※この作品はR-18です。

月のわらう世界(マーリン夢小説)   作:ゆんぎつね

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2024年バレンタインのおはなし。


チョコレートコスモス

バレンタインも近いある日の終業後。いつも通りにマイルームに舞い戻った筈の私は、目の前に広がる光景にピシリと固まった。

 

「……えっ、キッチン?」

 

そうキッチン。というか、キッチンスタジオ?

およそ一般人の家には置けないであろう、まな板がいくつも置けそうなカウンターを備えた豪華なキッチン……が、何故か眼前に飛び込んできた。

いや、ここは一般人の家ではなく、金持ちの家でもなく、ストームボーダーにおける私の部屋、の筈なのだが。よく見なくても違う。キッチンがマイルームに出現したわけではなく、ここはどこかのダイニングルームのようだ。どこかってどこなのだろう。カルデアのキッチンはこのような見た目はしていない。

 

一応、部屋を間違えた可能性を考えて、背後を確認してみる。何もない。扉もない。はいはいそのパターン。

溜息を吐きながら再びキッチンを向くと、先ほどまでいなかった男が笑顔で立っていて、本気で驚いてのけぞった。

 

「うわッ!!……びっくりしたぁ」

「私も驚いたよ。キミの驚きぶりに」

「無言で出てくるからだよ!」

 

言うまでもない気もする、おなじみの花の魔術師がそこにはいた。だが服装はいつもと違う。

髪を高い位置で結い、簡素な服の上から花柄のエプロンをつけている。髪の長さはいつもより短め。霊衣バージョンの更に亜種、といったいでたちだ。

 

「ということはマーリンの仕業か……」

「ということはとは?」

 

いやそんな準備万端な格好で現れといて、自分は関係ありませんとか無理があるでしょ。

指摘するとマーリンは何が嬉しいのかニマニマと口元を緩めながら、ごもっともと弾んだ声で返した。

 

「それで……これはどういう趣向?」

「うん、もうすぐバレンタインだろう?だったら答えは一つじゃないか」

「チョコ作ろうみたいな?」

「大正解♡まぁ、チョコじゃなくてもいいんだけど」

 

キミの得意なお菓子なら何でも、と楽しそうに言いながら、マーリンがキッチンへと入っていく。その後ろに続いてキッチンに入ると、はい、とマーリンにエプロンと三角巾を手渡された。しっかりマーリンとお揃いの、ゆめかわお花柄である。

 

呆れた目を向けつつ素直に受け取ると、渡されたものを装着する。どうせこれが終わるまで解放しないつもりだろう。

 

「素直で可愛いなぁキミは」

「私はいっつも素直でしょーが」

「うん♡いつも可愛い♡」

「……はいはい」

 

最近はもうずっとこんな感じでデレッデレのマーリンなので、全部付き合ってたら捌ききれない。ので多少のデレは切り捨てつつ、ご丁寧にカウンターに置かれていた製菓のレシピ本をぱらぱらとめくった。

 

マーリンは「キミの得意なお菓子なら」などと言うが、そもそも簡単なものしか作れない。得意とか言われても困る。それに、バレンタインの贈り物として手作り菓子が欲しい、ということなら、最低限チョコを使うものがいいだろう。まぁ、どんなものを作ったとて、マーリンに味は分からないのだが。

 

「それにしても急に何?お菓子が欲しいならリクエストしてくれればよかったのに」

 

チョコを使ったレシピを探しながら、マーリンに問う。隣からレシピ本を上機嫌そうに覗き、マーリンは答えた。

 

「お菓子が欲しいというか、キミとの思い出が欲しかったのさ。勿論、キミの手作り菓子もとっても楽しみだけど」

「味わかんないくせに」

「わかんなくても、キミがくれるものは何でも嬉しいとも」

「確かに、何贈っても受け取ってくれるけど……それはそれで毎年困ってるんだからね」

 

唇を尖らせてそう文句を言うと、マーリンは不自然に口をつぐんだ。レシピ本に向けていた顔を上げると、真顔で見つめるマーリンと目が合う。

 

「な、なに?」

「いや?何も?」

「何もなくないでしょ、その反応は……」

「なーんにも」

 

再び楽しそうに笑って、マーリンは歌うようにそう言った。

 

出たよ。意味深な反応をしておきながら結局黙ってるいつものやつ。

 

たまにマーリンは、こんな風に意図の分からない反応をする。しかし、その真意を尋ねてもまともに返ってきたことは無いので、釈然としないもののそれ以上何も聞かず、再びレシピ本に視線を戻した。

 

マカロン、トリュフ、生チョコ、クッキー、パウンドケーキにガトーショコラ。チョコを使ったお菓子と言っても種類はたくさんある。

本来であれば、相手の好みと自分の力量を図らねばならないところ、マーリンに食べ物の好みを聞くのはあまり意味がない。強いて言えば舌触りとか気にした方がいいくらいだろうか。

 

とはいえ生チョコは以前に作って渡したことがあるし。あとチョコを湯煎にかけて溶かすのが苦手なので、そういう行程がないもの……。

 

「チョコチップクッキーにしよう」

「これだね。じゃあ材料は……」

 

相談も無く勝手にそう言った私を気にすることなく、すんなり受け入れるとマーリンはてきぱきと行動し始めた。

キッチンの隣に置かれていた巨大な冷蔵庫を開けて、次々と材料を取り出していく。普通冷蔵庫に入れないものまでそこから取り出していたので、あの冷蔵庫は冷蔵庫の形をした四次元ポケットなのかもしれない。

 

マーリンが手渡してくる材料を並べ終えると、収納から必要な道具を取り出した。

 

「バター常温に戻すのどうしよ。マーリン自力でこねる?」

「常温、なるほど。常温にな~れ☆」

「それで何とかなるんだ……」

 

などとふざけているようで有能なマーリン魔術が飛び出したりしつつ。

二人でレシピをにらめっこしながら、クッキーづくりを協力して進めていった。

 

◆

 

シンクで洗い物を洗うマーリンという激レア映像を眺めながら、洗いあがった食器を拭いていく。ふと、そういえばスルーしていたことを思い出して、マーリンに尋ねてみた。

 

「ところで、なんで急に思い出が欲しいなんて言い出したの?ていうか、こんなサプライズみたいなことしなくても、事前に言ってくれれば準備したのに」

「そうできれば良かったんだけどねぇ」

 

何故か苦笑いでそう答えるマーリンに首をかしげる。それができない理由なんてあるだろうか、と考えて、ああ、と合点がいった。

 

「そっか、バレンタイン前で今キッチン大混雑だもんね。予約取るのも大変だし、そもそも大人数で作ることになっちゃう」

「そうだね。二人きりじゃなきゃ困るから」

「困るって何?」

 

ハハ、と誤魔化すように笑うマーリンに、もう、と相槌を打つ。

すべてを洗い終えたマーリンがタオルで手を拭くのを確認して、私も最後のボウルの水気を拭き取ると、食器用のラックにそっと置いた。

 

「クッキーは……いい感じだね。もう焼き終わるよ」

「そう。焼けたら一緒に食べようか」

「バレンタインに贈らなくていいの?」

「バレンタインの贈り物であれば、いつ貰ったってかまわないよ。当日は忙しいだろうしね」

「まぁ、それはそうだね。でも冷ましてからの方がいいよ」

「そこは私がえいっとしよう」

「便利だなぁ」

 

マーリンは実際すごい魔術師だ。それは本当に疑いようが無いのだが、こうして細々とした事象に対して連発されると、逆に凄さが分からなくなる。

それだって、私が楽をしようとするときは、出し渋ったりするくせに。

 

「せっかくだからお茶も淹れようか」

 

そう言ってマーリンがエプロンを脱ぐとキッチンを出る。後に続くと、入ったときには無かった丸テーブルと二脚のしゃれた椅子がいつの間にか鎮座していた。テーブルの上には二人分のティーカップとソーサーが載っていて、真ん中にティーポットと、その脇にシュガーポットまで置かれている。

テーブルに近づくマーリンの手からはいつの間にかエプロンが消えていて、はっとして自らを確認すると、私がつけていた三角巾とエプロンも、いつの間にか消えていた。

 

「紅茶の好みはあるかな?」

 

ティーポットを掲げながらマーリンが問う。

 

「マーリンのオススメがいいな」

「そうだねぇ、絆がみるみる高まるお茶とかどうだい?」

「いいね。私とマーリンの絆はカンストしてるけど」

 

マーリンの軽口に応えたところで、オーブンがクッキーが焼きあがったのを告げる。小走りでキッチンに戻ると、ミトンをつけてそっとクッキーを取り出した。

後から悠々と入ってきたマーリンが、またもやいつの間にか、どこから取り出したのか分からないお皿を差し出したので、そこにクッキーを移してテーブルに戻る。先ほどまでなかった花瓶がテーブルの上に置かれているのに気づき、皿を置きながらマーリンに尋ねた。

 

「このお花は?」

「チョコレートコスモスだよ。チョコの香りがする花なんだ」

「色が似てるからじゃないんだ」

 

興味本位で花に顔を近づき匂いを確かめると、かすかにそんな香りがする……気がする。そうしているうちに、マーリンが二人分のカップに紅茶を注いでくれた。礼を言うと、お互いに着席する。

いただきます、と手を合わせる私に倣い、マーリンもまた愉快そうに手を合わせ、いただきますと呟いた。二人きりのお茶会の始まりだ。

 

出来たてだが、アツアツではないクッキーを一枚取り、さくりと頬張る。うん、美味しい。

 

「どう?」

「ん。美味しい」

「ふふ、私も美味しい」

「まだ食べてないじゃん」

 

そう言うと、マーリンは微笑みながらクッキーを一枚頬張った。そして目じりを下げて嬉しそうに、「こっちはやっぱり分からないや」などと宣う。

ちぐはぐなその反応に目を瞬く。そんな私の目を見つめ返すと、やはりマーリンは嬉しそうに微笑み返した。

何となく照れ臭くなり、目の前のティーカップを持ち上げると、誤魔化すように紅茶を口に含んだ。これも美味しい。

 

クッキーに手を伸ばしながらも、にこにこと嬉しそうに私を見つめるマーリン。

私が何か食べているのをマーリンが見つめるのは儘あることだが、自分も食べているのに私を見つめているのは、なんだかとても落ち着かない。

 

「見ながら食べないでよ」

 

言いながらクッキーに手を伸ばし、一枚かじる。

 

「幸せな時間を焼き付けてるんだ。今くらい許しておくれ?」

「またそんなこと言って、本当に口が減らないんだから。嬉しいけど、ホント今までの苦労は何だったの」

 

ぷりぷりと怒ったふりをしつつ紅茶を一口。

しかしまたしても不自然な沈黙があり、ティーカップを置いてマーリンを見れば、微笑を消して私から視線をそらしていた。

 

「……そんなに、言ってるのかな」

「えっ!?自覚無いの?」

「いや。ふうん。まぁそうだろうね。僕が言っているのだから」

「へ?」

 

訝る私に応えず、マーリンは視線を下げて紅茶を手に取り、口に含んだ。いつも通りの、優雅でどこか品のある仕草。それを無言でやられると、なんだかいたたまれなくなってしまう。

ふぅ、と息を吐いたマーリンが、いつも通りの笑みを浮かべて私を見つめる。その親しみある表情に、ほっとして肩の力を抜いた。

 

最近は、分かりやすく恋情をぶつけてくるマーリンだけど、こうしてよくわからない反応をするのも、いつものこと。

さっきのとおり、たいていは何も答えないし、数瞬でいつも通りに戻るので、気にしても仕方ない。

気になるけど、きっと私にはわからない、心の……心の?……何かの機微があるのだろう。寂しいけど、仕方ない。

 

そのあとはいつも通り、楽しいおしゃべりに興じていたら、あっという間にクッキーは無くなって、紅茶はすっかり冷めてしまっていた。

 

◆

 

「ごちそうさまでした」

 

再び手を合わせてそう言うと、お皿を片付けようと立ち上がる。するとそんな私を制して、マーリンがテーブルを撫でるように腕を掲げた。するりとテーブルクロスを引くようにテーブルが消え、椅子も同時に消したようで、背後に目をやると無くなっていた。

 

「今日は本当に素敵な贈り物をありがとう、なまえ」

「どういたしまして」

 

遮るものがなくなったマーリンに近寄ると、ぎゅうと抱き締められる。マーリンの胸板にほおずりすると、背中に回した手を片方頭に置いて、優しく髪を撫でてくれた。

 

「一応言っとくけど、これとは別にちゃんと贈り物もするけどね?」

 

食べ物をマーリンにあげてもあんまり意味は無いし、毎年ちゃんと残るものを渡している。何を贈るか考えるのが本当にいつも大変なのだが、それでも、マーリンの記憶に一つでも深く残るよう、そうしていた。

 

「――いや。それは、僕のものじゃないよ」

「え?」

 

背中に回された腕がにわかに強まり、引き寄せられる。

高く結われた髪がぱさりと肩から落ちて、私の背中に回った。マーリンが私の頬に頬を寄せる。

 

「ごめんね。きっと素直に言っても、キミは同じようにしてくれたんだろうけど。恋が欲しくて、隠してしまった。キミの恋は本当に素晴らしい」

「マーリン?」

 

何を言ってるのか分からない。先ほどまでのそれと違って、なんだか内容が不穏だ。少し不安になり、身を離そうとすると、きゅっと腕の力が強まる。

 

「本当に、素晴らしくて……どうして僕はキミを、無理やり攫わなかったのだろう。帰さなければよかった」

「……? 何の話……?」

 

攫う、って、どこに?私はカルデアにいて、マーリンもカルデアにいるというのに。帰すってどこにだろう。分からない。

 

困惑する私の頬に、マーリンが数度口づける。啄むように口端に触れたと思ったら、頭を撫でていた手を頬に添え、深い口づけを贈られた。

ゆっくりと優しく這う舌に、そっと私からも舌を絡める。何だか心細そうなマーリンに、大丈夫だよと伝えるように、マーリンの気の済むまで、口づけを交わした。

 

「ふふ」

 

唐突にマーリンが笑う。唇を離し、顔を窺おうとしたが、マーリンにぐいと頭を押さえられて、その胸板に額をうずめた。

 

「良かったね、なまえ。両思いになって」

「え……?いや、うん……。それマーリンが言うの……?」

「嫌味だよ。僕にとっては悲しむべきことだ」

「……急に、何?どうかした?」

「まだ分からないのかい?なんて薄情なんだろう」

 

わざとらしくそう言って、マーリンは大きなため息を吐いた。本当に分からない。私は何かしてしまっただろうか。

 

「キミを好きだって言ったのは、僕の方が先なのに。ねぇ、マイハニー」

「へ?……へっ!?」

 

ぎょっとして顔を上げると、突然目の前に花吹雪が舞う。口の中に飛び込んできた花びらに驚いて手を離すと、マーリンの温もりがさらりと消え、そのまま部屋ごと花吹雪に包まれ、何も見えなくなる。

 

「ちょっと……!」

「限界だ。でも、僕は諦めないよ。絶対に」

「……!」

 

消えた温もりとは裏腹に、その言葉は耳のすぐ近くで響いて、思わず手を伸ばすものの、目を開けていられない。吹きすさぶ風と、舞う花びらの感触以外何も感じられず、口も満足に開けない。

 

言ってくれればよかったのに。黙ってマーリンのふりをするなんて卑怯じゃないか。いや、相手もマーリンなのだけど。勘違いした私が悪いのかもしれないけど。

 

恋が欲しかった、って。それはマーリンのモノなのに。あなたにじゃないのに。なのに、あんなに嬉しそうに。

 

その為だけに、サーヴァントユニバースから会いに来てくれたの?

 

風が徐々に弱まっていく。そっと閉じた目を開けば、目の前にはいつも通りのマイルーム。キッチンはおろか、花びら一枚残ってはいなかった。




というわけで宇宙オニイサンでした(宇宙オニイサンis誰?という方は「当店にそのようなサービスはございません」「花いちもんめ」をお読みください)

次話、続きです。
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