side:イーナ
私、イーナ・ズザネ・ヒレンブラントは、ただ驚いていた。今思えば、この日を運命の日と呼んでもいいのかもしれない。
「あ、あの!」
いつものように友達のルイーゼと街を歩いていた時、裏返った声で話しかけてきたのは、同い年くらいの男の子だった。
それから少しして分かったのは、彼が私たちをナンパしようとしていることだ。
「(さ、流石に二人同時はどうなの?)」
「(でもさ。面白そうじゃない?)」
私たちもそれなりに容姿が整っている方だと自覚している。でも、まだまだお子ちゃま扱いされているため、”ナンパされる”という大人の女性っぽい行為に憧れがあった。……それに、こっちが緊張するほどガチガチの男の子は見ていて面白い。
(それに、こっちもいい経験になるもの)
私の実家はブライヒレーダー辺境伯家の家臣の一つ。その家臣家の当主と側室の間にできた子どもだ。ルイーゼも同じであり、長女ですらない私たちは色々と微妙な立場にある。
一般の女の子なら15~18歳くらいで結婚するが、貴族などは生まれた時から婚約者がいてもおかしくない。大体、10歳までに婚約者が決まることが多い。
それなら貴族の家臣の子どもなら? そもそも『半貴族』とも言える重臣や家臣も婚約は早いのだが、次男次女以降は微妙だ。よほど強い家なら、家同士の結びつきのために良い縁談が用意される。だけど、うちみたいな家じゃ「60歳過ぎのおじいさんとかの後妻」「独り立ち」くらいしか選択肢がない。そして後者は「親から決められた相手と」ではなく、文字通り、自分で相手も進路も決めるしかない。
要は結婚相手から就職先まで自分で決めるしかない。母親から物心がついて最初に教えられることが「良い男の条件」なのだ。他の子どもが遊んでいる間、私は結婚相手の選び方を習っていた。
(悪いけど、君は『良い男か』を見極める経験になってもらうわよ)
ちょっと胸が痛いけど、こうでもしないとやっていけないのだ。
(なんて思っていたけど!)
喫茶店で割と高めのケーキと紅茶を頼んだが、目の前の男の子は嫌な顔一つしない! それどころか!
「それで足りる? こっちのパフェも頼んでいいよ?」
「(ねえ! この紅茶とケーキのセットって、30セント以上もするよね!?)」
「(それにパフェって100セントくらいするんだよね? それをあっさり……)」
しかも自分を含めて三人分ということは、合計で500セント近い支払いのはず。
そもそもこのカフェを選んだのだって、お母さんから言われた『男の見極め方』だ。平日の昼間から、ここのような高い喫茶店に気軽に入れるか。何も知らない男ならメニューを見ただけでギョッとし、知っていても自分だけ安いメニューを頼んだりしないか。
それが高いメニューを簡単に勧めるとは……かなりのお金持ちなのかしら?
「(ねぇ、イーナちゃん。よく見たら、あの子の格好、変じゃない?)」
ルイーゼに言われて気付く。
服のデザインは普通だ。派手な刺繍も宝石の飾りもない。けれど、布地は明らかに上等で、ほつれも汚れもない。しかも体にぴったり合っている。靴も綺麗に磨かれていた。
子どもの服なんて、古着か兄弟のお下がりが普通だ。特に成長期の子どもに、わざわざ体に合った良い服を用意する家は少ない。うちだって、普段着は姉のお下がりばっかり。
今着ている外出用の服だって、お母さんが無理をして買ってくれたものだ。だから兄弟たちからは『自分は買ってもらえなかったのに』と少し嫌な顔をされた。
それなのに彼は違う。本人はまったく気にしていない様子だけど、服にも靴にも、ちゃんとお金をかけられている。
「(それに気づいた? 肌も髪も綺麗だし、手荒れもしてない。筋肉の付き方も仕事や家の手伝いでついた感じじゃないし……明らかに『トレーニングでついた筋肉』よ)」
「(でも立ち振る舞いとかが素人だよ。多分、体を鍛えているだけで、ちゃんとした武芸を習っていないんだと思う)」
彼のような人は、貴族かそれに近い地位にいる人。それもただの貴族じゃない。十分な教育を子どもに与えられる貴族だ。結婚相手と考えた時、実家が太いのは高評価だ。
「えっと、名前はなんだっけ?」
「俺か? 俺は……ヴェルでいいよ」
「(偽名だね)」
「(少なくとも、本名じゃないわね)」
つまり相応に立場がある。隠さないといけない立場の人ってことは……本当にどこかの貴族かも。
「私はイーナよ」
「ボクはルイーゼ。にしても、二人同時にナンパって凄いよねぇ~」
「そうか? 可愛い娘が二人もいるんだ。『両手に花』が男の本望だろ?」
う~ん。ちょっとチャラいけど、貴族なら妻が複数人いるのが当然だし、その影響があるのかな?
「そういえばヴェル君って、普段は何しているの? おうちの手伝い?」
「そうだな……家の手伝いもだが、基本的には商売をね。良い伝手ができたから、こっちで商売をしているんだよ。魔法を使えば子どもでも色々できるから」
なるほど。子どもでも商売をしているってことは商人の子どもって可能性もある。商人の親が子どもに商会や店をやらせるってよくあるらしいし、貴族でも社会経験を積むために商会の手伝いをするとか。
「「って、魔法!?」」
ガタンッ!!
「急にどうした?」
私たちが椅子を跳ねのけて立ち上がったのも無理はないと思う。だって、男として最大のアピールポイントじゃない!
「あの……見せてもらうことって、できる?」
「魔法をか? ほいっ」
ヴェル君はその場で氷の魔法……それでブライヒレーダー辺境伯家の紋章を作ってくれた。
「(ほ、ホントに魔法!? しかも『複合属性』の魔法を!? 杖も使わないで!?)」
「(凄すぎるよ! これって、相当凄い魔法使いってことだよね!?)」
私たちが興奮するのも無理はないと思う。自分のことだけど。
実は私たちは『魔力持ち』という魔法使いに近い存在なの。初級魔法使い以下の魔力量しかないけど、これでも訓練すればコップ一杯分の水くらいなら出せるようになるらしい。
でも、そのわずかな魔力を体の中で回せば、槍術や格闘技では兄や武芸指南役の父にも勝てるようになる。だから戦闘者にとって、魔力は才能そのものなのだ。……『血のにじむ様な努力』も『強い武器』も『強力なドーピング』以上に強くなれる『生まれ持った才能』。
でも、少なくとも私は魔法使いにはなれない程度の才能――劣化魔法使い――でしかない。年頃ってこともあるけど、そういう憧れから魔法使いのことはよく調べた。
魔法使いは初級・中級・上級の三段階に加えて、さらに上・中・下の三段階、合計九段階で評価される。
ここで重要なのは『複合魔法』と呼ばれる基本四属性を組み合わせた魔法だ。私が調べた限りでは、氷の魔法は「水の魔法」と「風の魔法」をかけ合わせたもの。
魔法使いにとって「水を出す」だけなら簡単だけど、そこに風の魔法を使って「冷やす」「形を保つ」という現象まで足し合わせることが難しい……。そもそも「水が冷えると氷になる」というイメージが出来ない人、「風で水が冷える」という現象がイメージできない人が多いらしい。そこに魔法の同時使用――正確には違うけど、似た技術が必要らしい――という高等技術が必要となる。これができるのは最低でも中級魔法使い以上だ。さらに杖なしで魔法を使うには、上級の才能が必要になるらしい。……私は魔法使いじゃないから、よく分からないけど。
「(最低でも中級ってことは、貴族に雇われるのは確定だよね!?)」
「(むしろ彼自身が貴族になれる才能があるってことよ!)」
ただでさえ貴重な魔法使い。その魔法使いを優遇するため、貴族や国も色々な条件を与えている。その中で中級以上の魔法使いは、その気になれば貴族になることが出来る。色々な理由があるらしいけど、最大の理由は『竜を倒せる最低ラインが中級魔法使いだから』というもの。だから軍部が有能な魔法使い確保のために貴族にしているとか。
(そもそも、現在の子爵以上の軍閥系貴族は元魔法使いの子孫だし)
他にも中級魔法使い以上だと領地発展にメチャクチャ使えるとかなんとか……。この辺はブライヒレーダー辺境伯様のような在地貴族が確保しているけど、王国も直轄地の領地経営のために確保しているらしい。現在の『王宮魔導士制度』も「優秀な軍人魔法使い」と「優秀な領地発展魔法使い」確保のための制度だったらしいし。……まぁ、王宮魔導士になった時点で貴族になれるという特典付きだけど。
話を戻して……彼が『杖なし』というのも好条件だ。魔法使いが魔法を使うには、杖が必要だ。だけど、一部の優秀な魔法使いは杖すら使わない。これが上級魔法使いと呼ばれる超エリート!
侯爵家や辺境伯家の筆頭魔法使い、つまりは重臣にコネなしで成り上がることが出来る。過去には王宮筆頭魔導士となり、伯爵位にまで成り上がった魔法使いすらいるという実力主義の最たるもの!
「(イーナちゃん。この子、絶対逃がしちゃ駄目!)」
「(分かっているわ!!)」
「ありがとうございます。あと、これも取っておいてください」
「あっ、ありがとうございます!!」
普通なら抜け駆けして自分の彼氏に~、となるだろう。だが、中級魔法使い以上の才能を持ち、実家も太く、既に自分の商売まで持っているなら話が違う。複数の妻を持つことが当たり前だし、第二第三夫人でも十分すぎる。ぶっちゃけ、私たちの身分なら第五夫人でも上等、第七までに入れれば恩の字だ。……全部お母さんの受け売りだけど。
そんなことを考えている横では、ヴェル君が店員さんにチップ――いや、お会計?――を渡していた。
それからはヴェル君の話を聞いていたが、どうにも結婚相手として好条件としか思えない。むしろ、『わたしのかんがえたさいきょうのおっと』みたいな存在だ。
普通なら嘘くさいが、彼の服装や態度、魔法の実演と証拠がありすぎる。
「そうだ。よかったら今度、俺の屋敷に遊びに来る?」
「「屋敷!?」」
「うん。普段は使っていないからゴーレムに管理を任せてあるけど」
「(イーナちゃん!)」
「(分かってるわよ!!)」
自分の屋敷持ち! 自分で買ったにせよ、親に買ってもらったにせよ、自分の財力を見せつける最大の物証!
「い、今から行ってもいい!?」
「えっ? もう遅くなるから、家族も心配しない?」
「「大丈夫!」」
むしろ、こんな好物件を逃したと知られた方が心配されるから!
「それじゃあ行こうか。でもちょっと――」
「お客様」
「はい?」
いきなり声をかけられたかと思ったら、店員さんがニコニコしながら顔を出してきた。
「よろしければ、向こうの個室などいかがでしょうか?」
「いや、私たちは――」
「あぁ……それじゃあいいですか?」
「はい。何時間ほどご利用でしょうか?」
「それじゃあ……3時間くらいで」
「かしこまりました」
えっ? 屋敷に行くんじゃ……。
「それとお会計をお願いします」
「ありがとうございます」
「それじゃあ行こうか」
えっ? えっ?
何やら店員さんとの話が済んだヴェル君は、私たちを連れて個室に向かった。
「(ねぇ。一体どうなっているの?)」
「(分かんないけど、何か問題があったのかな?)」
sideout
side:店員
(行ったか……)
三人の子ども……いや、お客様を見送った私は、彼らが入っていった扉を見つめていた。
(少女たちはブライヒレーダー辺境伯の武芸指南役の娘だったか。そして、少年は鍛冶師たちが守っていた子ども。彼のおかげで良い武具が安く手に入っていると聞くし、その縁かな?)
ここはただの喫茶店ではない。貴族やそれに準じた身分の方々が訪れる店。高貴な方々の密談、非公式の面会、身分を隠した商談、あるいは人目を避けたい移動……そしてアリバイ作りにも使われる特殊な店でもある。
この店の個室は入った後、そのままいなくなっても問題ない作りになっている。それでも3時間はこの店に居たというアリバイになり、その部屋で何が起きても我々は関与しない。そこでどんな変態的なプレイをしても、そこから抜け出しても、「お茶をしていた」というアリバイになる。
(彼は魔法使い、それも相当高位の魔法使いだ。情報から推察するに、恐らく『屋敷に行く』と言うのは『転移魔法』を使うことだろう。そのためには誰にも見られず『転移魔法』を使い、帰ってくる場所が必要だ)
彼はよく物事を理解している。まさか会計の50%に相当する200セントもチップを渡すとは思わなかったが。普通の客はチップなんて渡さないし、辺境伯様のような高貴な方でさえ、心づけとして銅貨数枚――数セント――がせいぜいだ。
(彼女たちは彼の恋人になるのかな? それなら、今後もここを利用することになるだろう)
彼がこれほど多くのチップを渡してくれた理由は『いつでも使える部屋』としてだろう。ならば、一室くらいは喜んで用意しよう。我々は”我々に利益をもたらしてくれる方”の味方なのだから。
sideout
『転移魔法』を使う場所が欲しかったけど、こんなに簡単に部屋を使わせてもらえるとは。チップを多く払うと良いサービスを受けられるって、マジだったかぁ。
(チップは高いと聞くけど、俺は辺境伯とかの依頼で金はあるし、これなら毎回ここを使わせてもらおうかな? 常連になればもっと良いサービスがあるかもだし)
俺はまだ知らなかったが、この店と俺の関係はこれからか・な・り長くなる。