side:衛兵
「にしても、ここまで魔法を使って魔力切れすらしないとはな。技術も魔力量も桁違いだぜ」
「そんなに凄いのか?」
「……お前、そんなことも知らなかったのか」
俺の言葉に兄貴が呆れたように言ってくる。
「普通、魔法使いは成長とともに魔力が上がる。これは質も量もだ」
「それは知っているよ」
「だが、それを覆す方法がある。『器合わせ』と呼ばれる儀式だ」
「それも知ってる」
強制的に魔力量を限界まで増やす『器合わせ』は魔法使いが必ず行うと言っても過言でない儀式だ。ただし、コントロールの利かない子供に行うと暴走することがほとんどのため、滅多に行われないが。
「っ!」
「そうだ。おそらくあの子は『器合わせ』をしている。その上でコントロールまでできているんだ」
「……あの年なら、魔法を使えなくてもおかしくないよな?」
「それも杖なしでだ」
「それ、関係あるのか?」
止めてくれ。その『こいつはどこまでバカなんだ』という目は止めてくれ!
「魔法使いは杖がないと魔法の威力や精度が半分以下に落ちるらしい。逆に、上級と呼ばれる魔法使いは杖なしでも魔法の威力が落ちない。これが上級と中級の差だ」
「なのにあの子は杖を持っていない……それって」
「既に上級クラスって事だろ。それか、半分以下の実力で上級以上の魔法が使えるか」
もう嫌だ。ちょっと気になった子供の見張りをしたら、ここまでの化け物なんて誰が予想できるんだよ!!
「あの~」
そんな風に俺が荒れていると、例の子供がやってきた。どうやら職人とのやり取りは終わったらしい。
「とりあえず週一で鉱石クズから抽出したりするってことになったんですが……」
……これが週一で行われるのか。
「この売り上げ? どうやって納税したらいいんでしょうか?」
「「ああ~……」」
そういや商業ギルドは売り上げの一割を納税する義務があったな。
「なんか数千万セントは売り上げたので、納税しても疑われそうで」
「……しなかったら罰だもんな……」
「安心しろ。ここに衛兵がいるから」
クソ兄貴が俺を生贄に差し出してきやがった! こんなのギルドを説得するのも大変だが、説得しないと衛兵が脱税を見逃すことになるから大問題じゃねえか!!
sideout
「こ、これ……合ってますか? 本当に?」
「ああ。俺が証人だよぉ」
あの後、俺は納税だけ済ませることにした。流石に脱税で疑われたら大変だしな。
受付にいた事務的なお姉さんもこれには驚き、かなりの騒ぎになった。……いや、数百万セントって、日本円だと数億円だもんな。子供がギルドに登録して一日で数億円分の税金納税……そりゃ驚きだわ。
「やっと終わったが……これがこれから先続くのか……」
「流石に今日だけでは? それより本命の図書館に行きたいんですが」
「ああ……それは無理だ」
「はあ?」
ここまで付き合わせて無理とはどういう了見だ?
「そう怒るなよ。正確には入れはするが、図書館に入っても読み切ることができないって話だよ」
「なるほど。それなら来週また来ます」
「そうしてくれ」
今日の収入は数十億円ほどの稼ぎだ。まだ売っていない魔物の素材なんかも含めたら、俺の総資産はどうなるんだ?
(とりあえず、アマーリエにアクセサリーでも買って行こうか)
どうせ使い切れない金だし、これから増え続けるんだ。パーッと使うのが良いな。
side:ブライヒレーダー辺境伯
「それで、いい加減にしたらどうですか?」
「本当なんです! 信じてください!!」
「……どうします? お館様?」
私はアマデウス・フライターク・フォン・ブライヒレーダー。王国でも三人しかいない辺境伯をしています。
若くして辺境伯となった私は色々な苦労をしてきましたが、このような事態は初めてです。
「では最初から確認しましょうか」
事の始まりはバウマイスター騎士爵家に派遣している商隊を担当している商人の違和感でした。
バウマイスター騎士爵家は王国で……というかこの大陸でも類を見ない辺境を開墾して出来た貴族家なのですが、あまりの環境の悪さから自活できない領地なのです。正確には塩を手に入れることができないため、うちが慈善事業として商隊の派遣を行っています。
別に塩が手に入らない領地なんていくらでもあります。そのために商隊派遣なんて苦でもないのですが……問題は場所です。その領地はリーグ大山脈と呼ばれる危険地帯を挟んだ先にあり、そこにはワイバーンを筆頭とした危険な魔物が生息している。そんな場所を片道一ヵ月半かけた先にあるのです。行って帰ることを考えれ三ヵ月もかかる旅路となります。
これだけでも大変なのですが、向こうで補給なんて不可能なので三ヵ月分の水や食料の確保が前提となり、経験者は道中で出くわした魔物を食い殺して進む修羅の道です。……言い忘れてましたが、ワイバーンから商人や積み荷を護衛する冒険者も別にかかります。しかも三ヵ月も!
向こうで買取できるものなんて小麦くらいです。それも普通の物なので、大赤字でしょうね。たくましい冒険者や商人は襲ってきた魔物の素材を売って経費の足しにしているそうです。……それでもうちが経費を出してようやくトントンです。商人がこんな罰ゲームを――本当に罰則として行かせたこともあります――行っているのは”辺境伯家と取引をした”というアリバイ作りです。
「こんなしょうもない利益0の仕事、やりたがる人なんていませんが、”辺境伯家と取引をしている商会”という信用は他の商売で使えますからね。お抱え商人は別としても、たまにうちと本当の取引もできますし。こういう実績作りでしかない商隊派遣なのですが……何故あなたたちは何度もやりたがるのか理解できませんでした」
「まだ『瞬間移動』ができる魔法使いなら理解できるんだがな」
「ブランターク。そんな魔法使いがいれば、もっと金になる仕事をしますよ」
「分かってますよ」
『瞬間移動』の魔法の使い手は王国でも数少ない希少な存在です。軍部でも使用可能な人間はリストにまとめられ、緊急時には強制招集がかけられます。それが街から一つ先の街への移動しかできない魔法使いでもです。なお、この魔法はブランタークや現在の王宮筆頭魔導士でも使用不可なのですから、どれだけ希少か分かるでしょう。
話が逸れましたが、こんな仕事をしたがるもの好きはそうそういません。そもそもうちから依頼される時点でそれなりの信頼が必要となり、そこそこの規模の商会でなければこの仕事は引き受けられません。何故なら、失敗される代理人を立てたうちの面目がないのです。貴族なんて”面子”が商売道具なので、これが潰されることは死活問題なのですよ。
「今では取引実績としても微妙となっていますからね。正直、『ブライヒレーダー辺境伯の面倒ごとを肩代わりするので、相応の見返りを』と言われてもおかしくありませんので」
今では当番制でこのクソ依頼をこなしてもらっているのです。どうしても無理な時は多めの報酬を渡して懇意にしている商会に依頼しています。……本当に罰ゲームですよね。
「そんなあなたたちが、何故か羽振りが良くなっている。しかも、希少な牛乳や卵を大量に売りさばいていると」
そう。これが問題なのです。この大陸では牛乳や卵の安定供給は難しく、大量に売ることなど不可能なはずです。もし知っていれば、うちが独占してでも契約します。それだけ貴重なのですよ。
「詳しく調べさせると不可解なところだらけです。最大の決め手は『これから商隊派遣の経費を支払えなくなりそうだ』と言われた時の反応です」
「「「……」」」
「『承知しました』と言いましたね? それで家宅捜索してみたら……この汎用の魔法の袋や巨大な宝石が出てきたと」
魔法の袋は魔法使い用なら特別高価でも何でもありません。ただし、これが汎用となれば話が変わります。製造が安定せず、最低価格は数百万セント……実際には”金を出しても購入できない”という希少な品です。無論、我が家やお抱え商人は保有しています。しかし、彼らの様なささやかな商人が持っているはずの物ではありません。巨大な宝石など国宝に指定されている物より大きいのです。それをどこで手に入れたのか聞いたら……
「ですから、本当にバウマイスター騎士爵家の八男から貰ったんです!! 信じてください!!!」
「牛乳や卵も彼のおかげで安定生産出来ているんです!」
「宝石も彼が作っていました! この目ではっきり見たので間違いありません!!」
この調子です。嘘をつくにしても、もう少し上手くついて欲しいものです。
「ですがお館様。こいつら、嘘ついているように思えねえぜ?」
「それが余計に問題なのですよ」
「既に自白剤も使用しており、魔法による尋問も行いました。当然、彼らが薬物や魔法で記憶が操作されている痕跡もありません」
「……本当に困りました……」
我々の知る限りの方法を試したところ、彼らは嘘をついていないのです。ですが、我々の知っている”常識”では嘘としか思えない。しかも、ブランタークまでもが彼らの与太話を信じているのです。
「アルを成仏させた奴があの辺にいたのは間違いねえ。なら、そいつが一連の事件に関わっていてもおかしくない」
「それは状況証拠でしょう?」
「それでもそうとしか考えられないんですよ」
うちの筆頭お抱え魔法使いが言うのですからそうなのでしょう。私もそれしかないと思うのですが……でも6歳の子供がやったとは信じられないのですが……。
「その八男の名前は?」
「「「ヴェンデリン様です!!」」」
その夜、私は部下から緊急の報告を受けました。
「”ヴェル”と名乗る6歳の子供がブランタークに匹敵する魔法を行使した、ですか?」
「はい。部下からの報告では間違いないそうです」
「それだけではありません。職人ギルドからも同様の報告が上がっております」
「商人ギルドからも数百万セントの納税が行われたと。容姿の特徴も一致しております」
「ただの与太話、ではないようですね」
なにより同じ衛兵が子供を見張っており、その姿も目撃されている。証拠のインゴットもあるのですから嘘ではないでしょう。
「ブランターク、心当たりは?」
「ありませんよ。ただ、そのインゴットを作れるなら……それも鉱石クズから作れるなら上級の上で間違いないでしょうね。魔力量ではなく、魔法技術に関しては」
「あなたならできますか?」
「無理です」
「そうですか……」
ブランタークの言動に顔をしかめる部下のいますが、そんな事どうでもいいのです。重要なのは6歳にしてその領域に足を踏み込んでいる子供の存在。それも”ヴェル”という名前と年齢です。”ヴェンデリン”の愛称が”ヴェル”というのは自然ですし、年齢も同じ。
「同一人物だと思いますか?」
「そうじゃない方が怖いですよ」
「同感ですね」
決して悪い話ではない。だが、あまりに都合が良すぎて受け入れられない。人を信じることができないというのは嫌なものですね。
「バウマイスター騎士爵家が牛乳や卵の生産を行っているのなら、商隊を派遣しても十分な利益が出るようになるかもしれません。これを『ブライヒレーダー辺境伯家が長年支援してきたから』という事にすれば、我が家も株も上がりますかね?」
「上がるんじゃないですか? 状況にもよりますが、『瞬間移動』の魔法使いを派遣する価値が出てくる事態ですよ」
「それは少し様子を見ましょう。ただ、依存関係からギブアンドテイクの関係になれそうだという事を喜びましょうか」
同じ金を出すにしても、慈善事業と商売では話が違います。牛乳や卵の安定供給ができれば、それに越したことはないのですから。冒険者も卵はまだしも、牛乳は採取できませんからね。
「とりあえずは来週来る時に接触してみましょう。本人から事情を聴くのが早そうです」
そう結論付けて私は部下に指示を出します。問題は接触させる人物の人選ですが……ブランタークで良いのでしょうか? この男は子供と関わらせるには悪影響が出そうで怖いのですよね。
……あぁ。あの可哀そうな商人たちへの補償もありましたね。冤罪であれば――十中八九冤罪でしょうが――問題ですし、口止め料も含めて何か保証をしなければ。