このところ、ずっと「あのこと」が頭の中をぐるぐる回っていた。
おかしくなりそうだ。
家のパソコンで父親のアカウントでログインし、ブラウズする。
気がついたら、エッチなサイトを検索していた。裸の男女が絡み合う姿。男のそれを舐めたり、口に入れたり……
(ママにバレたらどうしよう)
でも、見入ってしまう。
ごくり、とつばを飲む。
ふと我に返り、ブラウザを閉じた。
ぱたんとパソコンを閉じると、心の中に嫌悪感が湧き上がってきた。
(……みんな、みんな不潔よ。わたし、わたし……セックスなんて、絶対いやなんだから……)
いや、なのに。
気がつくと、そのことを考えている。
嫌悪しつつ、頭から離れない。
もやもやしたものは高まるばかりだった。
今週末には天文部の観測会がある。
理科準備室から望遠鏡を持ち出し、クルマに載せる。顧問の松岡先生が運転して、町外れの公園に到着した。
観測ポイントである町外れの公園に行き、明るいうちにセッティングする。
「今日はよく見えるなあ」
「あっ、また流れた。
真一はカメラをセッティングしている。
カメラを天の北極に向け、シャッターを開け放しにする。星々が円弧を描いて写る写真は、こうして撮るのだ。
ペルセウス座流星群の観測は一通り終わり、夜半には撤収することにした。
、機材を車に積み込むと、玲子はクルマに乗り込んだ。玲子は家がすこし遠いので、先生がクルマで送るという。
マユの家までは、歩いて30分くらいだ。ふたりと別れて帰路についた。
もう夜も遅い。
マユは自宅まで近道を通ることにした。街灯も少ない、暗い道だ。
だれもいない。
気味が悪いけど、すこし我慢すればだいじょうぶだ。小走りに駆け抜けていった。
そのとき、不意に声をかけられる。
「おじょうちゃん」
道の向こうにあるコンビニの光にぼんやり照らされて、ひとの姿が見える。
中年くらいの男だ。崩れた格好をしているところから、まともでないことは、一目で分かる。
男は無遠慮に近寄ってきた。
顔を近づけると、吐息がかかる。アルコールの臭い。酔っているのか。
そして、乱暴に手を握ってきた。
「やめてください!」
「おい」
「いいだろ」
手を振りほどいて逃げようとした。
そのときだった。
「おい!」
真一だ
「やめろよ」
びっくりするほど、男らしい声だった。
「オレの女に手を出すなよ」
「なんだと」
突き飛ばした。
「ちっ……」
男は立ち去っていった。
「歩いていったら、水橋が見えたんで……」
灯りの少ない夜道、真一とふたりきりで歩いていった。
マユはおずおずと、先ほどの礼を言った。
「ありがとう」
「いや……」
「なに?」
「おれ、以前からずっと、水橋さんのことを、見てたんだ……」
「えっ」
「付き合ってほしい……」
「ええっ」
そうして、真一はマユを抱きしめたのだ。夏服を通して、真一の肉体の温度が、直に伝わってくる。たくましい筋肉の感触。
「好きだよ……マユ!」
「!」
しかしマユは、そのとき、言い知れない恐怖を感じた。同級生がいきなり「男」として認識される。
「いやっ!」
思わず、振りほどいてしまった。
「そんなこと……いきなり、するなんて」
「好きなんだ! 分かってくれ」
「いやよ、絶対いや!」
「おい!」
そしてマユは家へ帰る道を、駆けだした。
鼓動は速くなる一方だ。
(あんなことして……よかったのかしら)
でも。
ショックだった。
まさか真一に、そんなことをされるとは……。
(いや……)
男のひとに、そんなことをされるのは……いや。
どうしても、受け入れられないことだ。
そんなことが頭にいくつも浮かびながらかけていくと、あの公園にさしかかった。
「お姉ちゃん」
また声をかけられた。このところ何度も聞いている、あの声。
「……!」
あの女の子だった。
あいかわらず、なにか挑発するような視線をマユに向けている。
少女は言った。
「ひどいじゃない。彼が、可愛そう……」
しかし、彼女の口から出たのは、いつもの少女とは違う、なにか、憐れむような響きを帯びていた。
「あなた、見てたの?」
それには応えず、少女は不思議な話を始める。
「お姉ちゃん。あたしはね、あなたのような女の子を知っているわ……もう、女の子じゃなくなってるけどね」
「なんのこと?」
「男の子のこと。セックスのこと。心の奥底では興味津々だったのに、素直になれなかったのよ。いまのあなたみたいに……」
「それが、どうしたの?」
そして少女は、信じられないことを口にした。
「おねえちゃん。だからわたしが、セックスのこと、教えてあげようか」
「!」
開いた口がふさがらないマユ。
「こ、子供はもう、うちに帰る時間でしょ」
「帰るよ……お姉ちゃんのところにね」
「はぁ?」
付き合っていられないから、早足で立ち去った。