「ふんっ! なのである!!」
「こっんの!!」
「がんばれよー」
今日は導師とブランタークさんに修業をつけてもらう日だ。こうして導師と実戦形式の戦闘を行っているのだが……
「なかなかやるのである! 以前とは、魔力量も身体能力も桁違いなのである!」
「そりゃどうもッ!」
「だが甘いのである!!」
導師と戦闘で、『身体強化魔法』によるバフありなのにパワー負けしている。
「(ヴィルマの母乳で身体強化は格段に上がっている。肉体作りの栄養だって十分な程摂っている。カタリーナの母乳で魔力量も出力だって桁違いに上がっているのに!)なんで勝てないッ!?」
「それ!」
「ああっ!」
「ふんっ!」
「ぐべらっ!」
俺は簡単に転ばされ、体勢を崩したところで追撃を受けた。
「い、いくらなんでもおかしい……。魔物相手には手こずりもしなかったのに……」
「そりゃそうだ。お前さんの身体能力も魔法も一流だよ」
「その通りなのである! 身体能力はプロの冒険者や騎士と比べても、ヴェンデリン少年の方が上である! 少年より明確に上と断言できるのは、近衛騎士のワーレン殿、『血まみれ』キャンディー殿くらいである!」
「余計におかしいのでは? 魔法で強化までしているのに」
本当のトップクラスには勝てなくても、それに次ぐ能力があるのだ。導師が息一つ乱さずに勝つのは理不尽だと思う。
「確かに、その圧倒的な身体能力を魔法で強化するのは間違っていない。その力は脅威だが……力しかないから怖くない、って状態なんだよなぁ」
「はあ?」
それはおかしくないか? ゲームでもステータスが高いってだけで、相当な強キャラなんだが?
「要は動きが単調過ぎなんだよ。魔物相手なら十分だと思うぜ? だが人間相手、それもプロとなればなぁ」
「ぶっちゃけると、軍人の大半が少年と互角以上で戦えるのである!」
「嘘でしょ!?」
「「ホント」」
「それはないでしょう!」
これでも自信あったんだけど!? チート主人公に転生した自信が!
「たしかに倒せないにしても、やり過ごすだけなら十分なのである! そもそも、あれ程簡単に足をひっかけられるなど、論外なのである!」
「もっと言うなら凄い破壊力ってだけで、当たらない。速度は速いが、キレがない。『英雄並みの身体能力を持った素人』としか思えねえな」
「うぐっ……」
要はチートでキャラは強いが、プレイヤースキルが0ってことかよ……。
「勘違いしないで欲しいのであるが、少年はまだ7歳。ここまで高い戦闘力がある時点で、十分才能があるのである」
「それに坊主は魔法使いだ。ここまで近接戦ができる魔法使いは希少だ。俺だって導師と真正面から殴り合いとか御免だぜ? つーか、王国の『最終兵器』と多少でも戦えてる時点で自慢できるんだがな」
「それは分かった……でも!」
導師やブランタークさんの言うことは納得できる。アドバイスはありがたいし、俺がもっと強くなれると理解できた。それでも言わせて欲しいっ!!
「昼間っから酒を飲みながらいうことじゃねぇ!!!」
「いやー! まさか『昼間から美味い酒を飲む』が仕事になるとは!」
「人生とは分からないものであるな!!」
そう。このおっさん達は酒を飲みながら7歳児を指導しているのである!
「それも俺の分身に酒の肴を作らせてな!!」
「この『ねぎま』というのは美味いな」
「魔物肉とねぎの串焼きですね……全部食いきってますが」
「全然量が足りないぞ?」
「そうであるな。この10倍は軽く食べられるのである」
そう言いながら酒をあおり、横で分身5体が肉を焼いている。最初に用意した分だけで5人前はあったはずだが。
「というか、ちゃんと分かっているんですよね?」
「分かっているよ。東部のブロワ辺境伯領で造られるの熟成は成功だ」
「よくこんなことを思いつくのである!」
俺らが行っていること、それはブライヒレーダー辺境伯本人からの極秘の依頼だ。内容は「ブロワ辺境伯家への政治的攻撃手段の確保」という、完全に政治的なやつだ。
事の始まりは先代ブライヒレーダー辺境伯による大規模な遠征。これにより現在のブライヒレーダー辺境伯が継承したのだが、彼の兄が存命だったためすぐに継承できず、有能な部下や当主の死亡によるゴタゴタでブライヒレーダー辺境伯家の混乱を解消することすら難しかった。
これを好機と見たブロワ辺境伯が寄子を率いて大規模な”紛争”を吹っ掛けた。紛争と言っても前世のようなものではなく、「各貴族間の争いを決着つけるための決闘」のようなものだ。
いくら直接紛争を吹っ掛けられた訳でないとはいえ、寄子(事実上の部下)が攻撃されたことで支援するのが寄親の役目だ。ただでさえ筆頭魔法使いや武官の多くを失ったブライヒレーダー辺境伯は厳しい戦いとなったが、裏工作で相手の寄子を疲弊させて以前の状況に戻したという。これができないと、隣接する森や川の恵み、果ては鉱山利権や貴重な水源まで相手に100%奪われるところだったのだ。
どうにか元の状況に戻したとはいえ、そのために支払った労力……特に資金は凄まじい。多額の資金を支払ったのに、得られた報酬がないとは最悪だっただろう。しかも攻められた側のブライヒレーダー辺境伯は先代の尻拭いと紛争の後始末で頭を抱えていた。
(それに東部の支配するブロワ辺境伯としては南部を支配するブライヒレーダー辺境伯の持っている利権や利益を奪いたくて仕方がない。当主の息子たちも、南部の利権を奪えれば次期当主確実だと考えているようだしな)
これに危機感を覚えたブライヒレーダー辺境伯が俺の『熟成魔法』『発酵魔法』を知ったことで考えた作戦こそが「ブロワ辺境伯領の酒を価格破壊してやろう大作戦」だ。
簡単に言えば、新しい酒を大量に購入して『熟成魔法』で何十年物の酒に変える。それを大量に売ることで現金収入を得る。ついでに供給過多になったブロワ辺境伯領の酒は余って価格が暴落する。これによってブロワ辺境伯領の酒を投資対象から除外させ、貴族の贈答品としても使えない『信用できない酒』にしてしまうって寸法だ。
(なによりブロワ辺境伯家直轄の酒屋には熟成中の酒が大量に眠っている。それの価値がなくなれば、ブロワ辺境伯家の資産を奪うに等しい所業だ。その売却益で行うつもりだった事業は出来なくなり、補填のためにしばらくちょっかいをかけられないだろうな)
細かいやり方はブライヒレーダー辺境伯がやるらしいが、この作戦の肝である「ちゃんとした熟成された酒」が作成できるかの調査をしている。俺は酒の違いなんて分からないし、未成年飲酒は許されない。だからこそ、酒好きのおっさんに試飲を頼んでいるんだ。
成功報酬は白金貨10枚、日本円にして10億円だ。もっと貰ってもいい気もするが、難しい政治案件とは関わりたくない。俺は「酒を美味しくする依頼」だけに集中していればいいのだ。
(ブライヒレーダー辺境伯の目算では金貨にして10万枚程度、約1000億円相当の利益だ。これにブロワ辺境伯領の産業を潰すことで、ブライヒレーダー辺境伯領の酒類産業の価値が上がる。相当な利権を奪ったに等しいな)
「ブロワ辺境伯のせいで王国も迷惑していたのである! これで南部が機能しなくなれば、帝国が侵略する可能性だってあったのである!」
「あの後俺が筆頭魔法使いに就任して、ブロワ辺境伯も寄子にいいところを見せたので満足したようだがな。王国政府や内務卿が助けてくれなかったと、お館様が文句言ってたよ」
「そりゃそうですよ。火事場泥棒にしても限度がある。しかも王国からの仲裁も、援助もないなんて」
「お館様のプライドもあるだろうが、そんな前例を作ったら面倒だし、財務卿あたりから嫌味言われるだろうからな」
「少年のような考えができる貴族が大勢いれば、この国はとっくに良くなっているのである!」
何度か王国の状況について話したことがあるが、最悪の一言だ。まともに機能している貴族の方が少数で、無駄に数だけ多い。とりあえず1/3くらい減らしても問題ないだろう。
「って、話が脱線した。問題は酒じゃなくて、俺が強くなるためにどうすればいいかですよ」
「それこそ酒と一緒だ。時間が経てば解決する問題だ」
「魔法使いとしては既に一流。実戦経験も十分で、ここから成長するのは難しいのである!」
「強いて言うなら魔闘流とかを習うくらいだが……」
「そんな時間、あるわけない……」
そもそも身元を明かせない状況でどうしろと? 入門拒否される未来が見えるよ。
「まあ、こうして良い酒が大量に作れると分かったんだ。それでいいじゃないか」
「その通りなのである! 良い酒と新しい肴が手に入ったことに勝ることはないのである!」
(こんなんでいいのだろうか、修行……)
もっと修行って、崖を登ったり、滝に打たれたり、強敵と戦うんじゃないのか!?
(俺が想定通り、魔力・身体能力で強化されていることは証明された。次は技術か)
技術を向上させるなら『性魔法』によるパワーアップだ。カタリーナで魔力、ヴィルマで身体能力を向上させたとなれば、戦闘技術の向上に最適なのは――
(ちょっと早いが、二人に会いに行くか)
そのためには、ブランタークさんを誤魔化す必要があるな。
「ちょっとブライヒブルクでやりたいことがあるので、これから頻繁にブライヒブルクに来るようになりますが……大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。俺の魔力探知を気にしているようだが、別に常に分かるわけじゃねえ」
「そもそも、少年の気配遮断は相当なレベルなのである。戦闘中でなければ、日常生活では気づかない程度の隠密なのである」
「そもそもよく探知から消えたり、増えたりしているからな。もう坊主に関しては気にしないことにしてるよ」
それは良いことを聞いたな。ブランタークさんと導師からのお墨付きなら、メインヒロイン攻略に乗り出してもいいかもしれん。
(だが、まずはイーナとルイーゼからだ)
二人と接触するのは難易度が高い。夜中に忍び込むということは「ブライヒレーダー辺境伯家の武芸指南役の家」に入るのだ。相当な実力者たちが大量にいる屋敷に侵入するなんて命知らずな真似はできない。
(ならば接触するには屋敷の外、街に遊びに来ている中でナンパするしかない!)
だがいけるのか!? 前世のナンパ歴は全戦全敗なんだが!? なんならスタートラインに立っていたかすら怪しいが。
いや落ち着け。重要なのは獲物を仕留めるための餌だ。相手が武術の天才で、賢い部類だとしても、現状は7歳の少女だ。そこに勝機がある。
7歳の少女が好きなもので接触し、『洗脳魔法』や『性魔法』で傀儡にして、そのまま屋敷に『転移魔法』で連れ込む。重要なのは「7歳の少女が好きなもの」だ。一般的に考えたら……花とデザートか。
(7歳なら花より食べ物だろう。話題になっているアイスクリームはまだ高価で子どもじゃ買えないだろう。それを奢ると言って、お茶に誘うんだ!)
俺はアイスクリーム製造を裏で行っている人間だ。その気になればアイスクリーム風呂すら用意できる。国家元首すら用意できないものを用意できる。これほど女性へのアピールポイントもないはずだ。
(よし、行け。行くんだ俺! 相手は6~7歳の女の子だ。怖くない。怖くないはずだ……!)
今の俺は特権階級(その中で最弱だが)の貴族の息子であり、将来有望な魔法使い。その辺の貴族では手に入れられないような屋敷もある。高価な魔道具や多額の金もある。なんなら彼女たちの実家の主君であるブライヒレーダー辺境伯とも親交があるのだ!
もしこれが婚活パーティだとすれば、負ける要素はない。婚活市場で無双できるだろう。
……なのにッ! 足が重い!!
「あ、あの!」
声が裏返った。
二人の少女――イーナとルイーゼが、同時にこちらを見る。
「えっと、その……俺はヴェルって言って……その、よかったら……」
駄目だ! 言葉が出ない! 確かに原作主人公もコミュ障気味だったが、そのせいか!?
俺がもごもごしていると、イーナが目を細めた。
「もしかして、ナンパ?」
そうです。ナンパです。前世含めて27歳が本気でナンパしようと頑張っています。
ルイーゼも、じっと俺を見る。
「ナンパなの?」
「ち、違……いや、違わないというか、その……」
しどろもどろになる俺を見て、二人は顔を見合わせた。
そして、くすっと笑う。
「ふふっ、変なの」
「うん。すごく緊張してる」
やめろ。7歳の姿で、27歳(前世込み)を憐れまないでくれ。
イーナは笑いながら、近くの喫茶店を指さした。
「それなら、お茶でも奢ってよ」
「え?」
「ナンパなんでしょ? だったら、お茶くらい奢るものじゃない?」
ルイーゼも小さく頷いた。
「冷たいお菓子も食べたい」
「……アイスクリームか?」
「それそれ! ボクたち、食べられなかったんだよね」
「並んでいる人も多かったけど、値段もねぇ」
思ったより話が早い。むしろ向こうがナンパを誘導してくれている? ――7歳の女の子に気を使われているナンパ男という不名誉は受け入れよう。
俺は一瞬固まったあと、慌てて頷いた。
「も、もちろん! 好きなものを頼んでいいぞ!」
「やったぁああ!」
「ふふっ。じゃあ、行きましょ」
二人は楽しそうに笑いながら歩き出す。
俺はその後ろをついていきながら、胸の前で小さく拳を握った。
(ナンパ、成功……だよな?)
人生初のナンパ成功! どうにか第一関門は突破したか……ここからどうやって屋敷に連れ込むかだな。
導師がブロワ辺境伯への政治的攻撃を黙認しているのは「国王が就任して間もない頃に問題起こしたブライヒレーダー辺境伯も大概だが、そこに追い打ちするな!」という考えからです。
ブロワ辺境伯は「東部の利益」を考え、国王は「王国全体の利益」を前提に動いた結果なので、誰が悪いと言えば先代ブライヒレーダー辺境伯です。ただ、導師としては理屈では分かっていても、ブロワ辺境伯の行動が王国崩壊のきっかけになり兼ねなかったため、黙認しています。