戦争の覚悟 作:自棄ノ原
原作2巻、コミック4巻まで読了後推奨。
エルフィンドが外交上の失態を犯した。
それにつけ込み、グスタフは開戦を決意。
ただ一言、白銀――という電報を、参謀本部からオルクセン全軍へ発信させた。
その日の夕刻のことである。
いつもより早くやってきたディネルースによって、官邸の広間へ呼ばれた。そんな予定はなかったはずだが、副官部も了承しているようだった。
赴いた広間にはディネルースが待っており、その背後に二十六名もの闇エルフがずらりと整列していた。
彼と私的な関係のある陸軍少将は告げた。
「この二十六名の闇エルフが、作戦開始後に貴方につく特別警護班だ」
そして、ディネルースは、自ら選抜したという闇エルフ達の一名一名紹介し始めた。
彼女らは、自分の番の時だけ赤い眼鏡をとり、素顔を彼に見せた。
闇エルフだから、全員が美しい女なのは当然だ。ただ、美しいといっても、普通は様々な個性があるはずなのに、その場に集う女達はどこか一様に見える張り詰めた弓弦のような厳しさと、頸烈な意志の力を感じさせる美貌。
二十六名全員が、彼女らを一々紹介していくディネルース自身に、髪の色なり、面立ちなり、それぞれどこかしらが似ているような気がした。
特別警護班は指揮官一名、下士官一名、八名三交代の兵から成る。グスタフが寝ている間まで、二十四時間、常に警備態勢をとるということだった。無論、敵の脅威がある時は、非番の者も警戒につく。
白エルフ達が決死隊を編成してグスタフ暗殺を試みたとすれば、対抗戦力として最も期待できるのは闇エルフだ、と彼女は断言した。
魔術通信でも魔術探知でも、さらには闇夜をものともしない夜間視力でも、敵と同等以上だからである。奇矯に見える赤眼鏡は、夜間視力を全開にしたときに闇エルフの瞳が放つ赤く光を敵から隠蔽するためだ。
そのような点まで入念に備えて、襲来するかもしれない白エルフの決死隊から、王の命を守るというのだ。全班員が、己は既に死んだものと思い定めて、彼の盾となって死ぬ訓練を繰り返し、反射的に動けるようにしてあるという。
しかし、彼はそんなことを命じた覚えはない。先日裁可した作戦計画にも、そんな記載はなかったはずだ。
「ディネルース、司令部には哨兵もいるんだぞ? 私個人のために貴重な兵力を割いてどうする。闇エルフ族の忠誠は有り難いが、新しい計画で君たちは……」
王は言葉を濁した。侵攻計画は高級将校しか知らぬ軍事機密であり、居並ぶ闇エルフ兵たちの知るところではないからだ。
ディネルースは端的に答えた。
「参謀本部も承知のことだ。作戦局から正式な辞令もでている」
王は言葉につまった。
「ディネルース、君は……いや、みんなして。グレーベンか?」
「言い出したのは私だが、軍の総意だよ」
平素ならば、王には最強の護衛として巨狼アドヴィンが侍っている。しかし、作戦計画では、アドヴィンは貴重な戦力として、仲間の巨狼たちと共にしばしば前線に投入される。
ならば、巨狼をも狩り得る闇エルフを王の最後の盾にするのは、これ以上ない選択だと、参謀本部も認めたのだという。
しかし、グスタフは抗った。
「むう……私は前王のように、自ら陣頭に立ったりしないぞ? そんな才能もないしな」
ふっ――とディネルースは微笑し、彼に痛撃を放った。
「貴方、わざと自分の身を軽視しているだろう」
「…………」
「なにがどうあっても、今度ばかりは護衛をつけさせてもらう。副官部だって熱心に賛成してくれた。皆の総意なんだ。貴方個人の意向は、この際は脇に置いて頂きたいな。我が王」
道理は完全に彼女の側にあると、グスタフは認めざるを得ない。
「……分かった。世話になる」
するとディネルースは、ころりと態度を変え、やや低い声で言った。
「貴方にそのような心配はないと分かってはいるが、一応、言っておくことがある」
「うん?」
「この者たちは、もし貴方が更に私的な部分にまで側に置こうとしたら、自ら舌を噛み切るほど、私への忠誠が厚い。誰よりも、まず私が、貴方を八つ裂きにして殺す」
逃げても追い詰めて、闇エルフの盲点になるだろう便所に隠れていても息の根を止めてやる。いいな――と、世話焼きで癇癪もちの女房という感じで、ぶちまけてきた。
言い終えると彼の女は、嫉妬しているような、拗ねているような顔でぶんむくれた。
その可愛らしさがグスタフを笑顔にした。「分かっているよ」と快活に応じ、あれこれと喋って、女を宥め始めた。
国王と陸軍少将の会話とは思えない有り様であったろう。
二十六名の精鋭達はそれをずっと見ていたが、眉も動かさなかった。内心では呆れていたかもしれないが。
果たして、彼女らが気づいていたか、どうか。
グスタフは気づいている。
ディネルースと深い仲になってから、まだ半月ほどでしかないが、互いに深く理解し合っている。
だから、あまりにも明白だった。彼が自分の心の奥深くに秘していた思いを、彼女があっさりと見抜いてみせたように。
彼にも、彼女のことが分かっている。
嫉妬に身を焦がす様も、その後の膨れ顔も、それなりに本心ではあろうが、全て陽動だ。
一番肝心なこと、彼女の意図を隠すための。
ディネルース・アンダリエルは、死に支度をしているのだ。
その一方で、彼には生きろと言っている。