顔ボコ断髪禿猿になったイロハに先生が本音トークしながら暴力を振るうおたおめ話 作:roborobo
ふと思い返してみれば幸せだったころはなんだろう、と思う事が多くなった。
ここ最近は不幸続きだった。身に覚えのないことに対して身に余るような不幸が一気にやってきた。そんなもの、生来のキャパシティを考えれば対処なんて出来るはずもなく、こうして昼行燈のようなキャラ性をしているようで実は超有能でしたなんて技能もない。降りかかった不幸に関しては、どうにかやり過ごすか、そもそも被らないように避けて生きていきたいなと……それが、イロハの考えだった。
「そう思いませんか? 先生」
などと言った話を、ソファの上で小説片手に、背中を向けている『彼』に投げかけた。
シャーレのオフィスにて。『彼』は、仕事途中の青年がデスクで資料の山とにらめっこをしていた。
各学園や自治区で起きている事件の対処や問題について奔走する姿である。大なり小なり、多くの立場の生徒たちが目にするであろう青年の背中。
疲れるであろう、くたびれるであろう。そういった姿を目にさせられながらも、これっぽっちもサボろうとしないのだから律儀な物だと、少女の口元は小さくつぶやいた。
「……ええと、どういう話なのかな」
「いえ、そのまんまですよ。身に余る艱難辛苦が降りかかるのであれば、被らないようにしたい……ということです」
手元にある一冊の文庫本のページをめくりながら、イロハの口は開く。
「こう見えて、ストレスには弱い方ですから。定期的にサボる場所や時間、といった物は適度に見つけておきたいんですよ。そうでなければ、潰れてしまいますからね」
だから、自分はそういった負担は負いたくないと胸の中でつぶやく。
生きていく中で背負わされる負担は軽いほうが良い。生きていく中で最低こなさなければならないのであれば、対処するのも致し方ないだろうが、出来る事なら何かがあった時に心身の負担を軽減するためにも人生の緩みというのは欲しいのだ。
それはもちろん、こうして上の人間からアホな命令を出されたからと言って――変わることはない。
「……でもイロハってさ、当番の時でも当番の時じゃなくてもよくここに来るよね」
「えぇ。先生はお優しいですから。場所と時間……用意してくれますもんね」
彼といるこの時間を過ごしながら、イロハはそう思う。
「……はは。それはどうも」
彼はそう言って、再び目の前の仕事に黙々と作業を続けた。大人の声色で、いつものように優し気な言葉を並べて。
青年の背中を見つめる。サボっているだけの自分に対し、何も言わない。生徒である自分の我がままを、そのまま受け止めてくれるような器量。少しくらい、注意するなり怒ったりしても良いのではないのかと思う。
そう思わされると、いつだって『大人』としての背中を見せつけられているようだった。サボってしまえばいいのに、少しくらい気を緩めてもいいと思うのにと――届くことのない彼の背中を、書籍越しにジッと視線を投げて、
(――…………? あれ、それで……どうなったんだっけ……)
思考が、続かない。
記憶が、連続しない。
途端に周囲の光景がおぼろげになる。形を得ていたモノが輪郭を失いかけ、ゆらり揺れて崩れ去って――
※
「――……あ、やっと目ぇ覚ましたぁ~? よかったぁ、死んだかと思ったよ」
のんきそうにかけてくる言葉が、陽気さを伴いながらも一欠けらほどの温かさを感じさせない。情によるものではなく、ただの状態確認でしかないことをイロハは知っているからだ。
「っ゛……し、死ななくて、ざんねんっ……でしたねっ……おたのしみ、いだだげ、なぐてっ……すいません、でしたっ……」
「……お? なーんだよちょっとだけ元気戻ってんじゃん」
「すっげ、睨み返す余裕とかあるんだ……ちょっと見直したよん」
けらけらと楽し気に笑う少年たちが、ジッとイロハを見下ろしている。床に転がっている彼女をおもちゃか何かとしか見ない無邪気な少年たちは、床上で睨み返してくる相手に対し、何が面白いのか腹を抱えて見つめ返していた。
「でもさぁ~、それで睨み返されても……さぁ……w ちょっとねぇ、ギャグにしかないっていうかさ……」
「ん~……鏡とかいる? 見たかったらいくらでも見せてあげるけど?」
相手をコケにしていく少年たちによる、いつもの煽り。言葉を浴びせられた少女は、ここに連れ込まれてから変わることのない、嘲笑と冷笑に満ちた悪意をぶつけられた。
「……いいえ、お構いなく。今の私よりっ……きたないのなんてっ……みなれて、ますからっ……」
しかし、イロハも負けることはない。毅然と言い返すその姿に、周囲から関心の声があがった。
横になっていた体をどうにか起こそうとしていく。先ほどまでの光景が夢の中だと言う事は理解しているが、穏やかな空気が流れていたシャーレとは違い、無機質な地下空間である『この場所』にいる自分との落差に現実を見せつけられてしまう。
擦り切れた指先で冷たいコンクリの床に手をついていく。あかぎれの肌、幾度の暴力による多種類の傷、剥がれ落ちた爪。これが年ごろの少女による柔らかな指先とは思えないほどに、無惨に磨り潰されてしまったイロハの指先。
もちろん、指だけではない。その全体像には『原型』がない。凹凸がつくほどに殴られ尽くしたボコ殴りの顔面、衣服をまとうことなくまともに食事をさせてもらえなかった傷だらけの体、股間周りは排泄物によるシミや汚れが際立っており近寄れば異臭が立ち込めている。外見、その姿その物が面白いのか周囲からは「うっわ、くっせw」と楽しげな声が響いた。
腰にまで届くほどの羽毛のごとき赤色のくりっとした頭髪が、まるごと引き千切られた無惨な禿頭。剃刀などを利用しない、素手による力任せの断髪はただの禿げ頭よりも惨めな恰好。そんな姿を晒しておきながらも、自分たちに反抗出来ることに少年たちは苛立つどころか関心の方が勝るようで。のたりのたりと力なくも立ち上がる姿に、周囲から軽めの拍手が起きた。
「っっ゛……えぇ、どうぞ……お好きに……きょう、もっ……また、みなさんを、たのしませて、あげますからっ……」
「………………へぇ~~~~。どういった心境の変化? まさか心を入れ替えておもちゃになりまーす……なんてガラじゃないでしょ?」
「そーそー、サボり魔だって聞いたのに話ちがくなーい?」
少年たちの声から喜色が消えた。淡々と情報だけを聞き取ろうとする姿勢、単なる確認作業を行っているだけ。一つの手順に従うかのように聞き取ろうとするその姿勢には、これまでの対応と異なり、イロハという一個人に向き合った質問だった。
「ッッ゛ど、どーせっ……にげる、ことなんて、出来ないんですから……火遊びでも、ごっこ遊びでも……っやれるだけ、やれば、いいでしょう……」
「ふぅ~ん、なるほどなるほど。自暴自棄ってやつね。ま、わからんでもないわな。自分がそんな姿にさせられて、大事な大事な後輩ちゃんがあんな目に合わされてさ」
自分の方が圧倒的に下だと思い知らされていても、それでも強気な姿勢を僅かでも守りたかったイロハ。少年たちの言葉に詰められた中身を耳にさせられた途端、苦汁を舐めさせられたように顔をゆがめた。
自分の体は、もうどうにもならない。この地下室に連れ込まれてからの長期間、遊べる手段は遊び尽くされてしまい、彼らの娯楽のバリエーションの数だけイロハに消えぬ傷を刻み付けた。
外見による醜さはすさまじいモノだろう。糞便まみれの禿げ猿と化している外見はすさまじいインパクトを残し、見る者に対して同じ人間であるという視線を投げることは絶対にないはずだ。唯一、心配して迎え入れてくれる学園、部活の生徒たちがいるだろうが、それでも二人の姿には圧倒されるに違いない。
それに加えて、遊び尽くされた二人の身体的な傷は外見だけでなく内部にまで及んでいる。それこそ、医療知識に長けた部活が二人を診れば、子供を産めない体になってしまったという事が分かってしまうくらいには。
ここから抜け出しても、自分たちが負った身体的ハンデはついて回る。入院し、治療し、リハビリをしたところで……ずっと、ずっと。死ぬまで、ずっと。
「……オイ、テメェ何かしたな?」
ざわりと、周囲からざわめきが響いた。
よろめく体を、二本の足で支えていく。触れれば崩れてしまいそうな、と言う言葉が比喩表現ではない。のたついた体を奮い立たせているのは、ひとえに彼女の精神力のみ。
ここで初めて、これまで光を失っていた少女の瞳が、久しぶりに輝きを取り戻していることに少年たちは気づいた。
「――もう少しでここに、シャーレの先生が来ます」
嘲笑と冷笑が混じる空間に、初めてどよめきが生まれた。
「…………はぁ? どうやって?」
「連絡、してあるんです。あなたたちに捕まった時に、スマホでちょっとばかし、ね」
イロハの言葉を受けて、質問をした少年が壁際の少年たちに目を向けた。視線を注がれていた者たちの中に、いざという時のために奪っておいたイロハとイブキのスマホを調べ出す。
ロック画面がかかっているからすぐには見れない。男子生徒たちの中で、参加していたミレニアムの生徒がどうにか二人のスマホを調べることが出来た。
「……あー、こりゃマズいね。シャーレのところもそうだけどヴァルキューレやゲヘナのほうにも連絡いってるっぽいよコレ」
「うわうわうわうわ……え、まーじーで? え、マジなん? ちょ、出し抜かれたん? 俺ら?」
「長期間連絡が取れなくなったり居場所が掴めなくなると自動でアッチのほうに連絡がいくようになってるみたいだね。なるほど……それで耐えられたわけかぁ」
意外そうな言葉を浮かべながら、ショックを受ける男子生徒たち。
これまでおもちゃにしてきた女が、ここにきて逆襲してきたことに驚きを禁じ得ない。
ちらり、と。これまで苛烈な拷問をしていた男子が、じろりとイロハをにらんだ。
「……ふーん、やるじゃん? で、これからここにたくさんのお客様たちが押し寄せてくるわけだ」
「えぇ、その通りですね。もう、終わりにしましょうか……この、くだらないお遊びを」
嫌悪と侮蔑を含んだ視線が、怒気を込めた瞳によって睨み返された。
逆襲してきた。今の今まで見下してきた、これっぽっちも脅威ではないと思っていた格下の存在が。
頭を抱えそうになる思いだった。ほんの少しばかり、こんなカスに考えを上回れたような気がしたことに。
――がちゃり、と……扉が、開かれた。
「っっ……!! せ、んせっ…………!?」
無機質な鋼鉄の扉が開かれて、顔を見せに来た者を目にした途端、イロハの瞳が熱く潤んだ。
先生、先生。ここに連れ込まれてから、ずっと忘れたことはなかったシャーレの先生。もう、会えないまま死んでいくのだろうとすら思っていた……彼の姿が、そこに。
青年がこの場に足を運び、周囲にいる者たちもざわめきだした。
無理もないだろう。自分たちが何をやっていたかなんてわかり切っている。こうして彼がここにきている時点で、この場にいる者たちは罪悪感や罪がバレたことによる焦燥感にかられているはずだ。
そして、なによりも。キヴォトスにおいて貧弱な先生は、たった一人で現場に来ることは命を晒す危険な行為。だが、それは裏を返せば常日頃から生徒を護衛につけているわけであり……助けに来た生徒たちが事件を解決してくれるだろう、ということ。
「…………ぇ、せんせ……せ、んせ……」
「……イロハ? イロハなの?」
あぁ、ダメだ。我慢しようとしていたのに、つい目尻が濡れてしまいそうになる。
久々の声、久々に――いや、もしかしたら数日も経っていないのかもしれない。長いと思っていたけれど、本当は短い期間だったのかもしれない。
だけど、それでも再会できた。傷を負ったこの身で、醜いほどに変えられてしまったこの身で。それでも、また顔を見て、声を聞かせてほしいと思っていた人と再び会えた。
「……イロハ……」
「ぁ、せ、せんせっ――!!」
のたつく足が、引きずりつつも青年の方へと手を伸ばす。あれだけみすぼらしく見えた指を、相手に触れようとしているのに、汚してしまうかもしれないのにと思いながらも、それでも彼の方へと身を寄せることをやめられない。
後、もう少しで触れそうに――
――ぱきょっ………………と。最近購入したばかりのスニーカーの靴裏が、そのままイロハの顔面に深く沈んだ。
「ぎょっ゛っ……ぽ、っぎょっ……??」
ぽて、どちゃっ、ばさっ………………
枯れ木のごとく汚らしい体が、吹き飛ぶように後ろへと倒れた。顔にはくっきりとスニーカーの痕跡が。じんじんとした痛みが顔だけに残り、顔面に残された靴跡を鏡で見なくても理解できた。
蹴られたのだ。誰に? そんなの、
「……せ、んせ……?」
「………………ははっ」
そんなの、目の前にいるこの人だけだ。
目の前にいる大人が、自分を蹴った。
ずっとずっとここに閉じ込められていた自分を、何の理由があってか蹴り飛ばした。
顔が痛い。じんじんとした痛みがずーっと続いている。瞼が切れているだろうし、鼻血もぶうぶうと止まらないし、口の中は鉄の味でいっぱいだ。
それなのに、なんで蹴ったのとか、どうしてこんなことを? とか。そんな言葉が、ずっとイロハの頭の中でぐるぐると交じり合っている。
そんな大人は、いつもと変わらぬ力の抜けた笑顔をジッと自分に向けてくれていた。
「ぁ、な……んで…………? せ、んせ……? んで、けって――」
「あー、なんだか楽しそうにしているね―みんな。でもダメだよー? めんどくさいことは起きないことの方が一番なんだからね」
疑問の声を投げるイロハを無視し、青年は周囲の男子生徒たちに声を聞かせた。
「いや、その、マジすんませんっス。手を煩わせるつもりなかったんスけどね……」
「まぁ、知っての通りだろうけどさ。ヴァルキューレや万魔殿のほうには届いても意味はないけどさ。それでもさ、いろいろ事後処理とか面倒だからちゃんとしてよー、たのむよー」
ケタケタと笑いながら、先ほどまで拷問をしていた男子生徒に「うりうり~」と小突く青年。それをされている少年の方も楽し気に「へへっ、さーせーんww」とけらけらとしながら、楽しそうにじゃれ合っている。
「っていうか、ここのグループって確かヴァルキューレや万魔殿の男子生徒もいるんだっけ?」
「ウス。まぁ、この禿猿は出会ったことも顔を見たこともない相手だから知らないだろうけど……だからまぁ、自分が勝ち誇ったかのように接してきた時はムカっとしましたけど」
「見事に出し抜かれちゃったね~」
「ちょっ、やめてくださいよ~(笑)」
ミスを指摘しながら青年と少年は楽し気に笑っている。そんな二人のやり取りを見ている周囲も「もー何やってんだよー(笑)」と談笑しているかのような空気感を醸し出している。その傍には、血と汚れに塗れた少女が一人いるというのに。
倒れ伏したまま、楽し気にしている青年が何でこちらを見てくれないのかを疑問に思う。いま、被害者は自分の方なのに。まさに助けられるべきはこちらの方だと言うのに。
この中でもっとも罰せられるべきの者たちと……なぜ、楽し気に話しているのか。
「せ、せんせ……ぁ、な、んれっ……」
「………………」
「せ、んせ……わたし、だけじゃない、ですっ……イブキ、もっ……今、別室に……だ、だからっ……だからっ゛……」
「……あーーーーーー………………あのさ、ちょっと『使って』いい?」
受けてきた仕打ち、受けさせられてきた痛みの数々。本当は、それらを並べ立てたかったけれど、そんな余裕があるはずもなく。それでも、自分と後輩が受けた痛みがどれだけ酷いモノだったか。それだけは、知ってほしくて。
青年の視線が、ようやく動く。イロハの心情の吐露に何か思う所があったのか、拷問を仕掛けていた少年に確認を取っている。
「……いっスよ。普段から思ってるモン、全部ぶつけりゃいいッスよ」
「ありがたいね。さーてと、さっそく……」
「せ、せんせっ゛……!! き、きぃでっ……!! きいでっ、くださいっ゛……!! わ、わたしっ……わたしたち、ぁ゛……!!」
――ぼぎゅっっ……
「プ、ぅぅぅぅぅ゛……!!??? む、っごぉ゛……!! ご、ぉぉぉ゛!!」
「――うるせぇよ、お前」
ぱきり。硬い硬い何かが、音を立てて割れた。
倒れているイロハの顔の上に、振り下ろされるは青年の足裏。硬くてゴム質なスニーカーの靴裏にぎっしりと押さえつけられながら、ぎゅうぎゅうに踏みつけられていく力任せのスタンプ。
再び行われる痛みと苦痛。しかし、それ以上にキズを残すのは――これまでに聞いたことがないほどの『声』。優しく穏やかで、誰もを受け止めてきた青年の声が、冷たく響く。
「た゛、ぁっ゛……!! ふ、っぶっ゛……!! む、ぅぅぅぅ゛っ!!!」
「こっちはよ、朝も昼も晩も働きづめでよ。仕事仕事でいろーんな学園の問題を解決してかなきゃいけないワケ。そこにはのほほんとサボりにきたテメェのゲヘナ学園も含まれてるワケ。その重大さがさ、分かんないかな? ねぇ、わかんないかなぁ???」
きりきりと鼻筋を踏みつける力が段階を上げていく。圧力をかけた果物のように、ぷしゅりぷしゅりと鼻血と体液を交えた汁が鼻と口から次々とあふれ出ていく。
心からの吐き出しも、同じくらいに流れていった。今の今まで、大人として秘めてきた青年の本心、その本音。聞かせてあげないようにしてきた、優しさと言う蓋で封じられてきた心の内がイロハに浴びせられていく。
「ま、じ、で、目障りなんてもんじゃなかったよ……視界にチラチラ入ってくるだけで何もしねぇ、サボり場所だとしか思ってねぇ。仕事が忙しいっつってんのにサボりの提案してくる頭ン中下痢便しか詰まってねぇのかって言いたくなるような糞見てぇなアイディア。曲がりなりにも余所の組織の人間のやる事とは思えねぇ態度と言葉遣い。なぁ、これで好意とか抱かれると思うか? 好印象、残ると思うか?」
「――……ぉ゛……ぁ、うぅ……ぉあ…………??」
心から吐き出されていく暴言の雨が、次々と見舞ってくる蹴りと共にイロハを包む。
痛みに覆われて何もできず、言われるがままに責め立てられていく。体中を苛む激痛もそうだが、それ以上に聞かせられている本心に胸の内を砕かれていく。
知らなかった、そんな風に思われていたなんて。
考えもしなかった、そこまで悪印象を抱かせていたなんて。
及ばなかった、そこまで自分は先生に対して我慢を強いていただなんて。
「あのさ、サボりたいサボりたいっつーならさ。とっとと万魔殿辞めてパパっとどっかにでも行っちまえよ。仕事はしたくねぇけど今いる権威の恩恵は受けたいです、仕事与えられてサボりたいですなんて舐めてんのかテメェオイ。それでよくまあ甘ったれた言葉を吐けるよなぁ?なぁ??」
「ッッ゛……ぜ、ぜんぜっ゛……お、おでがっ゛……ぼ、や、ぁ゛ェえぇええええええ゛っ゛!!!」
ぎちり、ぎちりと。踏みつける場所をむき出しの性器へと向けていく。ライター、カッター、時には汚物や虫を流し込まれて汚されてしまった少女の蜜穴。色鮮やかなサーモンピンクが、見るかげもないグロテスクに変色したアワビのごとき物の上に、青年の足が圧し掛かった。
圧をかけられる股間から激痛が迸る。涙目で訴えるも青年はこれっぽっちも意に介さない。気にかけるつもりなんて、一かけらもないからだ。
本心からの行動は、もう止まらない。
「そんなにサボりたいってんならとっとと死ねよ。やることも面倒、やらないのも嫌。だったら息するのも生きるのもめんどくせぇだろ? だったら死ねよ、何にもしないままだったら俺の知らないところで早く首吊るなり飛び降りるなりして死ねよ、さっさとさ。ぐちゃぐちゃ言って働きたくねぇならせめて真面目に頑張ってる俺の気力を削ぐようなことしてんじゃねぇよゴミ屑がよ」
「……ぁ、ぅ……ぁぁ……っ゛」
終わることのない暴言の羅列に頭が働かない。いや、もう働かせたくない。
もう、何も聞きたくないし見たくない。惨めな自分の姿を誰にも見られたくない……それも、無意識のうちに想いを向けていた彼がここに居たこともそうだったが――何よりも、ずっと前から心の内でソレらを秘めていたことに、もう何も言えなかった。
自分の気持ちは、もうとっくに叶うことはなかった。彼の気持ちは、最初から自分に向いてなんてなかったのだから。
※
「……ん? 動かなくなっちゃった?」
「みたいッスね。もう目ん玉まっくらっすよコイツ。死んだ魚の目ってこんな感じかぁ」
ぐにぐにと反応を確かめるようにしてヴァギナに力を入れていく。呻くような声が「ぁー……」とか細くなるだけで、もうそこにあるのは生気も力も籠っていない死人同然のがらくたがいるだけだった。
それに対して青年のほうは……特に、気にかけている様子はない。いくつかある生徒たちの中で、イロハはその内の一人に過ぎない。相手の方は友好関係を築けていると思い込んでいただろうが、青年の方はそうでもなく、そこに込められていた想いや気持ちに対しても何ら思うことはなかった。
ただ、一つあるとするならば、
「っはぁぁぁ~~~~! スッキリしたぁ!! いやぁ、ちょっとばかし本音を言えてスカっとしたんだよね」
「マージっすか。そんだけ溜めてたら毒でしょw」
「まぁねぇ……このバカ、前々から馴れ馴れしいと思っていたからさ。この機会にいろいろとぶつけられてよかったよ。ありがとね、いろいろと」
「ああいえいえ! んじゃ、お疲れ様っス!」
胸の内を吐き出して、心からスッキリしていた。
好意なんてなかった。ましてや、恋や想いすらもそこにはなかった。あったのは、先生と生徒、別組織に属する者たちによる仕事上での付き合いのみ。ただ、イロハの方からの一方通行であり、ただ自分の方から親切心に付け込んだ想いの押しつけが行われていただけ……それが、事実だった。
思う所は合った。不満の方が上回っていた。それらの本音をぶつけられる機会を用意してくれた男子生徒たちに、礼を言いながら青年は去っていった。
昏い瞳を浮かべただけの、ゴミの視線を背中で受けたまま。
「ぁ……せ、んせ……せ、んせぇ………………」
彼が振り返ることは、なかった。