褐色の残り香 作:自棄ノ原
原作5巻まで読了後推奨
エルフィンド王国へと侵攻したオルクセン王国軍の作戦は、おおむね順調に進んでいる。
ディネルース・アンダリエル率いるアンファングリア旅団は、見事に渡河の先陣をやり遂げると、疾風迅雷の電撃侵攻に移り、第一軍の進路を切り開いた。騎兵の機動力、ダークエルフの夜間視力、土地勘、そして復讐戦に臨む高い士気が相乗した成果だった。
戦役前半におけるアンファングリア旅団の活躍と栄光、その頂点は、来襲した黄金樹旅団との戦いであった。白エルフ騎兵の最精鋭を相手取っての、近衛対近衛の大戦闘を前に、ディネルースは部下達に言った。
「騎兵としての実力では、我らは敵に遥かに及ばん。しかし、恐ることはない。我らは我らの自身であればいい。我の強みを生かし、敵の強みを殺すのだ」
一旦言葉を切ると、部下達の恐れを払うよう、悠然として言った。
「この度の戦い、ロザリンド式で行くぞ」
指示を出し終えた後、ディネルースは西の空をみて、その彼方で第二軍を率いている年老いた騎兵将軍を想った。
――ツィーテン将軍。信じて任せて下さった閣下のためにも。
かつてロザリンド会戦の前哨戦で、黄金樹旅団ではないが、白エルフ騎兵はツィーテンの騎兵部隊を散々に打ち負かした。
――その仇でもある。オルクセンの騎兵が、エルフィンド騎兵に勝ってみせます。
狭く険しいファスリン峠で待ち伏せ、敵の優勢な機動力を減殺。新兵器の機関砲を含む火力の罠を張った。敵がそれを見破って翼側に回ったところを、隠しておいた山岳猟兵で包囲する二段構えの奇計。そして足を止めた敵に、複数方位からの射撃を食らわせた。
まさしくロザリンド式。敵の強みを封じ、火力の顎で噛み砕く。ツィーテンの示唆を受け、ディネルース自身の猟兵としての経験を活かし、さらに巨狼をも仕留める狩人の狡猾さで改良を加えた戦術であった。
敵もさるもので、不利を悟ると素早く撤退の決断をしたために、宣言通りの撃滅とはならなかった。だが敵の最精鋭を難なく退けて、ディネルースとアンファングリア旅団の武名はいよいよ上がり、オルクセン全軍の士気まで高からしめた。
最大の懸念を早々に退けて、侵攻の進捗はますます順調と思われた、その矢先のことである。
ツィーテン上級大将が没したという。
老病の身を推しての騎乗が祟り、落馬して首の骨を折った。ほぼ即死だったと、ディネルースは聞いた。
――閣下……!
せめて、その最期に苦しみが少なかったことを、西の夕空に願った。老騎将は、存命のうちに彼女の勝報を聞いて、きっと喜んでくれただろう。
しかし、叶うことならば、直接に勝利を報告して、礼を言いたかった。彼女を引き立ててくれた会議の後、無言で一度だけ肩を叩いてくれた、あの老雄に。
種族が違っても、オルクセン騎兵が白エルフ騎兵に勝ったのだと、百二十年越しの雪辱を果たしたのだと、自分の口から伝えたかった――と、ディネルースは悔いた。
悲報を受けた夜、彼女は旅団に命じてあらゆる軍旗を半旗となさしめ、また時刻を定め、第二軍のいる方に向いて一斉に黙祷を行った。
その後、ラッパ手にオルクセン軍の騎兵歌を奏でさせた。それを聞く部下の闇エルフたちにも、騎兵旅団に属する以上は、あの老将の衣鉢を継ぐ身なのだと、そう思って欲しかったのだ。
つきあいは短く、限られたものだったが、オルクセン騎兵の偉大な先達を、いまの彼女ができる限りに追悼したつもりである。
翌日、王からツィーテンに元帥号が追贈されたと、軍報によって知った。
ディネルースは南の空を見た。そちらには第一軍の司令部がある。すなわち総軍司令部でもある。
そこには彼女の王がいる。ツィーテンと百二十年に渡る付き合いで、深く信頼し合い、それゆえに彼の老病を知りながらも第二軍司令官に任じた、グスタフ・ファルケンハインがいる。
――貴方のせいじゃない、グスタフ。
そう直接に言ってあげたかった。