※この作品はR-18です。

ちょっと大きい獲物   作:自棄ノ原

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オルクセン王国史二次創作。
原作2巻 コミック3巻読了後推奨


電撃(ブリッツ)!

 翌朝――国王と朝食をともにし、彼女と交代するように現れたアドヴィンに見送られて、ディネルースは官邸から衛戍地へ出勤した。

 

 

 衛兵たちに元気よく「おはよう!」と声をかけて入門する。

 

 通り過ぎた後ろから視線を感じるが、今朝の彼女はそのまま進む。

 

 馬首を厩舎の方にむけると、騎乗して見回りをしている参謀長をみつけた。

  

「おはよう、ヴァスリー!」 

 

「おはようございます、旅団長!」

 

 イアヴァスリルは昨夜の当直だったはずである。

 

「何か問題は?」

 

「――いえ、特には……」

 

 そう馬上で言い交わす彼女らに、通りすがりの兵たちが敬礼を送ってくる。

 

 答礼しつつ、兵たちの表情を伺えば、やはり意味深長なものがある。

 

 旅団長と参謀長が通り過ぎた後には、なにやらひそひそという声もする。

 

 その気配をイアヴァスリルも察していると、妹分の横顔で分かった。

 

「――本当にか?」

 

 と尋ねてみれば、妹分にして信頼する参謀長は「朝日が眩しい」と言いたげな顔になった。

 

 伏せ目がちに目線をそらし、やっと「……ええ」と答えた。

 

 そうか、と適当に首肯して、ディネルースはようやく腹が立ってきた。自分に、である。

 

 旅団長の色恋沙汰をひそひそと噂する。それはいい。

 

 上司たるもの、悪口や噂話の的にされるのは仕事のうちだと割り切っている。

 

 しかし、誰も彼もが自分に気を使っている。彼女らに気を使わせてしまっている。

 

 そんな自分が苛立たしい。

 

 それより何より、許せないのは。

 

(グスタフのことだ!)

 

 夜回りの中で耳に挟んだ噂話を思い出す。

 

<求められて断りきれなかったのよ。今の立場じゃ...>

 

<ああ、きっと苦しんでいらっしゃる>

 

 グスタフは、断じてそんな男ではない。

 

 闇エルフを受け入れたのも、泥まみれで倒れていた氏族長の色香に迷って、なんかではない。さりとて慈悲の心だけでもない。国家戦略あってのことだ。

 

 絶滅されかかり、選択肢のない種族をオルクセンの牙として迎える。いつかエルフィンドに攻め込む材料の一つ、そして戦力にするために。

 

 その判断の冷厳さ。それに罪の意識を感じる廉潔。それでも断行する勇気。

 

 自分に好意を持ちながら、権力関係を自覚して、決して触れようとしなかった優しさ。そして誇り高さと、臆病さ。

 

 なんと素晴らしい。私の、私だけのグスタフ。それを……

  

<まさか力づくで……なにせ、オークは怪力だから>

 

<我らの保護と引き換えに……>

 

 許せない。あんなことを言われていい男では、決してない。

 

 彼女は馬上で思案した。

 

 全員を練兵場に呼び集めて、叱りつけるか? 

 

 却下だ。士気が下がるし、下手に強く否定して、妙に悲壮な解釈をされてはたまらない。

 

 何より、彼を好きな気持ちを、彼に好かれているということを、秘密にはできても、否定なんてしたくない。

 

 では、参謀長や連隊長だけを呼び集め、かくかくしかじかと説明し、間接的にそっと知らせるか? 

 

 駄目だ。旅団長に近しい幹部たちほど、かえって忖度を働かせてしまい、途中で話が曲がる恐れがある。

 

 迂遠なことをせず、噂をきっぱりと消して、旅団の雰囲気をぱっと明るくするような――

 

(グスタフに倣おう。私は狩人で、今は騎兵でもある。包み隠さず、単刀直入、これあるのみだ)

 

 だいたい、私は部下たちを信じている。彼女らが私を信じているように。

 

 ならば――と、彼女は決意した。自分に自信を取り戻せば、彼女の決断は早いのだ。

 

 そして彼女は、突撃の戦機を見極めた。

 

 今日は午前だけの訓練を終え、兵どもを解散し、司令部の書類仕事も終えた。

 

 その後、兵たちが午後の休暇外出に出かける、その前の時間を狙った。

 

 旅団長室にひとり陣取ると、この衛戍地内に範囲をしぼった魔術通信を飛ばす。

 

 エルフならば聞き逃さないし、旅団の外に漏れることもない。

 

「傾注。旅団同士諸君、その場にて傾注せよ──」

 

 衛戍地内が一瞬ざわめき、すぐに静粛となった。誰もが魔術感覚を開いている。

 

「旅団長である。どうにも私のことが気になって仕方のない連中がいるようだから、一度だけ告げてやる。いいか、これっきりのただの一度だけだ」

 

 自分自身の言葉で、はっきり伝えてしまうのだ。彼だって、はっきり言ってくれたのだから。

 

「私は故郷で、ただの一度も獲物を仕留めそこなったことはない……」

 

 あの素晴らしい敵、先代の巨狼族長と戦い仕留めた女。現族長アドヴィンの友。

 

 誇り高い狩人だ。決して部下の影に隠れたり、逃げ出したりなんてするものか。

 

「いいな、私は仕留められたのではない──」

 

 そして今は――グスタフ・ファルケンハインの女。彼の最愛の女だ。

 

 そう望み、そう願い、そう仕向け、そして叶えた。

 

「私の、この私自身の意思で、ちょっとばかり大きな獲物を仕留めたのだ」

 

 誰にも後ろめたいことはない。むしろ、誇らしい。

 

 王の愛妾だからと、威張ることも、日陰に隠れることもない。

 

 この自分自身として、愛する男に愛されている。世界で一番、幸福な女なのだ。

 

「以上、終わり」

 

 魔術の意識を切ると、窓の外から部下たちの歓声が聞こえた。ひときわ大きな声で爆笑しているのは、きっとエラノールだ。あの嬌声はラエルノアかもしれない。楽器の音まで鳴りだした。

 

 彼女の作戦は完全に成功した。

 

 ふっ――と、笑ってしまう。

 

 最初から、迷うことなどなかったのだ。

 

 将校鞄の中から陶器のボトルを取り出した。昨夜、王に貰い、一口だけ飲んだもの。まだ、たっぷりと残っている。

 

「電撃(ブリッツ)」という銘である。

 

 なんて良い銘だ。戦い方はこれに限るじゃないか。

 

 先ほどより範囲をずっと絞った魔術通信を送る。

 

「ヴァスリー、ちょっと来い」

 

 ドアが即座に開き、妹分が照れくさそうに顔を出した。

 

 旅団長室のすぐ外で聞いていたらしい。きっと心配してのことだろう。

 

 ディネルースはくすりと笑った。午後は休みである。

 

「遊び者の旅団長が、苦労ばかりかけてる腹心に、いいものを飲ませてやる!」

 

 そして、酔いが回ってきたら、色々と教えてやろう。彼女も気になっているだろうから。

 

 さぞや、びっくりすることだろう。

 

 もちろん、私があまりにも恥ずかしい話は除いて、だが――しかし、あれこれと話さないではいられない。

 

 だって狩人は、仕留めた獲物を自慢したくてたまらないのだ。

 

 

 

(おわり)

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