※この作品はR-18です。

月のわらう世界(マーリン夢小説)   作:ゆんぎつね

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六月の夢 B

私は焦っていた。

 

早く会場に向かわなければいけなくて、急いでドレスの裾をつまみながら、長い廊下を進む。もう時間はすぐそこまで迫っているのに、私としたことが、支度に時間をかけすぎてしまった。ベールで目の前がよく見えず、この道であっているのか不安になる。えぇと、会場はこの先で間違いなかったろうか?

 

突き当たりを左に曲がったところで、ドレスからぼろりと花の装飾が取れた。

 

「ああ!」

 

慌てて装飾を拾い上げ、何とかくっつかないかと取れた部分にあてがうも、当然それでくっついたりはしない。縫い糸を引っ張り出して結びつけられないか試行錯誤していたら、今度は裾をふんずけて破いてしまった。

 

「あっ……」

 

ぴたりと動きを止め、破れた裾を見下ろすと、今度は背中のボタンが外れた。反射的に腕を背中に回したモノの、一人ではどうしようもない。

 

いつの間にか、ドレスはボロボロになっていて、私は途方に暮れた。

 

こんなんじゃ、とても式なんて挙げられない。どうしよう。あの人が、待っているのに――。

 

じわりと目に涙が浮かんだその瞬間、急にふわりと身体が浮かんだ。

 

「――っ!?」

「花嫁さん。ご機嫌いかが?」

「え、あ」

 

慌てて見下ろすと、何やら白い影が見えて、どうやら私は誰かに抱き上げられているらしかった。目が合うと柔和に微笑まれて、焦燥していた心がほっと落ち着く。その場に優しく降ろされ、再び足を地に着けると、不思議なことにドレスが直っていることに気づいた。

 

「あ、あれ?壊れてたのに……」

「幸せな花嫁が、あんな姿でいるのはよろしくないだろう?」

「直してくれたの?ありがとう」

 

どういたしまして、と白いひとが微笑む。「では」と去ろうとする姿を見て、はっと我に返ると「待って!」と私は彼を呼び止めた。

 

「会場の場所、分かんなくて……私、どこから来たのか……どこに行けばいいのか、知りませんか?」

「……案内しよう」

 

白いひとはそう言うと、すっと前に出て歩き出した。ドレスの裾を持ち上げると、慌てて彼の後をついて行く。もうドレスがぼろぼろと壊れるようなことは無く、迷い無く歩くひとの後ろをひたすらついて歩いていると、ある一つの扉の前で、彼は立ち止まった。

 

「――さぁ。ここが式場だ。みんなキミを待っているよ。キミの、結婚相手もね」

「ここが……式場」

 

扉の前に立ち尽くし、じっと見つめる。今から私はここで式を挙げるんだ。

 

「ステンドグラスがとても綺麗で、ここに決めたんだっけ」

「そうかい。キミの式を祝福するに相応しい会場だ」

「ふふふ、そうでしょ?だって私とマーリンの結婚式だから」

「――え?」

 

扉に手をかけると、ゆっくりと開く。扉が開いたのに気づいた列席者が振り返り、私を見た。ああ、みんないる。友人も、サーヴァントたちも、家族も――。

列席者から目を離し、前を見据える。美しいステンドグラスが目に入り、その下には私を待つマーリンがいた。こつり、一歩足をバージンロードに踏み入れた瞬間、

 

「っ、わ!?」

 

びゅう、と大きく風が吹いて、花びらが勢いよく舞い上がる。思わず目をつむり、再び開くと、そこは一面花畑へと姿を変えていた。目の前には、ローブ姿のマーリンがいる。

 

「あれ?チャペルは……みんなは?」

「……キミと僕の婚姻を、祝福する者なんていないよ」

 

誰もいなくなった、花しかない空間で、マーリンが静かに告げる。私はウェディングドレスを着ているのに、マーリンは普段の姿のままなのが少し寂しい気がしたけれど、それでも花嫁衣装でマーリンに寄り添えるのなら、それでいいとも思えた。

 

「そっか。なら仕様がないね。いいよ、ドレス着れただけでも嬉しい」

「……せっかく綺麗なのに。僕だけが見るなんてもったいないな」

「ほんとだよ、この幸せ者め」

 

裾を振りながらその場でくるりと回転してみせると、マーリンは目を見開いて固まっていた。ときによく分からない反応を見せるのはいつものことだが、見とれているのとは違うように見えて、ちょっと居心地が悪くなる。

 

「な、なに?」

「……いや。本当に、僕は幸せ者だ。花嫁を差し置いて」

「えぇ?私も幸せだよ。……欲を言えば、マーリンにも相応しい装いをしてほしいとこだけど」

「……そうだな。こんな感じ?」

「えっ」

 

ふわりとマーリンのローブが風に舞うかのように膨れ上がると、裾からたくさんの花びらが弾けて、真っ白で荘厳なローブへと姿を変えた。タキシードではないけれど、いつもとは違う初めて見るローブ姿に、頬に熱が集う。

 

「か、かっ、かっこいい……」

「はは、普段とそう変わらないだろう?」

「そんなことないよ!……いつもかっこいいけど」

「ふふっ」

 

シルエットはいつもに近いけれど、もっと神秘的にうつる。よく見ると髪も整えられていて、霊衣のときのように耳が見えていた。

なんだか花婿というよりは、だいぶファンタジー寄りの神父のようにも見えるけど、私にはじゅうぶんすぎるほど嬉しい衣装替えだった。

 

「……えへへ、嬉しいなぁ。マーリンと結婚出来るんだ」

「……キミが、僕を思い出したから」

「ん?」

「いいや。キミにとって、結婚相手は本当に僕しか考えられないんだね」

「そうだよって言ったじゃん。今日……、あれ?……今日って、いつだっけ……」

 

マーリンに結婚を断られて――でも、私は今こうして、マーリンと結婚することになって。……あれ、どうしてそうなったんだっけ。

 

いまいちよく思い出せずに眉を寄せた私に、マーリンが近づく。そっとベールを持ち上げられて、布越しでないマーリンと目があった。

 

「この誓いは二度目になるが」

「へ?」

「良きときも、悪しきときも。

病めるときも、健やかなるときも」

「……!」

 

結婚式で、本来なら牧師に問われる、誓いの言葉。

ここには他に誰もいないから、マーリンは自らその言葉を口にした。

 

結婚式なのだから当たり前の筈のその口上に、それでもぎゅうと心臓が捕まれたようにドキドキして、ぼっと顔が燃え上がる。

静かに微笑みながら誓いを口にするマーリンを、私はぎゅっと己の手を握りながら見つめた。

 

「富めるときも、貧しきときも。

キミを守り、敬い、慈しみ、――……」

 

淀みなく誓いの言葉を口にしていたマーリンが、なぜか最後で言葉を止める。

 

「……?」

 

無表情のまま、続きを言わないマーリンに、何だか不安になって声をかけようか迷う。逡巡していると、マーリンがふ、と笑みを浮かべ、再び口を開いた。

 

「キミを幸せにすると――誓うよ」

「…………!!」

 

そっとマーリンの手が私の頬に触れ、そのまま抱き寄せられる。身体に回された腕の感触が心地よくて、マーリンの胸元で目を瞑ると、溢れた涙が厳かなローブを濡らした。

 

「世界一幸せな花嫁に、なるんだよ。なまえ」

「もう、なってるよ……」

「……夢みたいだって、思うだろう?」

「……うん」

 

僕もそう思うよ――とマーリンが囁くと、瞼の裏が急に白み始める。眩しさに目を強く瞑ると、抱きしめていた筈の感触が遠ざかり――




そして前話の終わりに続く。
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