※この作品はR-18です。

リミナス・フロンティア   作:タコマル

7 / 7
第五話

空間が歪み、トウマたちは一気に事務所の床へと転がり込んだ。

 

「いっってぇぇ……!」

ジークがミリアを抱えたまま倒れ込み、煙草を噛み潰した。

「くそ、腰が砕けるかと思ったぜ……」

 

「ボス! ワープ下手すぎっすよ!」

アイリが髪を振り乱して怒鳴る。

「方向も座標も雑! 立って着地できるようにしてくださいっす!」

 

「贅沢言うな。生きて戻れただけありがたく思え」

俺は帽子を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。

肩や腰は痛むが、敵の包囲を抜けられた安堵のほうが大きかった。

 

「わぁ……すごい転び方だったね」

リリィがにこにこと笑い、レオンを引き起こす。

「痛くない? レオンくん」

 

「は、はい……大丈夫です」

レオンは顔を赤らめつつ答え、深呼吸した。

初めての戦闘と逃走で、まだ全身が震えている。

 

 

* * * * * *

 

 

ジークが重たげにミリアをソファへ放り出した。

少女は眠ったまま、小さく寝息を立てている。

 

「このガキをどうするか、だな」

 

「保護対象っす。決まってるじゃないっすか」

アイリが即答する。

「取り調べして、事情を吐かせる。鍵を盗んだ理由も、教団と別組織の動きも、ぜーんぶ」

 

「取り調べねぇ……俺は苦手だな」

ジークは新しい煙草に火をつける。

「アイリ、お前がやれよ」

 

「はぁ!? なんであたしっすか!」

アイリは頬をふくらませる。

「私は秘書! 取調官じゃないっす!」

 

「口は悪いが、追い詰めんのは得意だろ」

ジークがにやり。

「子供相手ならすぐ泣かせられるんじゃねぇの」

 

「誰がそんな趣味あるか!」

机がドンと鳴った。

 

リリィは苦笑し、眠るミリアの髪をそっと撫でる。

「でも、少なくとも彼女も巻き込まれてるんだよね。ちょっと気の毒かも」

 

レオンは“大きな鍵”を見つめ、ぽつり。

「……父の形見を盗んだのは許せません。けど……彼女も狙われていたんですよね」

 

俺は帽子を目深にし、懐から鍵を取り出す。淡い光が脈打った。

 

「……問題は、この鍵と依頼だ」

空気が張る。

「教団だけじゃねぇ。傭兵どもまで群がってきた。鍵の存在が妙に広まりすぎてる」

 

ソファの上でミリアが「うーん……」と唸り、目を開けた。

最初に視界に入ったのは、帽子のツバの影にいる俺。

 

「おはよう、盗人さん」

 

「っ……!」

跳ね起きようとして縄に阻まれ、ジタバタ。

「離せっての! 人の自由を奪うとか最低!」

 

「盗人が言うセリフかよ」

ジークが鼻で笑う。

「街じゃ評判の悪ガキだとよ」

 

「うっさいジジイ! そっちの“デカ乳ギャル”と同じくらいウザい!」

 

「だぁれが“デカ乳ギャル”っすか!」

アイリが机をドン。

「仕事しろガキ! で、何で“鍵”を盗んだんすか!」

 

ミリアは唇を尖らせ、観念して息を吐く。

「……依頼があったんだよ。『大きな鍵を盗めば高額で買う』って」

 

「依頼……?」

レオンが息を呑む。

 

「そう。ただの盗みのつもりだった。でも今回は違った。

依頼書に“鍵の形状も色も、細かい模様まで”ハッキリ書かれてた」

 

部屋が静まり返る。

 

「最初から詳しく知ってたってことか」

ジークが唸る。

 

俺は帽子のツバを指で弾いた。

「教団以外にも“鍵を知ってる奴”がいる。……厄介だな」

 

* * *

 

重くなった空気を、ジークが煙で破る。

「どうせ今すぐ答えは出ねぇ。だったら――飯だ、飯」

 

「……は?」

一同ぽかん。

 

「昨日から何も食ってねぇ。俺は煙草しか吸ってねぇ」

「言われてみりゃ……」とアイリが腹をさすり、端末を閉じる。

 

グゥゥゥゥ……。

室内に間抜けな音。視線が一斉にミリアへ。

 

「~~っ! ち、違うし! あたしじゃないし!」

真っ赤になっても腹は正直だ。

 

「お嬢様も腹減ってんじゃねぇか」

ジークがにやにや。

 

「うるさい! 虫が怒鳴っただけだ!」

 

「……しょうがねぇ」

俺は帽子をかぶり直し、立ち上がる。

「買い出し行ってくる。ワープで一瞬だ」

 

虚空に小さな術式を開く。

「行ってきまーす」――と同時に、俺の姿はふっと消えた。

 

 

* 数分後 *

 

 

バタン。

両手いっぱいの袋を抱えて戻る。

 

「ほらよ。肉、根菜、香草、パン、スープベース、酒、あと甘味」

 

「仕事早っ!」

アイリが叫ぶ。

「どんだけ買ってきたんすか!」

 

「全員腹減ってるしな」

俺は袋を机へ。手のひらで軽く弾くと、魔術式のテーブルが展開し、

鉄鍋が自動で火に掛かる。香草とバターが溶け、じゅわ、と匂いが弾けた。

 

厚切り肉を熱した鉄板に落とす――バチバチッ。

瞬時に立ち上る脂の煙、胡椒が弾ける香り。

鍋では刻んだ玉葱と人参が飴色になり、白ワインが煮立って甘い湯気をあげる。

パンは軽く蒸して外はパリッと、中はふわり。

仕上げに肉の上へハーブバターの塊をのせると、とろりと溶けて緑の筋が走った。

 

「はい、解決屋亭・臨時開店」

 

◆ 食卓

 

「うめぇ!」

ジークが豪快に肉へ齧りつき、酒をあおる。

「腹に入った瞬間、生き返るな!」

 

「……美味しい」

レオンはスープを一口。とろみの奥から、香草と出汁の層が静かに広がる。

頬が少しだけ緩んだ。

 

「ボス、これどこで?」

パンをもぐもぐのアイリ。

「近所にこんな食材ないっすよ」

 

「ちょっと向こうの市場」

「説明が軽い!」

 

ミリアは最初こそ睨みつけていたが、

肉汁が滴る皿に負け、小さくフォークを伸ばす。――そして目を丸くした。

「……んまっ」

 

アイリがすかさずにやり。

「おーおー、盗人のくせにがっつくじゃないっすか」

 

「食わなきゃ死ぬの!」

ミリアは耳まで赤くしながら、パンでソースを拭ってはもぐもぐ。

リリィがパンをちぎって渡す。

「はい、ソースがもったいないからね」

「……ありがと」小声。

 

「なんか家族みたいだね。こうやって一緒に食べてると」

リリィが柔らかく笑う。

 

「だ、誰がこんな連中と家族だっての!」

言いながらミリアの皿はどんどん空に。

ジークは笑って酒を掲げる。

「じゃ、乾杯だ。“家族もどき”に」

 

「勝手に変な名前つけんな」

俺が肩をすくめると、アイリがニヤリ。

「でも悪くないっす、“家族もどき”。今っぽい」

 

レオンはスープを啜り、ふっと微笑んだ。

「……僕も、楽しいです。誰かと一緒に食べるの、久しぶりで」

 

一瞬、空気がやわらかくなる。

 

「そういやボス、今月の給料は?」とジーク。

「赤字確定なんで、上乗せ希望っす!」とアイリ。

「かわいい服ほしいな~♡」とリリィ。

「依頼料……僕、何も持ってなくて……」とレオン。

「慰謝料よこせ!」とミリア。

 

「お前が一番図々しいな!」

俺が突っ込むと、笑い声が弾けた。

 

机の端に置かれた“大きな鍵”は、賑わいの中でも淡く脈動を続けている。

――笑い声の奥で、次の波を予告するみたいに。

 

 

* * * * * *

 

 

賑わいがひと段落した、その時だった。

 

ドォォォォォンッ!!!

 

壁が炸裂し、瓦礫と粉塵が吹き荒れる。

食卓が一瞬でひっくり返り、全員が椅子ごと転がった。

 

「なっ……!?」

アイリが悲鳴、ジークが反射で立ち上がる。

 

煙の向こうから、異形が現れた。

ねじれた角と巨大な腕。赤い双眸がぎらりと光る。

 

「……チッ」

俺は帽子を押さえ、構えを取る。

「ようやく直接来やがったか」

 

異形は机の“大きな鍵”を鷲掴みにし、

うねる腕でレオンとミリアを絡め取った。

 

「や、やめろ!」

「きゃあああ!」

 

二人の悲鳴が重なる。

 

俺の中で、何かが切れた。

床から氷柱が隆起し、巨大な魔法陣が光を帯びて膨れ上がる。

冷気と殺気が室内を締め上げた。

 

「ぶっ潰す……ここで破壊してやるッ!」

 

「ボスやめろ!」

ジークが叫び、アイリが絶叫する。

「二人も巻き込む気か! 落ち着け!」

 

「黙れッ!」

視界が白く滲む。魔力は爆発寸前。

 

「トウマ!!」

ジークが吠えた。

「今やろうとしてんのは“救出”じゃねぇ、“破壊”だ!」

 

アイリが涙目で胸倉を掴む。

「ここで暴れたら全部終わりっす!」

 

……。

 

氷の刃が天井を突き破る寸前、奥歯を噛みしめ、魔法陣を消し去った。

 

「……クソッ!!」

 

拳が壁を打ち、粉塵が舞う。

異形の姿は消え、残ったのは崩れた事務所と、二人の叫びの残響だけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。