※この作品はR-18です。

THE・S.E.A.L.D.s'   作:タピオカ&ピスタチオ

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ヒドラの臭い

S.E.A.L.D.s'本部の廊下は、いつもより静かだった。

深夜帯ということもあるが、もう一つ理由がある。

 

――ブラックアーチの裏に、ヒドラの影。

 

この情報が全員の胸に、重くのしかかっていた。

 

龍斗は作戦室へ向かいながら、胸の奥がじわりと冷えていくのを感じていた。

歩くたび靴音が響く。それが今日は妙に耳に残る。

 

(……ヒドラ。こいつらだけは……)

 

思考がそこで止まる。

呼吸が浅くなり、喉が熱くなる。

脳裏に白い手術室が再生されそうになる。

 

(やめろ。もう、あれは終わったんだ……)

 

拳を軽く握る。

その震えを隠すように。

 

作戦室に入ると、いつもの顔があった。

 

クロウは図面を広げ、険しい表情。

レイヴンは無駄のない動きで装備を調節。

ジャックは椅子に寝そべりスナックをつまみ、

サンドヴァイパーは刃物を淡々と整備。

バレットホークは無線チェック。

 

そしてミアは――

龍斗が入った瞬間、ぱっと花が咲くように表情を明るくした。

 

「龍斗、おはよ! あ、寝れてた?」

 

「……普通。」

 

「“普通”って言った時点でもう寝てないよね」

 

ミアは笑いながらも、

龍斗の目の下のクマを見逃さなかった。

 

「……ヒドラの件、気にしてるんでしょ」

 

「別に」

 

「別にじゃない顔してるよ」

 

一歩近づいたミアは、端末を操作しつつ龍斗の横に並ぶ。

 

「大丈夫。私もいるし、みんなもいるし……龍斗はひとりじゃないよ」

 

その声はいつもより少しだけ優しかった。

 

(ほんと……お前は……)

 

胸の奥の冷たさが少し和らぐ。

 

クロウが全員を集めた。

 

「ブラックアーチの資金ルートを追った結果、

 地下データバンカーから“ヒドラの刻印”が見つかった」

 

「……刻印?」

レイヴンが眉を寄せる。

 

「暗号化ファイルのタグだ。

 ヒドラが裏で資金を供給し、ブラックアーチを動かしている可能性がある」

 

その言葉に、龍斗の肩がわずかに震えた。

 

ジャックが気づいて声を落とす。

 

「大丈夫だ。

 お前はもうヒドラに囚われる側じゃねぇ。

 今のお前は、奴らと戦う側だ」

 

「……分かってる」

 

本当にそう思えているかは、自分でも微妙だった。

 

ミアがスクリーンを操作する。

ログが並び、その一つが赤く点滅する。

 

「これ。

 “レイモンド・パークス博士”の研究ログ。

 フューリー長官が言ってた“超人血清”関連の資料」

 

龍斗の動きが止まった。

 

心臓が跳ねる。

嫌な汗が背中を伝う。

 

「やめろ……それは……」

 

「龍斗?」

ミアが心配そうに覗き込む。

 

龍斗は無意識に半歩後ずさった。

 

(血清……注射……拘束具……白い部屋……)

(あの匂い……あの痛み……)

 

視界が揺れる。

 

クロウが静かに言った。

 

「龍斗。落ち着け」

 

「落ち着いてる……」

 

声とは裏腹に、握った拳は震えていた。

 

その拳にそっと触れたのはミアの手だった。

 

「大丈夫。これは“ヒドラの血清”じゃない。

 S.E.A.L.D.s'側が解析してる資料で……

 あなたに使うなんて話、一つもないよ」

 

「……ほんとに?」

 

「うん。嘘は言わない」

 

ミアの瞳には嘘がなかった。

龍斗の呼吸はゆっくり戻っていく。

 

「さてと」

ジャックが立ち上がる。

 

「ヒドラが資金出してるってなら、根っこをぶっ潰しゃいいだけだろ」

 

「そう単純じゃない」

サンドヴァイパーが刃を磨きながら呟く。

「ヒドラは顔を出さない。霧の中に潜む。追うほど闇は深くなる」

 

「でも痕跡は残す」

レイヴンが銃を点検しながら言った。

「奴らは完璧じゃない。どこかに必ず綻びがある」

 

クロウは全員を見渡し、強い声で言う。

 

「次の任務は“ヒドラの足跡を拾う”ことだ。

 ブラックアーチを潰すだけでは足りない。

 本体に繋がる骨を拾う。地道な作業だが重要だ」

 

全員が真剣に頷く。

 

ミアが龍斗を横目で見ながら、小さく呟いた。

 

「……もしヒドラがまた龍斗を狙ってきたら、私が許さないから」

 

「お前が許す許さないの話じゃないだろ」

 

「いいの。私は怒ってるんだもん」

 

龍斗は――ほんの少しだけ肩を落とし、ため息をついた。

 

(こいつ……相変わらずだな……)

 

呆れ半分、安心半分の、不思議な息だった。

 

会議が終わり、部屋を出るとき。

クロウが龍斗の横に歩み寄る。

 

「怖いか?」

 

「……ああ」

 

「正しい恐怖だ。

 恐怖を知らない戦士は、真っ先に死ぬ。

 だが恐怖を知っている戦士は……生き残る」

 

龍斗はゆっくり頷いた。

 

(俺は……生き残れるのか?)

 

答えはまだない。

ただ、歩くべき道は見えている。

 

――ヒドラの影を追う。

――そして、過去に決着をつける。




会議が終わり、
本部のキッチン兼リビングは夜の静けさに沈んでいた。

冷蔵庫の小さな灯りだけが青白い光を落とし、
ステンレスのカウンターを淡く照らしている。

サンドヴァイパー――アルは、
温かい紅茶をマグカップに注ぎながら小さく息をついた。

その背中に、柔らかい声がかかる。

「眠れないの、アル?」

レイヴン――ソフィアが扉の影から現れた。
帽子を外した長い髪が肩に落ち、
どこか疲れたように微笑んでいる。

「……ソフィアこそ。
 珍しいじゃない、こんな時間まで起きてるなんて」

「喉が渇いただけだよ。少し気が張ってたみたい」

ソフィアのために、アルはもうひとつカップを用意してそっと差し出す。
二人はカウンターに並んで座り、
湯気だけが静かに立ち上る時間が流れた。

やがて、ソフィアが小さく口を開く。

「さっき……ヒドラの話が出た時。
 アル、少し顔色が変わったよね」

「……見えてた?」

「分かるよ。同じような顔、私もしてたから」

アルは紅茶を見つめたまま、
ゆっくりとまぶたを閉じる。

「昔のことを思い出した。
 イギリス軍にいた頃……
 仲間が“売られた”の。
 裏切ったのは、同じ部隊の人間だった」

ソフィアの表情が曇る。

「……そんな」

「助けられなかった。
 気づいた時には、もう遅かったのよ」

アルは静かに続けた。

「それ以来……私、人を信じるのが怖くなった。
 “また裏切られるんじゃないか”って」

ソフィアはその言葉に胸が締めつけられるのを感じた。

だから、自分の話を始めた。

「私もね……
 CIA時代に、誤射したの」

アルが息をのむ。

「味方の情報が偽物で……
 本当は守るべき人を傷つけた。
 あの時の光景、忘れられないの。
 引き金を引いた感触が、今でも残ってる」

手が震えて、カップの表面を揺らす。

アルはそっとソフィアの手に触れた。

「……あなたが悪いんじゃないわ」

「でも、私が撃ったのは事実だよ」

「それでも。
 それを抱えて、ここに立ってる。
 その強さは、本物よ」

ソフィアは目を伏せたまま、
ぽつりと呟く。

「……ありがとう」

静かな沈黙が流れ、
二人の間にあった“壁”がひとつ崩れ落ちていくのが分かった。

ソフィアが顔を上げ、少し照れたように笑う。

「ねぇ、アル。
 もしまた辛くなったら、私でよければ聞くよ。
 夜中でも、任務中でも」

「……ソフィアもよ。
 一人で抱えちゃダメ」

アルは微笑み、
二人はそっとカップを合わせた。

カン……

ほのかな陶器の音が、静かな部屋に優しく響く。

温かな紅茶の香りの中で、
二人はほんの少しだけ心の傷を預け合った。
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