眠りと覚醒のあいだをふわふわと漂っているような気分の中、マユは薄く目を開いた。 おぼろな視界の中に、何かが見え隠れする。だれかの顔だ。少女のような、女性のような……それが見覚えのある男子の顔をとりはじめた……。
「いやあー! やめて、やめてやめてーっ!」
その声で、マユは目が覚めた。
夕べ、奇妙な夢を見たような記憶がある。
しかし、はたしてほんとに夢、だったのか。
あのとき部屋に立ちこめていた霧は、もう晴れていた。
いろんなものが、視界にくっきりと入ってくる。
いつもの部屋。いつもの朝日、いつものベッド……。
でも。
マユは、一糸まとわぬ姿で、シーツの上に投げ出されるように寝ていたのだ。下着もネグリジェも、ベッドの下に落ちていた。
酷い格好だった。シーツには染みのようなものがあった
クーラーは切れていて、朝なのにもう空気はむっとする不快感だ。
(あんなこと……)
信じられない。でも。
(夢よね、絶対……)
そっと股間に手をやる。淡い茂みをまさぐる。そこは、濡れていたのだ。
(夢じゃ、なかったの)
指のあいだで糸を引く粘液を見て、愕然とする。
そういえば。
今でも身体の奥底で、熾火が熱を放っているような気がする。
トイレに入って、ウォシュレットのビデモードで洗浄し、残った蜜を始末した。
(……あ)
そのときも、つい敏感なところに触れてしまい、ゾクッとしてしまう。
(ダメよ)
パンツをはいたり、ブラジャーをつけるときも、布がこすれて、感じてしまう。いままで気にならなかったのだが、胸が硬く張っているようだ。
自分の身体の違和感を確かめるようにのろのろと着替えて、ダイニングに降りた。
「おはよう」
マコは朝食の支度をしていた。
そしてマコの顔を見て、はっと思い出したのだ。
まさか、あのビデオに映っていた女の子――
そして問うた。
「なにかあったの?」
「なにも……」
マユは口ごもった。
学校へ行くとき。マユの出で立ちを見て、マコが問うてきた。
「その服、着ていくの?」
今日もあのミニスカートをはいて、学校へ行った。
足取りが軽やかになっていった。
なぜかは知らないけど、気分がいい。
昨日までかかっていた、心の中のもやもやが晴れたようだ。
「おはよー」
道すがら、同級生に声をかけられる。
「マユ……マユじゃない?」
「えっ……!」
「あんた、ずいぶん、変わったわね」
「なんか、派手になったみたい」
「そうかな……うふっ」
「色っぽいよ、その笑い方」
「からかわないでよ」
「あら、褒めてるのよ」
廊下で真一と出くわした。
真一は目をそらして、その場を通り過ぎようとする。
「真一君!」
声をかけられて、びっくりしたように、振り返る。
「お、おはよう」
「昨日は、有難うね」
「ど、どういたしまして……
へどもどする真一に、マユは彼の腕をつかんだ。
「さ、いきましょ」
そして腕を組んだ。
ふたりは女子の一団とすれ違う。
「あら、どうしちゃったの?」
「なにがあったの?」
「うふふ」
マユは意味ありげな微笑を浮かべた。
身体が、軽い。
今日のマユは不思議にウキウキした気分だった。
鏡に映した自分の顔
我知らず、笑顔が浮かんでしまう。血色がよくなり、唇もルージュをつけていないのに、ばら色だ。
「今日のマユ、なんだか違う」
「そうかしら?」
隣席の女の子に声をかけられて、曖昧に誤魔化した。
休み時間。
ふと思い出して、あの上級生にショートメールを送った。
「マユです。ご無沙汰してます。また会ってみませんか?」
まだ連絡先を抹消していなかったのだ。
返事はすぐに来た。それは、マユにとっては期待外れのものだった。
「メッセージありがとう。でも、ごめんなさいね。週末はデートなの」
「……!」
そして、あろうことか、彼氏とのツーショット写真を添付してきたのだ。
「マユも青春してる? じゃあね」
じぶんのことは忘れろ、ということなのか。
中学時代のアレは、ただのお遊びだったのか。
軽くショックだった。
放課後は天文部の部室へ行った。
部屋にはひとり、玲子だけがいた。
玲子は座って、ハードカバーを読んでいる。
表紙には『三体』と漢字で大きく書いてある。
「松岡先生に借りたの。面白かった」
「……逢ってるの?」
「うん」
すこしはにかんだような笑顔で、頷いた。
そのとき、マユには合点がいったのだ。玲子と松岡先生の関係を。
彼女の醸し出すオーラは、恋するひとがいるそれだ。いままでなぜ気がつかなかったのか、不思議にも思ってしまった……。
それほどまでに、自分は鈍感だったのか。
(ひょっとして、玲子はもう、してるのかな。松岡先生と)
ふとそんな考えがマユの脳裏を横切った。そのとき、身体の中に熱いものが湧き出てくるような感触に襲われる。
「……!」
トイレで確かめると、ショーツのクロッチには、小さな染みができていた。