少女が目を覚ますと、そこは見慣れた自室のベッドの上でした。
とんでもない夢を見たような気がするのですが、どうにもよく思い出せません。それに何だか随分長い間寝ていたような気もします。
自分は寝る前に何をしていたんだっけ。
懸命に思い出そうと唸っていると、誰かの来訪を告げる音が鳴りました。
出てみるとそこには、不思議に懐かしく感じる可愛い後輩の顔がありました。
どうしたのかと問いかけると、今日も様子を見に来ましたと言われ、少女は首を傾げます。
今日も、とはどういうことか、彼女がこの部屋を訪れる機会は確かに多かったけれど、遊びに来るのではなく様子を見に来るというのは、不思議な言い方だと少女は感じました。
どういうことかと問うと、可愛い後輩は驚いた様子で「昨日も一昨日も、何だか少しいつもと様子が違って見えたので、気になって伺いましたが、覚えていないのですか」と問われます。
まったく身に覚えはありませんでした。
更に言うなら、様子がおかしいというのにも、自覚はありません。
少女がそう告げると、慌てて顔色や体温を確認され、すぐ医務室へと焦ったように促されました。
特に異常は感じられないとは言え、何かあっては困るので、少女はその言葉に従って、促されるまま部屋の外へ出ました。
一体自分に何が起きたのか、頻りに思い返してみても、やっぱり何も思い出せません。
そうして不思議がる少女に、後輩の少女が声を掛けました。
「記憶が無いのは心配ですが、今日はいつも通りの先輩ですね。いえ、安心はまだ禁物ですが……」
本当に何も覚えていないのかと問われ、少女は素直に頷きます。
ほんの小さなことでも、普段と違うことがあったなら思い出してみてくださいと言われ、考えに考えて、少女は一つだけ、思いついたことがありました。
「あのね。何だかとてもいい夢を見た気がする」
❃
「とてもいい夢」などというなまえを塔から見つめながら、私は苦笑を浮かべた。
そうやって未練を誘うようなことを言うからキミは魔性だというんだよ。
欲しいものを手に入れる為の努力は惜しまない
それが人類にとって都合の良い未来だったから、私はこうして人間側にいる。
間抜けな話、本当は何を欲していたのかも気づけず取りこぼしたものもあったけど、結局最後には
だけどキミは、欲しいと思えば手に入れてしまえて、そしてその瞬間失ってしまうもの。
ままならないものだ。
半端に自我など持ったせいで、余計な悩みを持つ羽目になった――というようなことを考えては、それでも自ら夢を見る機構が備わっていたおかげで恋を経験出来たことを幸運に思う。
二度あればもう充分だろう。恋の喜びも痛みも、これ以上はお腹いっぱいだ。
恋に痛みはつきものとはいえ、こんなに痛いとは知らなかった。
欲しいものを自ら手放すなんてことも初めてで、ぎりぎり軋む胸がしんどいのなんの。
だけどそれも、いつも通りのなまえを取り戻した瞬間、喜びに沸く熱に霧散した。
私が欲しかったキミは、今のキミ。それを永遠に失うことになる方が、何倍も痛かった。
無くなってしまうくらいなら手放した方がいいに決まっている。
見ているだけならどこからでも可能なのだから。
能天気に笑うなまえを見つめ、思う。どうかもっとその姿を私に見せてほしいと。
ここから先、きっとまたなまえは泣く。
痛がる姿を見るのは嫌だ。
彼女の憂いを払うのは、もう私の役目では無いと考えていたけれど――まだ私を望んでいるというのなら、傍に行っても構わないだろうか。
触れて、撫でて、抱きしめたい。
あの感触が恋しくて仕方が無い。
なまえに――会いたい。
怒らせてしまうだろうし、泣かせてしまうかもしれないけど、きっと喜んでくれるだろう。
どうやらなまえは、まだ私のことを少しは思っていてくれるようだから。
……会いに行っても、良いだろうか。
会いたいから会いに行くなんて初めてだな。
そう考えたら、また胸がむず痒くなった。
どうせ会いに行くのなら、もっともっと喜ばせてあげたい。
彼女の幸福な夢を欲するのなら、私が与えてあげればいいんだ。
そんな簡単なことに今更気づくと、じゃあどうしようかと考える。
頑張っているキミへの贈り物。
久しぶりに会うんだから、凝った演出の一つくらいあってもいいだろう。
なまえは驚いた姿も可愛い。
楽しそうな顔も見たいし、着飾った姿も見たい。
そうだな。私がなまえのバカンスをプロデュースするというのも良いかもしれない。
うん。とても楽しそうだ。
めいっぱい可愛がって甘やかして、あの熱を体いっぱい感じて、抱えきれない思い出を贈ろう。
共に幸せな未来を過ごせないのなら。
代わりに、幸せなひとときをキミに。
そうと決まれば準備をしなくちゃいけない。
なぁに、探せば妙な特異点の一つや二つあるだろう。そこをなまえの為の遊戯場にしてしまおう。
なまえと共に駆け抜けた日々を思い出す。
困ったこともたくさんあったけど、やっぱりなまえと過ごす時間は、私にとって幸せな時間だったと、そう思う。
真っ白な世界に一人立つ少女の姿は、それはそれで美しいけれど。
転げまわって、それでも笑っている姿を見ていたいんだ。
相変わらず私は、キミの未来を夢見ている。
世界の未来よりも、キミ自身の未来を優先している。
キミに恋をしたからだ。
それでも私は、やっぱり夢魔で。
やることは変わらない。見たい光景の為にまた尽力するだけのこと。
けれどそれが、恋した少女の幸福につながるというのなら、こんなに夢のある話も無いだろう。
ヒトの幸福など私には分からないけれど、それでも。
「キミの物語は、きっと祝福に満ちている」
というわけで、このお話はマーリンしか知らない物語です。
いったんここまで。
まだまだ続きます。