だとも思っている。主もそうだ。私は友として、貴公はツガイとして、主を支えよう」

 

 ディネルースは迷いなく、恥ずかしがることもなく、誇らかに答えた。

 

「了解した。しかし、ツガイというのは、どうかな」

 

「エルフは何と言うのだ?」

 

 ディネルースも獰猛に笑った。まさしく狩人の笑みだった。

 

「簡単さ。私は、あのひとの女だ」

 

――ああ、そうなのだ。何を迷うこともない。堂々としていればいい。特別な関係、特別な存在なんだ。気遅れなんかしない。相手が王だからって。

 

 ならば、為されるがままではいない。彼にも、そう教えてやらねば。そういえば。

 

 彼女は首の後ろに手をやった。そこにつけられた痣のせいで、彼女と王の関係は露見したのだ。まったく、迂闊なことをされたものである。

 

 その痣は、エリクシエルの効能によって消えている。万能薬は身体を活性化し、あらゆる怪我を急速に癒してくれるのだ。

 

 しかし、憤りまでは消せない。

 

 まったく、グスタフの馬鹿め。私をいいようにして。

 

 ひとつ、思い知らせてやろう。

 

 私はスコルの狩人だ。

 

 

 その夜のことである。

 

 いつものように王と夕食を共にした。今夜は軍服のままだ。

 

 ふたりしてシャワーを浴びてから、グスタフが彼女のために選んでくれた酒を楽しんだ。妙な名前の蒸留酒だ。

 

「電撃?」

 

「うん、メルトメアのものでね。ベレリアントに近いから、君の好む火酒に風味の影響を受けてるらしいんだ」

 

 そう勧められるままに試してみる。喉を焼く感覚の強烈さは、オルクセンに来てから飲んだ中で、懐かしい味に最も近い。

 

「これはいいな……! 故郷を思い出す」

 

「それは良かった。何本もあるから、持って帰ってくれ」

 

「有難い! 旅団のみんなも喜ぶ」

 

 グスタフは彼女よりも嬉しそうに相好を崩した。

 

 ますます確信は深まった。やはり、そうなのだ。

 

 まだたっぷりと残る瓶にコルクを閉めると、ディネルースは立ち上がり、王の手を取った。

 

「ディネルース?」

 

 いつもなら、王に抱いて運んでもらうところである。しかし、もう待ってはいられない。

 

 今日は訪ねていいかなんて、いつ誘ってくれるのだろうなんて、受け身でばかりはいられない。

 

 私が何者か、教えてやろう。そして、彼にもはっきりさせるべきだ。

 

 オークの耳に手をやり、支えるように持ち、そこに囁きを吹き込んでやる。

 

「待ちきれないんだ。故郷を思い出したら、ますますそうなった……貴方の方は、いいか?」

 

 牡は驚いたようだったが、素直に従って立ち上がる。その手を引いて、彼女は寝台まで誘った。

 

 

 

「寝そべってくれるか?」

 

 グスタフは素直に従った。オークにしても大柄な体躯が横たわると、きしりと寝台が鳴った。

 

 その軍服に褐色の手を這わせ、次々に剥ぎ取っていく。

 

「なあ……グスタフ」

 

「なんだい?」

 

「実は、どうやら旅団の皆に気取られてな」

 

「…………」

 

 王が沈黙する間も彼女の手は忙しく働き、オークの体から何もかも取り去ってあらわにした。彼女自身は、まだ軍服に身を固めている。

 

 自分だけ無防備になった牡を見下ろす。

 

「私の迂闊もあるが、首のうしろに痣をつけられたせいだ。顔から火が出るほど恥ずかしかった」

 

「それは……すまなかった。君の旅団に」

 

 国王の分厚い唇に指をあて、その言葉を止める。

 

「旅団は関係ない。気にするな。そっちの面倒を見るのは、指揮官としての私の責任だ。そんなことで士気は揺るがない」

 

 むしろ、妙に高まって困っているのだ、とは言わなかった。

 

「……そうか」

 

 迂闊な王は、ほっとした顔になった。せっかく手に入れた貴重な騎兵戦力を、そんなことで損なわなくて良かったと、王の顔に書いてある。

 

 ディネルースは微笑んだ。

 

「しかし、身に覚えがあるな?」

 

「……ある」

 

「そのことだ。私は無かった。ヴァスリーに言われるまですっかり忘れていた。それでな、反省したんだ……」

 

「反省?」

 

「至高の大元帥たる王よ。勝利のために最も大事なこと、それは何だ? あなたの陸軍の操典には何と書いてある?」

 

 ディネルースの手はグスタフの滑らかな腹の皮膚を撫で、徐々に下へと下がっている。王は顔に困惑を浮かべつつ、真面目に答えた。

 

「数か、それとも士気か?」

 

 ディネルースの瞳は鋭く輝いている。

 

「主導権だ」

 

 彼女の手は牡の隆起に到達した。それをそっと握る。

 

「私はいつも、貴方にされるがままだった。だから不覚をとった」

 

 牡の部分は震え、期待に張りを増している。

 

 ディネルースはにやりした。

 

「死ぬほど恥ずかしかったぞ。ヴァスリー達に気づかれた時だけじゃない。一昨日、あなたに好き放題されている時もだ」

 

「……喜んでくれているかと」

 

「ああ、そうだとも」

 

 ぎゅっと握られ、牡は呻きをあげた。

 

「全く、信じられない。あんな風だなんて思ってもなかった。何故か悔しい気もするが、いつだって喜んでいるとも……しかし」

 

 隆起した部分に自分の頬を擦り付ける。牡に見せつけるように微笑みを浮かべる。

 

「喜ばせるのも楽しそうだ」

 

 

 

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