※この作品はR-18です。

リミナス・フロンティア   作:タコマル

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第一話

ーとある少年視点ー

 

父の葬儀は、冷たい雨の中で行われた。

 

分厚い雲から降りしきる雨は土を叩き、石畳を黒く染めていく。

参列者たちは黒衣に身を包み、静かに祈りの言葉を口にしていた。けれど、僕の耳には何ひとつ届かない。

 

ただ、棺に眠る父の顔を見つめていた。

 

「……父さん」

 

声は掠れ、震えていた。

父は強く、誇り高い人だった。領地を治め、人々から尊敬され、どんな困難にも毅然として立ち向かった。

そんな父の背中は、幼い僕にとって揺るぎない支えであり、唯一の誇りだった。

 

その人を、もう二度と失った。

 

胸の奥に空洞が開き、雨粒がそこへ無遠慮に落ちていくような、そんな感覚に囚われていた。

 

「坊ちゃま……」

 

老執事の声に、はっと我に返る。

父の代から仕えてくれている執事が、静かに小さな木箱を差し出してきた。

 

「ご主人様は……最期にこれを“息子に託せ”と」

 

震える指で受け取り、蓋を開ける。

 

そこには一本の大きな鍵が収められていた。

 

三十センチはあるだろうか。鉄とも銀ともつかぬ金属でできており、表面には奇妙な装飾が彫り込まれている。

光を受けると紋様が淡く浮かび上がり、まるで呼吸しているかのように見えた。

 

「……これが、父さんの……」

 

掌に載せると、ただの鉄ではないとすぐに分かった。

重みは確かにあるのに、不思議と温かさを帯びている。

まるで意志を持った生き物のように、心臓の鼓動と同じリズムで脈打っている気がした。

 

「父上は、これを坊ちゃまにと……」

 

執事の言葉は雨音にかき消されていった。

僕はただ、鍵を胸に抱きしめる。

それは父からの最後の贈り物であり、遺言でもあった。

 

どう扱えばいいのかも分からない。

ただ――この先、絶対に手放してはいけない。そんな直感だけが胸に刻まれた。

 

その夜、鍵を胸に抱いたまま眠りについた。

硬い感触が腕に残り、夢の中でさえ父の声が聞こえそうで……僕は涙に濡れた枕の上で、静かに目を閉じた。

 

白い夢

 

――そして、夢を見た。

 

雨の音がしない。

辺りは真っ白な霧に包まれ、地平も空も存在しない。

 

「……レオン」

 

振り向くと、そこに父が立っていた。

葬儀で見た冷たい顔ではなく、いつもの凛とした眼差しのままで。

 

「父さん……!」

 

駆け寄っても、腕は空を切った。触れられない。

父の姿は淡く透け、光に溶けそうに見えた。

 

「レオン。お前に託した“鍵”を――決して手放すな」

 

「……鍵を?」

 

「守ってくれ。どんな困難が待ち受けても……それがお前の役目だ」

 

胸が強く締め付けられる。

父のように強くもなく、誇り高くもない僕に、果たして何ができるのか。

 

「大丈夫よ」

 

肩に柔らかな手が触れた。振り向けば、母がいた。

肖像画でしか知らない姿。けれど、微笑んで僕の手を取るその人は、確かに母だった。

 

「あなたならできるわ。信じて」

 

「母さん……!」

 

涙が滲む。

温もりが夢の中だけのものだとしても、離したくなかった。

 

――そのとき。

 

「……レオン」

 

背後から、第三の声が響いた。

低くも高くもない、不思議な響き。男でも女でもなく、頭の奥に直接流れ込む。

 

振り返ると、そこに“白一色の存在”が立っていた。

輪郭は曖昧で、人とも光ともつかない。見つめるほどに、血の奥がざわめいた。

 

「……誰だ……?」

 

問いかけに応じるように、その声は続いた。

 

「私の古き友を探せ。

 そやつはお前を導き、助けてくれるだろう……レオン」

 

「古き……友……?」

 

「いずれ分かる。お前が“鍵”と共に歩むならば」

 

その声は名を名乗らず、けれど血の底だけが不自然に温まった。

 

言葉が終わると同時に、白い存在はゆっくりと闇に溶けていった。

霧がざわめき、足元から黒い影が広がっていく。

 

「待って! それってどういう――」

 

叫ぶより早く、漆黒が一気に押し寄せ、視界を呑み込んだ。

 

* * *

 

「……っ!」

 

飛び起きる。

部屋は静かで、雨の音もなく、ただ夜の闇が広がっていた。

 

寝間着が汗で張り付き、胸が激しく上下している。

腕に抱えた“大きな鍵”は、まだ微かな温もりを帯びていた。

 

「父さん……母さん……それに、あの声は……」

 

夢か幻か分からない。けれど胸の奥には確かに残っていた。

――“古き友を探せ”。

――“鍵を手放すな”。

 

恐怖と混乱と共に、それだけははっきりと焼き付いていた。

 

襲撃

 

翌日。

夜明け前の屋敷は、しんと静まり返っていた。

父を失った広間は広すぎて、ただ僕ひとりの足音が虚しく響くだけだった。

 

胸元に“大きな鍵”を抱きしめる。

夢で聞いた声が、まだ耳に残っている。

 

「レオン坊ちゃま」

 

背後から声がした。

振り返れば、執事のクラウスが杖をつきながら現れた。

 

白髪まじりの髪を後ろに撫でつけ、背筋は曲がっている。

父の代から仕え続けてきた忠実な男で、父を“主”と呼ぶ以上に家族のように慕っていた。

僕にとっても、父と母のいない時間を埋めてくれた大切な存在だ。

 

「どうか、ご無理をなさらず……」

 

「……大丈夫だよ」

 

強がってそう答えた。けれど胸の奥は震えていた。

 

そのとき――

 

「開けろ!」

 

突然、屋敷の正門が荒々しく叩かれる音が響いた。

重厚な扉が揺れ、軋み、悲鳴を上げる。

 

「……何事だ?」クラウスが低くつぶやく。

 

「少年を引き渡しなさい。」

「この家に“鍵”があるはず。」

 

低く響く声。ぞっとするほど冷たい響きだった。

 

慌てて窓から覗くと、黒いスーツを着た男たちが十数人、門の前に整列していた。

その中心――ひときわ異様な存在が立っている。

 

白いスーツに身を包み、顔は無機質な黒い仮面。

目の穴すらなく、ただの黒い面。

それなのに、視線を交わした気がして背筋が凍りついた。

 

(……あいつが、頭だ)

 

「レオン坊ちゃま! すぐに裏口へ!」

 

クラウスが僕の肩を押した。

次の瞬間、屋敷全体を揺るがす轟音。正門が破られたのだ。

 

「坊ちゃま、走ってください!」

 

必死の叫びに押され、僕は鍵を抱えて駆け出した。

廊下に足音が響く。背後からは扉が割られる音、怒号が近づいてくる。

 

(どうして……父さんの形見が……! なんで僕なんだ!)

 

喉が焼けるように苦しい。

ただ必死に出口を目指して走るしかなかった。

 

裏口の扉を開けた瞬間、夜明けの冷たい風が頬を打つ。

だが――

 

「見つけたぞ」

 

仮面の男が、そこに立っていた。

 

白いスーツ、黒い仮面。

ただ佇むだけで空気が凍り付き、逃げ場を失った気がする。

 

「……“大きな鍵”を持つ少年。間違いない」

 

低く抑えた声が、心臓を氷の手で握り潰すように響いた。

 

「や、やめろ……これは父さんの形見なんだ!」

 

震える声で叫ぶが、男は微動だにしない。

冷たく、僕を指差した。

 

「その鍵を渡せ。さもなくば――」

 

言葉が終わる前に、クラウスの声が響いた。

 

「レオン坊ちゃま! 早く!」

 

振り返ると、クラウスが短剣を杖代わりに構え、黒服の男たちに立ち向かっていた。

老いた体は震えていたが、その眼差しは鋭く、僕を逃がすことだけを考えている。

 

「クラウス!」

 

「ご心配なく! わしの命など惜しくはありません!」

 

怒声とともに、クラウスは突撃していった。

 

「走れ、坊ちゃま!」

 

その叫びに背を押され、僕は再び走り出した。

鍵を抱え、夜明けの街道へと飛び出す。

 

その瞬間――

 

胸に抱いた鍵が、急に熱を帯びた。

灼けるように熱かった。

 

「な、なんだ……!?」

 

次の瞬間、眩い光が弾けた。

視界が真っ白に塗り潰され、耳鳴りが世界を覆い尽くす。

 

「……ああ――!」

 

声を上げようとしたが、自分の声さえ届かない。

 

光に呑まれ、足元の感覚すら消えていく。

 

足元も、空も、大地もない。

ただ真っ白な奔流に体が浮かび、引き裂かれるような耳鳴りが世界を埋め尽くす。

 

「……クラウス! みんな! ――!」

 

叫んだ声は、反響して自分の胸を突き刺すばかり。

誰も答えない。

腕に抱えた“大きな鍵”だけが、灼けるように熱かった。

 

******

 

「……っ!」

 

まぶたを開けた瞬間、眩しい陽光に目が焼かれた。

視界に広がったのは、見知らぬ街。

 

石畳の大通り。

雑多に並ぶ露店。

色とりどりの旗がはためき、香辛料や肉の匂いが鼻を突く。

 

人混みは異様だった。

角を生やした魔人が荷車を引き、翼を広げた天使が買い物袋を抱えて飛んでいく。

ひげ面のドワーフが大声で鍛冶道具を売り、隣では機械仕掛けの義肢を持つ技師が部品を並べていた。

 

そして、空には――。

 

「……ドラゴン……!?」

 

悠然と飛ぶ巨体。

その影が地面を覆っても、人々は誰ひとり驚かない。

 

胸の奥が冷たくなる。

 

(……ここは……どこだ……?)

 

昨夜まで父の葬儀があったはずだ。

屋敷でクラウスと一緒にいたはずだ。

なのに目の前に広がるのは、絵本や伝承の中でしか見たことのない光景。

 

――いや。

 

胸元の“大きな鍵”を見下ろす。

紋様が微かに光を放ち、まるで呼吸するように鼓動している。

 

(……これが僕を……ここに……?)

 

父の形見。

夢で言われた「決して手放すな」という言葉。

それらが一つにつながる。

 

「でも……僕は、どうすれば……」

 

答えは出ない。

ただ、周囲の人々の視線が時折、鍵に吸い寄せられているのを感じた。

外套で隠したはずなのに。

 

(……まずい……目立つ……!)

 

慌てて鍵を胸元に押し込む。

けれど、不安は消えない。

 

そのとき、腹の虫が鳴った。

 

「……っ」

 

緊張で忘れていたが、葬儀の日からろくに食べていなかった。

漂ってくる焼き肉や甘い果物の匂いが、空腹を容赦なく刺激する。

 

ふらつきながら屋台に近づくと、翼を持つ少女が笑顔で声をかけてきた。

 

「お兄ちゃん、食べてかない?」

 

パンを差し出す。

だが、差し出した銅貨を見た少女は首をかしげ、石ころでも渡されたように怪訝な顔をする。

 

「……ごめん」

 

小さく頭を下げてその場を離れる。

胸の中で不安がどんどん膨らんでいった。

 

(クラウス……それに、屋敷に残ったメイドさんたちは……無事なんだろうか……)

 

途方に暮れかけたその瞬間――。

 

背筋が、ぞくりと冷えた。

 

(……誰かが、僕を見てる……?)

 

人混みを振り返る。

そこに紛れて、妙に浮いた影があった。

 

白いスーツ。

黒い仮面。

 

群衆に立っているだけなのに、周囲の喧騒が遠のいて見えた。

 

「……!」

 

屋敷を襲撃してきた仮面の男。

どうやってここまで――そんなことを考える余裕はなかった。

 

ただ一目見ただけで、喉が締め付けられるような恐怖に駆られる。

 

(逃げなきゃ……!)

 

僕は人混みを押し分け、再び走り出した。

 

必死に人混みをかき分け、細い路地へ飛び込んだ。

石畳は暗く湿っていて、人気も少ない。

胸を焼くような鼓動を抑えながら、路地の奥に見えた木の扉を押し開ける。

 

* * *

 

そこは小さな酒場だった。

 

木の梁に吊るされたランプがぼんやりと灯り、酔客が数人、静かに杯を傾けている。

奥では無愛想そうな店主が、古びたグラスを黙々と磨いていた。

 

「……助かった……ここなら、しばらくは……」

 

安堵と共に椅子に腰を下ろす。

だが緊張で体が強張り、震えは止まらない。

 

そのとき――

 

「ねえ、アンタ」

 

不意に声がした。

顔を上げると、テーブルの向かいに、いつの間にか少女が腰掛けていた。

 

「顔、真っ青だよ。……追われてんでしょ?」

 

少女はニカッと笑った。

年は僕と同じ十五、六歳ほど。

光に揺れるピンクの髪は、夕暮れの空を切り取ったように鮮やかで、瞳には負けん気が宿っている。

 

けれど服は質素で、靴は擦り切れていた。

その身なりは貴族の娘には見えない。だが、ただの庶民よりも芯の強さが滲んでいた。

 

「……わかるのか?」

 

「まあね。あんたみたいな顔してる奴、ここじゃ珍しくないから」

 

少女は肩をすくめ、机に肘をついた。

前に置かれたスープから湯気が立ち上り、食欲をそそる香りが漂ってくる。

 

「とりあえず食べなよ。あんた、腹減ってるでしょ」

 

「……ありがとう」

 

差し出されたパンとスープに、戸惑いながら手を伸ばす。

温かい食事が胃に落ちると、張り詰めていた神経が少しずつ溶けていく。

 

(……助かった。まだ、この世界で僕を気にかけてくれる人がいる……)

 

ほんの少し、心が落ち着いた気がした。

 

「名前は?」

 

「……レオン。レオン・アルヴェイン」

 

「へぇ。あたしはミリア。よろしくね」

 

少女――ミリアは短く名乗り、軽く手を振った。

 

それ以上話が続くこともなく、彼女はすっと立ち上がる。

軽い足取りで店を出ていこうとする後ろ姿に、僕は小さく礼を呟いた。

 

「……ありがとう。少し楽になったよ」

 

すれ違いざま、彼女の指先が外套の裾をかすめた気がした。

けれど、その違和感を確かめる暇もなく、彼女は振り返らずに去っていった。

 

(……いい人だった。少しだけ、救われた気がする……)

 

深いため息をつき、胸に抱えた“大きな鍵”の感触を確かめようとした――。

 

「……っ!?」

 

そこにあるはずのものが、なかった。

 

慌てて荷物を探る。懐、腰袋、背負い袋……どこにもない。

 

「盗まれた……!?」

 

脳裏に浮かぶのは、さっきまで向かいに座っていた少女の笑み。

 

「ミリア……!」

 

怒りと焦りで立ち上がった、その瞬間――

 

酒場の扉が乱暴に蹴破られた。

 

どっと吹き込む外気。

現れたのは、白いスーツに黒い仮面の男。

その背後から、同じ黒服の集団が雪崩れ込んでくる。

 

「……いたな。少年」

 

仮面の奥から響く声は、氷のように冷たい。

 

「な、なんで……!」

 

店主が驚き、慌ててカウンターの下から銃を引き抜いた。

 

「うちの店で暴れるんじゃねぇッ!」

 

銃声が轟き、弾丸が木の床と壁を抉る。

客たちの悲鳴が上がり、黒服たちが一斉に動き出した。

 

酒場は一瞬で修羅場と化した。

 

(まずい、このままじゃ……!)

 

混乱の隙を突き、僕は裏口から飛び出した。

荒い息を吐きながら、薄暗い路地を駆け抜ける。

背後で銃声と怒号が響き続けていた。

 

面倒を背負う者

 

裏口から飛び出した僕は、夜明けの光が差し始めた石畳を必死に駆け抜けた。

背後からは銃声と怒号。酒場が戦場に変わった音が、いつまでも耳に張り付いて離れない。

 

(クラウス……メイドさんたち……! みんな……無事でいてくれ……!)

 

胸を焼くような祈りを抱え、ただ走る。

息が荒くなり、視界が霞んでも、足は止められなかった。

 

だが――角を曲がった瞬間。

 

「……逃げ場はない」

 

冷たい声が路地に響いた。

 

振り返ると、そこに“奴”がいた。

 

白いスーツ、黒い仮面。

ただ立っているだけで、空気が凍り付くようだ。

背後から黒服の男たちも合流し、路地は一瞬で塞がれた。

 

「……っ」

 

喉がひきつり、声にならない。

腰が砕けそうになるのを必死で堪え、後ずさる。

 

「その鍵はどこだ、少年」

 

仮面の男の声が低く響く。

胸に手を当てたが――そこにはもう、何もない。

ミリアに奪われたことを思い出し、血の気が引いた。

 

「……ない、だと?」

 

仮面の穴の奥から視線が突き刺さる。

氷の刃で心臓を抉られたように、全身が硬直した。

 

(どうしよう……逃げられない……!)

 

黒服たちがじりじりと迫る。

路地の石畳を踏みしめる音が、死刑宣告のように響いた。

 

冷気が路地を撫で、影が一歩だけ前に出る。

 

「――おい」

 

不意に声がした。

 

僕と仮面の男の間に、影が差し込む。

路地の入口に立っていたのは、黒いハンチングを目深にかぶった青年だった。

 

白シャツに黒のベスト。気怠げな目つき。

けれど、その場にいる誰よりも場の空気を支配していた。

 

「……誰だ」

 

仮面の男が低く問う。

 

青年はゆっくりとポケットに手を突っ込み、僕に視線を向けた。

どこか退屈そうに、けれど鋭さを隠した瞳で。

 

「君が“大きな鍵”の少年か」

 

「……え?」

 

息を呑む僕に、青年は口の端をわずかに吊り上げた。

 

「やっぱり、面倒事だったか。」

 

その声音は不思議と落ち着いていて、震えていた心臓が一瞬、別の意味で跳ねた。

 

黒服たちの靴音が石畳を叩き、じりじりと距離を詰めてくる。

逃げ場はない。

僕の胸には、もはや“大きな鍵”すらない。

 

(……終わった……)

 

絶望が全身を支配しかけた、その瞬間。

 

「――下がってろ、坊主」

 

青年が片手をひらりと振った。

まるで手を払うような仕草。

 

次の瞬間、空気が変わった。

 

「……!?」

 

黒服の男たちの足元から、氷柱が一斉に伸び上がった。

鋭い刃のように石畳を突き破り、迫っていた数人をまとめて弾き飛ばす。

 

「な、何だと……!」

 

仮面の男がわずかに身を引いた。

だが青年はポケットに手を突っ込んだまま、肩をすくめて言った。

 

「お前らのことは知らねぇが――俺の街で勝手に騒ぐなよ」

 

声は低く、気怠げで。

けれど不思議な説得力と威圧感があった。

 

黒服たちは体勢を立て直し、再び構える。

その背後で仮面の男がじっと青年を見据えていた。

 

「……貴様、何者だ」

 

青年は笑みすら見せず、ぼそりと答えた。

 

「ただの“解決屋”だよ。――面倒を片付けるのが仕事なんでな」

 

そう言って振り返り、僕を一瞥した。

その瞳に映るのは、怯え震えるただの少年。

けれど、なぜだろう。

その視線に射抜かれた瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 

「立て、坊主。まだ終わっちゃいねぇ」

 

「……っ」

 

声が震えた。

足も心も、恐怖で動かない。

それでも、青年の背中を見ていると――ほんの少しだけ、体が動き出す気がした。

 

仮面の男が低く笑った。

 

「……解決屋か。興味深い」

 

次の瞬間、闇のような炎が仮面の周囲に広がり、路地を飲み込む。

黒服たちが再び襲いかかろうとした、その瞬間――

 

「チッ……やっぱり面倒だ」

 

青年が片腕を掲げた。

氷と炎、虚空の剣が一斉に現れ、敵を迎え撃つ。

 

光と影が交錯する路地。

その背中は、ただの“便利屋”なんかじゃなかった。

 

――このとき、僕の運命は大きく狂い始めた。

“大きな鍵”と共に。

そして、この男と共に。

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