全てを抜き去る転生者 ~TS痴女のルサンチマンは過酷な栄光を掴み取る~ 作:信頼できる語り手
「氷頭が勝つ」
想起術による聴力強化で遠方の会話を盗み聴いた雷雅は、端的に吐き捨てた。
「あの女の人格は間違いなく腐ってるが、『勝ちを手繰り寄せる執念』においてアレを越える供献者は見た事がねぇ」
彼の攻略実績ランキングは世界128位。活動開始から驚異的な早さで駆け上がり、最速2桁ランカー入りを期待されている。
いや、本来なら今頃は既に100位の壁を越えているはずだった。……とある腹黒女に、ダンジョン内で謀殺されていなければ。
報復を試みても手玉に取られるばかりで、心の底から気に入らない相手である。
「『決闘』だぁ? 相変わらず、香ばしい真似しやがって。オレだったら絶対乗らねぇな」
しかし、ボブルヘッドの場合はそうも行かないだろう。
氷頭のランキングは199位。そんな格下相手に29位が逃げたとあっては、アバターを支える信仰が揺らぐ。力を誇示して地位を築いてきた男ならば、尚更だ。
「はっ、馬鹿らしい」
雷雅は手首のスナップを利かせて網杖を振り、閑雲種に半透明の槍を叩き込む。それ以降、彼が氷頭達の決闘に興味を持つ事はなかった。
ピスト・アダルトゥール……アバター名『ボブルヘッド』には前世の記憶がある。
しかし、他人を信用しないピストはその事を誰にも話さない。当然、
「■■! いつまで積み木で遊んでるの! 邪魔だから片付けなさい!」
「……はい」
転生前、1度目の人生。幼少期の彼は時間制限というモノが苦手だった。異様に没頭してしまう性質を煙たがられ、同級生からは虐めの標的にされた。
「おい、■■。頭揺らすなよ、気持ち悪い」
「ご、ごめん……。集中すると癖で……」
「は? 知らねーよ。口答えすんな」
「……ごめん」
卑屈な人生の風向きを変えたのはスポーツとの出会い。
「良いだろ! パパに買って貰ったんだ! 最強バッターの首振り人形! ほら、頭が揺れるんだぜ!!」
「はー? 最強はゴーレスですけどー?」
「……頭が揺れる……人形。俺と同じ」
少年は誰にも聴こえない声量で呟いた。
「俺もアレになりたい」
翌日、家の倉庫に眠っていたバットを握った瞬間から、彼の才能は急速に開花していく。
『入ったー! 天才少年■■、またしてもホームラン! 勢いが止まりません!!』
『プロですら文句の付けようがない、無駄を削ぎ落とした高速スイング。……いやぁ、凄い。アレは同世代では抑えられんでしょうなぁ』
歓声と喝采。生まれて初めて周囲から向けられる期待。
プレッシャーには感じない。単調な反復練習を繰り返し、プレーの精度を上げていく『作業』は、彼自身の適性と合致していた。
最初は純粋な楽しさで満たされた。しかし、勝ち続けた彼は段々と他人を見下すようになる。
かつて自分を馬鹿にしていた連中が、くだらないミスを重ねる度に。心の奥に閉じ込めた過去の自分が囁くのだ。
「アンタ、本当に先輩? 何年も練習してあの程度の球打てないとか、才能なさ過ぎ。俺だったら死にたくなるね」
潰せ。
「俺が彼女を寝取った? 情けないアンタに愛想尽かしただけだろ。ああ、もう飽きて捨てたから復縁でも何でも好きにしな」
貶めろ。
「今日は目を瞑って打席に立ってやろうか? おい、靴を舐めてお願いしてみろよ」
「出たー! ■■さんの首ダンス!!」
「煽り過ぎっすよ、■■さん! 敵チーム涙目! ぷくく、可哀想ーっ!」
尊厳を奪え。
──かつての俺が、奪われた分まで。
「なぁ、覚えてねぇだろうな、天才様」
顔色の悪いヒゲ男に顔面を殴られ、■■の鼻から血が流れる。そこで初めて、人気のない場所へと誘導された事に気が付いた。
「お前が! 人生潰した奴の! 顔なんてよぉ! えぇ!? ……畜生が!!」
手加減なしの連撃が頭部に叩き込まれる。狙いが外れて肩に当たった拳が嫌な音を立てるが、据わった目をした男は痛がる様子もない。何らかの違法薬物をキメているのだろう。
「……俺の、手下は」
「アイツらは見張りだ、見張り」
「グルかよ……」
島国『桜国』で催される無名クラブチームとの試合。雑魚を煽って公開処刑するだけの遊び半分の遠征。そう軽く考えていた。
しかし、他のメンバーにとっては千載一遇の機会だったのかもしれない。1選手としての尊厳を奪い返す為の、天才がいなくても勝てるチームだと証明する為の、最後のチャンス。
「目障りなお前を壊してくれるなら、喜んで協力するってよ。だから、まあ……」
鉄パイプが地面を擦る。
「そのお高い両腕、へし折らせて貰おうか」
その言葉は脅しには聴こえなかった。
(腕を、折る……? バットを振れなくなる……? 戻るのか? あの頃の、弱い俺に……。嫌だ……。……嫌だ、嫌だ、嫌……!)
「あばよ、天才! 来るはずのない助けにでも縋りながら、惨めな敗者に……ぶへっ!」
ヒゲ男の顔に拳大のボールが激突する。呆然としている■■の肩を誰かが叩いた。
「君、走れるかい? 怪我が痛むなら背負って逃げるけど……できれば、頑張って欲しいな。見ての通り、僕は貧弱だからね」
新品のスパイクを履いた中性的な顔立ちの少年は、場にそぐわない呑気さで■■に声をかける。
「お前ぇ……! やりやがったな! 殺す!!」
「え、やめてよ。僕まだ死にたくないんだけど」
「ちょっ……何のんびり会話してんだ!」
「いや、よく考えたら向こうが悪いのに逃げるのも変じゃないかな、って」
■■は細身の少年を抱えて走った。何故、自分1人で逃げなかったのかは分からない。ただ、無意識に体が動いていた。
「わ、速い。本当に逃げ切っちゃった。僕が助けに行く必要なかったね、コレ」
「はぁ、はぁ……アンタ、名前は!?」
「それは内緒。友達からは『石頭』って呼ばれてる。酷いよね」
「妥当だ、馬鹿!!」
少年の胸ぐらを掴む。
「何で俺を助けた! 自分が怪我する危険を冒してまで……対戦相手の主力選手を!」
そのユニフォームに刻まれたチーム名を握り潰すように。
「ふざけんな! 俺はこの競技に命懸けてんだよ! これで……勝つ事でしか生きられない! 俺なんて見捨てりゃ良かっただろ!? 勝ちへの執着より偽善が大事か……!!」
悔しさ。恥ずかしさ。言葉がまとまらない■■を少年は静かに見ていた。
「見捨てる? それは、無責任だろう」
「……は?」
「勝負というのは互いに責任を果たしてこそ成立するんだ。君は道端で突然球を投げ付けられて、打てなかったら敗北を認めるのかい?」
当然の理屈だと言わんばかりに、目の前の存在は■■の知らない価値観を語る。
「勝利は誇りの先にあるモノだ。あの場で君へのリンチを黙認したら、試合の正当性が穢される。だから、僕は君達のチームに『勝つ』為に、君を助けるしかなかった」
勘違いしていた。この少年は善人でも馬鹿でもない。綺麗事で己の弱さを誤魔化そうとする連中とは根本的に雰囲気が違う。
自らに一切の妥協を許さず、理想を見据える異常者の目。死ぬまで燃え続けるであろう、冷たい意志の炎。■■がどうしてもなれなかった、真の強者。
「ふざけるな、はこっちの台詞だね。僕は君の何百倍も勝ちたいよ、天才。器用な秀才止まりで終わりたくない。認められたい。評価が欲しい。その為に、命を懸けてる」
恐ろしい可能性に気付いてしまった。少年のスパイクが傷1つない新品なのは、まさか試合前日まで金具が擦り切れるほどの練習を……。
「……アンタは確かに、石頭じゃないな」
「納得してくれたかな?」
「はっ」
■■は激しく首を揺らす。殴られた傷は痛むが、今は久し振りに試合がしたくて堪らない。
「上等だ。潰してやるよ、氷頭」
「……氷頭? どういう意味だい? ……!」
ぐらり。■■の視界がぼやける。背中を殴られるような衝撃が、苦痛の呻きを押し出した。
(ぁ……嘘、だろ……。息が……でき……)
頭蓋骨の中が出血でもしているのか。とにかく、ヒゲ男に殴られた脳が深刻なダメージを負っている事だけは分かった。
(やっと……やっと見付けたんだ……! 本物の……掴み取りたい勝利……! コイツに俺の価値を認めさせたいのに……! 畜生……!)
少年の慌てた声が遠く聞こえる。強く揺さぶられた体が、
(動け……! 動けよ、俺の手……! まだ何も、掴んでないだろうがよ!)
救いの手を差し伸べられたかった。代わりの利かない存在になりたかった。■■じゃないと駄目だって、誰かに言って欲しかった。
他人から奪っている間だけ、自分の欠落を忘れる事ができた。
(神でも悪魔でも何でも良い! もう一度……もう一度だけ、チャンスをくれ……!!)
魂が無音の暗闇に沈む。……そして。
『オケオケ、望み通り転生させてあげちゃうよ』
終わりの先で、女の声を聴いた気がした。
『その願いの強さに応えて特別サービス! 残りの枠で転生させてあげる! この世界とよく似た異世界……』
■■の魂は切り離され、新たな命が誕生する。
『──地球に、ね!!』
「決闘か。面白いじゃん。……ただまあ、勝者がダンジョンの攻略権を得るってだけじゃ、俺っち陣営が数に任せて奪った方が楽がちだよな?」
ボブルヘッドが刀に手を添えた。これまでの使い捨てとは格が違う、オンリーワンの供物。
「150位『ヴァルド・ビーストリンク』。163位『サリファ・ビーストリンク』。201位『明亜』。600位『レイフ・フィーンド』。この面子を君の手下で倒せるって?」
「ハッタリはやめときな。アバターの体力に限界がある以上、数の前に質は無力だろ。それこそ、トップランカーでもないと……」
「ふふ、君を完膚なきまでに叩きのめした世界4位──
「詳しいじゃん、お嬢ちゃん」
(この挑発的な態度……何を狙ってる?)
ボブルヘッドは冷静に思考を回す。氷頭にとっての彼は、今ここにいる戦力を総動員しても勝てるとは限らない相手。なのに、何故、個人戦を挑むのか。
「不満そうだね。じゃあ、負けたら僕が君の奴隷になっても構わない。悪くない副賞だろう?」
「そこの執事もセットで良いわけ?」
「当然です。私の身命は氷頭様と共に」
「そこまで言われちゃ仕方ない。……ちゃっちゃと済ませようぜ。肩が冷える」
これだけ順位に差があれば、引き分けも実質ボブルヘッドの負けに近い。それでも氷頭の才覚では、人生で一度、奇跡が起きれば勝負になるかもしれない程度の力量差。
(……何を企もうと同じだ。格下が格上に決闘で勝つ方法は、開幕速攻と相場が決まってる)
だが、高速戦はボブルヘッドの土俵。そういう浅はかな馬鹿を何百人も討ち取ってきた。
ボブルヘッドの固有ギフト『絶望を差し伸べる転生者』。
変幻自在の鎧が実現するのは、人間ではあり得ない規格外のリーチ。シンプル過ぎて対策不可能な、最強の矛。
「さあ、決闘を始めよう」
両陣営の立会人が、いつでも回復薬を捧げられるように待機している。アバターの中に生身が存在する都合上、決闘で負った致命傷は直ぐに治さないと死んでしまうからだ。
正式な『決闘』に合意した供献者達の間にはルールを遵守させる強制力が働く。範囲内のアバターにはその旨が自動共有され、雷雅とヴァルドも同意した。
雷雅は事前の根回し、ヴァルドは好奇心による行動である。ここまでの展開は概ね、氷頭の希望に沿っていた。
「すぅ……」
正真正銘、命懸けの死闘。吹雪の中で、両者の集中が研ぎ澄まされていく。刃先まで血が通うような感覚に、ボブルヘッドは身震いした。
「しっ……!」
氷頭の足が動く。迷いのない1歩。踏み込みにはあらゆる意図が詰まっている。
彼女は右手に握った『スナーク狩り』の弾を明後日の方向に乱射しながら、その銃を大きく振りかぶって。
「ばきゅん」
投げた。
「……!?」
高速で投擲された銃身がボブルヘッドに弾かれる。銃士が繰り出した想像だにしない初撃は、彼の思考を一瞬硬直させた。
烏帽子タワーが倒れる音がする。氷頭は自身の唇に『チェーホフの銃』を触れさせた。
(ボブルヘッドの居合い抜きを見てから避けるのは、僕には無理だ。パターンはできる限り覚えてきたけど、それだけでは足りない)
引き金を引く。氷頭が過去に殺した……いや、殺させて貰ったアバターの記録が、魂にインストールされた。
(
天賦の運動センスが舞い降りる。他に必要なモノは2つだ。肉体と、武器。
「『プロクルステスの寝台』……!」
氷頭の空いた手に、武骨なナイフが出現する。
プロクルステスの寝台。それは、既知の供物に変形するワイルドカードだ。持ち前の速度でボブルヘッドに接近しながら、氷頭はナイフを構える。
(ここ! このタイミングだろう……! 『全てを抜き去る転生者』!!)
強者ほど失敗のリスクを恐れ、行動をパターン化してしまう。無駄を削ぎ落とした高精度のスイングは、皮肉にも軌道予測が可能だった。
氷頭のナイフがボブルヘッドの刀に押し勝ち、更に間合いが縮まる。
(いやいや、何だ、このパワー!? 速度と射程に特化したアバターが、どうして俺の刀を跳ね返せる!?)
それ以前に、中衛が接近戦を狙うのも奇妙だ。あの武器に何か逆転の秘策があるのか。ボブルヘッドはナイフを注視する。
「目線が素直で助かるよ、男の子は」
氷頭は笑顔でナイフを放り捨てた。彼女の体が横に回転し、鎌のように曲げられた足がナイフを蹴り飛ばす。
「えっち」
「
ボブルヘッドは鎧で受け止めた。彼のアバターは見かけ倒しではなく、防御力にも優れている。そんな鎧が大きく凹んだ。
(やっぱ、パワーがおかしい! 筋力が増すタイプの固有ギフトか……!?)
驚愕を隠して刀を斜めに振り、氷頭が最初に連射した『スナーク狩り』の弾丸をまとめて斬る。空中で不自然な軌道を描いた弾すら、彼にとっては『打てる球』だ。
「居合抜きだけが取り柄だとでも……!」
「勿論、思ってないさ」
(
氷頭は進行方向を変えて刀を躱し、跳ね返ってきたナイフを掴む。そろそろ、腕を伸ばさなくても届く距離に入りそうだ。
「『プロクルステスの寝台』……」
氷頭の手に輝く十字槍が出現する。
(偽装『アインシュタインの十字架』)
串刺し聖母『ハロー・セレナ』の切り札を地面に突き立て、棒高跳びの要領でボブルヘッドの頭上へ。
「隙だらけだぜ」
「誘ってるんだ、よ……!」
斬り上げた刀と槍が打ち合わされた。氷頭は『チェーホフの銃』をこめかみに当てる。
(
鍔迫り合いを介して敵の感情エネルギーを吸い尽くす。……つもり、だったのだが。
「危ない感じするじゃん」
「ちっ……勘が良いね」
鎧の伸縮によって強制的に距離が開く。
(ああ、全身が痛い。嫌になるよ。これだけ惜しみなく切り札を使っても届かないなんて……反射神経と対応力が異常だ)
氷頭は唇を舐めた。
(でもまあ、勝ち筋は見えたかな)
ボブルヘッドは思案する。
(ちぐはぐ、だな)
射撃術、投擲術、ナイフ術、体術、槍術。戦闘方法を切り替える度に、まるでその分野の一流と戦っているような感覚があった。
だが、そんな事はあり得ない。
相撲取りとマラソン選手が両立できないように、技術にはそれぞれ最適な
(察するに、お嬢ちゃんの固有ギフトは……)
(そう、僕の『全てを抜き去る転生者』は
万能型ではなく、特化型の高速切り替え。強力なギフトではあるが、発現した当初は全く役に立たなかった。
この固有ギフトの効力はあくまで『能力値の調整』まで。その下地を使いこなす為の様々な技能は磨き続けなければ衰える。
万能型の供献者が珍しいのは、ステータス限界だけが理由ではない。使用頻度の少ない分野の鍛練にも妥協なく打ち込むには、強固な意志を必要とする。
氷頭はそれを持ち合わせていた。『何でも程々にこなせる器用貧乏』という前世からの
(僕がアバターを獲得して最初に感じたのは、このギフトは『コンボパーツ』に過ぎないという事だったよ。だから、これまでは相性の良い供物をリスト化して探してたんだけど……)
ようやく、お披露目の時が来た。
自由な弾道で敵を牽制する『スナーク狩り』。殺害した生物の情報を保存し、自動反撃や記録の吸収が可能な『チェーホフの銃』。既知の供物に変形する『プロクルステスの寝台』。
たったこれだけの供物を揃える為に、随分と長い時間を費やした。正しく、執念の賜物。……しかし、この戦法にも欠点はある。
「その状態、あと何分保てるわけ?」
「……さてね」
(やっぱりな。高等級の供物を濫用する戦い方は負担が大き過ぎるっしょ。この距離を維持してれば何もできずに崩れ……)
勝利を確信したボブルヘッドの
(違うだろ、馬鹿……!)
自身の側頭部をガンガンと叩く。彼らしからぬ非効率な行動。あるいは、世界一を本気で目指していた■■らしい、荒々しいほどの闘争心。
(俺が、斬る。それ以外の結末はない)
数秒、無駄にした。代わりに、ボブルヘッドの纏う空気が一変する。それは、現状に甘んじる供献者の纏う空気ではなかった。
「『ティドグリドの砥石』」
特殊な鞘が刀の切れ味を底上げする。次の瞬間、ボブルヘッドの腕が伸びた。
「……え?」
しなる右腕の隙間を縄跳びのように潜った氷頭は、その手に刀が握られていない事に気付く。
(フェイント……逆の腕か!)
果たして、左手に握られていた刀は回転しながら氷頭へと飛んできた。
(投擲……なるほどね。自分で投げた刀を伸ばした腕で掴んで、死角から斬り付けるつもりかな)
そうして両腕の位置に注意していた氷頭の意識外で、刀が方向を変える。
「ぐっ……!」
「へぇ、よく避けたな。俺っちと違って、広い視野を備えがちで羨ましいぜ」
ボブルヘッドの変形した鎧の足先が、刀をガッチリと摘まんでいた。
「足技……っ!?」
「今、試しにやってみたら上手くできた。天才ってそういうもんっしょ」
ボブルヘッドの固有ギフトが真価を発揮する。彼にとって、目に見える全てが射程圏内。氷頭がどう足掻いたところで、変幻自在の鎧は獲物を逃がさず追い詰めていく。
「凡人にしちゃ頑張ったじゃん。けど、これが現実だ。アンタが身を削って用意した戦術も、才能の壁の前では無力なんだぜ」
「ふ、ふふ……。何を言ってるんだい?」
女騎士は鎧の猛攻を捌きながら、銀髪を耳にかけて不敵に笑った。
「身を削るのはここからだよ、天才」
モンスターの咆哮が雪原を揺らす。ボブルヘッドは眉を顰めた。
「ちっ……時間をかけ過ぎたな。ダンジョンが『成長』し始めた。勝負は一旦お預け……」
「『プロクルステスの寝台』」
氷頭の手に手裏剣が握られる。
「……は!?」
「『決闘』はまだ終わってないよ」
「イカれてんのか!? このままじゃ神のダンジョンに追い詰められて、全員、死……」
「そうだね。でも、野良のモンスターは決闘の誓約外だから、無視して続けよう。背中は仲間に守って貰えば良い。お互いに、ね」
「……おい、まさか……!」
自分がボブルヘッドに勝っている部分は何だろう? 彼を狩ろうと決めた時、氷頭は考えた。
近距離、中距離、遠距離。どの間合いでもボブルヘッドに軍配が上がる。個人技では勝ち目がない。だったら。
「安心して後ろを任せられる仲間との絆。これが僕のアドバンテージだ」
他人の女を奪う事を好み、特定の仲間を作らないボブルヘッドに対して、確実に上回れる要素。
レイフ達と事前に幾つかのダンジョンを攻略したのは、氷頭の強化ではなく協力者達の強化の為だった。
「ここまで丸ごと、計画通りだってのか!? アンタ、初めから味方の命まで賭け皿に乗せて、自分の勝利に利用するつもりだったわけ!?」
「逆に訊くけど、それを躊躇う理由は何だい?」
「っ……!!」
これから先、ボブルヘッドはダンジョン成長で活性化したモンスターに対処しながら、氷頭に勝たなくてはならない。
野良のモンスターに決闘を邪魔できないルールはないし、明亜達のように『モンスターからリーダーを守る連携』を叩き込んだ味方もいない。
「嫌なら降参しても構わないよ?」
「馬鹿も休みがちに言え」
ボブルヘッドが寄ってきたモンスターの群れを横一文字に両断した。
「やっと楽しくなってきたところじゃん」
モンスターの乱入に対応しながら、読み合いが白熱する。ボブルヘッドは女を抱く時よりも、美味い飯を食べる時よりも、ずっと興奮していた。
「ふっ……!」
彼は『チェーホフの銃』の弾丸を回避し、スライディングしつつ刀を振り抜く。氷頭が紙一重で攻撃を凌ぐ。
「は、はっ……!」
いつしか、両者は笑っていた。まるでキャッチボールをする友人同士のように、殺し合いに没頭していた。
「捉えたぜ」
宣言通り、氷頭の胸部に刀が届く。ただし、致命傷を与えるはずだった一撃は、彼女が中衛として培った間合い管理によって服を切り裂くに留まった。
氷頭の豊満な乳房がこぼれ出る。ボブルヘッドの意識が胸に向かう。その刹那が、形勢を逆転する最後のチャンスだった。
「眼福、眼福。ごちそうさん」
氷頭の手から『チェーホフの銃』が消える。いや、奪われた。
「まだ速度が上がるのか、天才め……」
「どうも。……さて、この供物がアンタの戦術の起点だって事は分か……」
銃声。
引き金に触ってすらいないのに、『チェーホフの銃』は勝手に暴発した。否、暴発という表現は適切ではないかもしれない。
その銃は本来の性質通りに、雪の塊を蹴り飛ばしてきた標的に対する『自動迎撃』を行っただけだ。標的は数度の自害で銃に『敵』として記録されているアバター、氷頭。
そして、氷頭が刹那の隙に装填した
(
ボブルヘッドは咄嗟に銃を捨てた。それでも、一時的に片手が塞がってしまった事実は重かった。
「『プロクルステスの寝台』!!」
弦の張られた異質な杖が、固形化された半透明のエネルギーを解き放つ。完璧なタイミングで命中した想起術は、鎧を貫通して深い傷を刻み付けた。
「他人の大切なモノを奪いたがる嗜好。必ず君は、僕の銃を狙うと思ったよ」
ボブルヘッドは視野が狭まっていた事を自覚する。……没頭、してしまった。前の世界で学んだはずなのに。自分はちっぽけな存在だと。
「君は天才的な目と反射速度を持ってるせいで、勝ち方を選んでしまった。僕の勝ちだ」
氷頭は『チェーホフの銃』を拾い、冷たい笑顔でボブルヘッドに照準を合わせた。
「ほら、
その目に宿る意志の炎には、見覚えがあった。あの懐かしい名が偶然でないとしたら。
(ああ……そこに、いたんだな……)
■■は深い溜め息を吐く。
(やっぱ最高だ、
活躍を期待するトップランカー人気投票
-
①世界1位『@』
-
②中衛代表『オクシモロン』
-
③後衛代表『ミスター・エチケット』
-
④前衛代表『差分』
-
⑤女性最強『フレネミー』