視点別に分かれています。
ここから2020年のお話です。
<ヒロイン視点>
「ああそうだ、もうすぐバレンタインで思い出した。これをキミに渡そうと思ってたんだったよ」
「え?」
マイルームにて。ベッドに二人並んで腰掛けて、ぶらぶら足を揺らしながら、もうすぐバレンタインだね~、なんて話していた矢先のこと。
マーリンがおもむろに懐から取り出したものを見て、私は思わず息を飲んだ。
「……フォウくん、まぺっと」
「そう。無くしてしまっただろう?」
「……ど、どう、したの?これ」
「作り直したんだよ」
言いながらそれを手にはめると、マーリンは己の顔の前でぴこぴこと前足を動かして、「うん、前にもまして良い出来だ」と満足げに笑った。
「ね、ほら」
「……っ、」
手にはめたマペットを私の顔の前に持ってきて笑うマーリンに、いつも通りの軽口を言おうとして口を開いたのに、喉元をせり上がる感情に飲まれて、言葉が出てこなかった。
「なまえ?」
「ぅ、……っ」
「……あれ、もしかして泣いてる?」
「う、ぅ…………っ」
「…………こいつはまいったな」
まさか私が泣くとは思わなかったのか、マーリンは困ったように眉尻を下げた。私もまさか泣かされるとは思わなかったし、この気持ちをどう処理していいか分からない。必死で泣くのを堪えようとしてみたものの、嗚咽と共に涙がぼろぼろ零れ出て、必死に涙を制服の袖で拭った。
マーリンが私にマペットを寄越してきたのは、まだ出会ってすぐの頃。
私は――今思えば、きっともう好きになっていたんだけど――そんな自覚も無く、ただ、少し予想外だったお返しにくすぐったい気持ちを抱いて。いつでも愛でられるようにと、ベッド脇に置いたそれが、恋の自覚と共に宝物と呼べるモノになって。
そして、それも含めて、ほとんどすべてを喪った。
仕様がないことだ。あの状況では、何一つ持ち出すことは不可能だった。
ノウム・カルデアは前のカルデアに似せて作られているけれど、それでも細部に違いはあって、でもそんな違和感も過ごしていくうちに馴染んできて。失ったものはとても多かったけど、ここで新しく得ていけばいいと、そんな風に思っていた。
だから……もう、とっくに諦めていたのに。
「やれやれ、本当にキミは泣き虫だな」
「違っ……、わっ、たしも、泣くと、思わな……っ!きゅっ、に、だすから……っ!」
「よしよし」
「ううううっ!」
不意打ちで放り込まれた贈り物に、衝撃が追いつかなくて身体が言うことを聞かない。そんな私の様子に、マーリンはマペットを手から外すと、私の膝の上に置いてから、肩を抱き寄せて頭を撫でた。
更に訳の分からない衝動が襲って、またしても涙が溢れてしまう。
「大事に思ってくれていたのは知っていたけど……これをキミに渡したときは、まだただの主従だったのにね」
「……でも、……いちばん、さいしょにくれた、し」
「そうだね。思えばあの頃にはもう、キミは私にとって、忘れてほしくないひとだった」
言われて、マペットを貰ったときの記憶が蘇った。
膝に置かれたマペットを手に取り、ぎゅっと抱き締める。前の、短いながらも思い出の詰まったマペットそのものではないけれど、新たに同じモノを用意してくれたことが、私は嬉しかった。
マーリンの胸にもたれて泣きながら、恋を自覚する前のことを思い返すと、忘れていたいろんなことが蘇ってくる。
マーリンに恋なんて不毛なだけだと、己の感情から逃げ回っていたあのときは、こんなことで泣いたりしなかった。
マーリンが誰と何をしていたって、子供っぽい贈り物を贈られたって、ほんのちょっとしか、気にすることは無かったのにな。
「…………あのね。今だから、言うけど。これ、ほんとは、意外だった」
「へえ?どんな贈り物を想定してたんだい?」
ようやく少し嗚咽も落ち着いて、ゆっくりと呼吸を繰り返す。最後に息を吐くついでに零した言葉に問い返されて、二、三度まばたきをすると、口を開いた。
「花とか……なんか、アクセサリーとか、そういう抜け目ない……女の子が喜びそうな、モノかなって」
「マペットだって女の子は喜ぶと思うんだけどなぁ。可愛いだろう?」
「それは、そうだけど」
もっと「バレンタインのお返し」チックなモノだろうと思っていたから驚いて。私、女として見られてないのかなってちょっと落ち込んだりもして。だけどこれを贈る際に、少しの本音を見せてくれたことが、とてもとても、嬉しかったことを――思い出した。
「マーリンって、案外フォウくんのことも、気にしてるよね……」
「それ、前にも言ってたね」
「えっ?そ、そうだっけ……」
「うん。忘れてしまったのかい?」
「……忘れた」
脳裏にふと「忘れられるのは苦手だ」と語るマーリンの姿が過る。だけどそれがいつの記憶なのかは、よく思い出せなかった。
ちらりとマーリンの顔を伺ってみる。特に気にした風もなく、常の悠然とした笑みを私に向けていた。
「まぁ、キャスパリーグは一応私の使い魔で、私は主人なのだし。気にかけもするさ」
「……じゃあ私も飼ってよ。そんでもっと気にかけて」
フォウくんマペットに手を入れ、マーリンの鼻先に向けながら言う。「放任主義だけど良いのかい?」と宣うマーリンに、「良いわけ無いでしょ」と言いながらマペットの右足でぺしんとマーリンのおでこを弾いた。
「ほったらかしなのに飼い主面するからフォウくんに蹴られるんだよ」
話しているうちに涙もだいぶ落ち着いて、目尻にたまった最後の雫をマペットをしていない方の手でぬぐい取る。見つめるマーリンの視線に今更照れくさくなって、少しばかり視線を逸らした。
「ていうか、何で今渡すかな。バレンタインのお返しにくれたら良かったのに」
「そんな野暮な真似はしないさ。あくまでこれは以前に贈ったモノの再現だ」
「それにしたって、お返しと同時とかでも良かったのに……、急に渡すから、泣いちゃったじゃん……」
小さく零した言葉に、マーリンの口がにんまりと弧を描く。「だからこそ、今渡して良かったと思うよ」と話すマーリンに、むくれたふりをしながらその意味を問うた。
「なんで?」
「だって、僕を思って溢れる心を、いっぺんに食べたら勿体ないだろう」
「なにそれ、欲張り」
「本番も期待してるよ」
ニマニマ笑いながら言うマーリンに、普段の自分らしさを取り戻していた私は、ふんと鼻を鳴らすとじろりと睨みながら憎まれ口を返す。
「いつだって極上のスイーツを提供しているつもりですけど」
私の言葉に、マーリンの笑みが深まる。どころか「ははっ!」と声を上げて笑うと、実に楽しそうに「違いない」と答えられてしまった。
何だかやっぱり恥ずかしくなって、私は何も言い返せず、マペットでマーリンのおなかをつついた。
<マーリン視点>
記憶のよすがになるようにと贈ったそのマペットを、なまえが大事に思ってくれていることは分かっていた。
とは言えそれ以外にも贈り物はしているし、初期に贈ったこのマペットよりも、後からなまえに似合うものをと誂えたものたちの方が、よっぽど喜んでくれていた。
だからこのマペットを贈り直すことは、なまえを喜ばせる為というよりも、個人的な都合の方が大きかったのだけど。
泣いてしまったなまえの小さな肩が震えるのを見つめる。しゃくりあげる声が部屋に響く。
あの頃私はキミに恋などしていなくて、
キミの私への想いも花開く前で。
それでも、
「あの頃にはもう、キミは私にとって、忘れてほしくないひとだった」
すらりと本音が滑り落ちて、そっと苦笑を零す。
なまえの私を想うこころは、私の心まで溶かしてしまうのだ。
とろり、とろりと。じゅうじゅう燃えながらも、蜜のように流れ込む感情が、静かに胸を満ちていく。
なまえは不意打ちを受けた、と非難するように言ったけれど、私だってそうだ。そこまでの情を燃やされるとは思っていなかったから、これで結構戸惑っているんだよ。
「忘れられるのは苦手だ」と、語った夜のことを思い出す。あのときも、なまえとのひとときが楽しくて、率直に話すなまえが珍しくて。その言葉に応えようと努めたら、本音がぽろりとこぼれ落ちたのだった。
甘やかな感情を堪能して、気が抜けていたのかも。なまえの心を食んでいる最中は、どうにも気が緩んでしまう。
私の言葉に対して「忘れない」と語ったなまえだが、どうやら彼女はそんな会話ごと忘れているらしい。そんなことだろうと、私は口の中で小さく笑った。責める気はないし、気にしてもいない。
私となまえが過ごした日々が、覚えきれないほどの出来事で満ちていたと、これはそれだけの話なのだ。
この先、なまえが過ごす日常の中で、私を思い出すことが無くなっていくのだとしても。
些細な思い出たちの数々が、彼女に私の存在を紐づけてくれるだろう。
そんなもので良いのだ、私が手に入れるものなんて。
それだけで、良いんだ。
きっと、これから過ごす時間の中で。
一生分の
2話に分けようとしたら、マーリン視点が短すぎてできませんでした。きびしい。