※この作品はR-18です。

月のわらう世界(マーリン夢小説)   作:ゆんぎつね

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「不可逆廃棄孔イド」後、巌窟王とマーリンの対話


指切りはできない

人気のないストームボーダーの廊下を、黒ずくめの男が一人歩く。先に進むほど光は薄く、闇は濃くなり、男の影も暗さを増して、徐々に黒装束と一体化し、消えてしまいそうだ。事実、そうして濃い影にその身体を浸して、霊体化せんとする彼――巌窟王モンテ・クリストを、まだ明るい廊下の端から、また別の男が呼び止めた。

 

「やぁ、巌窟王君」

「……」

 

極めて明るい声だった。脳天気にすら聞こえるその声は、何ら男を咎めるものではない。

それでも男は、歩みを止めはしたものの、その響きに顔をしかめる。ほんの少し首をひねって、声の主を目線だけで捕らえた。

 

視線の先には予想通り、マスターにとって一番大事な男――マーリンがいた。

 

声音に違わぬ穏やかな笑みを浮かべ、友人に呼びかけるように手を振るマーリンは、巌窟王にとって、あまり話したい人物ではない。マスターたるなまえの、廃棄孔(夢の最奥)を守っていた関係で、知らぬ仲というわけではない。とはいえ、管轄違いとでも言おうか。特段会話があったわけでもなく、ただお互いに存在を認知していた、そんな程度の仲である。

 

召(・)喚(・)さ(・)れ(・)た(・)ば(・)か(・)り(・)の巌窟王には、マスターのプライベートに関わるつもりなど毛頭ない。恋仲であるところの男に関わるつもりなど、もっとない。以前は――言ってやりたいことの一つや二つも、無いわけではなかったが――今となっては、関係のないことだ。

 

そんなわけだから、巌窟王は不機嫌さを隠しもせず、その美貌を歪めてマーリンを見た。言いたいことのない巌窟王ではあったが、言われそうな言葉には見当がつく。それも彼にとっては、鬱陶しいことだった。

 

マーリンはその反応に少しだけ肩をすくめ、笑ったまま困ったように眉を下げた。

 

「どの面下げて……なんて言わないよ?なまえは喜んでいるのだし、ね」

 

光差す窓際から、巌窟王のいる明かりの点らない廊下の隅へ、ゆっくりと歩を進めながらマーリンが言う。巌窟王は動かない。

 

マーリンの言いぐさは相変わらず腹立たしい。だが、こうして相手の神経を軽く逆撫でしては、己の失態として冗句を演じて、煙に巻くのがこの男のやり口であることは、会話が無くとも識(し)ってはいた。故に微動だにせず、近づいてくる男をただ睨めつける。当然マーリンはそんな相手の態度などどこ吹く風だ。気にせず言葉を続ける。

 

「キミたちとの別れがあまりに急だったから、なまえの落ち込み方がひどくてね。まったく、何も言わずに行こうなんて、格好が付きすぎるというものだ」

 

軽やかに言ったその言葉は、結局のところ巌窟王を責めている。やはりな、と巌窟王は内心で呟いて、それでも無言だけを返す。

 

マーリンから巌窟王への用と言えば、マスターのこと以外にある筈もなく。自分のやり用をただ傍観し、知っていて放置したマーリンだから、「あの」特異点について何かを言われる筋合いはない。であるならば、それ以外の部分。……どうやらなまえを一番傷つけてしまったらしい、復讐者たちとの別れについて、お小言を言いにきたらしかった。

 

「最後のお別れ、からの再召喚。気分はどうだい?」

 

巌窟王の正面まで歩み寄り、にこりと微笑んでマーリンは言った。まるで嫌味の無い口調と顔で、あまり言われたくないことを言い放つ。どの面下げて、なんて言わないと言いながら、殆ど言っているようなものだろう。再召喚はともかく、今の気分は最悪だ。

 

巌窟王はため息まじりにフン、と鼻を鳴らす。じろりとマーリンを睨めつけると、重たい口を開いた。

 

「口が回るな、マーリン。なまえの精神面はおまえの担当だろうよ」

「凹ませた責任はキミにあるからね。事情は汲めるが、それはそれだ」

 

どうせ期待されていない質問の答えは避けて、巌窟王は小言を返した。しかしながら、きわめて真っ当な返事を返され、つい口をつぐんでしまう。

傷つける覚悟はしていたが、そのまま去ってしまえば無責任と言われるのも尤もだ。

 

とはいえ、誰が何をしようとも、基本は傍観を常とするマーリンにしては、珍しい態度だ。それも、他者の責任を追及するなど。

 

「……意外だな」

「うん?何がだい?」

 

思うままに零すと、マーリンの方が意外そうに首を傾げた。巌窟王は渋面を緩めて真面目に視線を返す。

 

「結果としてあれが立ち直れば問題はない。おまえはそういう男だ。むしろ、嬉々としてなまえを囲いに行くものと思ったが」

 

巌窟王の言葉に、マーリンは驚いたような顔をして、それこそ心外だ、と嘯いた。

 

「私はなまえを囲ってるつもりなんて無いよ。なまえが囲われに来てるんじゃないか」

 

いけしゃあしゃあとそう言って、マーリンはまたもや困ったような顔をしてみせた。再び巌窟王の眉間に皺が寄る。やはりこの男とまともに会話する意味など無いように思う。

 

踵を返してしまおうかと思う巌窟王だったが、マーリンは間を置かずに話を続けた。

 

「だからこそ、今回のことでなまえは大変な動揺を見せたとも言える。つまり――いつかは、誰も彼も、同じくして消えるのだろうか、とね」

 

依然微笑みを崩すことなく、少しばかり目を細めて、マーリンは言った。どうやら先の冗談にもならぬ戯れ言は、冗談でも戯れ言でも無い事実のつもりであるらしい。

 

「……、それは。初めから、分かっていたことだろう」

 

低く呟いた言葉は、光差す廊下まで、静かに響いた。

マーリンが軽妙に頷く。

 

「分かっていたとも。だからいつも必死だ。なのにキミは、その不安をつつくようなやり方を選んでしまった。ろくな別れも言えずにさよなら、なんて……なまえが納得するわけ無いだろう?」

 

世間話でもしているような口調で、マーリンは巌窟王を咎める。実際、そうして落ち込んだなまえを慰めるのに苦労した、というだけの、世間話でもあるのだろうか。

 

言ったところで、消えた者たちは戻らないし、巌窟王も――結局は、消えてしまうつもりでいる。

 

なおも黙っていると、マーリンがほんの少し首を傾げる。何の気ない動作なのに、巌窟王は一瞬、その目に釘付けになる。

闇に陰る薄藤の瞳が、じわりと赤く色づく。うっすらと笑みをたたえたその顔はまるで絵画のように無機質なのに、瞳に宿る獣性が、目の前の存在に宿る「なにか」を訴えていた。

 

「巌窟王君。キミは、やり方を間違えた」

「――」

 

とびきり美しい声色で、マーリンは無慈悲に巌窟王を糾弾した。穏やかな音色は冷たく巌窟王を貫いて、そのまま影へと沈んでいく。

 

この男は、怒っているのだろうか。自分が、なまえを傷つけたことを。

注意深く観察しても、彼の言動がどのような事情からなされているのか、巌窟王には分からない。

それでも、強く非難されていることは間違いない。「キミは彼女を傷つけたのだ」と。

 

マーリンの前ではどうか知らないが、巌窟王の知るなまえというのは、あまり人前で泣く女ではない。どんなに悲しかろうが、悔しかろうが――いやむしろ、悔しいほどに泣きそうで、悲しみは悟らせようとしない娘だ。

 

そのなまえが、アヴェンジャーとの別離にあって、およそ歴戦のマスターとは思えぬ態度で駄々をこねて泣いたのだから、巌窟王も困ったものだった。

 

見誤っていたのだ。彼女は強いから、きっと――笑って、送り出すのだろう、などと。

ただの少女であることは、あの特異点を作った巌窟王には、痛いくらいに分かっていた筈なのに――。

 

何も言わない巌窟王に、マーリンがにっこりと笑いかける。場違いに華やかな笑みが、後光に陰って巌窟王を責める。

 

「とはいえ、別離は旅につきものだ。いつだって彼女はそれを乗り越えてきたのだから、キミの期待が間違いだったと言っているわけではないよ」

 

今更宥めるようにそんなことを言って、マーリンは再びにこりと微笑む。

だがそうして穏やかな声音で、

 

「多少、急すぎはしたけれど、そのまま消えてくれれば問題はなかった。それでいつかは忘れていたろうに」

 

この上なく薄情にそう囁いて、困ったように溜息を吐いた。

 

巌窟王の眉間に、言い知れぬ嫌悪を象徴した皺が寄る。

マーリンが優雅に笑う。

 

――この男は。

 

分かっていたことではあるが。

 

なまえの悲しみに寄り添っているのではない。

 

「それだと自分が困るから」、巌窟王を咎めている。それが、翻ってなまえの為になることを利用して。

 

むざむざ再召喚などされて、恥を晒しながらも、ひとときなまえの傍に在ることを決めた巌窟王を、

嘲笑でもなく、憤懣でもなく、悲哀でもなく、

ただ結果として、なまえの為になるように立ち回れと、助言でもするかのように。

 

ここに来て、巌窟王はこの小言の真意を理解した。

マーリンは巌窟王に、「次は上手くやれ」と言っているのだろう。

 

そも、巌窟王は戻ってくるつもりなどさらさら無かった。霊基を分けたせいで新規の召喚が可能になっていて――なんて言い募ったところで、今ここにいる以上、言い訳にもならない。

決意だ、未練だと名前をつけたところで、別離の悲しみは等倍だ。それほど惜しい出会いだった。

 

そんな人としての甘さを、マーリンは顧みない。

先ほど巌窟王が言ったとおり、結果としてなまえが立ち直れるのなら、他者の悲しみなどどうでもよいのだ。

 

巌窟王は、顰めた顔で、ゆっくりとマーリンを注視する。初めて見たときから変わらない、白いローブに虹色の髪、花弁のような装飾。春風を体現したかのように爽やかな筈のこの男の顔が、巌窟王には黒く底の無い孔のように思えた。

 

私の顔の方がまだ人間らしい。

 

思わずひび割れた己の顔を、仮面の上から撫でる。どれだけ鋼鉄の意志を貫こうが、己は人間であったのだなとこんなところで自覚して、巌窟王はフッと自嘲を込めた笑みを漏らした。

そんな巌窟王の仕草が意外だったのか、マーリンはきょとんとして目を瞬く。

 

「――言われるまでもない。私は私の決意を貫く」

 

静かに目を伏せ、巌窟王は呟く。

 

召喚に応えたときのことを、巌窟王は憶えていない。それでも二度と会わぬつもりで、自ら応えたわけではないのは絶対だ。東京で殺した魂と、共に消えた復讐者たちに誓って、それだけは間違いない。

 

それでもきっと、会いたかったのだろうな。

 

だから、惹かれた。召喚の光に。呼ぶ声に。

 

再び顔を上げた巌窟王に、マーリンもふっと笑みを漏らした。マーリンには巌窟王の内心など分からないし、慮るつもりもない。

だがどうやら、言いたいことは伝わったらしい。

 

巌窟王は聡明で、優しい男だから、なまえの為なら「どんなことも」する。

だからマーリンがどんなに不躾で無礼で無遠慮だろうが、最後にはなまえの為になる選択をするのだ。たとえ自分を犠牲にしてでも。

 

予想通りで期待通りの結果を察して、マーリンはにこにことして頷いた。これで用件は終わった。だから後はもうどうだって良かったが、ほんの少しだけ、マーリンは巌窟王に言いたいことを思いついた。

 

「最後にひとつ。キミは確かにやり方を間違えたけど、私としては同情もしている」

「……同情?」

 

マーリンの内面を考えれば、これ以上ないほど空々しい言葉に、巌窟王が眉根を寄せる。

その反応が何となく可笑しくて、マーリンは目を細めて口角を上げた。

 

「そう。こう言っても信じてはくれないだろうが。――“キミの気持ちは、とてもよく分かる”」

「……夢魔のおまえが?」

「そう、夢魔の私がだよ」

 

言いながら、やっぱり可笑しくてマーリンは笑う。ニマニマと笑うマーリンに、巌窟王は更に嫌そうに顔を顰めた。

巌窟王に、夢魔の特性を話したことはないマーリンだが、彼はどうやらマーリンの人間性について、ある程度察しているようだ。

 

「キミは決意の巌窟王君ではあるが。それでもこうして、ほんの少しの時間に縋っている。それほどに、彼女との別れは口惜しい。そうだろう?」

 

言わずにおいた言葉が、マーリンの口をついて出る。帰ってきたことを咎めはしたが、帰ってきた理由なんてどうでもいいことだった。

 

「だって彼女は、僕らの運命だ」

 

そう言って、マーリンは愛し気にほほ笑んだ。

 

「…………フン」

 

いよいよ巌窟王の眉間の皺が深くなる。

 

なまえという運命に出逢った。そう言ったのは巌窟王で、当然その言葉は彼にとって真実だ。

だからこそ、マーリンのような男にそのまま言葉を拝借されるのは、言い知れぬ不快感がある。

 

悪びれることなく、むしろ共感を示すように言ってみせたマーリンは、巌窟王の反応など気にせず言葉を続ける。

 

「なればこそ、オーディールコールは必要だった。誰も彼女と別れたくなんかない。それでも、別れは必要だ。別離の為の大義名分、決断に値する場面(シチュエーション)。そうしてキミたちは、消える理由を得た」

「…………」

「むしろ私はキミたちが羨ましい。消える理由があるのなら、今すぐここから立ち去りたいよ。なんて言ったら、私が燃やされてしまうかな」

 

その言葉をなまえが聞いたら、怒りのあまり泣いていたかもしれない。

 

軽く笑って言い放ったマーリンに、悪気は一切感じられない。燃やされてしまうかな、などと宣う以上は、それが人の逆鱗に触れる言葉だと分かっているのだろうに。

 

だが、その態度からは想像もつかないものの――言葉の意味には、心当たりが大いにある。

これが巌窟王と「同じ感情」であるのならば、マーリンは――とてつもなく、追い詰められているのではないか。

 

「――最もあれの傍にいたおまえならさもありなんだ。なるほど確かに、私もおまえの気持ちがよく分かる」

 

居心地が良ければ良いほどに、とどまることが苦痛になる。

別れが遠のけば、そのときの悲しみは計り知れない。一度体験した巌窟王には、それが痛いほどに分かるから、相手の態度には目を瞑って、その言葉を肯定してやった。

 

ふ、とマーリンが笑みを深める。素朴な笑みに、巌窟王は思う。

この男はどこまでいっても人外だが、なまえに魅了されているのは間違いない。

その感情がこの男にとってどう作用しているのかは分からない。苦痛を感じているというのは巌窟王の理解であって、他者にとっての真実ではない。

 

相も変わらず、マーリンは穏やかに笑う。苦痛を微塵も感じさせない表情で、麗らかに告げる。

 

「なまえに別れの覚悟を持たせてやっておくれ。それがキミの決意なら、彼女は最後には飲み込むよ」

 

その響きは、なまえを思いやっているようであったが、それも本当は違うのだろうと、巌窟王は内心で思う。

しかし相手がどういうつもりだろうが関係ないのは、巌窟王にとっても同じだ。

 

「――言われるまでもない。おまえも抜かるなよ?私に間違いを指摘したからには、同じ愚行は繰り返すまいな」

「耳が痛いなぁ」

 

巌窟王の指摘に、マーリンは困ったように笑んで頬をかいた。

 

この先訪れる無数の別れ。そのどれもが、なまえにとっての傷となる。

その数が膨れるにつれ、恋人との別れはより耐え難くなるだろう。

 

マーリンは人でなしだ。だから、なまえが悲しもうが怒ろうが折れようが、最終的な絵面が良ければ、実際のところ問題はない。

問題なのは、マーリン自身のことだ。

 

「――むしろ。覚悟も決意も、必要なのはおまえの方であろう。マーリン」

 

静かに告げられ、マーリンは一瞬言葉に詰まる。

困ったことに、マーリンには「覚悟」や「決意」というものを必要したことが、殆どない。

 

必要ならする。不要ならしない。それがマーリンの行動原理で、多少興味本位で道を逸れることがあっても、大局には影響しない。

何かを決めるのに迷うことはあっても、それは「より良い選択はどちらか」くらいのものであって、しなければならないことをしたくない、なんて場面には、心当たりが無かった。予知でもなく論理でもなく、感情で「やりたくない」なんてことが、マーリンには分からなかったのだ、今までは。

 

離れたいのに、離れたくない。

 

心の底で常にくすぶっている欲求。その多大さを指摘されて、マーリンはほんの少し身じろいだ。

 

「そも、別離にこだわる必要があるか?おまえにこそ、責任があろう」

「え」

 

何も言わないマーリンに、巌窟王は言葉を続けた。その内容が意外で、マーリンは目を瞠る。

なまえを惚れさせた責任を取って、傍にいろ――ということなのだろう。そう解釈して、マーリンは眉を下げてへらりと笑った。

 

「そうはいかないから困ってるんだけどなぁ。相容れぬ炎も、共感なき人外も、一緒だよ?」

 

別離は、必要なことだ。マーリンの心の穴を埋めるのは、世界のカタチが美しくあるときだから。その中に、自分は要らない。

ヒトに恋をしてその欲を識ったとて、「そこまで」だ。相変わらずマーリンには人間が分からない。でも、人間たちが織りなす模様は美しいから、大好きなのだ。

 

「英霊であればな。だがおまえは違う」

 

しかし巌窟王には、マーリンの事情など関係ない。

巌窟王を含め、カルデアにいるサーヴァントたちは、皆過去の存在である。マーリンにしてみれば、自分も同じようなものなのだが、死した己の影法師に過ぎない英霊である巌窟王からすれば、マーリンは「生きた当人」だ。

 

別離には覚悟が必要だ。だが覚悟を決めるという意味では、傍にいることも同じくらい覚悟が必要なことなのだと、巌窟王は思う。いや、むしろ、別れることよりも、ずっと。

 

その覚悟が無いから――一刻も早く立ち去りたい、などと思うのだ。そう考えながらも、巌窟王は言葉を続けることはしない。マーリンと「分かりあう」ことなど出来ないことが、本能的に分かっているから。

ヒトとそうではないものの断絶を埋めるには、こんな会話では到底足りない。復讐者と心なき者とでは、なおさらに。

 

それでも、マーリンが見せたほんの少しの共感が、この時間を生んでいる。

軽快に笑っていたマーリンの顔が、少しばかり苦し気に歪んだ。

 

「……愛がすべてを覆すなんて、それこそ夢物語だというのに。まったく、本当に無責任なことを言う」

 

珍しく本気で咎めるようにそう言って、非難めいた目を巌窟王に向ける。先刻までの、白々しい爽やかさとは違う湿度のある言動に、巌窟王はようやく少し留飲を下げた。

 

「フン。そう言うならおまえは責任を果たせ。……少し喋りすぎた。ではな」

「あっ」

 

言いたいだけ言うと、巌窟王は即座に影へとその身を沈めた。恋愛相談に付き合う義理は、彼にはない。

共にいるのがなまえの幸せか、離れることが彼女の為か。夢魔の懊悩は復讐者の範疇外だ。そもそもその資格もない。巌窟王は離別を選び、その上で未だここにいる。

 

せいぜい悩み苦しめばいい。どちらにせよ、マーリンに期待することなど巌窟王には何もない。

ただ、きっと。何かが変わるとするならば、それを成し遂げるのはなまえの方なのだろうと。そういう確信が、巌窟王にはあった。

 

置いて行かれたマーリンが、半端に上げた手を握る。言い逃げされて、反射的に伸ばしてしまったのだ。別に引き留めてまでしたい言い訳もないのに。

 

――責任。責任か。

 

無責任、というのはよくよく言われる言葉だが、マーリンは己に責任など無いと考えている。なまえとの関係にしたってそうだ。結果的になまえは自分に惚れてしまったが、そうではなかったとして、他の誰かが代わりを務めるだけの話。

その誰かが受け入れようが受け入れまいが、英霊と人である以上、別離が約束されているのも同じこと。

 

マーリンは、なまえとの未来を語らない。いつかは離すものとして、その指先をつまんでいる。だがその指を懸命に握り返されると、どうしようもなく胸が熱くなるのだ。

 

もう、一人で大丈夫だから、と。その指を、なまえが自ら離すことを、マーリンは望んでいる。

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